上 下
1 / 14

プロローグ 悪夢のはじまり

しおりを挟む
 
「――またこの夢、なのね」

 ありとあらゆるものが燃えている。
 王冠を被った初老の男性。上質なドレスで着飾った若い女。蒼の劫火は華美な絵画も、空も、人も――全てを喰らい、まっさらな灰へと変えていく。


「どう、して……」

 逃げたくても、逃げられない。
 夢の中の私は、死へと向かう一歩手前だったから。焼け落ちた城の床に横たわり、手も足も傷付き、動かすこともままならない。

 仕方なく眼球だけを動かす。
 視界に入ったのは左頬に傷のある、長い黒髪の男。彼は灰色のローブを頭から被り、この地獄のような戦場をフラフラと歩いていた。


「やめろ魔王っ……それ以上、傷付けるような真似をするなっ……!!」

 そう叫んだのは、白い鎧を着た騎士風の男だった。彼は煤だらけの銀髪を揺らしながら、勇敢にも剣を片手に走ってきた。白騎士の狙いはあの黒髪の彼だ。

 剣戟や魔法が雨あられと彼に降り注ぐ。

 華奢な体格のどこにそんな力があるのか、彼に降りかかる全ての暴力を見えない力で跳ね返す。吹き飛ばされた騎士の男が視界の外へと消えていった。

 そして黒髪の男は追い打ちとばかりに、両手の先から紅、蒼、碧といった色の炎弾を憤怒の雄叫びを上げながら撃ち出した。

 それらが次々と壁や人、物に着弾し、爆発する。

 轟音と共にビチャビチャと何かが自分に当たった。
 映画や漫画で見るような魔法。それは現実世界では通常、有り得ないモノ。

 そう、だからこれは夢なんだ。目覚めれは全部無かったことになる――はずなのに、何故か心がぎゅうっと締め付けられる。

 つらい、苦しい、悲しい。負の感情が涙となって、瞳からボロボロと溢れ出る。


「や……めて……」

 だから今回も、私は彼に向けて叫んだ。

 もう、誰も殺さないで。これ以上、自分を傷付けないで……!!


「おね、がい……!!」

 その声がやっと届いたのか、彼はようやく殺戮の炎を止めてくれた。

 辺りにはすでに彼以外で動いている者はいないが、これ以上彼が人を殺めるのを見たくなかった。

(良かった。これで終わった、のね……)

 ホッとしたのも束の間。

 振り向いた彼の顔を見ると――泣いたまま、笑っていた。壊れてしまったかのように、何か声を上げながら。

 だけどもう、その声も聞こえなくなってきた。目蓋も重くなって、ゆっくりと閉じていく。また、終わりが近付いているらしい。

 黒の青年の真っ赤に濡れた唇が、パクパクと動く。

「――かならず、あいにいくから」

 聴こえなくても、彼が何を言っているのかは分かっている。

 このラストシーンは知っている。最期の瞬間、彼が私に対して謝っていたことも。

(また、私は彼を止められなかったのね……)

 そのまま気を失うように、私は夢の中で深い眠りに落ちていく。そうして今日もまた、日本にある自宅のベッドで目を覚ましたのであった。




しおりを挟む

処理中です...