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第4章 暗躍の螺旋
story27 やさしい光
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正直、驚いた。
あのマーシャが、ダンスパーティーの相手を決めるなんて。
あの女嫌いのマーシャが。
「・・・・はぁ。」
リオナは黒の屋敷のテラスで本を読みながら、深いため息をついた。
クリスマスパーティの相手を見つけないと罰則だなんて。ひどすぎる。
ーマーシャの相手・・・・誰だろ。
マーシャは身長187㎝に端正な顔立ち、意外と紳士的な一面もあり、かつダーク・ホームで最も強い男となれば、女性たちからの誘いも数え切れないほどだ。
とはいえ、当のマーシャは色恋に興味がない、はず。
マーシャならダンスパーティーより罰則の方がマシだと思っていると信じていたのに、なんだか裏切られた気分だ。
いや、勝手に仲間意識を持っていた自分が悪いのだが。
知らなかっただけで、マーシャにも想い人がいるのかもしれない。
「あ!リオナいたいた!」
すると遠くからシュナが手を振って駆けてきた。
手にたくさんの書類を抱えて。
「探したよー!もう!」
「・・・・探さなくて良いよ。」
「良くないの!この書類、リオナとマーシャさんの報告書だよ。見てこの量!もっとこまめに出してくれていたらどんなにラクか!」
プンプン言いながらシュナは書類を一枚ずつめくってゆく。
「はい、ここサイン抜けてる。次こっちね。」
「・・・・はい。」
シュナは本当にシキに似てきた。
リオナは仕方なく本を閉じ、ペンを魔力で浮かせる。
指をひょいっとするだけでサインができてしまうから便利なものだ。
「リオナ、ここ魔法禁止だよ。」
にこりと笑うシュナに、リオナは頬を膨らませた。
ダーク・ホームではリオナとマーシャが悪さをしないよう、魔法禁止区域が多い。
むしろ使えるのはごく僅かだ。
そもそも悪さなんてしてない。
楽をしようとして魔法を使っただけで、シキが意地悪く禁止にしたのだ。
「ところでリオナはクリスマスパーティの相手、決めたの?」
またその話題かと、リオナは再びため息をこぼす。
「・・・決めてないよ。」
「えー!あれだけ誘いがあったのに!?」
「シュナは決めたの?」
「俺は主催者側だから相手はいないよ。」
「なにそれずるい・・・・」
俺も主催者になりたいな・・・と、ポツリと愚痴をこぼす。
そんなリオナを見て、シュナは苦笑を浮かべた。
「リオナはモテるから、参加しないと女の子たちが悲しむよ。あと一部の男性。」
「ううん、みんな勘違いしてるだけだよ。」
「そんなこと言わないの。あのマーシャさんだって相手決めたんだから、リオナも早く決めちゃいなさい!」
その言葉に、リオナの手が止まった。
まさかシュナも知ってるなんて。
「なんで知ってるの?」
「なんでってそりゃあ、すごいウワサになってるからだよ。あのマーシャさんがひとりに絞るなんて!って。もしかしてリオナ知らなかったの?」
一番近くにいるのに知らなかったなんて。
恥ずかしくて何も言えない。
「・・・・マーシャの相手って、だれ?」
「え、ルナ嬢だよ?」
「・・・・本当?」
「本当。」
神の娘であるルナ・ローズ。
ダーク・ホームに保護されていて、滅多にその姿を現さない。
ルナはおとなしく、落ち着いていて、一緒にいるととても心地良い。
目が見えない代わりに相手の心を読むことができるが、それも禁止されているようで。
なんだか可哀想だ。
でも、ルナとマーシャはなんとなく仲が悪そうな気がしていた。
ルナはそんなことないが、マーシャが一方的に嫌っているような。
だから今、ものすごく驚いている。
「ルナ嬢は今回が初めての参加だから好きな相手を指名しなさいってマスターが言ったみたい。それでルナ嬢がマーシャさんを指名したみたいだよ?いいなぁマーシャさん!」
「・・・シュナもルナと踊りたかった?」
「それはそうだよ!おしとやかで可愛いし、なんだか透き通った感じが良いよねっ!」
