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25話

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 そこまでするか。
 三人は息を飲んでレイが掲げる箱を見つめたが、箱からあふれ出した光の渦に徐々に青竜の姿が浮かびあがって……などということのあろうはずもなく、箱は箱のままだった。
 三人の視線が充分に集中したのを見計らうと、いきなりレイは箱のなかに手を突っこんだ。
 箱の簡へ手を沈めると手応えがあったらしく、口の端がピクリと笑った。
 闇からおもむろに手を引き出す。
 その手には一振りの剣が握られていた。
「どうだ、これが……」
 呼青竜だ! とレイは最後まで言えなかった。
 半ばまで剣を引きだしたところで、貴奈津がレイをベッドに殴り倒したからである。
「なにをする! あぶないじゃないか!」
「結局、手で引っ張り出すんだったら、大げさにかっこつけないでよね!」
 貴奈津は、特撮映画のような大スペクタクルを期待していたらしい。
 当てが外れてがっかりしたのだ。
「出でよ」
 と言うからには、呼青竜が自ら姿を現すと思うではないか。
 そのさい、ポルターガイストふうに、家具が吹き飛ばされたり、稲妻が閃いたりしてくれれば、言うことはない。
 ぶつぶつ言う貴奈津に、レイは突っかかろうとしたが、ふと、振り向いてみると、月葉と眞鳥も貴奈津の言い分を認めているような表情だった。
 孤立無援状態である。
 レイはいきなり態度を軟化させて、釈明を始めた。
「音声パターン認識回路がついているんだ」
「だから、なによ」
「つまりだ、箱の中にゴチャゴチャに、色んな物を入れてあるわけだろう。希望する物を取り出すには、いうなれば引き出しをだな、こちらの指示通り位置を入れ替えて、手元に持ってこなくてはならない」
「それで?」
「声に出して品物の名前を言うんだ。出すときと、最初に入れるときにもだ」
「ほほー。それで、入れ呼青竜、出でよ呼青竜、とかって言うわけなのね?」
 貴奈津がからむ。
「あーれーはーだーなー、演出効果を狙っただけじゃないか。ちょっとした遊び心というやつだ。ほら、これはおまえの剣だ、持ってろ」
 レイは取り出した呼青竜を、貴奈津に差し出した。
 思わずつられて、貴奈津が手を出し受け取っ てしまう。
 抜き身のままで鞘はない。
 比較的細身で、柄にも刀身の一部にも、凝った装飾のある美しいい剣だった。
 一見、実用性より芸術性を重視した宝剣の類いに近い。
 日本刀のように片刃で、刀身に反りがあった。
 レイはもう一度封暗匣に手を入れ、今度はひかえめな声で「呼蝶蘭」と言った。
 やはり「出でよ」というのは必要なかった。
「こっちは月葉のだ」
 呼蝶蘭と呼ばれた剣を月葉に手渡す。装飾のデザインは違うが、呼青竜とよく似た剣だ。
「これはボクの星から持ってきた、精神感応型多重力場三次元転移増幅装置。
 いわゆるサイコロジカル・マジックを、地球人用に変換した物だ。剣の形にな」
「なに言ってるのか、ぜんぜんわからないわ」
「そりゃそうだろう、おまえの頭じゃ……」
 貴奈津が危ない目付きで剣を構えようとしたので、レイは慌てて付け足した。
「意味なんかどうでもいいんだ。要は、地球人の異能力者なら、この剣で魔獣が斬れるということだ。異能力で撃つ衝撃波なんかを受け流してしまうタイプでも、この剣なら物理的に斬れる。もっとも接近戦になるから、危険も大きいけどな」
「ふーん」
 顔の前に呼青竜をかざし見て、貴奈津が生返事をする。
 説明をろくに聞いていないようだ。
 レイは不満げに舌打ちをして封暗匣に目を戻した。
「アピア・リング」
 と言って、レイが四つまとめて取り出したのは、細い針金のようなもので作られたブレスレットだった。
 そして月葉を手招きする。
「月葉、呼蝶蘭をかせ」
 ベッドわきに寄ってきた月葉から呼蝶蘭を受け取ると、レイはその剣先から柄まで、さっとアピア・リングをくぐらせた。
 一見なんの変哲もない金属のリングは、輪の中に瞬時にして 呼蝶蘭を消しこんでしまった。
 貴奈津と眞鳥が感嘆の声をあげて、目を見張る。
 月葉だけはすぐに理解を示した。
「封暗匣の限定小型版か」
「やっぱり、おまえは頭がいい」
 レイは拍手をしてみせたが、人間のように.パチパチとはいかず、ボフボフという音がしただけだった。
 毛足の長い猫のような手の平をしてるに違いない。
「ちょとレイ、今の手品どうやったの、もう一回やって見せて」
 いつの間にか、貴奈津がレイの手もとを覗き込んでいた。
 レイは振り向いて、わざとらしく大きな溜め息をついた。
「これだもんな。月葉とはレベルの差が歴然だ。考えてみれば昔からそうだったけどな」「レイ、それは違う。貴奈津は反応が素直なだけなんだ」
 苦笑して月葉が貴奈津をかばう。
 眞鳥も援護して、大きく肯く。
 レイはポリポリと頭を掻いた。
「ものすごくムリヤリ好意的な見方をすれば、そうなるかもしれない」
「なによ!」
「いいから、おまえの呼青竜もかせ」
「うー」
 レイにおちょくられたあとなので、貴奈津はしぶしぶ呼青竜を差し出した。
 そんなことには委細かまわず、先程と同じように、レイが呼青竜を別のアピア・リングの中へ消し込む。
