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第六章★形勢の行方

形勢の行方

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わあぁぁぁあぁあぁああああぁぁぁ…



西館に続く庭の方で、大勢の騒ぎ声や足音が大きく響いてきた。

「ーーーー何?」

ソイーヌはすぐに目をこらしてみる。
ペケも、そして束になった兵士達の上にいるグラベンも視線を集めた。

「新羅さまを守れー!」
「王の元にお連れするのだー!」

大勢の兵士の中央に、唯一、その場にそぐわない着物姿の小さな女が守られるように囲まれていた。
足早に西館の方へと走っていく。

「新羅が…戻ってきたの…!?」

ソイーヌは小さく…でもペケに怒りつけるように言った。
計画では、新羅は村に戻り安全な場所から祈祷をする役割のはず…
こんな戦場に戻ってきて、もし見つかりでもしたら…

「ーーーーー新羅!?新羅がいんのか…?」

ずばり、グラベンに見つかってしまった。

「グラベンさん、お知り合いですか!?」

ディーはソイーヌやペケからはずっと離れた場所にいる。
安全を確保しながら、弓でグラベンの援護をする約束だ。

「会ったことはねぇが…そうか…新羅がついたか…」

グラベンはすぐに理解する。
クラーザのお墨付きだった祈祷師の新羅が寝返った。
でも、驚きはしない。
亜紀の命を死ぬ程狙っていることも知っていたから。

ペケはソイーヌの腕を引く。

「王が…呼び戻したんだろ。
玉石の第一の力『獣』のパワーをより強力にする為に…」

遠くの村からの祈祷では間にあわない程のパワーを使う気だ。
一旦、ここは引くことにする。
新羅が来た以上、玉石の第一の力に頼ることはほぼ確実だ。

「王の元に向かうぞ…!」

集結して『獣』になる。
ペケとソイーヌは身構えて、グラベン達の様子を伺った。

「ペケ…十耶はどうするの?まだ息があるわ…!」

腹部を刺されてはいるが、まだ微かに息がある。
ペケは首を横に振って、さっさと後退した。

ソイーヌもそれにならって身構えながら、蛇威丸がいる北館の方へと立ち去った。

「ーーーーー」

グラベンは追わずに二人が立ち去っていくのをしっかり確認すると、息のある残った二人を見下ろした。

「クラーザはどこだ?」

「…………」

十耶は息も絶え絶えに、無理に目を閉じる。
そうして頑なに教えないつもりだ。

ザッ…ザ…ザッ…ザ…ザッ…

グラベンが近付いても、十耶は顔を背けるだけで口を割ろうとしなかった。

「ねぇ…グラベ…ンく…ん…」

みねが地べたを這って、グラベンの足首を掴んだ。

「ランレートさ…んいるんでしょ…呼んできてよ…
治してくれたら…教える…わ…」

命乞いするには真逆の言葉。
相変わらずの上から目線。

「知ってんのか?どこにいる?」

グラベンの表情からは笑みが消えた。
しゃがみこんで、みねの顔をのぞきこんだ。

そこへ、すかさずディーが駆け寄りグラベンを制する。

「危険です!むやみやたらに近付いたら…何があるかわかりません!」

グラベンはそんなのお構いなしにみねに話しかけ続ける。
無鉄砲なところは少しは理解の上なので、ならば自分がとディーはグラベンに危険が及ばないか、周りを注意深く見張ることにした。