「そっか」
「え、リオナはそう思わない?」
「たしかに可愛いけど、あまり考えたことがなかったから。」
「リオナは鈍感だからなぁ。」
そうか、鈍感なのか。
どこか他人事のように納得してしまう。
でも、少し安心した。
マーシャはずっと、ルナのことを嫌っていると思っていたから。
ルナは優しいし、親切だからこそ、マーシャが冷たい態度を取るたびに少し胸が痛んだ。
マーシャも大人になったのかな。
いや、もしかしたら今までの態度は「好き」の裏返しだったのかもしれない。
「ルナ嬢って、マーシャさんのこと好きなのかな?リオナ知らない?」
年頃の男子らしく、シュナの目は爛々と輝いている。
「どうなのかな・・・でもマーシャを指名したなら、好きなのかもね。」
ルナが相手なら、なんだか嬉しいな。
と、リオナは嬉しそうに笑みをこぼす。
「で、誰にするのリオナは!!」
「やっぱり俺、参加しないよ。」
「えー!」
「罰則が嫌だからって参加したら、相手に失礼だと思うし。」
「うーん、確かにそうだね・・・」
リオナは真面目だなぁ、とシュナが呟く。
「そういえば、今日ムジカを引き取る日だっけ?」
「うん。いまマーシャが迎えに行ってる。」
だから朝からマーシャの機嫌が悪くて。
そんなに嫌なのかと心配になるくらいだ。
「マーシャさん、相当渋ってたみたいだね。」
「マーシャは内と外をくっきり分けてるから、自分のテリトリーに気を許した人以外が入り込むのが嫌なんだよ。」
「へぇ、意外だなぁ。」
「そうかな?いつもすごい嫌なオーラが出てるよ。」
「うそー!マーシャさん女嫌いで有名だけど、話しかけられたらなんだかんだ丁寧に対応してるし、そんな印象ないなぁ。リオナの前では気が緩んでるのかもねぇ。」
「そんなことないよ・・・・」
実際、マーシャは俺に色々と隠していることが多いと思う。
いや隠しているというか、言う必要がないと思っているが正しいかもしれない。
それに対して、自分も聞こうとも思わない。
興味がないわけではない。
ただ必要以上に関わる必要もないと思っているだけ。
それにマーシャはこういうことを面倒だと思うタイプだ。
「あ、噂をしてればマーシャさんだ。」
シュナの目線の先にはムジカを連れたマーシャがいた。
「それじゃあ俺も仕事に戻るね!今度ムジカと3人で話そう!」
「うん、またねシュナ」
そう言ってシュナは通り過ぎざまにマーシャとムジカに挨拶をし、黒の屋敷に戻っていった。
「お待ちどうさん。リオナの大好きなムジカくんを連れてきましたよ。」
嫌味をこぼしながらマーシャはリオナの横に腰掛ける。
相変わらず機嫌は良くないようだが、朝よりマシになったようで。
そんなマーシャの横でムジカは少し怯えながら立ち尽くしていた。
「・・・ムジカ、久しぶり。元気だった?」
優しく笑いかけると、ムジカもはにかみながら頷いた。
『はい、その節は本当にお世話になりました・・・』
「よかった。敬語はやめてね。」
そういうと、少し照れ臭そうにコクンと頷いた。
身長も年齢もリオナより上のはずなのに、なんだか年下みたいだ。
「お前、歳いくつだ?」
マーシャのことが怖いのか、いちいちビクッと体を跳ねさせた。
『えっと・・・・人間でいうと、20歳くらいかと・・』
「へぇ、俺とリオナの間だな。」
これでもマーシャなりに努力しているのだろう。
他愛のない会話で緊張をほぐそうとしているのだと思う。
だったら最初から優しくしていれば良いのにとも思うが、こういう不器用なところがマーシャらしい。
「とりあえず客用の部屋があるから、そこ今日から使っていい。ダーク・ホームのルールはリオナから聞いといて。」
『あ、ありがとうございます・・・・!』
「敬語、俺にもやめろ。」
『は、あ、わ、わかり・・・・わかった!』
どもり続けるムジカに、初めてマーシャが笑った。
ー・・・なんだ、心配しすぎたな。
思わずリオナも笑みをこぼした。
「それじゃあ俺は用事があるからこれで。」
「・・・仕事?」
「なんだと思う?」
「うーん・・・・ルナに会いに行くとか。」
「は、なんで分かったの?」
