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第2章:パーティーができあがるまで

34話:「救出」

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目を覚ますとそこは古ぼけた石のレンガで覆われた、四畳ほどの牢屋だった。
そこに横たわるようにして寝ていた一人の妙齢みょうれいの女性がいた。

彼女の名はエルノア、アース大陸旧王都フランプールから北西に向かって
100キロほどの距離にある「ジェミニ大森林」
その奥地に集落を構えると言われている、エルフ族が一人だ。


彼女は今【主人殺し】といういわれのない罪を着せられ、
詰め所に連行されてから1日が経ったところだ。


まだ眠気が体に残る中、硬い石の床で寝ていたため
体の節々ふしぶしにズキズキとした痛みが残っている。
その痛みを堪えながら、己の体を覚醒させるために体を伸ばす
すると自然と眠気が消え失せ、意識がはっきりとしてくる。


まだ朝早くなのか、牢屋の外は
小鳥たちのさえずる声のみがBGMとして聞こえていた。
すると、朝の雑音を遮るかのように、コツコツという靴の音が
彼女の牢屋に向かって、近づいてきていた。


牢屋に現れた人物は、エルノアが拘束されている詰め所の責任者であり
昨日彼女の尋問を担当した兵士でもある男が立っていた。
男はロンドという名でこの旧王都フランプールに7つ存在する詰め所の一つ
第4詰め所を請け負う【詰所頭つめしょがしら】であった。


「目が覚めたか、ほら朝飯だ。」


そう言ってロンドは彼女に木製の薄っぺらいお盆のようなものに乗せられた
濁ったスープと見るからに硬そうなパンを寄こしてきた。


「・・・ありがとうございます。」


濡れ衣とはいえ仮にも罪人に対して、食事を与えるという行為は
通常の兵士の場合は異例中の異例なのだが、彼女が見目麗しいエルフだったのと
詰所頭である正義感の強いロンドの性格が彼女に食事を与えるという行為を生んだのだ。


その容器を受け取るとエルノアはスープとパンを残すことなく平らげた。
味は美味と言うにはいささかか疑問だったが、今の彼女にとっては
美味かろうが不味かろうが腹に入ってしまえばどちらでも同じ事だった。


食事を終えてしばらくするとロンドが戻ってきた。


「出ろ、尋問だ」


と短く伝え、彼女を尋問するための小さな小部屋まで連行した。


その後は昨日のやり取りと全く同じ出来事が続いていたが
これ以上は無駄だと悟ったのか、ロンドが彼女に語り掛ける。


「いいか、もしこのままお前がシラを切り続ければ
極刑は免れない、だが罪を認めて反省すれば罪が軽くなるかもしれない。
つまらない意地を張らずに正直に話してくれないか?」


昨日から同じ話ばかり繰り返している彼女に対し、さとすような口調で話す。
だが彼女からすれば話している内容はすべて真実であるため
主人殺しの罪を認めるということは嘘を付くことと同義なのである。


そんな状況から逃避するかのように彼女の目からは涙が溢れ出し
力なくうなだれまるで子供が泣きじゃくるように嗚咽おえつを漏らしていた。


ロンドもまたそんな状況を困り果てた顔で頭を掻きながら眺めていた。
どうしたものかこのままでは真実がわからないまま
彼女がただ処刑されるだけだと心の中で思案していると
急にドアがノックもなしにバタンと開かれそこに自分の部下の兵士が
慌ただしい様子でなだれ込んできた。


「もも申し上げます!!」


息も絶え絶えに部下の兵士は報告してくる


「落ち着け、一体どうしたというのだ?」


一先ず彼女についての思案を一旦放棄してロンドは部下の話を聞くことにした。
部下の兵士は報告のため荒くなった息を整えると
はっきりとした口調で報告した。


「ゆっ勇者様が、ここにエルノアと言うエルフの奴隷がいないかと
この詰め所まで来ておられるのですが、いかがいたしましょう!!」


そう報告を聞いたロンドが目を皿のように大きくし
その視線を一度エルノアに向ける。
彼女もその報告を聞くと同じように目を見開いてロンドと視線を交わす。
一呼吸の時間ののち「ハッ」っと我に返ったロンドは部下の兵士に