「ねぇ…助けてよぉ…酷いじゃない…
クラーザさんのことばっか聞いて…少しくらい私の心配…しなさいよ…!」

「おめぇどうしようもねぇな…」

自分可愛さにコロコロと手の平を返すみね。
あっちに行ったり…こっちに来たり…

「なによぉ…バカにしてんでしょ…!酷い…酷いわ…!」

みねの口癖『なによなによ』に、グラベンは鼻で笑ってしまう。
もう相手にしない。

ザッ…

グラベンは立ち上がると、みねに背を向けて、二度と振り返ることはなかった。
今度は、何気なく十耶の前にしゃがみ、腹部に強く手を当てる。

グググッ…

「ううっ…!」

その瞬間、十耶は苦痛に顔を歪め、グラベンを睨みつけた。
グラベンは十耶の腰のベルトずらして引っ張り、腹部を更に締め付ける。

「止血だよ」

「…はぁ…?」

「見りゃわかんだろ、止血だよ」

「なんでっ…そんなこと…!」

「俺の仲間のランは回復呪文が使えんだ。
この戦いが終わるまで生き残ってたら、助けてやるからそれまで待ってな」

グラベンは簡単な処置だけすると、ディーが『なにやってるんですか!』と当たり前のことを聞いた。
グラベンはふと十耶を見下ろし、何気ないことを言う。

「だって…俺達が助けてやんなきゃ誰が助けてやるんだよ?」

「助けてやる必要…ないでしょう…
現に、あの女性は見殺しにするんですから」

それは、みねを指していた。

「わかってるよ。でも俺は嫌なんだよ。
律儀に口を割らない真面目な奴が、仲間に見捨てられちまうのが…」

ただの気分屋だ。
周りに転がる兵隊の屍があるのに、それには目もくれない。

グラベンとディーは新羅が向かった南館ではなく、ペケとソイーヌが向かっていった北館へと何も知らずに走っていく。
北館には大きなパーティー会場があり、そこに蛇威丸がいるが、そのことにグラベン達はまだ気付いていない。


「グラベン…君…待ちなさい…よぉ……!」

みねは同情のかけらも見せてくれないグラベンに懸命に呼びかけた…が、一切、振り向いてくれなかった。

「な…によぉ…なによぉ…!」

たかが矢の一本で死ぬものかと、胸に刺さった細い矢を引き抜く。

ズバッ…!!!!!

思っていた以上の血が溢れる。
その矢を引き抜いて、ようやく気付いた。

毒矢ーーーーー!!!!!!!???

矢の先が少し変色していた。
そして、微かだか異臭がする。
そして…目の前がグラついて、ついにみねは倒れる。

ドサッ…

嘘でしょ…
私がこんなとこで死ぬの…?

私、なんの為に死ぬのよ…
唯一、みねと気の合ったかえでの仇討ちでもなく…
そんな楓を殺したアダにあっさりと寝返ってしまい、
おまけに、そのアダにさえ頼りにされず…

私、一体なんの為に死ぬの…?

こんなんだったら…
楓と共に死んでおいた方が良かった…

楓…私を迎えにきてよぉ…!



「ーーーーみぃぃぃちゃぁぁん……………」


みねの視線の先には、仲良かった楓の姿ではなく…
首を180度へし折られて体と向きが逆になったさくらの姿があった。

「ぎぃええっ…!さっさっ…さくらぁっ…!!!!」

桜は顔は正面を向き、体は後ろ歩きをしたまま、早足でみねに近付いてくる。
悪夢のような姿…!

「ーーーーみぃぃぃちゃぁぁあん!!!!!!たすけてよぉぉおお!!!!!
なんで殺したのよぉぉ…!!!!!みぃぃぃちゃぁぁあん!!!!」

「やっ…やめてよぉぉおおおお!いやぁあああぁぁぁあ!!
ごめぇんってばぁ…!!!!こないでよぉぉおおぉぉ!!!!!!」






みねは毒に犯され、その場に仰向けで泡を吹いたまま暴れていた。

















少し時は遡る。
グラベン達が東館で戦闘を始める少し前。


黒魔術士の覚醒者イーグリアスは、王の命令により亜紀から一時も離れず、南館にある亜紀の為に用意された豪華な部屋で監視していた。
姫様扱いだが、窓には鉄格子があり、あちこち施錠されている。