「ふふふ・・・ダンスパーティー、ルナと行くんだって?」
ニヤリと笑うリオナに、マーシャは一気に不機嫌さを取り戻してしまって。
「お前なにか勘違いしてるだろ・・・そんなんじゃねーよ。」
「良いじゃない。ゆっくりしてきてね。」
「だから違っ・・・・クソ、もういい。」
マーシャはリオナをギロリと睨み、姿を消した。
「ここ魔法禁止なのに。」
『り、リオナ、マーシャは怒った・・・・?』
するとムジカが心配そうにこちらを見てきて。
思わず笑った。
「大丈夫だよ。しばらくしたら直るから。」
この間の仕返しだ。と、リオナは悪戯っぽく笑った。
リオナは部屋に戻りながら、ムジカに黒の屋敷を案内した。
どんなことにもムジカは目をキラキラと輝かせて喜んでくれるから、思わず色々なところを案内してしまった。
「あとは部屋に戻るだけだけど、どこか気になるところはある?」
するとムジカは少し考え込む。
『リオナのお気に入りのところはあるの?』
「お気に入り・・・・?」
『うん、リオナがよく行くところとか。』
まさかそんなことを聞かれるとは。
「あることにはあるけど・・・・大したところでは・・・」
『教えてほしいな。』
ふわりと笑うムジカに、思わずドキッとしてしまう。
そんな風に笑いかけられたら・・・・行かないわけにもいかない。
リオナは黒の屋敷を出ると、すぐ横に広がる森に入った。
奥に進むと一ヶ所だけ開けた野原があった。
そこには色とりどりの花が咲いていて、リオナはそこに腰を下ろした。
「ここ、綺麗でしょ。」
『うわぁ・・・・すごい。これが花?』
「そう。天上界には花はないの?」
『そうだね、花とか木とか草とかは人間界にしかないんじゃないかな。』
ムジカは嬉しそうに花を見つめている。
薄紫色の髪が、風にのってふわりと舞い上がる。
太陽の光でキラキラと輝き、とても綺麗だとリオナも思わず見惚れてしまった。
『ねぇリオナ、どうしてダーク・ホームに?』
ムジカもリオナの横に座ると、顔を覗き込んできて。
思わず目線を逸らしてしまう。
「・・・強くなって、フェイターを消したいんだ。」
『フェイターってたしか、ローズ・ソウルを狙ってるっていう?』
「そう。光妖大帝国の新政権で、化神を使って多くの人を傷つけてるんだ。」
『そっか・・・・リオナの出身は?』
「大魔帝国だよ。マーシャも同郷なんだ。大魔帝国が壊滅した夜、マーシャに助けられて、今ここにいるんだ。」
『マーシャは命の恩人なんだね。』
「そうだね、心から感謝してるよ。」
そう、マーシャと出会わなければ、恐らく死んでいた。
だから今ここでこうしていられることが、本当にありがたい。
『・・リオナの家族は?』
少し申し訳なさそうな表情をするムジカ。
そういえば、家族のことを聞かれたことが今までなかった。
ここにいる者たちは恐らく色々な事情を抱えている者ばかり。
だから聞いたことも聞かれたこともなかった。
「実は・・・・覚えていないんだ。」
クリスマスのあの日のことも、断片的には覚えている。
だけど自分がだれと、どんな暮らしをしていたのか、わからない。
『ごめんね、こんなこと聞いてしまって。』
するとムジカがそっと頬を撫でてくれて。
その手は冷たいのに、とても心地が良い。
「ううん。聞いてくれてありがとう。」
『リオナのこと、知りたくて。だってリオナは僕の命の恩人だから。』
ムジカがまたふわりと笑う。
ムジカが笑うと、花が舞うみたいにキラキラと輝く。
「命の恩人だなんて・・・・ムジカは、これからどうしたい?」
『実はまだ考えが纏ってないんだけど・・・・』
すると今までの空気から一変し、真剣な眼差しをして。
『今はとにかく、リオナの役に立ちたい。そのために僕も強くなりたいと思う。』
真っ赤なムジカの瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
リオナはムジカの手を握り、微笑んだ。
「・・・ありがとう。これからよろしくね。あと、ここはマーシャも知らない場所だからナイショね。」
『そうなんだ!わかった、ふたりの秘密の場所だね。』
