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第1章 誰が為の勇気

第8話 運命の邂逅

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 やはりこいつが魔王の配下だったのか……!

 しかも口ぶりからして、この襲撃を企てたのはこいつで間違いないらしい。

「おぉ、怖イ。そんな恐ろしい顔でワタシを睨まないでくださいヨ」
「どの口でそんなことを……」
「ハハハ、そうですネ。ではまず、この状況をなんとかしましょうカ」

 ベルフェゴールと名乗った男はそう言うと、パチンと指を鳴らした。


「……これはどういうことだ?」

 瞬きをしている間に、周囲の状況が変化していた。

 燃え盛っていた村の炎が一瞬にして消えたのだ。

 まるで最初から幻だったかのように辺りは静寂に包まれ、ただ焼け焦げた残骸だけが広がっていた。


「貴方のお望み通リ、ワタシの魔法で火を消したのですヨ。あのままではいずれ山火事になってしまうでしょウ?」

「(こいつ、そんなことまでできるのか!?)」

「まったク、人間の嫉妬や憎悪というのは底なしですネ。ワタシが人々の抱える火種怒りに少し風を送っただけデ、こんなにも美しい自然に囲まれた村や人々を焼いてしまうなんテ」

 楽しそうに語るベルフェゴールの言葉で、ようやく理解することが出来た。

 そうか……この魔人が持つ能力を使って、リゲルたちが持っていた負の感情を爆発させたのか。
 つまり俺はまんまと嵌められてしまったわけだ。

 だが分からないことがある。
 なぜコイツは、わざわざこんな回りくどいことをしたんだ?

 その気になれば、大した防備もない俺たちの村なんて、簡単に制圧できるはずなのに。


《落ち着いてくださいフェンさん!》
「(分かっているよ。大丈夫、大丈夫だから……)」

 俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 今ここで感情的になっても意味はないからな。


「目的ですかァ~? そうですねェ……強いて言えば、感情の研究といったところでしょうか?」
「感情の研究だと……?」
「えぇ、そうですとモ。この世で最も美しいもノ、それは人間の感情だとワタシは思うのでス」

 そう言ってベルフェゴールは両手を広げると、恍惚とした表情で語り始めた。


「喜び、悲しみ、憎しみ、妬み、恨み、恐怖といった様々な感情は人間を強くし、時には弱くさせます。それら全ての感情が混ざり合い、複雑に入り混じった時に生まれる強大なエネルギーこそ、まさに奇跡と呼ぶにふさわしい存在なのですヨ!」

 まるで演劇でもしているかのような身振り手振りを交えながら話す男に、もはや狂気すら感じてしまう。

 そして今度はワザとらしく肩を落とし、見えている左の眉を下げて、愚痴をこぼすように語りかけてきた。


「しかし悲しいことに、人間たちは神などというフザけた存在にすがり始め、負の感情を抱くことが少なくなってしまいました。――そこで考えたのですヨ。どうすればより多くの人間がより激しい憎悪を抱キ、絶望してくれるのかとネ」
「まさかそれが、この村を襲う理由なのか?」
「えぇ、その通りですとモ! ワタシの研究成果を試した結果、実に多くの感情のエネルギーを回収することができましタ。いやァ~本当に素晴らしい成果でしたヨ!!」

 高らかにそう宣言した男の顔には、狂気に満ちた笑みが浮かんでいた。自分の功績を誇るように胸を張る男を見て、俺は確信した。この男は間違いなく悪だ。

 ならば俺がやるべきことは一つしかないだろう。


「ふざけるなっ!! そんなくだらないことでマリィを……みんなを巻き込んだっていうのか!?」
「おっとォ、怖いですネェ~」
「黙れッ!!」

 もう我慢の限界だった。
 こいつは生かしておけない。リゲルと違い、教会に突き出したところで反省すらしないだろう。

 だからこの場で俺が殺してやる……!!


 木剣を構え直し、俺はベルフェゴールを見据える。

 さっきみたいに幻覚を見せられて、動きが鈍った隙を突かれたらマズい。まずはあの不気味な水晶玉をどうにかしないと……!


「(だが、どうやったらコイツを倒せる?)」

 対峙しているだけなのに、威圧感に負けそうだ。

 黒い前髪からポタリと汗が流れ落ち、ジワジワと体力が削られていく。精神攻撃耐性が無ければ、とっくに逃げ出していたかもしれない。


 そんな焦る俺を男は楽しそうに眺めていた。

 そして次の瞬間、男は懐から何かを取り出したかと思うと、それを俺に向かって放り投げてきた。


「――ッ!!」

 咄嗟に後ろに飛び退き、投げつけられた物を躱すことに成功する。

 地面に落ちたそれは、禍々しい魔力を放つ黒い球体だった。まるで深淵を覗き込んだかのような気分に陥り、無意識のうちに鳥肌が立つ。


「なんだ、これは……」
「フフフ、素晴らしいでしょウ? 魅力的でしょウ? これはワタシの研究成果の一つですヨ」

 すると奴は両手を大きく広げ、天をあおぎ見るようなポーズを取った。


「これこそがアナタたち人間に植え付けた“魔王因子”!! これさえあれバ、どんな人間もココロを解放シ、魔人となれる画期的なシロモノなのですよォ~!」

 男がそう言った瞬間、周囲に異変が起きた。

 奴の言葉と同時に地面が大きく揺れ動き始めたのだ。同時に全身の力が抜けていく感覚に襲われる。


《フェンさんっ!!》
「(俺は大丈夫だよ、ルミナ様……)」

 おそらく奴が話していたことは真実なのだろう。

 現に地面にある球体の近くにいるだけで、俺の身体の中には得体の知れない何かが蠢いているような感覚があるし、さっきから身体の震えが止まらない。

 きっとこれがこの魔人が言う魔王因子そのものなんだろう。


「さぁ、貴方も我らと同じ魔王様の配下となって、共に開放的な世界を創りましょう」

「誰がそんなことをするか! 俺はマリィに誓ったんだ。人々を助ける勇者になると――!!」

 そう言い放ち、俺は再び木剣を握りしめた。

 こんな所で負けるわけにはいかないんだよ!! 


「勇ましいですねェ~。でも本当にイイのですか? 魔王様なら、死んでしまった貴方の大事なヒトを蘇らせることもできるというのニ」
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