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第1話 不穏な帰宅
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「ま、待って? 家で客人を預かってくれって、どういうこと!?」
帰宅した夫を玄関で出迎えたあと、お買い得だったホーンラビット肉のシチューを食卓に置いたところで、彼の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「すまない。サシャを見捨てることができなくて」
脱いだ皮鎧を棚に置きながら、夫のクロードは「仕方がなかったんだ」と短く揃えた茶髪をガリガリと掻いた。
騎士団で鍛え上げられた筋肉からは、勤労の証である汗の匂いが漂ってくる。三十も半ばを超えて、この肉体美はさすがと言える。同い年で腹のたるみが気になってきた私とは大違い。
普段なら仕事の疲れを労いながら、彼の体を堪能するところなんだけど。あいにくと今日は、そんな気分になれなかった。
「だからって、私に相談も無しだなんて……」
それに一番の問題は、彼のいう客人の正体である。
もし聞き間違えでなければ、サシャさんは私の旦那であるクロードの前妻だったはず。
とは言っても、彼女がどんな人物なのかあまり知らない。私が彼と出逢った頃には、離婚して数年が経っていたし、顔を見たこともない。
今の生活が平穏で幸せだったから、追求しようと思ったこともないしね。
正直に言って、私にとってサシャさんは赤の他人だ。
――でもだからといって、そう簡単に泊めても良いとはならないでしょう!?
「駄目か?」
「その言い方は、ズルくないかしら」
「……すまん」
はぁ、と思わず重たい溜め息が出てしまう。
そのお人好しなところに惚れたのは事実だけど、付き合わされる方の苦労も理解してほしいわね。
真面目で仕事もできる男なのに、女心はサッパリ分かっちゃいないんだから。
(とはいえ、キッパリと駄目と言えない私も私か……)
「それで? 泊めるのは一晩だけでいいの?」
「……いや、期間は分からない」
「はい?」
えーっと、それはつまり、どういうことかしら?
数日泊まらせる……って言い方でも無いような。
嫌な汗が私の背筋をダラダラと流れ始める。
だけどこれは、まだ序の口だった。
「言い忘れていたが、俺は明日から遠征に出て家を空けることになった」
「はいいいぃいいい!?」
渾身のストレートをモロに浴びた私は、我を忘れて大絶叫を上げるのであった。
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帰宅した夫を玄関で出迎えたあと、お買い得だったホーンラビット肉のシチューを食卓に置いたところで、彼の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「すまない。サシャを見捨てることができなくて」
脱いだ皮鎧を棚に置きながら、夫のクロードは「仕方がなかったんだ」と短く揃えた茶髪をガリガリと掻いた。
騎士団で鍛え上げられた筋肉からは、勤労の証である汗の匂いが漂ってくる。三十も半ばを超えて、この肉体美はさすがと言える。同い年で腹のたるみが気になってきた私とは大違い。
普段なら仕事の疲れを労いながら、彼の体を堪能するところなんだけど。あいにくと今日は、そんな気分になれなかった。
「だからって、私に相談も無しだなんて……」
それに一番の問題は、彼のいう客人の正体である。
もし聞き間違えでなければ、サシャさんは私の旦那であるクロードの前妻だったはず。
とは言っても、彼女がどんな人物なのかあまり知らない。私が彼と出逢った頃には、離婚して数年が経っていたし、顔を見たこともない。
今の生活が平穏で幸せだったから、追求しようと思ったこともないしね。
正直に言って、私にとってサシャさんは赤の他人だ。
――でもだからといって、そう簡単に泊めても良いとはならないでしょう!?
「駄目か?」
「その言い方は、ズルくないかしら」
「……すまん」
はぁ、と思わず重たい溜め息が出てしまう。
そのお人好しなところに惚れたのは事実だけど、付き合わされる方の苦労も理解してほしいわね。
真面目で仕事もできる男なのに、女心はサッパリ分かっちゃいないんだから。
(とはいえ、キッパリと駄目と言えない私も私か……)
「それで? 泊めるのは一晩だけでいいの?」
「……いや、期間は分からない」
「はい?」
えーっと、それはつまり、どういうことかしら?
数日泊まらせる……って言い方でも無いような。
嫌な汗が私の背筋をダラダラと流れ始める。
だけどこれは、まだ序の口だった。
「言い忘れていたが、俺は明日から遠征に出て家を空けることになった」
「はいいいぃいいい!?」
渾身のストレートをモロに浴びた私は、我を忘れて大絶叫を上げるのであった。
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