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第ニ十九章✧愛する心

愛する心

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ピンポーン..

「誰だよっ!」

翔は勝手に玄関のドアを開けた。

ガチャッ!!!!

「きゃっ!」

そこには、制服姿のはるかが立っていて、
翔の下着姿を見て、ホラー映画ばりの悲鳴を上げた。

「はっ..はるかさん」

翔は慌てる様子もない。

「なっなにしてるのよ!そっそんな格好...!
もう、そーゆー関係なワケ!?」

はるかは手で目を覆った。

「まぁ.....はるかさんに邪魔されなければ、
そーゆー関係になれたんすけど..
あと一歩ってゆーかぁ..最後の砦ってゆーか...」

「ばっばか!」

はるかは顔を赤くして、翔の背中を叩いた。

「なんすかぁ...
後少しだけ、外で待っててくださいよー
マジで、今やばいんすよ」

翔はドアに、怠そうに手をかけてる。

「そっそんなことっ..!」

「はるかさんだって応援してくれたじゃないっすかぁー..
前の男の影を、あと一歩で消せそうなんすよー」

玄関先でふたりが話し込んでいると、
パタパタと足音を立てて、亜紀が現れた。

「翔クン...!」

亜紀は下着姿の翔の腕を引っ張った。

「あきんこ!」

「あ...はるか!」

亜紀ははるかの赤い顔に、自分も同じように赤面した。

「...あのっ..はるか!
これは違うの..!その訳があって...!」

亜紀の髪はベタベタに濡れ、
着ていたワンピースに雫が滴り落ちていた。

はるかは一体どんな状況なのか、さっぱりわからなくなった。

「わっ私こそ...ごめん...!
そのっ..いきなり来ちゃって..」

亜紀とはるかは、互いに気まずくなる。

「あぁぁぁ~~!もう、わかりましたよっ!
メチャメチャいいところだったけど、お預けでいいっすよ!」

翔は頭を掻きむしった。

「...もう昼過ぎてるし、
なんか食べに行きますか!」

翔が明るく二人に言った。

「私はそのつもりだったのよ!
邪魔なら、仕事に戻りますけど!」

はるかが翔を睨む。

「邪魔じゃないよ!
今、用意するから、ご飯行こ!」

亜紀は笑顔を無理矢理つくりながら、はるかを宥めた。

三人は車通りの多い道を抜け、
通りの奥に入った場所にあるカフェにたどり着く。

「いらっしゃいませ。.....お好きな席にどうぞ」

はるかはお店の1番奥にある、
隅っこのテーブルを選んだ。

カタッ..

三人が席に着くと、水が入ったグラスが運ばれてくる。

(なんだか贅沢...)

亜紀は店員の当たり前のおもてなしに感動した。

「今、お昼休憩中だから、
あと....45分しかいられないわぁ」

はるかがもっと休んでいたいと、ため息をつく。

「ーーーーおっ!
ってことは、45分後にはまた二人っきりっすね!」

翔が亜紀にウィンクする。

「ははっ...ちょっと翔クン...」

亜紀は氷の入った水を一口飲んで、はるかの顔を伺う。

「仲睦まじくて...よろしいじゃない!
別に私は構わないわよ」

はるかが少し怒りモードで頷いた。


ピロロロロ...

翔の携帯電話が鳴った。

「あっやべ!会社からだ!」

翔は片手で『ごめん』のポーズを取ると、
電話に出ながら、席を立った。

「はい、戸田です。....はい、はい。
...あ?今っすか?...今は、病院です。
...はいはい...あー、はい」

翔は電話で会話を続けながら、カフェの出入り口付近に移動した。

「....ねぇ、あきんこ」

横目で、翔がいなくなったのを確認すると、
はるかが小声で亜紀に声をかけた。

「なぁに??」

亜紀はグラスの水を飲み干し、
『ご馳走様でした』と手を合わせる。

「なにって....翔クンと、どうなのよ?」

口はおしぼりで拭く。

「うん...すごくイイ人だよ。
優しくて、アタシのこと大事に思ってくれる..」

「そっかぁ...でも展開が早いよねぇ!ハハッ
私は亜紀が一刻も早く、新しい誰かと幸せになってくれるのを願ってる訳だけど。
.......翔クンなら、好きになれそう??」

はるかは嬉しそうに亜紀の返事を待つ。

「…うん..そうだね….」

「はははっ!良かったぁ!」

亜紀もはるかに笑顔を見せた。

やっぱり、平和で温和で、
明るく笑顔でいられる生活が1番いい。

アタシは翔クンを好きになるんだ...
翔クンとゆっくり歩いていけたらいいな...


