73 / 118
74話
しおりを挟む
「撃つ、どけ!」
その一声にどれほどの威力があったのか、月葉はとっさに横あいへ身を投げ出した。
反射的行動である。
有無をいわせぬ圧力を感じたのだ。
月葉が身をかわしたのとあい前後して、チャリオットが轟音を響かせる。
月葉の行動を当然と予定したタイミングだった。
たったいままで月葉が立っていた空間を、連続して銃火が切り裂く。
第一弾がシールド上で砕け散り、第二弾は青白い光の火花をはじかせながら、シールドの端をかすめた。
気付かなかった。
月葉は実在しない地面に半身を起こしたまま、唖然としてイーライの横顔を見上げていたから、第二弾のエネルギービームが、ラッガートの眼前で鋭いカーブを描いたことなど目に入っていなかった。
シールドをかすめ去ったエネルギービームは、そのまま流れ去りはしなかった。
ビームがラッガートの背後で百八十度の反転を見せたのである。
光がブラックホールヘ落ちこむように、彗星が巨大な重力に引かれるように。
そんなふうに見えたのだが、実際は吸い寄せられたのではなく、ラッガートを狙ってエネルギービームが方向を変えたのだ。
反転の後は超高速だった。
「キャーッ!」
「ああっ!」
貴奈津とレイが悲嗚を上げる。
ラッガートの胸甲を、青白く輝くエネルギービームが貫いていた。
ビームが光の粒子となって周囲に飛び散り、漂い瞬く。
前進を止められ、ラッガートの体がぐらりと傾く。
「やめろ、やめてくれ! ラッガートを撃たないでくれっ!」
悲痛な叫びをあげ、レイがラッガートを庇いに飛び出す。
ラッガートが死んじゃう。
レイの中で記憶の混乱が起こっていた。
「レイ、だめっ!」
行く手にいた貴奈津が、突進するレイにタックルをかける。
片腕で力の限りレイを抱きしめ、放さない。
「わあっ、やめろ、はなせ! ボクはラッガートを助けなきゃ。今度こそ助けなきゃ!」
涙を飛び散らせ、短い手足をばたつかせ、レイはわめき続けた。
あのときボクがもう少し早く、ナーディとスゥーディをつれて戻っていたら、というような、自分で自分を追いつめる自虐的な発想をレイはしない。
それでも、目の前で斃れた自軍最強の戦士の姿は、深い痛手となって脳裏に刻み込まれていた。
金輪際、あんな思いはしたくなかった。
暴れるレイを必死で抑えながら、貴奈津の視界も涙に滲む。
痛いほどわかる、レイの気持ちが。
だが、紫紺のマントも流れる金髪も、姿は同じだがあれはラッガートではありえない。
この世にあってはならないものなのだ。
はじけ飛ぶエネルギービームの余波が、ラッガートのマントを大きくひるがえしていた。
光の粒子が煌めきながら消滅していく。
倒れこむかに見えたラッガートは、その中で踏み留まった。
「さすがに生きた亡霊だけのことはある、往生際が悪いな。一撃を受けたくらいで眠りにつきはしないか」
チャリオットの打撃にも、ラッガートは双刀を手放すことはなかった。
俯いていた顔がゆっくり上がると、額に落ちた髪の間から、瞳の赤光がこぼれた。
心を抉るようなその色に、しかしイーライは感傷を持たない。
経験と精神の質が、貴奈津たちとは徴妙に違うのだ。
方向を限れば、それは強さといっても差し支えない。
チャリオットが三度ラッガートをポイントする。
「その姿、消え去れ永遠の彼方へ」
轟音が連続して響いた。
ビームが集中して襲う。
シールドを失ったラッガートには為す術もなかった。
光条が甲胄をマントを体を撃ち抜く。
幾筋もいくすじも、徹底して容赦のない連射である。
「ウギャアッ!」
という絶叫を残して、レイは貴奈津の腕のなかで失神した。
エネルギービームに体中を貫かれるラッガートの姿を、とても見ていることができなかったのだ。
貴奈津も思わず顔を伏せる。二度までもラッガートを失った気がした。
「散っていく、ラッガートの姿が………」
ローユンが呟く。
彼は目を逸らしはしなかった。
ビームが消え、弾けた光の粒が舞い散る中で、ラッガートの姿が消え始めていた。
実体がホログラフに変化したように見えた。
