ワールド・オブ・ランク

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第2話

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 深い海の底から浮かび上がるように、眩しい光に導かれ春人は目を覚ました。目がまだ慣れていないようで全く見えない。
 ここはどこだ。というより俺は死んだんじゃなかったのか?
 春人は目が見えないので分からないが病院とあたりをつけて体を起こそうとする。しかし全く体が動かなかった。

 どういうことだ? と思っていると目が慣れてきたのか徐々に周りの様子が見えてくる。
 春人は目に映った光景に絶句した。なぜなら周りは透明なケースに入れられた赤ん坊で埋め尽くされていたのだ。しかも今いる場所は三段に分けられた広い劇場のような場所で、そこに隙間なく透明なケースが並べられている。異常だ。

 一体どうなっているんだ!? ここは病院じゃなかったのか! と声を出そうとしたがそれも叶わなかった。いや、声自体は出せたのだが、まるで赤ん坊のような声しか出せなかった。
そこに至って春人はある可能性が頭に浮かんだ。

 それは春人が死に際に望んでいたもので、恐る恐る自分の体に目を向ける。プクッとした小さな手、水を弾く瑞々しい肌、間違いない赤ん坊の体だ。
 そうか、これは所謂生まれ変わりっていう奴なのか。

 ストンとその言葉が心の中に落ちてきた。訳が分からないが、しっくりとくる。きっとそういう事なのだろう。

 となるとあのとき決めた事が出来るかもしれない。だとしたら俺は……完璧人間になってやる! 

 再び決意を胸に掲げていると猛烈に眠気が襲ってきた。抗えそうにないそれに俺は身を委ね、眠りに落ちたのだった。


 あれから大分時間が経った。具体的な日数は分からないが相当経っていると思う。
 不思議な事に隣の赤ん坊を除けばこれまで人と一切会っていない。ミルクは口に付けられている管から出てくるし、ご飯には困っていない。いないのだが……

 なんだかものすごくおかしい。普通赤ん坊をこんな機械のようなもので育てられるものなのだろうか。よく知らないが、絶対おかしいと思う。
 最近、もしかして俺が転生した世界は地球ではないのか? と思い始めている。

 だってこんな育て方する国なんて聞いた事ないもんなぁーいや、もしかしたらどこかの秘密結社とか悪の組織などの集団がやっているかもしれないが、そんなフィクションの世界の住人まで考慮に入れてたら訳がわからなくなるのでいないものとする。
 それにしても赤ん坊をこんな育て方するとは……人権侵害で訴えてやろうか。
 そんな事を考えているとコツコツと甲高い音が聞こえてきた。

「それで今年の子供たちの様子はどうだね」

 嗄れた声だ。声の主が老人である事が伺える。それに若々しい女性の声が答えた。

「はい、今年は例年に比べ優秀な子供が多く、特DA3番が全ての能力予想値において傑出しています、歴代最高と言えるでしょう。ですが……」
「規定ランク外か」
「今年は30名です。すでに処分しましたがしかし……」

 っ!?  なんだと!? 処分、処分といったか! この声の主たちがなにを言っているのか分からないが、わかる事が1つだけある。
 それはなにかしらの規定ランク外の赤ん坊を処分したことだ。正気の沙汰とは思えない。
 狂ってやがる。

 春人が2人の会話に恐れ慄いているとは知らずに本人たちは続ける。

「人類のためと思ってもやはりこれは慣れませんね」
「ふむ、お主見るに新人だが、何年になる? 」
「2年になります」
「そうか、ときに学校では歴史についてなんと習ったかな? 」

 突然の老人の質問、冷や汗を浮かべながら耳を立てていた春人はゴクリと喉を鳴らして息を殺ろす。沢山いる赤ん坊の中でみつからないようにする為だ。
 見つかれば自分も処分される気がした。バクバクとなる心臓が煩い。隣で動く赤ん坊がここに俺がいると合図しているように感じる。

「私の覚えている範囲であれば、三千年前、深刻な環境汚染や戦争により人類の活動可能領域が後退し、またそれに伴って現れた魔物によって人類が追い込まれたと……」
「その通りだ、だが少し足りないな。食料、住む土地、ありとあらゆるものが枯渇し、人々の不満が爆発する中、世の指導者たちは決断したのだよ。優秀な人間を育て、優秀なじゃない人間を見捨てるとね」

 老人の言葉を聞き春人は息を飲む。老人が言っていることも女性が言っていることも春人を驚愕させたと同時に、ここで日本で培ってきた常識が通じないと痛感させられた。
 環境汚染や戦争などは度々ニュースを騒がせていたが、そこまで深刻なものではなかった。ましてや魔物など空想の産物だ。
 それがこの世界にはいるという。とても信じられない。

 そして分かりたくなかったが赤ん坊を処分したという言葉の意味が分かった。
 なにかしらの方法で能力を調べ、優秀な人間とそうじゃない赤ん坊を選別して、処分しているのだろう。
 だが老人の言う通り追い込まれたとして、そこまでやる必要があったのだろうか?

「それは記憶しています。ですがそこまでする必要があったのかと思うのです、人は助け合えばやれないことはないと学校でも習いましたし」

 女性が春人の心の声を代弁するように尋ねた。すると乾いた笑い声が響き渡る。

「仕方なかったんだよ。今と違って3000年前は人同士で争いが頻発していたし、同じ国という単位であっても足の引っ張り合いは可愛い方で、働くことを拒否したり、他人に支えられることが当たり前と思う人で溢れていたそうだから本当の意味での協力は不可能だろうね」
「そうなのですか、学校で習った記憶がないのですが、勉強不足です……」
「いやいや、落ち込むことはない。今言ったことは最新で発見された文献に載っていたものだ。知らなくて当然だよ。さて続きだ、そんなまとまりがない中で魔物に対抗できると思うかな? 」

 老人の問いかけに、しばらく沈黙が下りる。春人の答えとしては分からないだ。そもそも魔物の脅威を知らないし、判断することができない。
 しかし、女性はそれを知っていたのか煩いまでの沈黙を破った。

「……思いません。魔物討伐には最低でもBランクを5名必要とします。しかしそれはバックアップあってのこと、後方が統制を取れてなければ、たちまち人類は全滅すると思われます」
「その通り、正解だよ。いやー試すようなことを言って済まない、なにぶんこれが仕事だからね」
「いいえ、気にしていません。異端審問官のゼノ様はそれが仕事ですので」
「そうか、わかってくれたなら嬉しいよ。じゃあこの話はこれで終わりだ。時間も押しているし、次の区画に行こう。しかし今年は豊作だな、将来が楽しみだ」
「はい、では次の区画ですが……」

 会話の声が遠のいていくに連れて、バクバクと鳴っていた春人の鼓動も収まってきた。もう遠くまで行ったようだ。
 ふぅ、行ったか。それにしても俺の想像以上にこの世界はおかしいようだ。魔物や環境汚染に対する対策が人間の選別とは……。
 きっと元いた日本よりはるかに命が軽いのだろう。俺も気をつけねば処分、殺されてしまう。
 死にたくない、折角生まれ変わったのに死んでたまるか! ……でもできることといえばなんだ? 赤ん坊の俺にやれることは少ない。無力な赤ん坊だ。
 クソッ! せめて動けるくらいにならないとやれることなんてないじゃないか! 

 春人は歯が生えていたらギリっと音がするくらいに歯噛みする。死ぬかもしれないのに祈ることしか出来ない自分の体が恨めしい。だが、それでもやれることはやるのか「どうか死にませんように」と神に祈ったのだった。
 
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