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第5話 ホームレス勇者
しおりを挟む恍惚とした表情を浮かべる勇者に背筋がゾッとする。
なに? 異世界って変態しかいないの??
「おはようございます、千鶴様。お散歩ですか? いい天気ですね」
「ひっ!? し、知らない。私貴方のことなんて知らないです。だから声を掛けてこないでください」
「いやぁ、この世界は平和でいいですね。一晩こうして野外で寝ていましたが、モンスターもやってきませんでしたし。ところで千鶴様、お腹は空いていませんか?」
勇者はニコニコしながら私の顔を覗き込んでくる。
その手には茶色い紙袋が握られていた。彼がその袋の口を開けると、中には駄菓子が入っているのが見えた。
「あら、気が利くわね。……とでも言うと思ったわけ? どうしたのよ、これ」
とてもじゃないけれど、目の前の彼が日本円を持っているようには思えない。
まさかお腹が空いたからって、近所のお店で盗んだんじゃ……。
「たまたま通りがかった子供が恵んでくれました!」
「子供から飯をたかるな!!」
思わずツッコミを入れてしまう。なんで勇者がそんな悲しいことしてるのよ!
すると勇者は銀色の前髪を垂らし、少しだけシュンとなった。
あれ? なんか本当の犬みたいでちょっと可愛いかも。
いやいや、騙されちゃいけない。彼は勇者なのだ。きっと私が油断したところを狙って、また襲ってくるに違いない。
警戒心を緩めず、ジト目で睨み続ける。しかし、一向に動く気配はない。
それどころか、こちらを上目遣いでチラッチラッと見てくる始末だ。
くっ、この視線は反則でしょう!!
「……何よ」
「えっと、その、殴らないんですか……?」
「は? なんで私がアンタを殴るのよ。意味分からないんだけど」
「だって僕、千鶴様にまた迷惑を……それに昨晩は僕のことをビンタしたじゃないですか」
「……それとこれとは話が別よ。ほら、あげるからこっちを食べなさい」
私は自分が持っていたコンビニのビニール袋の中からサンドイッチを取り出すと、勇者に差し出した。
勇者はそれを両手で受け取ると、パァーッと明るい笑顔になる。
そして包装紙を破ると、勢いよくかぶりつこうとし――ピタッとその動きを止めてしまった。まるで何かを思い出したかのように。
「…………」
「え? なによ急に。別に毒なんて入ってないわよ??」
「……………………」
「た、食べて良いわ」
「わんっ」
もぐもぐ、ごくり。
再び口の中へ食べ物を押し込むようにして食べる勇者。そして目を見開くと、満面の笑みになった。どうやら口に合ったらしい。
「それを食べたら公園の隅っこで大人しくしてなさいよね。子供からもお菓子を貰っちゃダメ」
「分かりました。しかしこのサンドイッチというパンは本当に美味しいですね。特にこの卵と白いソース」
まぁ卵サンドは定番であり、どのコンビニでも買えるような品物だけど、勇者にとっては感動モノだったようだ。目を輝かせながら、大事そうに頬張っている。
うん、これは餌付けだ。
私は勇者などと宣うコスプレ男子を、これ以上面倒を起こさないように懐柔しようとしているだけなのだ。
決して情に絆されているわけではない。断じて違う。
たしかに明るいところで見ればイケメンだし、笑顔も可愛い。だけど彼みたいなイケメンは私の好みではない。むしろMっけのある私はもっと強引な……。
「いやいやいや。どうしてそこであの黒髪が脳裏に浮かぶのよ」
ブンブンと頭を振って、邪念を振り払う。
とにかくだ。ここは私が大人になってあげよう。そう、子供に飴を与えるくらいの気持ちで接してやればよいのだ。
勇者のことは放っておいて、私は自分の朝ご飯を食べることにした。
「ねぇ、こっちのカツが入っている方も食べてみる? ……って、急に黙っちゃって今度はどうしたのよ」
そして急に無言になったかと思えば、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「いえ、とても美味しいです。ただ、千鶴様の手作りだったらなぁと思いまして」
「あ、当たり前でしょ。私は料理なんてできないもの」
「そうですか。それは残念です」
一体なんだっていうのよ。さっきまであんなに嬉しそうな顔してたくせに、今度は悲壮感漂わせて俯いちゃった。
なによ、生意気ね。私が作るより、コンビニ飯の方がよっぽど美味しいわよ。
「悪かったわね。自炊は滅多にしないのよ。私は大事な仕事で忙しいからね」
「時間があれば頂けるのですね!? 嬉しいなぁ。千鶴様の手料理楽しみにしてますね!!」
勇者は満面の笑みを浮かべると、残りのサンドイッチを一気に口の中に押し込んだ。ゴクリと飲み込むと、嬉しそうに立ち上がる。そして私に向かって深々と頭を下げてきた。
「それでは僕はこの辺で失礼します。また会いましょう!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだ話は終わっていないわ」
「大丈夫ですよ。千鶴様のお気持ちはちゃんと伝わっています。僕、千鶴様に認めてもらえるように頑張りますから! お腹いっぱいご馳走になりました。ありがとうございます!! お陰で元気が出ました」
そう言うと勇者は、こちらが止める間もなく走り去ってしまった。
結局、名前すら教えてくれなかった。
本当に何者だったのかしら? 変な奴。
まぁいいや。とりあえずこれでようやく静かになったわけだし。
私は勇者の存在などすっかり忘れて、朝食を食べ終えた。
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