上 下
100 / 118

101話

しおりを挟む
 いつものようにイーライが月葉にまとわりついているところへ、ふらりとレイがやってきた。
「そういえばイーライ、おまえ剣を使うか? まだ予備があるから、使うんなら今から調整してやるぞ」
「ありがとう。しかし、わたしにはチャリオットがある。使いなれた銃のほうがいいね」
「そうか? でもラッガートの記憶は戻っているんだから、双刀が使えるんだろう?」
 レイが剣にこだわるのは、双刀の使い手ラッガートが陣営最強の戦士であったという思いによるものだ。
 同様の意識は月葉にもあった。
「そうだよ、イーライ。せっかく使えるんだから剣に変えたら?」
「いや、気が進まない」
「なぜ」
「なぜって、わたしに剣が似あうと思う?」
「あのなあ、似あう似あわないの問題じゃないだろう! これは戦いなんだぞ、どちらがより効果的かってことを問題にするべきじゃないのか!」
 思わず声を荒らげた月葉に、イーライは肩を竦めてみせた。
「怒りっぽいねえ、月葉」
 からかうような微笑を浮かべたイーライを見て、月葉は本気で腹を立てるとともにあきれ果て、背を向けて立ち去ってしまったのであった。
「だけどまあ確かに銃の腕だけは、大したもんだよな」
 こればかりは月葉としても認めざるをえない。
 風を切る飛竜の上である。
 かなり条件は悪いはずだが、イーライは高速接近する魔獣を確実にチャリオットの餌食にしていく。
 一体として、飛竜に寄せ付けない。
 無駄弾は使っていないのだが、連射しているに等しい。
 すぐに弾倉が空になるのが、ハンドガンのつらいところだ。
 しかし、そこは誰がなんと言おうと、イーライはやはりプロなのである。
 瞬きするほどの間に、予備弾倉と差し換えて撃ち続けた。
 総攻繋の口火を切る空中戦は、イーライの独壇場と言ってよかった。
「ま、とりあえず、こんなところで」
 見渡して魔獣の影がないことを確認し、イーライが銃をおろす。
「ニャハッ、イーライ、やっぱりおまえは頼りになる」
 手を叩きたいがハーネスを掴んでいてできず、レイはかわりに.パタパタと片手を振って喜びを表現した。
「それはどうも」
「なんだ、その張り合いのない返事は。まあいい、とにかく緒戦は圧勝だな、幸先いいぞ。
ニャハハハ」
 視界を尖塔が流れ去り、レイが笑いを中断する。
 コマ形をした異世界宮殿の上部には、なだらかな円錐状に、ビルとも塔とも、あるいはなんらかの機械装置とも判断がつかない複雑怪奇な構造物が、無秩序に林立している。
 その中にところどころある、平坦地の一つを飛竜は目差していた。
 メカニカルな尖塔の間をすり抜け、巨大な架け橋を潜り、からまった配線の束で作っ たような壁に囲まれた広場に、飛竜は辿り着いた。
 静かな着地だった。
 下降とともに速度が漂うほどに緩くなり、着陸地点の上で一度ふわりと浮きあがる。
 それからヘリコプターのように垂直に舞い降りる。
 巨体からは想像もできない優雅な動作は、飛竜が物理法則に縛られていないことを明確にしていた。
 広場を囲む壁の一方に、内部への入り口があった。
 どこへ続いているのかは不明だが、扉も門もないアーチ形にくり抜かれた入り口が、等間隔で三つ並んでいる。
 これが、異世界猫部隊隊長のクーロが、この広場を着陸地点に選んだ理由の一つだ。
 真っ先にクーロが飛竜の背から飛びおりる。
 一度着地して、すぐに飛び上がり宙に浮かんだ。
 ゴーシュとレイがほぼ同時、すぐに四人の地球人が後に続く。
 クーロがローユンを差し招いた。
「もう一度、手筈の確認をしよう」
「それがいいだろう」
「ふむ、まず能力障壁の解除にかかる。
 次に、我々が先に内部へ突入して、魔獣掃除をしながらジェーロたちを探す。そこまではいいかな」
「続けてくれ」
 とっとと先を言いなさいよ、などと貴奈津のように急かさないのが、ローユンの人間ができたところだ。
「きみたち地球人部隊には、レイとゴーシュが連絡係につく。能力障壁が解除されたエリアは二人が指示する。そうすれば、あとはきみたちのやりたいほうだいだ。シッチャカメッチャカにしてやれ」
「別に、破壊行為が目的ではないのだが」
「最終目標のジェーロとジェオツシが見つかったら、すぐにエリアマップに印をつける。連絡は……」
「レイとゴーシュに聞けばいいのだな」
 ローユンとクーロの会話を傍らで聞きながら、貴奈津が両手で髪をかきあげた。
 じれったいのである。
「お年寄りって、説明がくどいのよねー」
 などと失礼なことを考えたとき、背後から喚声があがった。