「だって翔クンったら、亜紀にメロメロだもんねぇ!
亜紀のこと絶対に幸せにしてくれるよ!」

はるかは肩の荷が下りたみたいに楽になった表情をする。

「ありがとう、はるか」

亜紀もニコニコと笑う。

アタシは、はるかと翔クンを大事にしよう。
それが1番いい。

「ごめん...!お待たせ!」

翔が電話を終えて戻ってきた。

「別にぃー!私は待ってませんけどね!」

はるかが意地悪に言う。

「はるかさん、なんすかぁ!
僕が亜紀さんとラブラブなのが気に入らないんすかー!」

翔が口先を尖らせる。
はるかは、ニタニタと笑った。

「もう二人とも…
声が大きくて周りの人に迷惑よ…」

亜紀が恥ずかしそうに言う。
すると、翔は亜紀の肩に腕を回し、いきなりキスをした。

「...翔くっ...」

亜紀はビックリして、声を上げた。

「亜紀さんって本気でかわいいっ!
もうやばいよっ!皆に見せつけたいよっ!」

「こらぁ!私の前でイチャつかないでよー!」

ワイワイと三人のテーブルは賑やかになった。


ガタンッ...!!!!!!!!


突然、大きな物音が店内に響いた。

「てめぇら!大人しくしろ!」

さらに男の怒号が響く。

「な....な..なにぃ?」

はるかが驚いて席を立ち、辺りを見渡す。

「てめぇ!殺されてぇーのかぁ!
大人しくしやがれっ!!!」

外の暑さには似つかわしくない、黒いマスクを被った男が、拳銃の銃口をはるかに向けた。

「ひっひぃぃ...!」

はるかは後退り、椅子ではなく、床に尻餅をついて座り込んでしまった。

「はるかっ!大丈夫!?」

亜紀ははるかに近寄り、声をかけた。




「きゃぁぁあ!!!!」

次は悲鳴が聞こえた。
銃口を突き付けられた他の客達が、店の奥へと歩かされる。

「黙って歩かないかっ!
さっさと奥に固まれ!!!!」

店内奥にいた亜紀とはるかと翔はそのままで、
他の客や店員が、両手を上げさせられ近付いてくる。

「なんだよ...あいつら...」

翔が震える声で囁いた。

店内には穏やかなクラシックの音楽が流れている。
しかし、状況は最悪なことになっている。

「妙な真似しやがったら、承知しねーからなぁ!!!!」

黒いマスクを被った連中は5人いた。
客は亜紀達を含め15人。
店員は3人だ。

「....てんめぇ!何してんだ!」

黒マスクをした男は、客の中の一人に襲い掛かった。

「きゃぁぁぁっ!」

辺りで悲鳴が上がる。
黒マスクの男は、客の中でコッソリと携帯電話を触っている奴を殴りつけ銃を向けた。

カチャ...

「や...やめてくれ..」

「おい、全員よく見やがれ。
舐めた真似しやがったら、こうなるんだっっ!!!!」

ズガ――――ンッッ!!!!

銃声とともに、赤い血が吹き飛んだ!


「きゃぁぁぁああああっ!!!!」

「あ――あなたぁ!!!!」

無惨に転がった男の身体に、
その奥さんと見られる女が寄り添った。

「連帯責任だ!てめぇも死ね!」

ズガンッッ!!!!