リオナとムジカはクスクスと笑い合う。
不思議と心が温かくなった気がした。
あのマーシャが、ダンスパーティーの相手を決めるなんて。
あの女嫌いのマーシャが。
「・・・・はぁ。」
リオナは黒の屋敷のテラスで本を読みながら、深いため息をついた。
クリスマスパーティの相手を見つけないと罰則だなんて。ひどすぎる。
ーマーシャの相手・・・・誰だろ。
マーシャは身長187㎝に端正な顔立ち、意外と紳士的な一面もあり、かつダーク・ホームで最も強い男となれば、女性たちからの誘いも数え切れないほどだ。
とはいえ、当のマーシャは色恋に興味がない、はず。
マーシャならダンスパーティーより罰則の方がマシだと思っていると信じていたのに、なんだか裏切られた気分だ。
いや、勝手に仲間意識を持っていた自分が悪いのだが。
知らなかっただけで、マーシャにも想い人がいるのかもしれない。
「あ!リオナいたいた!」
すると遠くからシュナが手を振って駆けてきた。
手にたくさんの書類を抱えて。
「探したよー!もう!」
「・・・・探さなくて良いよ。」
「良くないの!この書類、リオナとマーシャさんの報告書だよ。見てこの量!もっとこまめに出してくれていたらどんなにラクか!」
プンプン言いながらシュナは書類を一枚ずつめくってゆく。
「はい、ここサイン抜けてる。次こっちね。」
「・・・・はい。」
シュナは本当にシキに似てきた。
リオナは仕方なく本を閉じ、ペンを魔力で浮かせる。
指をひょいっとするだけでサインができてしまうから便利なものだ。
「リオナ、ここ魔法禁止だよ。」
にこりと笑うシュナに、リオナは頬を膨らませた。
ダーク・ホームではリオナとマーシャが悪さをしないよう、魔法禁止区域が多い。
むしろ使えるのはごく僅かだ。
そもそも悪さなんてしてない。
楽をしようとして魔法を使っただけで、シキが意地悪く禁止にしたのだ。
「ところでリオナはクリスマスパーティの相手、決めたの?」
またその話題かと、リオナは再びため息をこぼす。
「・・・決めてないよ。」
「えー!あれだけ誘いがあったのに!?」
「シュナは決めたの?」
「俺は主催者側だから相手はいないよ。」
「なにそれずるい・・・・」
俺も主催者になりたいな・・・と、ポツリと愚痴をこぼす。
そんなリオナを見て、シュナは苦笑を浮かべた。
「リオナはモテるから、参加しないと女の子たちが悲しむよ。あと一部の男性。」
「ううん、みんな勘違いしてるだけだよ。」
「そんなこと言わないの。あのマーシャさんだって相手決めたんだから、リオナも早く決めちゃいなさい!」
その言葉に、リオナの手が止まった。
まさかシュナも知ってるなんて。
「なんで知ってるの?」
「なんでってそりゃあ、すごいウワサになってるからだよ。あのマーシャさんがひとりに絞るなんて!って。もしかしてリオナ知らなかったの?」
一番近くにいるのに知らなかったなんて。
恥ずかしくて何も言えない。
「・・・・マーシャの相手って、だれ?」
「え、ルナ嬢だよ?」
「・・・・本当?」
「本当。」
神の娘であるルナ・ローズ。
ダーク・ホームに保護されていて、滅多にその姿を現さない。
ルナはおとなしく、落ち着いていて、一緒にいるととても心地良い。
目が見えない代わりに相手の心を読むことができるが、それも禁止されているようで。
なんだか可哀想だ。
でも、ルナとマーシャはなんとなく仲が悪そうな気がしていた。
ルナはそんなことないが、マーシャが一方的に嫌っているような。
だから今、ものすごく驚いている。
「ルナ嬢は今回が初めての参加だから好きな相手を指名しなさいってマスターが言ったみたい。それでルナ嬢がマーシャさんを指名したみたいだよ?いいなぁマーシャさん!」
「・・・シュナもルナと踊りたかった?」
「それはそうだよ!おしとやかで可愛いし、なんだか透き通った感じが良いよねっ!」
「そっか」
「え、リオナはそう思わない?」
「たしかに可愛いけど、あまり考えたことがなかったから。」
「リオナは鈍感だからなぁ。」
そうか、鈍感なのか。
どこか他人事のように納得してしまう。
