転生魔王

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8.萌え

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「痛ってて………」
「おいおい、大丈夫か?痛っ!」

椅子に座ろうと腰を屈めた瞬間に痛みに襲われる。そんな俺に声を掛けた一人の男が、俺の向かいに座ろうと椅子を引くと彼もまた痛みを訴えた。

「お前こそ大丈夫かよ………」
「へへっ。木の椅子ってこんなに重かったっけか?」

冗談めかしく笑いながら男は身体を庇うようにゆっくりと椅子に座る。

「俺はトーリ。お前は?」
「俺はメイル………じゃなくて、メイス?そう、メイスだ!」
「そうか。よろしくな、メイス」

言い淀んだ俺をいぶかしがることなくトーリは笑顔で握手を求める。

「よろしく」

内心で胸を撫で下ろしながら求めに応じる。

「「痛っ!」」

軽く腕を振った俺達は同時に声を発する。

「痛ったたー。うっかりだぜ」
「そうだな………」

周りには皮鎧を着用している者で溢れていた。俺とトーリもそれに合わせるように皮鎧を身に纏っている。



―――否、単純に脱げないでいた。



「しっかし、ジャスミン教官はとんでもなかったな」
「ああ。あれは最悪だな」

先程の集会の後、満身創痍になりながらも何とか兵舎へと辿り着いた俺達。食事が振る舞われるから必ず行けとジャスミンより念入りに言われたのでぞろぞろと食堂に移動出来たところまでは良いが、糸が切れてしまったかのように椅子へ、机へ、果てには床へと多くがへたり込んでしまったところで今に至る。

「でもよー、超美人じゃねーか?おっぱいもとんでもなかったしな」
「ああ。あれは最高だな」

鼻の下を伸ばすトーリに対して「まだそんな元気があるのか」と俺は心底しんそこ呆れながら鼻の下を伸ばして同調する。

「しっかし痛ってぇなー。腕がバキバキだぜ」
「腹筋もな。いつ治ることやら」
「しかも明日から訓練開始だっつってたろ?」
「………いや無理だろ、これ」

地面に転がって微動だにしない同期を眺めながら険しい顔になる俺。

「あいつ生きてるよな?」
「大丈夫だろ多分。息はしてる………ぜ。きっと。」

何故に溜めて言う?
一応確認しとこう。

重い腰を上げて近づく。

「おい、大丈夫か?」
「………ゃ………い………っ………」
「?」

兵士はおぼろげな意識の中で何やらぶつくさと呟いていた。よく聞き取れないので耳を澄ませてみる。

「ぐへへ、ジャスミン教官………おっぱい………教官………お尻………教官………………………。………おっぱい………」

兵士から俺が現状で可能な限りの最高の速さで即座に距離を置くと、元の席へと戻る。そして若干身震い。

「………問題なさそうだな」
「だろ?」

分かっているのかいないのか、にぱっと笑顔で答えるトーリ。

「でもこのままじゃ訓練と言っても録に出来そうにない気がするけど」
「飯食えば大丈夫だろ」

食事して回復?お前はゲームの中の生物か?

「ってか、飯まだか?」
「確かに。ここに来てから大分経つな」

そうこう考えていると突如、俺の真横に位置していた食堂の壁の一部が開け放たれる。
掲示板か何かだと思っていた俺は少しばかり驚く。大きな横長のコルクボード状の板がどうやら引き戸となっていたらしい。

左、右、と順番に開いた壁の向こう側はというと厨房になっていた。
その中からひょっこりと割烹着かっぽうぎ姿の栗毛色の髪の毛がキュートな一人の女性が顔を覗かせる。背丈から察するに少女と言って良いだろう。厨房には彼女以外には誰もいなかった。

「みなさん、お待たせいたしました!ご飯ができましたよ~」

舌足らずな明るく元気な声が室内に響く。



「………………………」



その声を誰が拾って答えるでもなく沈黙が流れる。

「ご飯ができましたよ~」

聞こえていないと思ったのか再び繰り返す少女。

「食べるよりも早く休みたいんだけど………」

どこかからかポツリと声が漏れる。
他の兵士は沈黙したまま、否定もし切れない。これが大多数の意見だということは空気が如実に語っていた。かくいう俺もその一人だ。

その声は少女にも聞こえていたようで、空気に気圧けおされたのか目は涙で潤んでいた。

「みなさん………」

俯いていた兵士達は少女の声が震えていることに気が付くと顔を上げる。

泣かせてしまったか?

小さな子になんてことをと呟いた兵士を一斉に睨み付ける同僚達。
お前らも心内こころうちでは思っていたことだろと思いながら、俺はどんな奴か気になり彼らの視線を辿る。行き着いた先には集会の時にジャスミン教官に意見してペナルティを増やしていたあの兵士がいた。

………悪いのオレ?

