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第3話
「それでその商人がですね、『この品物は金貨一枚でも安すぎる!』って喚くんですよ。王都では入手困難で、このチャンスを逃せば二年先になると」
「まさかそれで購入したのか?」
「当然です。俺は欲しいものは必ず手に入れる。その商人が持っていた商品すべてを、言い値で買い取ってやりました」
ま、税金もしっかり引いてやったけどね。と得意気な顔で続けるウォーレス。
私も酔いが再び回ってきたのか、普段よりも砕けた口調で会話を交わしていた。
「しかしどんな商品だったんだ? キミがそこまで執着するなんて珍しいじゃないか」
私がそう尋ねると、彼は朗らかな笑顔から一転、真面目な顔になる。
彼のこんな表情は初めて見た。表で見せる凛々しい顔つきともどこか違う。それはまるで恋する乙女のようで……ってそんなわけないか。
私は頭を振って変な考えを追い払うと、彼の話に耳を傾ける。彼は酒で口を潤すと、ゆっくりと口を開いた。
「……聖女の姿絵ですよ」
「え?」
「魔王を討伐し、そのあと行方不明になった聖女様の姿絵。……彼女は、俺の憧れの人なんです」
思わず、時が止まる。
無言で固まる私と、真剣な眼差しを向ける彼で視線が交わったままで。
「可憐なお姿にもかかわらず、自分の身を盾にしてまで民を守る心優しい女性。……俺はそんな聖女様に、心を奪われてしまったんです」
彼は私の目を見つめたまま、微かに瞳を揺らしながら、それでも誇らしげに語る。その横顔には、叶うことのない想いを抱き続ける男の、どこか儚げな影が滲んでいた。
「でもさ、それはあくまで憧れだろう? 子供が勇者に憧れるみたいな」
「いや。私が適齢期を過ぎても伴侶を作らない理由のひとつは、彼女に惚れているからというのも大きいんです」
「……そ、そんなに本気だったのか?」
酒のせいではない、胸の奥に広がるざわめき。
私は知らず知らずのうちに、グラスを強く握りしめていた。
酔いにほどよく霞む視界の向こう、彼の表情がほのかな灯りに照らされる。
このひとときだけは、辺境伯でもなく、私でもなく、ただの酒を酌み交わす二人だった。
「はぁ、レイが羨ましいですよ。教会と繋がりがあるんだし、聖女様と実際にお会いしたこともあるんじゃないんですか?」
「え? い、いや会ったことは……ないかな?」
「そうですか。やはり姿絵を買っておいて良かった。ほら、見てください。小さい姿絵をロケットに入れてもらったんです」
ウォーレスは胸元のネックレスを外し、ロケットペンダントを私に向けて開いた。
「どうだ、可憐でしょう? お姿は初めて見ましたが、ほとんど俺の想像通りです」
「う、うーん……」
「お淑やかで、穢れを知らないような美しい黒髪に澄んだ瞳。そして天使のような白い肌……間違いない、彼女は神が遣わせた奇跡なんでしょうね」
そこには彼の言ったとおり、黒髪の少女が描かれていた。
でもこれはかなり美化されていると思う。聖女と会ったことがないと彼には言ってしまったけれど、実際は何度も会っているし、性格だって誰よりも理解しているかもしれない。
「どうしたんですか、レイ。微妙な反応ですね?」
「いや、ウォーレス、あまり彼女に憧れを抱くのは……」
「む、それはどうしてですか?」
「その……聖女だって裏で何をしているかわからないじゃないか。実は食い意地が張っていたり、金にがめつかったり、日中はグータラ寝てばかりかもしれないだろう? それに噂でしか知らないんだし、実際に会ったら大したことなくて、幻滅するかも――」
現実の聖女がどれほどイメージと違うかを、私は必死に説明しようとした。
しかし、途中で言葉を飲み込んだ。つい先ほどまで楽しそうにしていたウォーレスの顔が急に冷ややかな無表情になったからだ。
「聖女様に幻滅するなんて……そんなこと、ありえない。俺にとって彼女は希望そのものなんだ」
「っ!?」
彼の黄金色の瞳が鋭く私を射抜く。まるで獲物を狙う獣のような鋭さだった。
私はその迫力に圧倒され、何も言えずただ黙って彼の目を見つめ返すしかなかった。
「いくらレイ殿でも、聖女様をそれ以上愚弄することは許さない」
「いや、別に彼女を貶しているわけでは……」
「貴殿にそのつもりがなくともだ。……彼女のことを何も知らないくせに」
彼はそう言い切ると静かに席を立った。
「……悪いが、今日は帰らせてもらう。これ以上ここにいると、俺は耐えられそうにない」
「あ……」
引き留める間もなかった。ウォーレスは私の顔を見ようともせず、足早に酒場をあとにした。
残された私は、彼の飲みかけのグラスをじっと見つめる。
(……聖女様のこと、何も知らないか)
私はカウンターにあった酒瓶を掴み、そのまま口を付けて一気に飲み干した。喉が焼けるように熱くて美味しくもない。それでも飲まずにはいられなかった。
(……私がその聖女なんだけど!?)
周囲の喧騒は変わらない。
だけど私の心だけが、この酒場から遠く取り残されてしまった。
誰にも聞こえない叫びが、胸の奥でいつまでも響いていた。
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