それとともに、風に吹かれた砂の如く、輪郭がさらさらと散っていく。
瞬きもせずに、月葉は消えゆくラッガートの姿を見つめていた。
不思議に悲しみは感じなかった。
それよりも、今度こそ再び目にすることのないであろう彼の姿を、最後まで見届けてやりたかった。
入れ物だけで精神は違う。
消え去ろうとしているものは、ラッガートその人ではない。
わかっているのだ、それでも幻影と知ってなお、月葉は彼の姿を見ていたかった。
正しくはスゥーディの感情なのだろうが、ラッガートの姿が好きだった。
金色の髪も日焼けした肌も、あるいはもっとも好ましく思っていたのは彼の精神だったのか。
「だけどもうその姿ともお別れだね、ラッガート……」
もう見つめ続けていた月葉にも、人の形はわからなくなっていた。
キラキラと光る砂粒が、名残をとどめて空間を漂う。
ラッガートの姿を、その残留思念と共に完全に消し去ったことを、イーライは確信していた。
間違いない。
姿を留める力を失った瞬間、赤光が消えてラッガートは青灰色の瞳を取り戻したのである。
誰も気付かなかっただろうが、イーライだけははっきりとそれを見たのだった。
本来のラッガートにとっては不本意な生であった。
一時も早く消し去って欲しかったのは、他ならぬ彼自身だったろう。
「それにしても、ジェーロを誘き出すつもりが、こんな皮肉な結果になるとはね。また、振り出しにもどってしまったな」
軽口を叩き、ついで苦笑を浮かべようとしてイーライは失敗した。
急激に視界が暗くなり、引き戻そうとしても意識が遠くなる。
支えきれずに膝をついてしまうが、その自分の動作さえ彼にはわかっていなかった。
頭の片隅で瞬いたのは、自分が倒れるかもしれないという認識と、
「まずいな、これでは あとで月葉になにを言われるかわからない」
ということだった。
なにしろイーライの本業はボディガードである。
人前で人事不省に陥るなどということのあってよいはずがない。
なおかつ、普段偉そうにしている手前もある。
これでは立場というものがない。
などと、そんなことまで考える時間的余裕は、イーライにはなかった。
職業意識のなせるわざか、あるいはただの偶然か、まるで力の入らない指先はそれでもチャリオットを取り落とすことはなかったが、イーライは意識を失い、前へ倒れこんでいた。
「イーライ!」
はじかれたように月葉が飛び出す。
数歩の距離を一瞬で駆け寄り、倒れたイーライの肩を両手で掴んだ。
呼蝶蘭は放り出している。
「どうしたんだ、イーライ。しっかりしろ、それでもぼくの……」
ぼくのボディガードか、と嫌味を言うつもりの月葉だった。
だが、突然込み上げる涙がのどを詰まらせる。
月葉は非常に複雑な状態にあった。
言葉を発しているのは月葉なのだが、行動を促したのはスゥーディの意識なのである。
でなければ、心配してイーライにかけよる月葉ではない。
スゥーディが顕れていることは、外見からはわからない。
しかし、月葉自身は現状を把握していた。
ただ、制御ができないのだ。
「待て、待てスゥーディ!」
内在するものへ月葉は言った。
出てくるな、いまぼくの表面へ出てくるな。
「出てこないでくれ……」
こぼれ落ちる涙が、月葉の抵抗がかなわないことを示していた。
諦めから、自分の意志で月葉は顔を伏せた。
「彼は心配ないと思う。気を失っているだけだ」
頭上からローユンの声がかかった。
ピクリと月葉の指が動く、だが顔は上げない。
「わたし、月葉が泣いているのなんて、初めて見たわ」
頭上に落雷したかと月葉は思った。
貴奈津の声は、それほどのショックだったのだ。
驚きのあまり、振り仰いでしまう。
宙に浮かんだまま、こちらも失神状態のレイを掴んで、貴奈津が真面目な顔で立っていた。
「月葉って、なんだかんだ言っても、やっぱりイーライのことが心配なのね」
からかっているのではない、仲間思いの優しい子だと、褒めているつもりなのである。
「ちがう……」
消え入りそうな月葉の声だった。
ぼくじゃないんだ、これはスゥーディが……
でもみんなは、わからないわけ?