と言うような表情でキョトンとしている注目の的の兵士。みんなの気持ちを代弁したに過ぎないが、声に出さない方がいいときもあるんだぞと俺は内心ないしんでアドバイスをする。
ついでに今後ジャスミンからのペナルティが増えないように「この想いよ伝われ」と強く念じておく。

「でも、君達も疲労がピークじゃないか。明日に備えて少しでも休むべきだろう?それに今は料理なんて喉を通らないと思うが」

微塵も伝わらなかった儚い俺の想い。
こいつはあれだな。KYだ。KY。
K・切り刻まれて、Y・床下に埋められろ、だ。
―――じゃなかった。K・空気、Y・読めない、だ。

実際にはどう思っているかは分かっているようだけど、言ってはいけないことまでは読めていないというところだろうか。
社会に出たら苦労するたちだな。ジャスミンからのペナルティもどんどん追加されそうな質だ。よし!ペナルティメーカーと呼ぼう。………ダメだコイツ、何とかしないと。

少女は更に目を潤ませる。

「みなさん、お辛い訓練だったのですね」

溢れんばかりに涙が溜まった時、掠れた声で言う。

「「「え?」」」

てっきり完全に泣き出してしまうと思っていた俺達は同情の言葉が返ってきたことに微かに驚く。

「でも、大丈夫です!わたしの料理を食べれば元気100倍間違いなしです!」

果物を砂糖で柔らかく煮詰めたような名を冠するおじさんがパンで出来た顔を取り替えることなくそんなことが可能なのかは分からないが、目に涙を溜めながら自信満々と言ったていでガッツポーズをする少女。

「これを食べてください!」

数卓あるテーブルに次々と料理の盛り付けられた皿を並べていく。
厨房には少女以外の人物は見当たらない。おそらく一人で準備したのだろう。
よくこれだけ作れたなと感心するほどに所狭しに食卓が埋め尽くされる。

「おぉ………」
「これは」

喉を鳴らす面々。

「旨そうだな」

喉に通らない派だった俺も思わず涎が出た程だ。

「お!やっと来たか!飯だ!」

喜び勇んだトーリは待ちわびたとばかりに早速料理に手を伸ばし、口に運ぶ。こいつは喉に通る派だ。

「んぐんぐ………。………すげぇ。すげぇ旨いぞ!」

勢い冷めずに平らげていくトーリ。

その様を見たぐったりとしていた同僚達も興味が湧いたのかトーリに続き一人、また一人と料理を口にしていく。

爆食いを近くで見せられている俺も手近にあった肉料理を食べてみる。

「旨い………。今胃袋に食物が入ったら冗談抜きで吐くかと思っていたけど、逆に次を欲するくらいに旨いな」

確かにこれは手が止まらない。
気が付くと俺も次々に口へと料理を運んでいた。

「お、メイス。いい食いっぷりじゃねぇか。これは俺も負けてられな………………………うっ………!」

爆食いしていたトーリが突然身体を縮めて呻き出す。
どうしたのかと困惑していると、周りにいる他の兵士達も同じように呻き声を上げ出した。その兵士達はトーリに続いて料理を口にしていた者達であった。

「この料理が原因か………?」

ヤバい。俺も食べちゃってるんだけど………。

そして順番が回ってきたかのように俺の身体にも変化が訪れる。

「うっ………こ、これは………!………………あれ?」

何ともない。
みんなの苦しみ様を見てただではすまないと思っていたが、すぐに治まる。

「う~ん………。ん?大丈夫みたいだぞ?」

トーリもけろっと元に戻る。
いや、正確には元には戻っていなかった。

「何だったんだろうな。さっきのは。まぁいいや。メイス!飯だ。飯の続きを食うぞ!」

何事も無かったかのように再び皿を空にしていくトーリ。明らかに料理が原因だと思うんだが、コイツは学習能力が皆無なのだろうか。

仕方がないのでトーリを止めようと椅子から立ち上がると妙に身体が軽かった。

「何だ?何だ?」
「どうなってるんだ?」

先程の呻きはどこへやら。他の兵士達も同じように違和感に気が付く。

「どこも痛くないな………」

腕を動かしても腹筋に力を入れても微塵も痛みが無くなっていたのだ。

「みなさん元気になりましたか?」

少女が室内を見て声を掛けてくる。

「どういうことなんだ?どうなっている。身体の重さがとれたぞ」

ペナルティメーカーが少女へと真相を問い詰める。ていうか、お前も食べてたのかよ。

「わたしの『秘伝料理』を食べたら筋肉痛なんていちころなんですよ!」
「秘伝料理?」
「はい。わたしの回復スキルです」

そういうことか。さっきの身体の変化は急激に組織が再生していくものだったんだろうな。
成る程、ジャスミンが集会後に食堂に行けと言った理由がこれで判明した。

「よかったです。みなさんが元気になって。心を込めてお料理した甲斐がありました」

少女はそう言うとニッコリとはにかむ。



ズキューーーン。



その笑顔に多くの兵士のハートが撃ち抜かれる音を感じた。

「わたしは料理ちょーのピコです。みなさんこれからもよろしくお願いします」

ペコリと頭を下げるピコ。

「宜しく、ピコちゃん!」
「料理ありがとう!お陰で元気になったよ!」
「最高に旨かったぜ!いい嫁さんになるな!」
「えっ!およめさん!?」

ピコは顔をみるみる紅潮させていく。
そんなピコを見て誰かが「萌え」と小さな声で呟くのが聞こえる。
こっそり見るとペナルティメーカーだった。

「似合わね~………」

俺達の間に癒しのマスコットが誕生した瞬間であった。




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