「いやぁぁぁああ!!!」

「きゃぁぁぁああ!!!!」

店内はパニックが起きた。
既に、二人の怪我人がでた。




「....警察かぁ?
この店は乗っ取った。
人質を解放してほしければ、今から言う奴らを、ムショから出せ」

黒マスクの連中はどこかの族だった。
刑務所に入った仲間を逃がす為、店を乗っ取ったのだ。

携帯電話で警察と話をしているらしき男は、テーブルに乗っていたサンドイッチを丸呑みにする。

「なんだとぉ....!!!!?さっさとしやがれぇ!
まぁいい...!そんな対応なら、こっちにも考えがある!」

なかなか交渉事がうまくいかないようで、次第に苛々が増してくる。

「15分ごとに1人ずつ殺す!」

黒マスクの男はそう言い放ち、携帯電話を切った。

「いっいやぁぁ」

「やめてくれぇぇえ」

黒マスクの男がウロウロと歩き回ると、
人質になった客達は悲鳴を上げる。

「あきんこぉ...どうしよう..」

はるかは亜紀の手を握り、ブルブルと震えた。

「...大丈夫よ....大丈夫...」

亜紀は何度も呟いた。



「おい、てめぇ....」

黒マスクの男が、号泣している女に話かけた。

「うっうっ....うぅ...」

女は自分が『15分に1人殺される』人質に選ばれてしまったのだと思い、余計に大声を上げて泣き崩れた。

「ぎゃーぎゃー!うるさい!
誰かこのクソ女を黙らせろ!ぶっ殺すぞっ!!!!」

黒マスクの男は、泣き叫ぶ女の近くにいる男に言う。
どうやら、女の彼氏のようだ。

「あっ...あぁぁ..どうか殺さないでぇ....
死にたくないわぁ...ああぁ..」

女はパニックに陥り、ますます声を上げる。

「....あ....」

彼氏は黙ってその様子を見ている。
黙ってというか、恐怖で何もできないのだ。

黒マスクの男は、痺れを切らして女に近付いた。

「こんのぉ...ぶっ殺してやる」

「いやぁ!いやよぉっ!助けてぇぇ―――っ!!!!」

女が必死に首を振って命請いをする。

「...だったら、てめぇが代わりに死ぬかっ!」

黒マスクの男は、女の彼氏に銃口を向けた。
男はダラダラと汗をかいて抵抗する。

「おっ俺は関係ないっ!や...や..やめてくれっ!!!!」

「なんだとぉ?...てめぇ、こいつの男じゃねぇのか?」

黒マスクの男が、マスクの中でニタリと笑ったようだ。

「ちっ....」

彼氏は一度、女を見て、そして顔を反らした。

「ちがう!俺は関係ないんだ!
この女は知らない...!!!!」

男の必死の嘘だった。

「雅人ぉ...っ!何言ってるの...!助けてよ雅人ぉ!!!!」

女は髪を振り乱して、雅人と呼ばれる男に泣きつく。
しかし、男は必死で手を振り払う。

「しっ知らない...!俺は関係ないだろっっ..!」

ドンッ

男が女を突き飛ばし、
女は黒マスクの男の前に倒れた。

「あっ..あっ..嫌よ..いやぁぁ」

「ふんっ黙れ、クソ女!」

黒マスクの男は右手の銃を女に向ける。
そして、カチャリと引き金を引いた。

「いやぁぁぁ.....」

女は頭を押さえた。

「死ねぇ!!!!」

黒マスクの男が、吐き捨てるように言った!




「やめてっ――――!」

咄嗟に、亜紀は駆け出し黒マスクの男の前に立ちはだかった!