 それから貴奈津の両手を前に出させると、念のため利き腕を確かめた。
 ついで、二個で一セットのアピア・リングを、
「こっちを右、こっちが左」
 と、自分でも、もう一度確認して、 貴奈津の両手首に一個づつのリングをかける。
 だが、リングは貴奈津にはかなり大きめで、手首から簡単に抜け落ちそうだった。
「なによ、これ。こんなに緩かったら、外れちゃうわよ」
 貴奈津が手首にかけたリングを、ぶらぶらと揺らしてみせる。
 レイがニッと笑った。
「フェイド・イン」
 レイが声に出すと同時に、貴奈津の手首でリングが鈍い光を放った。
 見る間に輪が縮んでいく。
「ゲッ」
 発光するリングから、貴奈津が思わず身を引くが、自分の手首にあるのだから逃れられない。
 リングは貴奈津の手首にピタリと吸いついた。
 そして、それだけでは終わらなかった。
 リングは光の輪となって、手首のなかへ埋まりこんでいったのである。
「ひえええぇぇ」
 貴奈津が怖じ気を振るって悲鳴を上げる。
 その長い悲鳴が止んだとき、リングも光も消えていた。
「ゲゲゲゲ、なによ、これ。気持ちがわるいぃぃー」
 両手首を目の前に掲げて跪いてしまった貴奈津を、レイがここぞとばかり思いっきりみ見下す。
「いちいちうるさいヤツだなあ。これだから発展途上の非文明的生物と付き合うのはイヤなんだ。科学技術と超常現象の区別もつかないんだからな」
「うくく……」
 悔しがる貴奈津は放っておき、レイは月葉の手首にもリングをかけた。
 光の輪が腕の中へ消えさるまで、黙って見つめると、月葉は顔を上げてレイに聞いた。
「呼ぶのかな」
「呼ぶんだ」
 レイが月葉を相手に、アピア・リングの使い方をレクチャーしはじめた。
 手を交差させてみたりしている。
「でも人前だと、声に出して呼ぶのは、ちょっと恥ずかしいものがあるな」
「いいから早くやってみろ」
 レイがベッドの上で飛び跳ねた。
 なぜかワクワクしているらしい。
 月葉は肯いて立ち上がると、数歩後退った。
 そして両手を前に伸ばし、手首を交差させる。
「呼蝶蘭」
 呟くような声に応えて、交差させた手の平に、靄のように光球が生じた。
 月葉が右手で靄を掴む。
 ゆっくり左右に広げていく手と手の間に、呼蝶蘭があらわれる。
 虚空から、実体を作り出す奇跡のように見える。
 もっとも手品に見えないこともない。
 月葉が呼蝶蘭を抜ききって、水平にかざした。
 不思議なことに、剣を持つ姿がぴたりと決まる。
 容姿がいいからかもしれない。
 レイは茫然と月葉をながめていた。
 とはいえ、しょっちゅう茫然としたような顔に見えるので、本当のところはわからない。
 レイの少し開かれた口が、ぴくぴくと動いた。
「スゥーディ……」と、呟いたのだが、声が漏れることはなかった。
 貴奈津がポンと手を叩いて立ち上がった。
 おもしろそうだから、自分もやってみようというわけだ。
 月葉を真似て手を交差させる。
「出でよ、呼青竜」
 貴奈津が声に出すと、レイがヒゲを片側だけピクピクさせた。
 イヤミのしつこいヤツ。
「だけどこれ、そんなにすごい剣なのかしらね。けっこう軽いわよ」
 取り出した呼青竜を、貴奈津は片手で青眼に構えてみる。
「地球の素材じゃないからな、理解の鈍いヤツめ。重けりゃいいってもんでもないだろう」「それは、そうね」
 貴奈津は呼青竜を手もとに引きよせ、じっと見つめた。
 しかし、なんの感慨もわかなかった。
 そんなにうまくはいかないものよね、と思った貴奈津に呼応して、レイも溜め息をついた。
「どうしてなんだ、どうして過去の記憶が戻らないんだ。ほんとは、こんな剣よりローユンが必要なんだ。貴奈津、頼む。ボクは早くローユンに会いたいんだ」
 思いがけずレイがしみじみと言ったので、貴奈津はレイが気の毒になって俯いた。
「……うん」
 素直に答え、下げた呼青竜を、なにげなく下から上へ斜めに払った。
「ワッ!」
 突然ものすごい悲鳴を上げて、レイがベッドから床へ飛びこんだ。
 あまりの過激な反応に貴奈津のほうが驚く。
「き、き、貴奈津、気楽に剣を振るんじゃない! 命が危ない」
「ど、ど、どうしたのよ、大丈夫よ。充分、離れているじゃない」
 声の震えが貴奈津にうつる。
「ただの剣じゃない、その剣は呼青竜なんだっ!」
 レイが呼青竜を指差したとき、ベッドの真ん中あたりが大きく沈んだ。
「うっ」
 貴奈津が身を引く。
 全員が見守る中、ベッドは二つに割れて床へ倒れこんだ。
 叩きつけたわけではないので、たいした音は上がらなかったが、切り口のあまりの滑らかさに、知っていたレイをのぞく三人は息を飲んだ。
「あやうく殺されるところだった」
 レイが荒い息をつく。
 よほど怖かったとみえる。
 貴奈津も冷や汗を流していた。
 レイならよかったとは言わないが、眞鳥や月葉を傷つけることになっていたら。
 想像するだけで恐ろしい。
「ご、ごめん……」
「いや、おまえは知らなかったんだから、しかたがない。だけど、今度は気をつけてくれ。
 異能力者が呼青竜を振るのは、真空波を撃つのと同じことなんだ。離れた敵も倒すんだ」
「よーく、わかったわ」
 貴奈津はしつこく肯き続けた。


 続く……
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