「今すぐここにお連れしろっ!!」


と語気を強め部下に命令する。
それを受け、兵士は駆け足で走っていった。


数分後、そこには確かに先日の宴で見た勇者様の姿があった。
そして、エルノアを視認した勇者はにこやかに彼女に笑いかけると


「エルノアさん、どうかしたの?」


そう問いかけてくる、そしてその問いに答えることなく彼女は
タガが外れたように詰め所中に響き渡るほどそれはそれは大きな声で泣きじゃくった。



詰め所に着いてすぐさまエルノアに会いに来た大和だったが
会うなりいきなり泣かれるとは夢にも思っていなかったため
一瞬戸惑ったが、それだけ辛いことを経験したのだと思った彼は
彼女の元に近づいて肩に手を回し、背中をさすり始めた。


大和が近づいてくると、まるで子供が親に甘えるようにしがみついて
わんわんと泣いていた。それは妙齢の女性としてはらしからぬ行為ではあったが
彼女の人柄なのだろうと割り切って、彼は彼女の背中をさすり続けた。


しばらくして彼女が泣き止んだのを見計らって、
これ以上ないほどにやさしい口調で大和は彼女に問いかけた。


「それで、何があったんだい?」


その問いかけにようやく答えることができた彼女は
自分が体験した内容を涙ながらに伝えた。


「そうか・・・それは辛い目にあったね」


大和はエルノアの頭にぽんと手を置くと
やさしくそれを左右に動かし、彼女の頭を撫でた。

女性とまともなお付き合いをしたことがない彼が
なぜそのようなことができたのか?その答えは簡単で
彼には年の離れた妹がいるのだが、よくその妹の頭を撫でていた。
泣きじゃくるエルノアの姿が妹とダブって見えたため咄嗟とっさ
そのようなことができたのだ。


大和の行為に最初は戸惑っていた彼女だったが
頬を紅潮こうちょうさせ、彼の行為を受け入れるように
されるがままとなっていた。


一通り撫でると大和は
この詰め所の責任者であるロンドに向き直り話し出す。


「あの、彼女の言っていることは全て本当のことです。」


「ですが勇者様、あなた様が王城の魔族を撃退したのは知っておりますが
メフィストフェレスが出たというではありませんか!?」


ロンドの言葉を受けて大和は一度頷き話し出す。


「ええ、確かにメフィストフェレスと名乗っていました。
ですが、実際に姿を見たわけではなく声を聞いただけですので
本物かどうかは判断しかねますが、少なくとも高位魔族であることは
肌で感じることができました。」


そう言いつつ大和は話を続ける


「この彼女も実際は被害者なのです。
彼女が自分の主人を殺していないということは
勇者であるこの俺が保証しますので、彼女を釈放してくれませんか?
それともこの旧王都を救った俺の言葉は信用に足りえませんかね?」


といいながら少し悪戯じみた笑顔をロンドに向ける
その言葉に対しすぐさまロンドが反応する。


「いっいえ、決してそのようなことは・・・」


ロンドは数秒ほど考えたのち、大和の問いに答えた


「わかりました。勇者様がそこまでおっしゃるのでしたら
問題ありません。このエルフは釈放いたします。」


「そうですか、ありがとうございます。
ではこのまま彼女を連れて行っても構いませんね?」


ロンドは少し迷ったが、
この旧王都を救ってくれた英雄の言葉に逆らうほど彼も無粋な人間ではない


「どっどうぞ・・・」


その答えを聞いた大和はエルノアに手を差し出し


「さっ、一先ずここを出ましょう。」


「はっはい・・・」


頬を紅潮させ気恥ずかしさがあったが、それを我慢し彼の手を取るエルノア
手を取ると、大和は彼女を座っていた椅子から立たせ
そのまま手を取りながら彼女をエスコートする形で尋問部屋を後にした。


残ったロンドと彼の部下の二人はまるで魂の抜けた人形のように
その場でしばらく固まり続けたのであった。
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