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どういうことですか?亀吉さん!

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「えっ?亀吉さんどういうことですか…?」俺はわけがわからなくてもう一度聞き返す。「実はわしの弟が脳梗塞で倒れて、体が不自由になってしまったんじゃ…。これからは車椅子生活だそうでな、その弟がこの近くで児童科学館をやっておってのう、だから新しい管理人が必要ということになってしまったんじゃ…わしは膝や腰が痛くて長時間は働けないし…」「でもなんで俺なんですか?」「それは星奈くんが理系男子だからじゃよ」俺はじいさんを真っ直ぐみて冗談ではないことを確認した。「そっ、それだけの理由なんですか?」じいさんは目尻に一杯シワを寄せてにっこりと微笑む。「うん」俺は頭を抱えてソファーにもたれかかった。こんな思いつきだけで、そんな重大なことを任されるのか俺は。両親が離婚したうえ、新婚ごっこみたいなバイトを引き受けて…それだけでも俺のあまり容量のない頭は一杯一杯なのに、まだ運命は俺に試練を与えるのか!?胸の中で困惑の渦がぐるぐるの回って、心全体を支配してゆく。亀吉さんは俺に手を合わせて頼んだ。「この通りじゃ。星奈くん頼む!開館日は大幅に減らしたっていい。弟の築いてきたものを絶やしたくないんじゃ!」こんなに頼まれたら断り辛い。でも、俺の目の前では、亀吉さんのシワシワの手がピクピクと震えていた。「わかりました。できるかどうかはわかりませんが、やってみます」亀吉さんはパッと顔を上げた。「星奈くん…!ありがとうありがとう」亀吉さんは俺の手を握って何度もブンブン振った。「イタタタた…もう十分ですよ。それに俺もここに雇ってもらったんだし、恩返しといったらあれですけど、役に立ちたいんです」
「星奈くんは本当にいい子じゃのう…春子にはもったいないかな?いっそわしに乗り換えんか?」じいさんは茶目っ気たっぷりの目で言った。「アハハ、そんな冗談やめて下さい!それに春子ちゃんが俺にはもったいないくらいですよ」「そうかそうか、それは良かった。さあ、こうしちゃおられん。さっそくその児童科学館を見に行こうじゃないか!」「ここから近いんですか?」俺は中学に入るときにこの街に引っ越してきたから児童科学館なんてこの街にあるとは全く知らなかった。幼い頃、家の近くの児童科学館に父さんと何度か行ったっけ…。「見て驚くなよ~」亀吉さんは俺に手招きして、地下室の階段を降っていった?地下室には木製のような見た目のドアが一つあり、亀吉さんは銀色の鍵でドアを開けた。「さあ、星奈くんおいで。」「あっ、はい」俺は亀吉さんの後に続いた。ドアの無効には400メートルくらいの長いアスファルトの道が続いていた。中はトンネルみたいに暗く、ところどころ電気は付いているものの、小さな陽だまりのようで、あまり役にはたっていない。何よりも蒸し暑い。「よし、着いた」亀吉さんはまた銀色の鍵で今度は空色のドアを開けた。「ここが児童科学館じゃよ」なんと児童科学館は亀吉さんの屋敷とつながっていた。目の前には大きな部屋があって、向こう側には自動ドア、右には受付のようなものがある。受付の付近にはチラシがバラバラになって落ちていた。もしかしたら、弟さんはそこで倒れたのかもしれない。亀吉さんは腕の時計を見るやいなやこう告げた。「あぁ、もうこんな時間か!弟の病院の面会時間が始まりそうじゃ。一刻も早く、行かねば!星奈くんさらばじゃ~」「えっ!ちょっとちょっと、亀吉さーん!俺、どうすれば…」最後まで言えなかった。彼は矢のように早く、児童科学館をあとにした。俺は一人にされて呆然となった。児童科学館は電気が消えており、薄暗かった。窓から昼下がりのボワっとした明かりが差している。「やあ!誰かい?大きなお客さんだなぁ。ごめんね、今日は臨時休業になっちゃったんだよ」後ろから男性の声がした。パチッと音がして電気がついた。振り返るとそこには30代前半くらいのスラッとした顔立ちの整った男性が立っていた。肌は白く、尖った耳で、黒いマントを羽織っている。「ドッドッドッドッ、ドラキュラだー!」「失礼な!待ち給え!!私は正真正銘の人間だ、ほら足だってある」ドラキュラはしたり顔でマントの裾をめくり、長い脚を見せた。「ドラキュラだって、足があるじゃないか!」「フフフ、物分りが悪そうだ。まあ、そんなに怖がらずに1号館で紅茶でも飲もうじゃないか。」飲まれる(吸われる)のは俺のほうじゃないかと思いながら、俺はドラキュラ未遂にしぶしぶついていった。1号館(みんなのおへや)には自動販売機やアイスクリームの自販機があった。俺は言われるのがままに彼の隣に座った。「はい、お待ちどう様」「ありがとうございます」彼が持ってきてくれたのは奇妙な青い紅茶だった。彼は紅茶にレモンを絞った。「わぁ、むっ紫になった」「ふふ、驚いただろ!これは化学反応によるものだよ。だけど、最後までは教えられないなぁー、次までに自分で調べてきな」「はっ、はい」「それで君、誰?」ドラキュラは紫のお茶をおいしそうにすする。「お、いや僕は滝沢星奈です」「お、いや僕は滝沢星奈ですくんかぁ~!初めて聞く名前だなぁ」俺は少しムッとしてしまった。「滝沢星奈です!」ドラキュラはニヤニヤする。「まぁ、そんなに怒るなよな。仲良くしようぜ」「はい。よろしくお願いします」礼儀なんてこの世になかったら、こんなこと言いたくない。「私の名前は紅血有見居楽(くちあり・みいら)転生後27年目、よろしく頼む」くっ、くちありみいら…ドラキュラじゃない!しかもいい年して、転生とか言ってる…てか、30代いってなかったわ…。「な、星奈、星奈くん!聞いてる~?ぼっーとしちゃってさぁ~」「すみません、もう一度お願いします」「だからね、今日のご用事は?」「あっ…そうでしたね!僕、亀吉さんからこの児童科学館の新しい管理人になって欲しいって頼まれたんですけど…」見居楽はその途端、顔面にボールを投げつけられたような顔になった。「なんだって!それじゃあ、君は…」「え?」「いや、なんでもないんだ。」ドラキュラは咳払いを一つ、それから姿勢を正す。「私はここで気象占いを教えている」「気象占いですか?」「そうだ。科学的かつ夢のある占いだ」ちょっとよくわからない。しかし、少し面白そうだ。「まあ、詳しいことはおいおい話すよ。君ってもしかして、あのマドンナ春子ちゃんの彼氏?」俺は一気に体温が上昇するのを感じた。「そんなにまっ赤になっちゃってさ~図星だね」俺はこくりと頷く。亀吉じいさんは、予想通りおしゃべりだ。「そうとう気に入ってるらしいね!君特別イケメンじゃないけどさ、なんかこう惹きつけられるね。華があるなぁ」褒められているのか、それともけなされているのか、まあこの紅茶は案外おいしいので良しとしよう。「でも、なんで俺が管理人に…?その見居楽さんでもきっと十分務まりますよね?」「いや、私は無理だね。だって管理人は決まった力がある人しかなれないから…」「見居楽!誰?そのお客さんは?」俺は声の方に目線を移す。また、変人が来た。
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