蛇威丸は即位のパーティーの為、会場へ少し先に向かい、しばらく部屋は沈黙となる。

「ーーーーーー」

窓際に立って外を眺める亜紀の姿を、まじまじと見ていた。

亜紀との約束では…
これから亜紀を王妃にすることになっている。

だが、しかし、
新羅との約束では…
亜紀を殺し、紅い石を譲渡することになっている。

どちらが本当なのだろうか…

亜紀が持っている紅い石を、なぜ無理矢理にでも奪ってしまわないのだろうか…


ザァァァ…

強い風が部屋に流れ込んできて、亜紀は一瞬、目を横に伏せた。
ウィッグの茶色の長い髪が、空中を美しく舞う。

再び視線を戻す時、強い視線を向けるイーグリアスと目が合った。

「何か、ございましたか?」

イーグリアスは興味がてら、話しかけてみる。
亜紀の感情は失意の底にあるようで、声は届いているようだが、目線を落としまた外を向いてしまった。

「………」

「あまり、窓際に近付かないでいただけますか?」

何か返答をもらいたいが為に、そんなことを言ってみる。
すると、イーグリアスの思っていた通りに亜紀はこちらに振り向いた。

「…どうして?」

「理由は答えられません。どうしてでもです」

今まではまるで鳥かごに閉じ込めたまま放置しているようだったのに、今日はずっとイーグリアスが必要以上に凝視して見張っている。

「蛇威丸にそう言われてるの…?」

「ええ、そうです」

「逃げないって…そう約束したばかりなのに…信じてないのね…」

肩を落とす亜紀に、言葉を選ぶべきだったかと思い直す。
亜紀は手首に触れ、そっと紅い石に手を当てた。

「蛇威丸は本当に…約束…守ってくれるのかな…」

「それは…」

自分なんかが答える内容ではないと気付き、イーグリアスはすぐに黙った。
とても落胆した顔。
何もかも諦め抜け殻のような、そんな顔をしていた。


ザァァ…ザァァ…

風が強くなり、イーグリアスはそれを理由に『窓を閉めます』と断りを入れてから動いた。

亜紀は反論することもなく、部屋の奥に引っ込む。



「ーーーーーーきゃっ…」


急に亜紀が小さな短い悲鳴を上げたので、イーグリアスは窓を締め切って、すぐに振り向く。

「どうされました!?」

すると、亜紀はすぐに首を横に振り、ドレスの裾を持ち上げた。

「ごっごめんなさい…!裾を踏んでしまって転びそうになったの…!」

先程と打って変わり、必要以上になぜか焦る顔。
少し気になったが、他には特に変わった様子もない。

「そうですか…急に驚きました」

「大きな声を出してしまってごめんなさい…」

そう言って微笑する亜紀。
先程の落胆した重苦しい表情はどこへ行ったのか。

だが、美しい亜紀に微笑まれて悪い気がしないイーグリアスは、特に追求したりしなかった。


スッ…

亜紀はそそくさと天蓋ベッドの中に入っていく。
急に何事かと思ったが、王妃になる人のベッドの中まではついて行けず、総レースのカーテンなので中の様子を外から確認することにした。

