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第13話 メンヘラ男ってメンドクサイ!!

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「まぁ、あとはあの小僧が言ったことと同じだな。屑な人間どもの私利私欲のために和平は決裂し、聖女イーグレットは死んだ」

 ゾディアスは淡々と語り終えると、手に持っていたお猪口を空にした。
 それを横目で見た私はすかさず酌をする。

 すると彼は満足げに笑い、お礼代わりに私の頭を優しく撫でた。その手つきはまるで、大切なものを扱うかのように優しいものだった。


「千鶴。俺が怖いと思うか?」
「ううん。全然思わない。だって貴方はこうして生まれ変わって、また私に会いに来てくれたから」
「……本当か?」
「勿論。前世で貴方がしたことは決して許される事ではないけれど、それでも貴方が私を愛してくれたのは分かった」
「千鶴……」

 ゾディアスは感極まった様子で私に近寄り、強く抱きしめた。そしてそのまま押し倒されそうになるも、何とか堪える。
 危ない危ない。危うく流されるところだった。

 私は彼の腕の中からスルリと抜け出すと、わざとらしく大きなため息をつく。ついでにチラリと彼を見ると、物足りなさそうな顔をしていた。しかしここで誘惑に乗ってはいけない。

 私は心を鬼にして、彼に告げる。


「ちょっと? 前世でのことは分かったけど、記憶が戻ったわけじゃないんだから。それに私、貴方が好きだなんて言ってないでしょう?」
「ちっ」

 ゾディアスが舌打ちをした瞬間、部屋の襖が勢いよく開いた。

 そこには何故か、割烹着姿のキリクが。


「おいこらクソ魔王。テメェ、うちの聖女様に手ぇ出してんじゃねぇよ!」
「ちょっ、どうしてキリクがいるのよ!?」
「あ、千鶴様こんばんは。最近、ここでアルバイトというのを始めまして」

 一変してニコニコと笑顔で話すキリクだったが、目は笑っていなかった。
 明らかに怒っている。っていうか、なんでバイト中も私の革ベルトを首に巻いてるのよ。

 ゾディアスは面倒くさそうに立ち上がると、キリクに向かって吐き捨てるように言う。


「おい、店員ごときが邪魔するとはいい度胸ではないか。せっかく千鶴と二人きりで話していたところだというのに」
「うるせぇ。聖女様は僕の大事な人だ。こっちの許可なく触って良いと思ってんのか」
「ほう。千鶴はお前の女なのか」
「違うわよ!」

 慌てて否定するも、ゾディアスはニヤニヤと笑う。
 そして、キリクを挑発するように言い放った。


「ほれ、千鶴は否定しておるぞ? 単なるお前の妄想ではないのか? 前の世界に居た頃からお前は聖女に一方的な憧れを抱いていたようだしな。千鶴、知ってるか? コイツ、お前が好きすぎて自作の人形を作って枕元に置いていたのだぞ?」
「えっ」
「おい魔王貴様ァア!!何暴露してんだよ!!」

 まさかの事実に驚くも、キリクは必死に止めようとする。

 しかし時すでに遅し。
 私はドン引きした表情でキリクを見つめた。キリクの顔は真っ赤に染まり、涙目になっている。

「もう……そんな泣かないでよ。私は気にしてないからさ」
「いや、違うんです。一度は心を死なせた勇者は涙を流さないんで」

 よく分からない御託を並べながら、キリクは袖口でゴシゴシと目元を擦った。
 確かに彼の顔は赤く染まっている。どうやら照れ隠しらしい。

 キリクにも可愛いところがあるんだなと微笑ましく思っていると、ゾディアスが私とキリクの間に割り込んできた。


「千鶴は俺の妻だ。いくら勇者であろうとも、俺から奪おうなど許さん」
「誰が妻だ!勝手に決めるな!
「そうだ! 聖女様は僕と結婚する予定なんだ」
「あんたら馬鹿なの!?」

 私が呆れた声を上げるも、二人は無視をして睨み合う。


「俺はここで決着をつけても、一向にかまわんぞ?」
「いいだろう、やってやろうじゃないか」
「ちょっと、二人とも! こんなところで何をする気なのよ!」

 だがどちらも私の声は聞こえていない。
 キリクは怒りの形相で前掛けのエプロンをふんずと掴み、床の畳に叩きつけた。

 しかしすぐにキリクは余裕のある態度に戻り、ゾディアスを鼻で笑ってみせた。
 そして勝ち誇った顔で、首元を見せびらかした。


「どうだ、僕はすでに千鶴様から愛の印を直々に受け取っているぞ!」
「はぁああ!?」
「ほう。それはどういう意味だ」
「ふふふふふ。実は先日、千鶴様は僕の告白を受け入れてくれてね。その時にこの婚姻の印をつけてくれたんだ」
「なっ」

 違う、それは断じて違う。そしてお前が言っているのはただのスーツ用のベルトだ。
 ゾディアスは目を細めてキリクの首元を見た後、私の方を向く。


「……本当か、千鶴」
「うっ。違うわよ。それはただ、キリクに私の言うことを聞かせるために……」

 私が必死に弁明しようとするも、ゾディアスはキリクの方を向いて低い声で呟いた。その様子はまるで獣のようにギラついている。

 私は本能的に危険を感じ取った。これはヤバい。ゾディアスがキレている。


「ク、ククッ……上等だ。だが俺はこの顔そのものに、決して消すことのできぬ愛の傷を貰っているからな!」
「い、言われてみれば!」
「いや、待って。言われてみればじゃないから」
「ははは! 羨ましかろう!! これで俺は千鶴のものとなったわけだ」
「ググググッ、認めざるを得ない……!!」
「いや、だからなってないって」

 駄目だもうコイツら。私の話を聞きやしない。
 完全に調子に乗ったゾディアスはキリクを煽っていく。そしてキリクもまた、魔王の挑発に乗っていった。

 二人の顔がどんどん近づいていく。そして同時にグリン、と私の方を向いた。


「千鶴、俺にもコイツのように首輪になるものを寄越せ!」
「千鶴様。僭越ながら、僕にも癒えることのない一生モノの傷をお与えください」
「い、いや……こっちに来ないで……」

 私はじりじりと後退するも、背後には壁があり、逃げ場がない。二人から距離を取るように横に移動するも、すぐ隣まで迫ってきた。

 ゾディアスは私の服に手を伸ばし、キリクは着ている割烹着の胸元を私に見せつけてくる。それを間一髪で避けながら、私は大声で叫んだ。


「すみませーん! お会計お願いしまぁぁす!!」

 こうして私はどうにか二人を振り払い、店から脱出した。

 しかし店の外でもまだ、二人は互いに喧嘩をしながら私を追いかけ回している。それにしてもあの二人、いつになったら諦めてくれるのか。


「いや、逃げられないかも。なんていったって、世界を越えてくるぐらいだし」

 これからもずっと私は、重すぎる愛を持つ二人に捕まらないよう過ごさなきゃいけないのだろう。これからの生活に不安を抱きながらも、私は夜の街を走り続けた。


 ――END――
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