イーライは……そうか、気を失っているからだ。
「……」
結局、口に出してはなにも言えず、月葉はまた俯いてしまった。
そうするより、他にどうしようもなかったのである。
続く……
その一声にどれほどの威力があったのか、月葉はとっさに横あいへ身を投げ出した。
反射的行動である。
有無をいわせぬ圧力を感じたのだ。
月葉が身をかわしたのとあい前後して、チャリオットが轟音を響かせる。
月葉の行動を当然と予定したタイミングだった。
たったいままで月葉が立っていた空間を、連続して銃火が切り裂く。
第一弾がシールド上で砕け散り、第二弾は青白い光の火花をはじかせながら、シールドの端をかすめた。
気付かなかった。
月葉は実在しない地面に半身を起こしたまま、唖然としてイーライの横顔を見上げていたから、第二弾のエネルギービームが、ラッガートの眼前で鋭いカーブを描いたことなど目に入っていなかった。
シールドをかすめ去ったエネルギービームは、そのまま流れ去りはしなかった。
ビームがラッガートの背後で百八十度の反転を見せたのである。
光がブラックホールヘ落ちこむように、彗星が巨大な重力に引かれるように。
そんなふうに見えたのだが、実際は吸い寄せられたのではなく、ラッガートを狙ってエネルギービームが方向を変えたのだ。
反転の後は超高速だった。
「キャーッ!」
「ああっ!」
貴奈津とレイが悲嗚を上げる。
ラッガートの胸甲を、青白く輝くエネルギービームが貫いていた。
ビームが光の粒子となって周囲に飛び散り、漂い瞬く。
前進を止められ、ラッガートの体がぐらりと傾く。
「やめろ、やめてくれ! ラッガートを撃たないでくれっ!」
悲痛な叫びをあげ、レイがラッガートを庇いに飛び出す。
ラッガートが死んじゃう。
レイの中で記憶の混乱が起こっていた。
「レイ、だめっ!」
行く手にいた貴奈津が、突進するレイにタックルをかける。
片腕で力の限りレイを抱きしめ、放さない。
「わあっ、やめろ、はなせ! ボクはラッガートを助けなきゃ。今度こそ助けなきゃ!」
涙を飛び散らせ、短い手足をばたつかせ、レイはわめき続けた。
あのときボクがもう少し早く、ナーディとスゥーディをつれて戻っていたら、というような、自分で自分を追いつめる自虐的な発想をレイはしない。
それでも、目の前で斃れた自軍最強の戦士の姿は、深い痛手となって脳裏に刻み込まれていた。
金輪際、あんな思いはしたくなかった。
暴れるレイを必死で抑えながら、貴奈津の視界も涙に滲む。
痛いほどわかる、レイの気持ちが。
だが、紫紺のマントも流れる金髪も、姿は同じだがあれはラッガートではありえない。
この世にあってはならないものなのだ。
はじけ飛ぶエネルギービームの余波が、ラッガートのマントを大きくひるがえしていた。
光の粒子が煌めきながら消滅していく。
倒れこむかに見えたラッガートは、その中で踏み留まった。
「さすがに生きた亡霊だけのことはある、往生際が悪いな。一撃を受けたくらいで眠りにつきはしないか」
チャリオットの打撃にも、ラッガートは双刀を手放すことはなかった。
俯いていた顔がゆっくり上がると、額に落ちた髪の間から、瞳の赤光がこぼれた。
心を抉るようなその色に、しかしイーライは感傷を持たない。
経験と精神の質が、貴奈津たちとは徴妙に違うのだ。
方向を限れば、それは強さといっても差し支えない。
チャリオットが三度ラッガートをポイントする。
「その姿、消え去れ永遠の彼方へ」
轟音が連続して響いた。
ビームが集中して襲う。
シールドを失ったラッガートには為す術もなかった。
光条が甲胄をマントを体を撃ち抜く。
幾筋もいくすじも、徹底して容赦のない連射である。
「ウギャアッ!」
という絶叫を残して、レイは貴奈津の腕のなかで失神した。
エネルギービームに体中を貫かれるラッガートの姿を、とても見ていることができなかったのだ。
貴奈津も思わず顔を伏せる。二度までもラッガートを失った気がした。
「散っていく、ラッガートの姿が………」
ローユンが呟く。
彼は目を逸らしはしなかった。
ビームが消え、弾けた光の粒が舞い散る中で、ラッガートの姿が消え始めていた。
実体がホログラフに変化したように見えた。
それとともに、風に吹かれた砂の如く、輪郭がさらさらと散っていく。