「ーーーーー」

亜紀はイーグリアスの方に背を向けてベッドに座り、そっと重ねていた両手を広げた。
手の内から出てきたモノとは…

「………」

小さなねずみだった。
あの瞬間、鼠が天井から亜紀の頭に落ちてきて、思わず悲鳴をあげてしまったのだ。

ただの鼠かもしれない…
だけど…だけど…

鼠にしては、その姿は真っ黒で…
鼠にしては、随分スリムな体型だった。

チュ…チュ…チュ…

亜紀の手の平を軽やかに動き回り、手首についている紅い石を口で突いている…ように見える。

亜紀は身を屈めて、小さな声で鼠に声をかけた。

「…もしかして…ランさん…ですか?…」

チュ…チュ…チュ…

返事はない。
ずっと手の平を動き回っているだけで、本当にただの鼠だったのかもしれないと思い始める。

「ねぇ鼠さん…ランさんなら…返事して下さい…」

チュ…チュ…チュ…

当たり前だが、鼠はしゃべらない。

あまりにもクラーザに恋焦がれて、気持ちを押し殺さなきゃいけないストレスで、頭がおかしくなってしまったのだろうか…

「………」

諦めると決意したはずなのに、心の底の本当は助けに来て欲しいという思いが捨てきれてなくて、鼠一匹に夢を見てしまっているんだ…

チュ…チュ…チュ…


本当は…蛇威丸になんか、抱かれたくない…

嫌だ…

嫌だよ…









「ーーーーーーー」

しばらくの間、亜紀は情けない自分にますます肩を落としていた。
かすかな望みをかけてしまった自分に馬鹿だと後悔する。
うなだれてしまい、すっかり意気消沈する。

「どうされましたか?具合でも悪いのですか?」

レース越しから見たその姿は、泣いているように見えた。
イーグリアスは、亜紀が泣きたくて天蓋ベッドに入ったのだと勘違いする。
そして、なかなか出てこない。

「あの…」

もう大丈夫ですと返事しかけた時、鼠が亜紀のロングヘアによじ登り、ウィッグを思い切りずらした。

「あっ…」

「どうしました!?」

痺れを切らすように、イーグリアスがレースのカーテンをめくる。
そこには、ウィッグが思い切りずれて亜紀の坊主に近い頭の一部分が見えた。

「ーーーーー失礼しました…!」

イーグリアスは慌てて頭を下げた。
裸を見たかのような慌てよう。
見られてしまった自分も悪いのか、亜紀は立ち上がってウィッグを支えたまま、そこから出る。

「あの…直してもいい…?」

「どうぞ…」

イーグリアスは視線を斜め下に落としながら、部屋の奥にある広いパウダールームの扉を開けて案内する。

パタン…

亜紀をパウダールームに入れると、そっと扉を閉めた。






ただ一人だけの為にしては豪勢過ぎるパウダールーム。
大きな鏡張りの部屋。
いつかのクラーザからもらった鏡よりも、比べ物にならない程大きい。

敷き詰められる程の化粧品に、宝石たち。
更に奥には一度も袖を通していない新品のドレスが山のように飾られてあった。

豪華であればある程、虚しさを感じる。
愛着も沸かない華美な物が多ければ多い程、ため息が出た。

「変な…あたま…」

亜紀はウィッグもティアラも取り外し、鏡の前のテーブルの上に雑に置く。
勝手に施されたメークは全然好みじゃない。
眉の形も、アイラインの長さも太さも、リップの色も全然可愛くない。

こんなのアタシじゃない…!

カチッ…!

亜紀はその辺にあるメーク道具をじっくり選びもせずに掴んだ。

キュッ…キュッ…

眉を描き直し、アイラインを強く拭き取って、新しく伸びのあるラインを描く。

「こんなの…全然ちがう…!」

好きな眉の形に、亜紀らしい目元になったのに、根本から違うことに気付く。

だって、アタシは美白が好きなんだもん!
こんな真っ黒な顔は全然好きな顔じゃない!

妖魔女じゃないように見せる為、ずっと濃いリキッドファンデーションを塗りたぐってきたが、こんな好きでもない顔をして、好みでもない物を着て、好きでもない男にもらわれてしまうのか…


メークを直す活力も失い、握っていたブラシを元に戻すと…

「あ…鼠さん…」

鼠がいつの間にかどこへやら行ってしまっていた。
ベッドにいる時に、そういえば手放してしまい、置いてきたかもしれない。

「大丈夫かな…」

たった鼠一匹に剣を向けたりはしないと思うが、ここにいる蛇威丸の城の者は恐ろしい人達ばかりだから…

「大丈夫だよ」

「ーーーーえ…」

明らかに自分ではない声に顔を上げると、鏡越しにはランレートの姿があった。

「あっ…」

鏡をのぞく亜紀の後ろに、ランレートが一人立っていた。
亜紀はすぐに振り向き、自分の目でしっかりと確認する。

「ーーーーーーランさん…………!」

外にいるイーグリアスに気付かれぬよう小さな声で、その名を呼ぶ。
両手で口を抑え、泣きだしてしまいそうな程の喜びに手が震えた。

「あきちゃん…お迎えが遅くなっちゃってごめんね」

「ランさん…!本物なの…?夢じゃないの…?」

亜紀が目をくしゃくしゃにすると、ランレートは静かに笑って亜紀を包み込んだ。

「本物の私だよ」

ぽっかりと穴が空いていた胸に、熱い感情が戻ってくる。

「ーーー本物のランさん!ランさん…良かったぁ…!」

ランレートの変わらぬ姿に安堵する。
個性的で素敵な装いにランレートらしい話し方。

だが、感動の再会に胸を熱くしているのは亜紀だけでなく、ランレートもまた違う気持ちでいっぱいだった。

亜紀の衝撃的な姿に、笑顔が消えた悲嘆した表情。
顔をぐしゃぐしゃにメークし直しては、急激に落胆する行動。
鼠の姿でそれを見ていて、とても痛々しかった。

すぐそばにはイーグリアスがいるが、色んなことを聞きたかった。

「ーーーあきちゃん、その姿は一体どうしたの?
お腹の子は大丈夫…?なにかされた?
クラーザには会えた?イルドナ君はどうしたの?」

亜紀の顔をまじまじと眺めて、きれいに刈られてる頭をそっと撫でる。
だけど、亜紀にも沢山言いたいことがあった。
早く伝えなくてはいけないことが山ほどある。

「ランさん…!大変なの…!
アコスさんが…死んでしまったの…!
クラーザは地下の牢屋に閉じ込められたまま、頭がおかしくなるくらい苛められてるの…!
あとっ…あと玉石があるの!ソイーヌって女の人が蛇威丸に隠して持ってるの!残りはイルドナさんが…それとっ…!」

互いに声を殺しながら、慌てて伝えようとする。
順序を追って話さない為、何が何だかわからない。

急に、ランレートは亜紀の口元に人差し指を立て、静かにするように促した。

「ーーーーーー」

二人がすぐに黙ると、扉の外から声がしていたことに気付く。


「まだ終わりませんか…?どうなさいました?中に入りますよ?」

亜紀は目を大きく見開き、ランレートに『鼠に戻って』と言うがそんな簡単に鼠なったり戻ったりできる術ではないのだ。
ランレートが亜紀に一度だけ首を横に振り、右手の人差し指と中指を揃えて、眉間の前で立てる。
イーグリアスが中に入ってきた瞬間を狙って戦闘が始まる予感だ!

「待って…!ファスナーが上がらないの…!」

亜紀がドレスをガバッと脱ぎ、胸元まで下ろした。
その瞬間にイーグリアスが入室してくる。

「えぇっ…?着替えてらっしゃるのですか…?」

背中にあるファスナーが縦に開いているのを見て、またもやイーグリアスは開け始めた扉を軽く戻す。
だが、扉を締め切らずに、そのままの状態で扉の側に張り付いた。

「髪が…ファスナーにひっかかってしまったの…!」

とにかく言い訳をつけて時間を引きのばそうとした。
すぐ近くには、ランレートが声には出さない呪文をブツブツと唱えはじめる。
まだ準備が整っていないのか、右手は眉間に、左手は亜紀に『続けて』と言った合図を送る。

「ーーー申し訳ございませんが、あなたから目を離す訳にはいきませんので、中に入らせて頂きます。俺は後ろを向いてますので…」

「だめ…!ちゃんと着てから…」

「見ないのでご安心ください」

今度は無理に扉を開けようとするイーグリアスと、その扉を抑えて開けさせないようにする亜紀の攻防が始まる。

「もしかして、何か隠してますか?」

何かに勘付くイーグリアスに、亜紀はドキッとしてランレートを横目で盗み見た。まだ準備中だ。

「こっ…こんなとこ見られたら…蛇威丸に殺…殺されちゃうよ…!」

とにかく噛みまくる。動揺が手に取るように伝わる。

「王の命令ですから」


もうダメだ…!
これ以上は限界…!

