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プロローグ 悪夢のはじまり
しおりを挟む「――またこの夢、なのね」
ありとあらゆるものが燃えている。
王冠を被った初老の男性。上質なドレスで着飾った若い女。蒼の劫火は華美な絵画も、空も、人も――全てを喰らい、まっさらな灰へと変えていく。
「どう、して……」
逃げたくても、逃げられない。
夢の中の私は、死へと向かう一歩手前だったから。焼け落ちた城の床に横たわり、手も足も傷付き、動かすこともままならない。
仕方なく眼球だけを動かす。
視界に入ったのは左頬に傷のある、長い黒髪の男。彼は灰色のローブを頭から被り、この地獄のような戦場をフラフラと歩いていた。
「やめろ魔王っ……それ以上、傷付けるような真似をするなっ……!!」
そう叫んだのは、白い鎧を着た騎士風の男だった。彼は煤だらけの銀髪を揺らしながら、勇敢にも剣を片手に走ってきた。白騎士の狙いはあの黒髪の彼だ。
剣戟や魔法が雨あられと彼に降り注ぐ。
華奢な体格のどこにそんな力があるのか、彼に降りかかる全ての暴力を見えない力で跳ね返す。吹き飛ばされた騎士の男が視界の外へと消えていった。
そして黒髪の男は追い打ちとばかりに、両手の先から紅、蒼、碧といった色の炎弾を憤怒の雄叫びを上げながら撃ち出した。
それらが次々と壁や人、物に着弾し、爆発する。
轟音と共にビチャビチャと何かが自分に当たった。
映画や漫画で見るような魔法。それは現実世界では通常、有り得ないモノ。
そう、だからこれは夢なんだ。目覚めれは全部無かったことになる――はずなのに、何故か心がぎゅうっと締め付けられる。
つらい、苦しい、悲しい。負の感情が涙となって、瞳からボロボロと溢れ出る。
「や……めて……」
だから今回も、私は彼に向けて叫んだ。
もう、誰も殺さないで。これ以上、自分を傷付けないで……!!
「おね、がい……!!」
その声がやっと届いたのか、彼はようやく殺戮の炎を止めてくれた。
辺りにはすでに彼以外で動いている者はいないが、これ以上彼が人を殺めるのを見たくなかった。
(良かった。これで終わった、のね……)
ホッとしたのも束の間。
振り向いた彼の顔を見ると――泣いたまま、笑っていた。壊れてしまったかのように、何か声を上げながら。
だけどもう、その声も聞こえなくなってきた。目蓋も重くなって、ゆっくりと閉じていく。また、終わりが近付いているらしい。
黒の青年の真っ赤に濡れた唇が、パクパクと動く。
「――かならず、あいにいくから」
聴こえなくても、彼が何を言っているのかは分かっている。
このラストシーンは知っている。最期の瞬間、彼が私に対して謝っていたことも。
(また、私は彼を止められなかったのね……)
そのまま気を失うように、私は夢の中で深い眠りに落ちていく。そうして今日もまた、日本にある自宅のベッドで目を覚ましたのであった。
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