「...あきんこ...!」

はるかは青ざめて、亜紀の姿を見送る。

「関係ないこの人を、傷つけないで....!」

亜紀は女に駆け寄り、強く抱きしめて守った。

「....あっ...うわぁぁ..!」

女は寒さに震えるように、ブルブルと身体を大きく震わせ、亜紀にしがみついた。

「なんだぁこのアマ!!!俺に指図すんのかぁ!!!!」

黒マスクの男はブチ切れた。

「....あなた達にだって...助けたい大事な人がいるんでしょう!
それなら、こんな無闇に人を傷付けたりしないで…!」

亜紀は恐ろしさに身震いしたが、虚勢をはる。

「ボスと、そのクソ女を一緒にすんじゃねぇ!!!!」

「同じよ!」

「なんだとこらぁ!!!!」

他の黒マスクの男たちも、一気に亜紀に銃を向けた。

「きゃぁぁあああ!」
「いやぁぁぁあ!!!!」

店内が悲鳴で埋め尽くされる。
亜紀は五丁の銃を突き付けられても、泣かなかった。

「...簡単にそんなものを…振り回さないで....!」

ガタガタと亜紀の肩が震える。

「生意気な女め!後悔しろ!」

亜紀の腕の中で、女が念仏を唱えるように言葉を呟く。

「死にたくないわ...死にたくないわぁあ...
嫌よ...死ぬのは嫌ぁぁ....」

「クソ女どもめ!」

別の黒マスクの男が早く殺そうとばかりに、早足で亜紀達に近づく。

「あきんこぉ...」

遠くで、泣き声を漏らすはるかの声が聞こえた。
いっせいに、皆が振り向く。

「てめぇら...この女の知り合いかぁ...!」

「ひぃぃ...」

黒マスクの男に、視線をぶつけられ、
はるかは翔の二の腕を力いっぱい掴んだ。

「...おめぇ..この女の男だなぁ!?」

翔がビクリと身体を強張らせる。

「男なら、潔くこっちに出てきやがれ!」

「...う...」

翔は何も答えることができず、ただ首を横に振る。

「翔クン...!」

亜紀は卑屈の表情を浮かべた。

「僕は.....違う...」

翔は子供が泣き出すかのように、オロオロと泣き出した。

「なぁんだとぉ!?声が小さくて聞こえねぇぞぉ!!!!」

ガチャ!!!!

黒マスクの男が、今度は翔に銃を向ける。
翔は両手を上げ、泣き叫んだ。

「ぼっ..僕は、彼氏じゃありませんっ!!!
大人しくしてますから...乱暴はしないでくださぃぃ..!」

「翔く...!」

はるかが涙目で翔を見る。
だが、翔は下を向いたまま『死にたくない。死にたくない』と繰り返していた。

「だはははははっ!!!!」

黒マスクの男は、いきなり大声を上げて笑いだした。

「クソ女どもめ!おまえらの尻拭いしてくれるヤローは、どこにもいねんだよっ!!!!」

黒マスクの男は、勢い良く亜紀の胸倉を掴んで、引っ張りあげた。

「..ぁうっ..」

亜紀はバタバタと手足をばたつかせる。
黒マスクの男は、亜紀を持ち上げたまま、
翔と、雅人と呼ばれる男の顔を交互に見た。

「てめぇらも!クソだぜぇ!!!!
こんな頭だけでっかちなヤロー達が、社会や政治なんて言ってるから、世の中ドンドン腐っていくんだよっっ!!!!」

ドカッ...!!!!

黒マスクの男は、亜紀を地面に叩きつけた。

「あぅっ...ゴホゴホッ...」

亜紀は喉元を押さえて息をした。
翔はビクビクしたまま動かない。


サラッ....


その時、
亜紀の手元に何かが落ちた。

「....」

亜紀は手元を、そっと見た。

(これは――――――!)






『......この紐の先に、ついてるのは石よ』


いつかのミールの言葉が脳裏に甦った。
亜紀は落ちていたモノを拾う。

『ベルカイヌンのあの眼と同じ、紅い色の石よ!』

その頃の亜紀には見えていなかったが、
今の亜紀にならハッキリと見える。

『ベルカイヌンは、すごくあなたに会いたがってる!
あなたの側にいたいのよ!』


(なんで、ここに―――!?)


亜紀は一目でわかった。
汚れた短い紐の先についている
―――あの人の眼と同じ…紅い石..


(クラーザ――――――!!!!)



亜紀はクラーザの石を握りしめ、ハラハラと涙を流しはじめた。

「バカ女め!ようやく自分の愚かさに気付いたかっ!」

(クラーザ....
生きるというのは、どうしてこんなに苦しいの..)

黒マスクの男は、亜紀の額に銃口を当てた。

「死にたくなかったら、必死で命請いしてみやがれぇ!
まぁ殺すがな!あははは!」

(クラーザァ....
あなたが、どんなにアタシを想い、
どんな気持ちで、命懸けで助けてくれていたのか、今ならわかるよ.....)


「きゃぁぁぁ!」
「うわぁぁぁああ!!!!」

店内に再び悲鳴が響く。


(あなたを、残酷で酷い人だなんて言って、ごめんね...
酷いのはアタシの方...
この世界だって、仮面を被った人達の残酷な世界だよね...)


(何が起きても、なんとしてでもアタシを守ってくれていた、あなたは...すごく強くて...本当に素敵な人だった....)



「やめて....」

亜紀は小さく呟いた。

「もう、こんなことはやめて……!」

突き当てられた銃に手をかける。


(.....クラーザ.....
やっぱり、アタシはあなたに会いたい..)


「人を殺すことがどういうことだかわかっているの…?」

亜紀は黒マスクの男を睨みつけた。

「はぁぁん!?」

「人に銃を向けるということは、自分にも同じだけ銃を突き付けられているってことを思い知りなきゃいけないのよ…!」

黒マスクの男は、苦笑いをして武者震いをする。

「誰も俺には逆らえねんだよ!
クソ女のくせに、減らぬ口を叩きやがってぇ!!!!」

「あなた、男だとか女だとか言ってるけど、
戦場に出れば、男も女も関係ないのよ…!
拳銃を持っただけの、たかだかそんな奴が大きい顔しないで…!」

ミールの気配を感じた。
これは、いつかのミールの言葉だ。
ミールに背中を押されている。
助けられてる....

「てんめぇ...!」

カシャン..

黒マスクの男は、何故か不意に銃を床に落としてしまった。
武者震いのせいか...?

「あっ...!」

黒マスクの男は、素早く拾おうとしたが、
亜紀がすかさず、両手で銃を拾った。

躊躇わずに、銃を黒マスクの男に向ける。

「よせ...!」

亜紀の手はもう震えてはいなかった。
亜紀の両手を包み込むように、ミールの手が亜紀には見えた。

「アタシ、あなたを殺すことなんて全然怖くないわ」

「や...やめろ...っ」

黒マスクの男は、亜紀に銃を向けられて、半泣きの声を上げる。

ガタッ...ガタンッ..

慌てて後ろにのけ反るが、ひっくり返ってしまった。

カチャ...

亜紀は、微動だにしない態度で男を追う。

「女ぁ!銃を下ろせぇ!!!!」

残りの四人の黒マスクの男達が、
亜紀の頭に銃口先を集めて、怒鳴り散らす。

「....下ろさない。アタシはあなた達を許さない..」

亜紀の口調がキツくなる。
どうやら、亜紀だけの....感情じゃない。

ミールの魂が亜紀の心を後押しする。
亜紀に強さを与える。

「よすんだ!この女、本気だぞ!
下手に刺激すんじゃねぇ!!!!」

亜紀に狙いを定められた男が、他の者に命令口調で言う。

「......なら、どうしろってんだよ―っ!!!!」

黒マスク達の動揺と口論に、
人質の者達がざわめき始めた。

『今なら逃げれる!!!?』

バタバタッ..バタ..バタ...!!!

人質の中の数人が、一目散に出口に向かって走り出した。
そして、黒マスクの男の一人が、人質が逃げ出すのに気付く。

「おっ...おまえらぁ...!!!!待ちやがれぇ!
止まれ!止まらんと撃つぞ!!!!」

ドンッ!ドンッドンッ!!!!

激しい銃声が鳴り響いた!

「きゃぁぁぁぁ!!!!!」

何人かが身体を撃ち抜かれ、地べたに倒れ込んだ。

「いやぁぁぁっっ!!!!」

が、人質達は止まらない!
皆、必死に逃げ出した!

バタバタッ!!!!バタ..バタッ...!!!

「止まらんかぁ!....くそぉ!!!ちくしょおっ!!!!」

.........

人質達は、逃げ出すか、撃たれてその場に崩れるかの二つに別れた。
そして、黒マスクの男達5人と亜紀だけが残った....

「死んで償え....」

亜紀は低く囁いた。

しかし...
....引き金を引こうとする亜紀の右手を、自身の左手が止める。

「...死んじゃ...ダメ...」

亜紀の口からか弱い声がもれてきた。
亜紀の目から涙も零れてきた。

「...死んでも...償いには..ならないよ....
自分じゃない誰かを大事に想えるんだもの...
あなた達は酷い人だけど...心が無い人じゃないわ...」

いくら死が恐ろしいとはいえ、翔や雅人のようにいきなり態度を変え『大切な人』の命を粗末にする人間の方だって、とても醜くくて冷酷なのではないだろうか...

「...アタシは..許します..誰も本当は....悪くないもの..
皆...弱いの...仕方がないの..」

亜紀の手から、拳銃が落ちた。

カシャン...