でも、少し安心した。
マーシャはずっと、ルナのことを嫌っていると思っていたから。
ルナは優しいし、親切だからこそ、マーシャが冷たい態度を取るたびに少し胸が痛んだ。
マーシャも大人になったのかな。
いや、もしかしたら今までの態度は「好き」の裏返しだったのかもしれない。
「ルナ嬢って、マーシャさんのこと好きなのかな?リオナ知らない?」
年頃の男子らしく、シュナの目は爛々と輝いている。
「どうなのかな・・・でもマーシャを指名したなら、好きなのかもね。」
ルナが相手なら、なんだか嬉しいな。
と、リオナは嬉しそうに笑みをこぼす。
「で、誰にするのリオナは!!」
「やっぱり俺、参加しないよ。」
「えー!」
「罰則が嫌だからって参加したら、相手に失礼だと思うし。」
「うーん、確かにそうだね・・・」
リオナは真面目だなぁ、とシュナが呟く。
「そういえば、今日ムジカを引き取る日だっけ?」
「うん。いまマーシャが迎えに行ってる。」
だから朝からマーシャの機嫌が悪くて。
そんなに嫌なのかと心配になるくらいだ。
「マーシャさん、相当渋ってたみたいだね。」
「マーシャは内と外をくっきり分けてるから、自分のテリトリーに気を許した人以外が入り込むのが嫌なんだよ。」
「へぇ、意外だなぁ。」
「そうかな?いつもすごい嫌なオーラが出てるよ。」
「うそー!マーシャさん女嫌いで有名だけど、話しかけられたらなんだかんだ丁寧に対応してるし、そんな印象ないなぁ。リオナの前では気が緩んでるのかもねぇ。」
「そんなことないよ・・・・」
実際、マーシャは俺に色々と隠していることが多いと思う。
いや隠しているというか、言う必要がないと思っているが正しいかもしれない。
それに対して、自分も聞こうとも思わない。
興味がないわけではない。
ただ必要以上に関わる必要もないと思っているだけ。
それにマーシャはこういうことを面倒だと思うタイプだ。
「あ、噂をしてればマーシャさんだ。」
シュナの目線の先にはムジカを連れたマーシャがいた。
「それじゃあ俺も仕事に戻るね!今度ムジカと3人で話そう!」
「うん、またねシュナ」
そう言ってシュナは通り過ぎざまにマーシャとムジカに挨拶をし、黒の屋敷に戻っていった。
「お待ちどうさん。リオナの大好きなムジカくんを連れてきましたよ。」
嫌味をこぼしながらマーシャはリオナの横に腰掛ける。
相変わらず機嫌は良くないようだが、朝よりマシになったようで。
そんなマーシャの横でムジカは少し怯えながら立ち尽くしていた。
「・・・ムジカ、久しぶり。元気だった?」
優しく笑いかけると、ムジカもはにかみながら頷いた。
『はい、その節は本当にお世話になりました・・・』
「よかった。敬語はやめてね。」
そういうと、少し照れ臭そうにコクンと頷いた。
身長も年齢もリオナより上のはずなのに、なんだか年下みたいだ。
「お前、歳いくつだ?」
マーシャのことが怖いのか、いちいちビクッと体を跳ねさせた。
『えっと・・・・人間でいうと、20歳くらいかと・・』
「へぇ、俺とリオナの間だな。」
これでもマーシャなりに努力しているのだろう。
他愛のない会話で緊張をほぐそうとしているのだと思う。
だったら最初から優しくしていれば良いのにとも思うが、こういう不器用なところがマーシャらしい。
「とりあえず客用の部屋があるから、そこ今日から使っていい。ダーク・ホームのルールはリオナから聞いといて。」
『あ、ありがとうございます・・・・!』
「敬語、俺にもやめろ。」
『は、あ、わ、わかり・・・・わかった!』
どもり続けるムジカに、初めてマーシャが笑った。
ー・・・なんだ、心配しすぎたな。
思わずリオナも笑みをこぼした。
「それじゃあ俺は用事があるからこれで。」
「・・・仕事?」
「なんだと思う?」
「うーん・・・・ルナに会いに行くとか。」
「は、なんで分かったの?」
「ふふふ・・・ダンスパーティー、ルナと行くんだって?」
ニヤリと笑うリオナに、マーシャは一気に不機嫌さを取り戻してしまって。
「お前なにか勘違いしてるだろ・・・そんなんじゃねーよ。」