 振り返ってみると、後続して着地した二体の飛竜から、わらわらと異世界猫が飛びおりるところだった。
 残りの二体も着陸態勢に入っている。
 コロコロした異世界猫が群れなして行動しているのは、はた目で見るぶんには、けっこう可愛いと貴奈津は思った。
「でも、なんか緊張感に欠けるわねー」
 貴奈津はもらしたが、この感想は思いっきり、お互い様というやつであろう。
「とにかく、雑魚はわれわれが引き受けるから、きみたちはなにがなんでも、ジェーロとジェオツシを追いつめてくれ」
 クーロとローユンの作戦確認はまだ続いていた。
「あなたがたの武器は、確実に魔獣に有効なのだろうか」
「もちろんだ。雑魚にはこれで充分」
 クーロは腰にさげていた円筒型の武器を取りあげて見せた。
「懐中電灯」
 ローユンの口から、危うくその言葉が漏れるところだった。
 ローユンに限らず、二人のやり取りを見ていたイーライも月葉も貴奈津も、
「あれは懐中電灯である。それ以外のなにものでもない」
 と信じた。
 しかしちがう。形はまるで懐中電灯だが、敵に向けてスイッチを押せばピカリと光って、やはり懐中電灯か、と思わせるのはしかたがないが、武器である。
 光の当たった部分を空問ごと切り取り圧縮する、見た目と異なり非常に恐ろしい武器であった。
「これがうまく効かないタイプの魔獣もいるが、そのときはこちらがシールドを張って、とにかくひたすら逃げまわるのだ」
「……なるほど。ところで、退路の確保は任せていいな」
 ローユンとしては、自分たちのことより異世界猫たちのことが気にかかる。
 異世界宮殿の奥深く入りこんだ猫たちが、脱出不可能になることはないのか。
「それは請け合う。退路を確保しつつ、手当たりしだいに異世界宮殿のジステムを破壊しておく」
「よけいなシステムまで破壊すると、離脱装置が起動する可能性もある。慎重に判断して行動してほしい」
「心配ない。いざとなったらこちらもダイナーを起動して、異世界宮殿ごと吹き飛ばせば……」
「それは、以前に失敗した策ではないのか」
 そのために地球がこうむった損害について、ローユンはいちいち並べ立てることはしない。
 しかし、声音にはわずかに疑いの色がまじった。
「今度は大丈夫だ」
「だとよいが」
「絶対に大丈夫だ」
 クーロが黒い手で胸を叩く。
 気楽に断言する異世界猫の隊長に、ローユンはもはや言うべき言葉を持たなかった。
 クーロとローユンがこのようなやりとりをしている間に、異世界猫部隊の工作班は二個のスーツケースを床に並べていた。
「能力障壁の解除、はじめまーす」
 工作班の白猫が声を張り上げた。
 周囲の者に注意を促すためである。
 その声を合図に二つのケースのフタが開き、中から蜂ほどの大きさの無数の探査機が飛び出していく。
「そうか。これだけの大きさの異世界宮殿、どうやって探査するのかと思ったら……」
 月葉が一人得心する。
 蜂のような、そして飛翔速度は遥かに優れた超小型探査機が、異世界宮殿の隅々まで入り込みシステムを妨害するのだ。
 フタを開けたスーツケースは、そのまま集中制御装置になるらしい。
 ケースの前に座り込んだ白猫が、今度はクーロに報告した。
「能力障壁のシステム解除、順調に始まりましたー」
「よろしい。では、我々も出かけよう」
 すでに勢ぞろいしている猫部隊に、クーロが出発を告げる。
「突撃!」
 号令し、先頭を切って飛んでいく。
 そこまではまるで軍隊のようであったが、そのあとは運動会のようであった。
 いっせいに「わーい!」などという掛け声をあげて、異世界猫の群が飛び去る。
 あとには工作班と飛竜の護衛、あわせて十数人の猫が残った。
 そして、四人の地球人と。
「突撃って言葉の意味、わかってるのかねえ」
「でも、元気だけはあるんじゃない」
「なぜクーロが真っ先に飛び込むのだろうね。隊長は全体の戦況を把握する必要がある。この場へ残り、あくまで指揮に徹するべきだ。軍事のイロハくらい、教えておけばよかったかな」
「しかし、心意気だけは買えるのでは? 戦力になるか否かを問わないならば」
 異世界猫の群が飛びこんだアーチ形の入り口を、四人は眺めた。
「おい、おまえたち。ずいぶん失礼なことを言ってくれてるじゃないか」
 背後からの声に、四人がハッと振り返る。
 ローユンでさえつい、間近に異世界猫の仲間が浮かんでいることを忘れていた。
「いや、レイ、これはつまり……」
 口ごもるローユンの前で、レイはヒゲをひくつかせた。



 続く……
しおりを挟む

処理中です...