亜紀は自分の容量の無さにもっと言葉を勉強しとくんだったと後悔する。
そして、イーグリアスが扉を開けた時…

「ーーじゃあ手伝って…!」

自ら亜紀が、パウダールームから出ていった。
そして、イーグリアスの手に、取れたウィッグとティアラを強引に押し付け、ドレスのファスナーを下ろした大胆な背中に視線を向けさせるように後ろを振り返る。

「えぇ…!!?」

ウィッグを直すどこでなく、ドレスも脱ぎかけて、さっきから一体、中で何をやっていたのか問いただしたくなる。

だが、目の前にははだけかけた肌。
近付くと甘い香りがして、息を呑むほど線の美しい身体。
イーグリアスは狼狽えるてしまいそうなのを隠しながら、ウィッグとティアラを片手に持ったまま、ドレスのファスナーにそっと手を触れた。

「ーーーー失礼します…」

ゆっくりと優しくファスナーを上げかけて……手が止まる。

「………」

亜紀は恐る恐るイーグリアスの顔を伺おうと振り向いた。


スーーーーッ……


「えっ…?」

その瞬間、イーグリアスの手がドレスの中への忍びこんできた。
ファスナーが自然とまた下がっていく。

「これは…どういうことです?ーーーーー妖魔女さん」

「ーーーーー!」

イーグリアスはファスナーの開いたドレスを両手に広げて、亜紀の脇腹に触れた。
そこは…透けそうな程、真っ白な肌。

バサッ……!!!

次は乱暴にも思える勢いで、今度は肩からドレスを一気に下ろした。

「ーーーーきゃっ…!!」

亜紀は胸元を隠して、イーグリアスから仰け反る。
脱がされそうになったドレスはへその辺りで止まるが、手では隠しきれない胸の谷間や、お腹辺りの真っ白な肌が露わになってしまった。

「今すぐ、俺の目の前で裸になってもらえますか。確認させて頂きます」

イーグリアスが亜紀の両手を掴んで引き離そうとする。

「やめてーーーー…」

亜紀の視野に、イーグリアスの後方からランレートが姿が入り、どす黒い小さな光が見えた。
瞬時にそれを察したイーグリアスが振り返るがーーーー

「…………スニンシラダ...パニケイアンダルフ」

ランレートが唱える呪文と共鳴して黒い光が猛スピードで大きくなり…

「........バイダールサカイデルハ!!!!!!」

光が高速で飛び、大砲にでも撃ち抜かれたようにイーグリアスの身体が吹きとんだ!


ドンッ…!!!!!