亜紀の手から銃が離れると、
4人の男達は一気に亜紀を取り押さえた。

「....くそっ...」
「.......」
「――――」
「.....くっ...」

亜紀を取り押さえても、誰も何も言わなかった。
尻餅をついていた黒マスクの男が立ち上がって、亜紀に近付いた。

「...あんたを人質にして...一体どうなるってんだ..」

パサッ...

男は黒マスクを取り外した。
そこからは、まだ若い男の顔があった。

「なぁ...あんた、馬鹿らしくはないか?
あんたが正義を突き通しても、誰もあんたを助けようともせず、皆、逃げ出していっちまった」

亜紀は両手の自由を奪われたまま、男の顔を見上げた。

「仕方がないもの...
皆、自分の命が1番大切だから...
自分の命さえも...大切に思えない人よりは....ずっといいと思う....」

いつの間にか、黒マスクの男達は亜紀の言葉に耳を傾けていた。

「.....あんたを..人質にはしたくねぇ...
さっさと.....行きな..」

トン...

両手を自由されると、
亜紀は男に背中を押された。

「.....ぁ....」

亜紀は出口に向かって歩き出したが、
ホッとしたのか、ペタリと地面に座り込んでしまった。

「なんだ...早く行けよ」

マスクを取った男が亜紀に近寄る。

「.....うっ..」

亜紀は懸命に立ち上がった。
すると、男は亜紀の肩に手をかけた。

「...なんで泣いてんだ..?
訳を聞かせてくれよ...」

亜紀はクラーザの石を握りしめ頬にあてた。
涙が止まらない。


「アタシはもう二度と会えない大切な人に、酷いことをしてしまったの....今更、やっと気付いた....」

亜紀はクラーザのことを想った。

「さっきの...メッシュ頭の彼氏じゃ....ねぇのか?」

亜紀はコクンと頷いた。
他の男達は事が終わってしまったんだと力無くうなだれてはいるが、静かに話を聞いている。

「どんな奴なんだよ?...あんたの大切な奴っていうのは..」

亜紀は目を閉じて、クラーザの姿を思い浮かべた。
手のぬくもりさえ、はっきりと思い出せる。

「すごく強くて....
自分のコトよりも、アタシのことを大事にしてくれたの...
真っすぐに向かってきてくれて....
ちゃんとアタシのこと、ずっと...ずっと見ていてくれてた...」

亜紀は話ながら、言葉に詰まって泣き出す。

「....そうなのか...
そんな奴がこの汚い世の中にも、ちゃんといるんだな...」

「でも.....
でももう...手遅れ…なの...」

亜紀がうなだれ声を震わせてると、
男はしゃがみ込み、亜紀の背中に手を当てた。

「その紅い石...そいつのか?」

「うん...」

「珍しい石だな。見たことねぇ。
...石は生きてんだ。あんたを守る。
そいつは、まだあんたを守ってるよ」

亜紀は紅く輝く石を見つめた。

「....ク..ラーザ....」

「あんただって言ったろ?
死んだら償いにならない。
生きていれば、なんだってできんだよ...
手遅れなんて言葉はねぇんだよ」

「....そう..…かな….?」

亜紀は涙目で男を見た。

「俺はあんたの言葉を信じる」

...いつの間にか、思わぬ展開になっていた。

「警察がそろそろ来ちまうぞ」

男の一人が外を見て言った。

「...あぁそうだな。さっさと、ずらかろうぜ」

マスクを取った男が立ち上がった。
そして、亜紀に視線を送る。

「俺は警察に捕まることが、償いになるとは思わねぇ。
無駄に傷付けちまった人への償いは、俺なりにやるよ」

亜紀は男の真剣な眼差しを確認した。

「......」

男達はさっさと裏口に向かって走り出す。
マスクを取った男が振り返り、最後に亜紀に声をかけた。

「変な出会いだけど....あんたに会えて良かったよ!
お互い大切な人を大事にしようぜ!じゃあな!!!」



ウー....ウー..ウー....ウー-..



しばらくもしないうちに、パトカーの音が聞こえた。

ドダダダダダッ....!

