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第3章 とあるメイドと王子様
第22話 そのメイド、赤面する。
しおりを挟む「あぁ、クソが付くほど真面目でな。アイツ、弟の癖に兄にメチャメチャ厳しいんだ」
騎士様は、アモン王子を諫める人がキチンと身近にいたと言う。
だけど私はその言葉にどうしても首を傾げてしまった。だって私がこの屋敷でメイド実習を始めてから一月ほどが経ったけれど、その間に見たアモン王子の態度は最悪そのものだったから。
婚約者候補のお嬢様にはやたら甘ったるい言葉で話しかけるけど、メイドたちには興味が無いのか挨拶しても知らんぷり。お茶を出しても手を出さないし、カップの扱いも雑。
屋敷の先輩メイドの話では、客間で接待したあとはすぐにお嬢様の部屋に引き篭もってしまい、その中で何をしているのか分からないそうだ。横柄な態度は仕方ないにしても、言動の節々に性格の悪さが出ている。
そんな話を見て聞いている私には、どうしても騎士様の言う事が信じられなかった。ちゃんと叱ってくれる人がいるなら、もう少し紳士的な態度をとると思うのよね。
「うーん……人は見かけに寄らないっていうけれど。実は良い人なのかしら」
ていうかこの騎士様。いくら第一王子様の護衛だからって、第二王子のことをアイツとか言っちゃって不敬罪とかにならないのかな。噂じゃ三人いる王子様たちは、お互いに仲が悪いって聞いたけど……もしかして本当の話だったのかしら?
――ま、いっか。王子様なんて雲の上の人、私には関係のない話だしね!!
その後も私は話題を変え、騎士様とのおしゃべりを堪能した。
城での話や城下町での話。
最近の流行りや過去に起こった珍事件など。
貧乏な田舎者である私では知らないことを、騎士様は面白おかしく話してくれた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕方ごろになってやっと王子様が屋敷から出てきた。
……なんだか来た時と違って、服が乱れていたような?
侯爵令嬢とナニをやっていたのかしらね。
ともかく私は何にも気付かないフリをして、お見送りの挨拶をする。
やっぱり王子様はメイドの私になんて目もくれず、さっさと馬車へと戻っていってしまった。
「ふぅ、まぁいいわ。今日はこれで仕事は終わりね……って、どうしたの? 騎士様が王子様の代わりにお別れの挨拶?」
仕事帰りに街で夕飯でも食べていこうかしら、なんて考えていたら、さっきまで一緒に居た騎士様が私の元へとやってきた。別に忘れ物とかじゃないと思うけれど、なんだろう?
彼は頬を掻きながら金色の目を少し彷徨わせた後、意を決したように口を開いた。
「今日もありがとう。いつもは退屈なんだが、キミが居てくれたお陰で楽しい時間を過ごせたよ」
お礼なんて珍しいわね。っていうか、そんなことを言われたのは初めてだわ。
「えぇ、こちらこそ。次に此方へいらっしゃる時には、特製のクッキーでも作ってお待ちしておりますわ」
私は私で、歓迎の意味を込めて返答する。
どうせまた彼は暇だと言って、私に会いに来るでしょうから。
そんな私の言葉に、彼はキョトンとした後「キミの手作りか、それは嬉しいな」と微笑んだ。
「それと……」
「まだ何か?」
「いや、何でもない……それじゃあ、また」
「……? はい、お元気で」
本当に今日はどうしたのかしら? いつになく真面目な顔をして、騎士様らしくないわね。なんだか恥ずかしいじゃないの。
照れ隠しに、ちょっとだけ芝居臭いカーテシーで礼をとってみる。それがまた彼のツボに嵌まったのか、緊張の表情から一転して笑い始めた。
「クッ、ククク……本当にキミは面白い子だ。……ではアカーシャ。話相手のお礼と親愛の印に、コレを受け取って欲しい」
騎士様が私の右手を取ると、その中に金色の小さなピアスを置いた。
「え? お礼、ですか?? これは……ピアス?」
手渡されたのは、クローバーの形をしたピアスだった。中心には紅く綺麗な石が嵌まっている。
「いえ、こんな高価そうなものを受け取るわけには……」
「……頼むよ。なんなら今度会った時まで、預かってくれるだけでもいいんだ」
うーん? じゃあそういうことにしておきましょうか?
彼もまた話相手になって欲しいだけなのかもしれないし。
……なにより、私も楽しかったからね。
もしかしたら、初めての男友達かもしれない。彼となら、いつでも気軽にお話したい。
そんなこと、恥ずかしくて面と向かっては言えないけれど。
「分かりました。ではその時まで、大事に取っておきます」
「そうか、良かった……」
騎士様はホッとした表情になると、握っていた私の手の甲に唇を落とした。
「えっ……? ちょ、ちょっと!?」
「では、また近いうちに会おう!! その時を楽しみにしているぞ!!」
慌てふためく私を置いて、今度こそ彼は馬車に乗って去っていってしまった。
どうしよう、まさかキスをされるなんて……!?
あまりに唐突過ぎて、何も反応できなかった……。
「……なんだか妙にキザったらしかったわね。何だか腹が立ってきたわ」
サボり騎士のくせに、してやられた。
その場でやり返せなかったのが何よりも悔しい。
「――ま、いいか。どうせまた直ぐに会えるでしょうし」
私はそう思い直し、右手の甲をさする。
不思議と柔らかいあの唇の感触は、いつまでも消えることは無かった。
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