「良いじゃない。ゆっくりしてきてね。」
「だから違っ・・・・クソ、もういい。」
マーシャはリオナをギロリと睨み、姿を消した。
「ここ魔法禁止なのに。」
『り、リオナ、マーシャは怒った・・・・?』
するとムジカが心配そうにこちらを見てきて。
思わず笑った。
「大丈夫だよ。しばらくしたら直るから。」
この間の仕返しだ。と、リオナは悪戯っぽく笑った。
リオナは部屋に戻りながら、ムジカに黒の屋敷を案内した。
どんなことにもムジカは目をキラキラと輝かせて喜んでくれるから、思わず色々なところを案内してしまった。
「あとは部屋に戻るだけだけど、どこか気になるところはある?」
するとムジカは少し考え込む。
『リオナのお気に入りのところはあるの?』
「お気に入り・・・・?」
『うん、リオナがよく行くところとか。』
まさかそんなことを聞かれるとは。
「あることにはあるけど・・・・大したところでは・・・」
『教えてほしいな。』
ふわりと笑うムジカに、思わずドキッとしてしまう。
そんな風に笑いかけられたら・・・・行かないわけにもいかない。
リオナは黒の屋敷を出ると、すぐ横に広がる森に入った。
奥に進むと一ヶ所だけ開けた野原があった。
そこには色とりどりの花が咲いていて、リオナはそこに腰を下ろした。
「ここ、綺麗でしょ。」
『うわぁ・・・・すごい。これが花?』
「そう。天上界には花はないの?」
『そうだね、花とか木とか草とかは人間界にしかないんじゃないかな。』
ムジカは嬉しそうに花を見つめている。
薄紫色の髪が、風にのってふわりと舞い上がる。
太陽の光でキラキラと輝き、とても綺麗だとリオナも思わず見惚れてしまった。
『ねぇリオナ、どうしてダーク・ホームに?』
ムジカもリオナの横に座ると、顔を覗き込んできて。
思わず目線を逸らしてしまう。
「・・・強くなって、フェイターを消したいんだ。」
『フェイターってたしか、ローズ・ソウルを狙ってるっていう?』
「そう。光妖大帝国の新政権で、化神を使って多くの人を傷つけてるんだ。」
『そっか・・・・リオナの出身は?』
「大魔帝国だよ。マーシャも同郷なんだ。大魔帝国が壊滅した夜、マーシャに助けられて、今ここにいるんだ。」
『マーシャは命の恩人なんだね。』
「そうだね、心から感謝してるよ。」
そう、マーシャと出会わなければ、恐らく死んでいた。
だから今ここでこうしていられることが、本当にありがたい。
『・・リオナの家族は?』
少し申し訳なさそうな表情をするムジカ。
そういえば、家族のことを聞かれたことが今までなかった。
ここにいる者たちは恐らく色々な事情を抱えている者ばかり。
だから聞いたことも聞かれたこともなかった。
「実は・・・・覚えていないんだ。」
クリスマスのあの日のことも、断片的には覚えている。
だけど自分がだれと、どんな暮らしをしていたのか、わからない。
『ごめんね、こんなこと聞いてしまって。』
するとムジカがそっと頬を撫でてくれて。
その手は冷たいのに、とても心地が良い。
「ううん。聞いてくれてありがとう。」
『リオナのこと、知りたくて。だってリオナは僕の命の恩人だから。』
ムジカがまたふわりと笑う。
ムジカが笑うと、花が舞うみたいにキラキラと輝く。
「命の恩人だなんて・・・・ムジカは、これからどうしたい?」
『実はまだ考えが纏ってないんだけど・・・・』
すると今までの空気から一変し、真剣な眼差しをして。
『今はとにかく、リオナの役に立ちたい。そのために僕も強くなりたいと思う。』
真っ赤なムジカの瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
リオナはムジカの手を握り、微笑んだ。
「・・・ありがとう。これからよろしくね。あと、ここはマーシャも知らない場所だからナイショね。」
『そうなんだ!わかった、ふたりの秘密の場所だね。』
リオナとムジカはクスクスと笑い合う。
不思議と心が温かくなった気がした。
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