血も流れず、見た目はただ壁に寄り掛かって寝ているようだが、黒光がイーグリアスの命を奪ったのだ。

あまりに一瞬の出来事で、亜紀はドキドキして心臓が飛び出そうになるのを息を吐いて落ち着かせた。

「時間がかかってしまってごめんね。
相手が覚醒者だったから…手を抜けなかった」

より強大な力を使ったのだ。
息も切らさず、まるで変化のないランレート。
血も流さずに、倒してしまうことが出来るのだ。
殺し方も綺麗に見えた。

「ランさん…良かった…」

亜紀の深く安堵する表情。
ランレートはすぐに亜紀をぎゅっと強く抱きしめてきた。
男の人の力だった。
クラーザよりも背が高くて、少し良い香りがした。

「お腹の傷…随分…酷い目にあったみたいだね…
ごめんね…なかなか助けに来てあげられなくて本当にごめん」

亜紀の乱れたドレスから、腹を縫った痕が見えた。
ランレートはそれを赤子を奪われた傷だとショックを受けていたのだ。
亜紀はランレートの腕の中で首を振る。

「ランさん、違うよ…これはね…赤ちゃんを産んだ証拠なの。
イルドナさんが、お婆さん達が沢山いる村で頼んでくれて…アタシ、皆に助けられて赤ちゃんを産んだの」

「えぇ?」

赤子はまだお腹から出す時期ではない。
そんなのは早過ぎる。
ランレートの驚く顔を察して、亜紀はやっと微笑んだ。

「クラーザの赤ちゃんなの。
ランさんが産むのを応援してくれたから…クラーザの赤ちゃんだって気付くことが出来たの…」

誰の子かわからず流産させたいと願う亜紀に、ランレートが産むことをすすめてくれた。
それがなかったら…産む気にもならなかったのだから。

「そうだったの…良かった…!
じゃあ…私にも抱っこさせてもらわなきゃね…」

「うん…!」

ランレートは亜紀のドレスを直してやり、おでこに指をあてた。
ギュッと強く擦っても落ちなかったが、ランレートの指先から白い光が漏れると、念入りに塗られた茶色のリキッドファンデーションが落ち、白い肌が見えてきた。

「自分を守る為だったんだね…」

次に茶色のカラーコンタクトをした目に、そっと手を向けると………


スゥゥゥウウウウウーーーーー…………


黒いもやがゆっくりと確実に部屋中に広がってきた。

「ふふふふ…」

その靄の中をこだまするような薄ら笑い声。
ランレートは手を止めて、亜紀を庇うように立つ。

「強い…流石は黒魔術士ランレートですね…
ふふふふ…でも、甘いです。それはあなたの為のフェイクですから…」

すると、靄の中央にスッと覚醒者イーグリアスが現れた!
その瞬間、壁にもたれ掛かっているイーグリアスが黒猫に変わった!

「お前も黒魔術士か…!」

それに気付かなかった。
目の前に黒魔術士の覚醒者イーグリアスが登場すると、
更に、ほぼ同時くらいにアダが部屋に飛び込んでくる!

「ランレート…!!!!やはりここにいたかっ…!!!」

アダは既に剣を抜いていて、いつでも飛びかかってきそうな雰囲気だ。
その反面、ニヤニヤと笑いながらイーグリアスはゆっくりと顎を引く。

「黒魔術士ランレート、さっきのは素晴らしかったです。
勉強になります。教えて頂きたいくらいだ…」

そういうイーグリアスも、ランレートと戦うことを想定しており、事前に黒猫に術をかけ、その身体に乗り移っていたのだから大した術士であることは間違いなかった。

「そう言えば…ダグリが最近、ピンクの覚醒者の子供を保護してるって言ってたことがあったね」

「いえ…20年前の昔の話です」

「それは私達の間では最近って言うんだよ」

ランレートとイーグリアスの会話を尻目に、アダはランレートの後ろに隠れている亜紀を確認した。
そして、目の色を変える。

「どういうことだ!?あきの肌色が元に戻っているぞ!」

アダの焦りとは相反して、イーグリアスは再び口先で笑う。

「ええ。妖魔女だということを隠していたようです。
騙して騙されて…ふふふふ…面白いじゃありませんか」


ブワァァーーーーーーーーッッ!!!!!


対象的なアダとイーグリアスが、まるで合わせたかのように、一気に気を高め覚醒者の力を見せつける!
戦闘能力の高い二人が、ランレートへと狙いを定めた!

二対一。
全く勝敗がわからなくなる。




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みんなの感想(9件)

さいと
2020.03.29 さいと

続きはもう書かれないのでしょうか( ; ; )
続きを…続きを、お願いいたします…

解除
にしやん
2019.10.10 にしやん

最後まで読みたいですー!続きをずっとまってます!
ぜひクラーザと、あきちゃんにこれからの未来を。。作者さんにしかできないので涙

解除
にしやん
2019.10.06 にしやん

読み始めて、1.2週間かけて睡眠不足になりながらも最新話まで読んでました。。去年から更新されていないようで、、ガーン!!( ̄◇ ̄;)
続きが気になりますー!!あともう少しで完結になるのでしょうか?
ぜひ!最後までお願いしますーー
クラーザとあきを幸せにしてくださいぃ

解除

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