瞬きもせずに、月葉は消えゆくラッガートの姿を見つめていた。
不思議に悲しみは感じなかった。
それよりも、今度こそ再び目にすることのないであろう彼の姿を、最後まで見届けてやりたかった。
入れ物だけで精神は違う。
消え去ろうとしているものは、ラッガートその人ではない。
わかっているのだ、それでも幻影と知ってなお、月葉は彼の姿を見ていたかった。
正しくはスゥーディの感情なのだろうが、ラッガートの姿が好きだった。
金色の髪も日焼けした肌も、あるいはもっとも好ましく思っていたのは彼の精神だったのか。
「だけどもうその姿ともお別れだね、ラッガート……」
もう見つめ続けていた月葉にも、人の形はわからなくなっていた。
キラキラと光る砂粒が、名残をとどめて空間を漂う。
ラッガートの姿を、その残留思念と共に完全に消し去ったことを、イーライは確信していた。
間違いない。
姿を留める力を失った瞬間、赤光が消えてラッガートは青灰色の瞳を取り戻したのである。
誰も気付かなかっただろうが、イーライだけははっきりとそれを見たのだった。
本来のラッガートにとっては不本意な生であった。
一時も早く消し去って欲しかったのは、他ならぬ彼自身だったろう。
「それにしても、ジェーロを誘き出すつもりが、こんな皮肉な結果になるとはね。また、振り出しにもどってしまったな」
軽口を叩き、ついで苦笑を浮かべようとしてイーライは失敗した。
急激に視界が暗くなり、引き戻そうとしても意識が遠くなる。
支えきれずに膝をついてしまうが、その自分の動作さえ彼にはわかっていなかった。
頭の片隅で瞬いたのは、自分が倒れるかもしれないという認識と、
「まずいな、これでは あとで月葉になにを言われるかわからない」
ということだった。
なにしろイーライの本業はボディガードである。
人前で人事不省に陥るなどということのあってよいはずがない。
なおかつ、普段偉そうにしている手前もある。
これでは立場というものがない。
などと、そんなことまで考える時間的余裕は、イーライにはなかった。
職業意識のなせるわざか、あるいはただの偶然か、まるで力の入らない指先はそれでもチャリオットを取り落とすことはなかったが、イーライは意識を失い、前へ倒れこんでいた。
「イーライ!」
はじかれたように月葉が飛び出す。
数歩の距離を一瞬で駆け寄り、倒れたイーライの肩を両手で掴んだ。
呼蝶蘭は放り出している。
「どうしたんだ、イーライ。しっかりしろ、それでもぼくの……」
ぼくのボディガードか、と嫌味を言うつもりの月葉だった。
だが、突然込み上げる涙がのどを詰まらせる。
月葉は非常に複雑な状態にあった。
言葉を発しているのは月葉なのだが、行動を促したのはスゥーディの意識なのである。
でなければ、心配してイーライにかけよる月葉ではない。
スゥーディが顕れていることは、外見からはわからない。
しかし、月葉自身は現状を把握していた。
ただ、制御ができないのだ。
「待て、待てスゥーディ!」
内在するものへ月葉は言った。
出てくるな、いまぼくの表面へ出てくるな。
「出てこないでくれ……」
こぼれ落ちる涙が、月葉の抵抗がかなわないことを示していた。
諦めから、自分の意志で月葉は顔を伏せた。
「彼は心配ないと思う。気を失っているだけだ」
頭上からローユンの声がかかった。
ピクリと月葉の指が動く、だが顔は上げない。
「わたし、月葉が泣いているのなんて、初めて見たわ」
頭上に落雷したかと月葉は思った。
貴奈津の声は、それほどのショックだったのだ。
驚きのあまり、振り仰いでしまう。
宙に浮かんだまま、こちらも失神状態のレイを掴んで、貴奈津が真面目な顔で立っていた。
「月葉って、なんだかんだ言っても、やっぱりイーライのことが心配なのね」
からかっているのではない、仲間思いの優しい子だと、褒めているつもりなのである。
「ちがう……」
消え入りそうな月葉の声だった。
ぼくじゃないんだ、これはスゥーディが……
でもみんなは、わからないわけ?
イーライは……そうか、気を失っているからだ。
「……」
結局、口に出してはなにも言えず、月葉はまた俯いてしまった。
そうするより、他にどうしようもなかったのである。
続く……
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる