40デニールの悪役令嬢。遂に世界を追放されたので日本を謳歌することにしました。連れ戻そうたって、もう遅いですよ?

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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第2章 悪役令嬢、お仕事を頑張る

2-2 コーヒーの苦味が分かるイケオジ。

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日南ひなみ……お前、案外やるなぁ」
「……はい? ありがとうございます」


 自分のデスクにあるパソコンで社内メールを確認していると、不意に隣りの席から声を掛けられた。それは酒焼けでもしているのだろうか、少し皺枯しわがれ気味の声だ。


 その声のした方へと振り返ると、そこに居たのは少し白髪交じりのウェーブが掛かった頭、タレ目に少しだけヒゲが残ったあご
 スーツも微妙にヨレていて、あまり営業には向いているとは思えない、いかにも冴えない見た目のオジサン臭い男だった。


「さっきのアレ。あのムカつくババアの引きった顔は思わず笑っちまったわ。クククッ……あぁ、特にお前さんの最後のセリフなんてケッサクだったぜ?」
「はぁ……」


 この男が言っているのは恐らく、先程のハラグロ先輩を撃退した件のことだろう。
 隣りの席にいたのなら、そのやり取りを聞いていてもおかしくは無い。

 とはいえ、いつからそこに居たのか分からないほどに、彼の存在感が無かった。武道や魔術に精通したレイカにさえ、微塵にも悟らせなかったのだから……それだけでも凄いものだ。


 顔がそのまま映り込みそうなほどに濃いブラックコーヒーをくぴりと口付けながら、未だ要領を得ていなさそうなレイカに先ほどの台詞せりふの補足を始めた。


「さっきのアレ。お前は表向きアイツに謝罪をしていたが、結局は大事な連絡を業務時間外に送ってくんじゃねぇって意味だろ? それをあのハラグロ女は全く分かってなかったみてぇだったしよォ……くっくっく」


 ざまぁねぇぜ、と言わんばかりに片方の口角を上げて笑う男。
 お世辞にも性格がいいとは思えない言動に、レイカは呆れ顔をしている。

 何を思って声を掛けてきたのかは結局分からなかったが、少なくともこのオッサンはあのハラグロ先輩のお仲間では無さそうだ。


「さぁ、私には何のことやらわかりませんので」
「ん? あぁ、別になにか責めようってんじゃねぇんだ。何となく先週のお前とはだいぶ雰囲気が変わったと思ってな……俺は今の方が数倍好きだぜ?」

「あら、ありがとうございます。でもそれ以上はセクハラ発言とみなしますわよ?」
「おっと、それは勘弁。この歳で解雇なんてされちゃあ、のたれ死んじまうんでな」


 冗談なのか本気なのか分からないセリフに、いったいどう返したらいいのか分からなくなってしまったレイカ。
 このまま返事も返さず無視して仕事に戻ろうとパソコンに視線を戻そうとすると、急に真面目な表情になった男が仕事の話題を振ってきた。


「それより、日南。お前今週から持ち回りの担当変わっただろ? 俺が補佐として担当することになったから、今日からは俺について営業を回ってもらう。さっそくこれから病院に行くが、いいか?」
「そうだった……仕事で病院へ行けるのね。……えぇ、是非ともお願いするわ!!」


 頭の中には知識として入っているが、実際にこの眼で病院を見たことはまだ無い。

 前世界のファスティア王国にも医者は居たが、入院施設のある病院を建造するという発想は誰もしていなかった。ましてや医療を一般の民が当たり前のように受けられるのだ。

 それは為政者候補だったレイカにとって、非常に興味をそそられるものであった。


 ちなみにこの先輩の男。
 名を池尾いけお じょうといい、普段からやる気なさげにボケーっとしているが実際は要領が良く、社内における営業の成績もそれほど悪くはない。

 だが周りに媚びを売ることも無く、忖度そんたくも滅多にしないので上司からの評判があまり良くないらしく、この歳になっても役職にもついていない。
 本人いわく――昇進しても責任だけが増えて面倒だろ? 今ぐらいが俺には性に合っているんだよ――らしいが。



 二人は準備を整えると、さっそく社用車に乗って病院へと向かう。

 今日の予定は、すでに病院で採用している自社製品の薬についての情報提供と医師へのあいさつ回り、そしてこれから売り出す予定である新薬の宣伝だ。


「とは言っても、今日のメインはドクターたちのご機嫌うかがいだな」
「ご機嫌……伺い?」


 その言葉の意味は分かる。
 だが今までレイカはご機嫌伺いをされる立場であったので、逆の立場になった今、具体的に何をすればいいのかが不明なのだ。


「ウチの薬を使ってもらっていて問題が無さそうとか、お互いに情報を交換するとか……まぁ今日のところはお前さんの顔を覚えてもらうのが目的だ」
「はぁ……」


 玲華れいかの記憶を頼りに今まで自身がやっていたことを思い返すが、どれもマトモにこなしていた覚えがない。いったい彼女は何をしていたのだろう、とレイカも疑問に思ってしまった。

 なので今回はこの池尾先輩の後について学ばせてもらおう、心の中でレイカはそう決めたのであったが……


 ~内科外来にて~

「あぁ、はいはい。資料だけ置いといてくれる?」
「承知しました~」
「えっ、それだけですの!?」

「先生! 今度また勉強会開きますんで!」
「あいあい~」
「ちょ、ちょっと!?」



 ~薬剤部にて~

「薬物動態的に排泄はどうなってるんですか?」
「代謝は?」
「吸収は??」
「化学構造的にこの部分はどう影響を――」
「いやぁ、薬剤師の先生たちは相変わらず目の付け所が鋭いですなぁ。ウチの研究所のデータではですね……」

「何を言っているのかサッパリ分からないわ……」



 ~外科病棟にて~

「すみません。アポ取ってたナンバ製薬なんですが、幾永センセは……」
「ええっ!? アイシー患者面談してるか、外でタバコでも吸ってるんじゃないの? 看護師の私に聞かないでよ!! 忙しいんだから邪魔しないで!」
「すんませ~ん……」

「えぇっ!? そんな、私たちが先に面会の約束をしていたんじゃ……」



 終始こんな調子で、病院のどの場所でもマトモには対応して貰えず、散々な結果ばかり。
 しかしそれを意にも介さず、ヘラヘラとしながら次々こなしていく池尾。
 一方のレイカはこのぞんざいな扱いに、遂にブチ切れた。


「池尾先輩!? この対応は余りにも酷くありません? こっちだって真面目にお仕事として来ているのに、不誠実すぎますわ!!」
「あー、やっぱお前はそう思うのかぁ。まぁそうだな、今回は最初だからイチから説明してやる。ちょうど昼になったし……取り敢えずメシ、行くぞ」
「えぇ……!?」


 少しだけ面倒臭そうに頭をポリポリと掻きながら、車を停めてきた駐車場の方へと歩き始める池尾先輩。レイカの方はまだ仕事らしい仕事もしていないのに、この場を離れてしまうのは納得ができない様子だ。

 プリプリと頬っぺたを膨らませている後輩を『こんなやつだったか?』と思いつつ、まぁまぁとなだめながらも車を走らせた。


 お昼を池尾が常連となっていた定食屋で摂りながら、医師たちとMRの関係性を改めて説明されたレイカ。

 お互いがビジネスライクな面もあり、特に医師は多忙なので中々時間が取れないのだからあの対応をされても仕方がない、と説得されたのだが……イマイチ納得ができない。

 不満顔から直らない様子を見て池尾はもう諦めたのか、『こればっかりは慣れていくしかないぜ』とだけ言って再び午後の営業へと連れ出した。


 また午後も理不尽な目に遭うのではと身構えていたが、食後の一番で来たのは病院ではなく、住宅街の中にある小さなクリニックだった。

 そこにいたのは、高齢のおじいちゃんドクター。
 ヨボヨボと腰も曲げながら診察をしており、いつ本人が患者になってしまってもおかしくない見た目をしている。


「患者の方も、この医師に診てもらうのは不安じゃないのかしら……?」
「ククク。果たして、それはどうかな?」


 最初はあなどり気味の態度をとりかけたレイカだったが、このドクターはお年寄りから幼子おさなごまで、どんな患者に対しても親身で丁寧な治療を行っていた。

 赤ん坊に注射をする際にも注射器を持つ手の震えにレイカは思わず目を背けてしまったが、泣く間も無い内に素早く完了してしまった。さらに治療の腕だけではなく話術も巧みで、それは裏で聞いていた彼女でさえおじいちゃんドクターの話に引き込まれてしまったほどだ。


 診察がひと段落着いたところでレイカは彼に興味が湧いたのか、世間話がてら様々な話をしてもらうことにした。


 なんでも、そのおじいちゃんがまだ医者になりたてだった頃には明確な治療法も無く、既存の薬も効かない病気が多かったそうだ。
 沢山の人が苦しみ、そして亡くなっていった。それが今は新しく出た薬のお陰で、飲むだけで治療できるようになったという。


「昔に比べたら、今は本当に沢山の薬が出てきたね。おかげであの時ワシが味わった悔しさを今の医者たちが思い知らされることも、救いもなく絶望で亡くなっていく患者さんもかなり減ったと思うんじゃ。それはワシら医者たちの努力だけじゃなく、お前さんたちみたいな企業が頑張ってくれているおかげなんじゃよ?」


 その話を聞いて感動するレイカ。そしてこう思ったのだ。

 ――なんだ、この仕事にもやりがいがちゃんとあるじゃないの。今の私には何かを大きく動かす権力は無いけれど、そんなものが無くても自分のこの手で動かせるものがある。
 医師たちが自分たちを冷遇するのなら、キチンと己の有用性を認めてもらえるまで頑張ればいいのだ。


 そうして仕事のモチベーションがうなぎ上りになったレイカ。どんな仕事でもこなしてやる、と意気揚々に会社に戻ってきた。



 だがそんな彼女を待っていたのは『自分一人で新薬のプレゼンテーションをやってこい』という、上司の大変有り難い無茶ぶりであった。



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