荒々しい物音が聞こえ、
防弾チョッキなど身につけた警官が店内を埋め尽くすように、なだれ込んできた。

「君..!大丈夫か!」

大きなヘルメットを被った警官が亜紀に走り寄る。
亜紀は座り込んで、頭を下げていた。

「....はい...」

亜紀の小さな返事を確認すると、
警官は何やら合図を取り合い、亜紀をしっかりと抱えて店から連れ出した。

ザワザワ....ガヤガヤ....

外に出ると、多くの野次馬たちと何台ものカメラが、亜紀を待ち受けていた。

「たった今、警官に抱えられて、
若い女性の方が出てきました!」

バババババ.....

上空には、
カメラを向けるヘリコプターが飛んでいる。

「あの女性が...犯人に勇敢に立ち向かった方なのでしょうか..!!
表情は暗く...目には涙を浮かべています!」

すごく騒がしかった。
亜紀は一人の警官に支えられて、報道陣に囲まれた。

「怪我はありませんかっ!
犯人の様子はいかがでしたか!」
「犯人に勇敢に立ち向かったと聞きましたが、
どんなお気持ちでしたか!」

あちらこちらから多くの質問が飛ぶ。
警官が「道を開けて!」と注意するが、報道陣は押し迫ってくる。

「その時の様子をお聞かせください!」
「あなたは犯人に対して、怒りを感じていますか!」

亜紀は一言も口にしないまま、車に乗せられ現場を後にした。




次の日の新聞には、でかでかと
『若い女性、犯人から人質を守る!』と記事が載った。

内容は一般の女性が勇敢にも犯人と戦い、人質を守り抜いたとのこと。
犯人の卑劣な言動や暴力などが書かれ、
その中で人質がどれほど恐ろしい思いをしたかが記載されていた。

亜紀は病院の病室で、それを読んだ。

「アタシが...勇敢な訳じゃない..」

亜紀は独り言を囁いた。

「何か言った?」

亜紀の側で、テレビを見ている亜紀の母親が振り返る。

「お母さん...」

「ん...どうしたの?」

「なんで...逃げ出した人のことは書かれないの..
犯人と同じくらい残酷じゃない。
アタシは特別なことをしたんじゃないよ...
どうして、誰も....助け合おうとしなかったの...」

亜紀は顔を伏せた。

「そんな…映画やドラマじゃないんだから、
現実にそんなことが起きたら、誰だって怖いでしょ?」

怖かったら仕方がないの..?
目の前で殺されそうな人がいても無視して逃げ出すことは、
怪我をしてうずくまってる人を見殺にして逃げ出すことは、
罪には問われないの...?

「...嫌な世の中...」

「もう少し寝たら?
1時間後には警察の方が来られるんだから。
休める時に休んでおいた方がいいわよ。
ちゃんと、お母さんが色々やっとくから」

亜紀の母は、事件があったことを知り、血相を抱えて県外の田舎から出てきてくれたのだった。
怪我はないが、病院に運ばれた亜紀。

後から、警察が事情徴収に来る予定だ。

「ありがと...お母さん..」

亜紀はベッドに横たわり、
窓から見える大空の雲を見た。

「...ちょっと洗濯物に行ってくるわね」

母が少しの洗濯物を抱えて病室を出て行った。

カタン...

病室の扉が閉まり、亜紀一人になった。

サラッ..

亜紀はポケットから、クラーザの紅い石を取り出した。

「....」

一体どこから現れたのか、とても不思議だった。
さくらんぼ程の大きさだ。
この世界に戻ってきた時には、手元になかったハズなのに...



「―――クラーザ...
もし...あなたが翔クンだったら、どうしていた?」

『言うまでもない。お前を必ず守る』

「でも...拳銃には逆らえないでしょ..?」

『だったら盾になるだけだ』

「....」

『...』

「じゃあ..もし...
クラーザが犯人だったら、どうしていた?」

『目的の為なら手段は選ばない。
それで例え、死人が出てたとしても俺は後悔しない』

「関係のない人を簡単に殺してもいいの?」

『...そんな風に、動揺するくらいなら最初からしない』

「クラーザは迷ったりしないの?」

『大切な人を助け出す為なら...
亜紀の為なら迷いはしない』


亜紀は、胸の前で石を握りしめながら、目を閉じた。

「...クラーザ...会いたい..」




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