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杖の章
♣2 街の教会
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敢えて重苦しい話題を避けた。
クラスメイトの誰々が告白して振られただの、世界史の尾山が最近頭皮を気にし始めているだとか、そんなくだらない話をしていた。
女子と手を繋いだまま、こんなに心穏やかに話せる自分に悠真は驚いた。
星奈とデートをした時は緊張で何を話したかなんてちっとも覚えていない。
必死に考えたプランを実行することで頭が一杯で、楽しかったかどうかも不明だ。
……考えてみれば、案外これが原因だったのかもしれない。
連絡が来なくなったのも、不甲斐ない自分に嫌気がさした可能性がある。
今頃、他の頼りがいのある男と楽しんでいるのかも。
「どうしたの? 何か考え事?」
「……え?」
「また難しい顔してたよ? なんか、こう……ドラマのワンシーンで、イケメンがキリっとキメ顔した時みたいな」
いったい誰の物真似なのか、紅莉は眉を寄せて、ニヤリと口角を上げた。
童顔に近い彼女がやっても、ただ滑稽なだけで、言っているイメージとはかけ離れている。
「あはは。なんだよ、それ」
星奈のことを考えるのは一旦やめよう。
目の前の紅莉だって、本当は不安になっているに違いない。
それなのに、俺を気遣って、心を砕いてくれている。
自分の彼女がどうとか、比較するなんて失礼過ぎるじゃないか。
「……よし」
これだけしてもらっているのだから、自分も彼女のために何かできないか考えよう。
少しだけ気分が前向きになれた気がする。心の中で紅莉に感謝しつつ、手を握り直す。もう少しだけ、甘えていたい。彼女に必要とされていたい――悠真はそう思うのであった。
二人が過ごしたのは非常にゆっくりと感じられた時間だったが、実際には三十分も経たずに目的地に到着していた。
それは昨日見た洋館と比べると可愛らしく思える小さな教会だった。
「ここに手掛かりが……?」
事前に教会に行くとは聞いていたが、こうして実際に見てみると……普通だ。
教会を見たのは初めてなので、何が普通だとは言えないのだが……これと言って特徴もない。
あまりに違和感なく、周囲の街並みに溶け込んでいる。
こうして近くを通っていても、紅莉に言われなければ通り過ぎてしまいそうだ。
「……そういえば教会の方が近かったのに、どうして先に洋一さんの所に行ったんだ?」
洋一と汐音の住処は電車で行ける範囲だとはいえ、この教会のように家から歩いていける距離では無い。時間も限られているのだから、先にこちらへ訪れていてもおかしくはないだろう。
紅莉は痛い所を突かれたのか、少し目線を彷徨わせる。
「ここの主はちょっと気難しいんだよね」
「主……?」
「神父が住んでいるんだけど、なんていうか……そう、中立なのよ。あの女の敵では無いし、味方でもない。だから私たちのことを助けてくれるとは限らないの」
なんだそれは、と悠真は耳を疑った。
向こうは人を殺そうとしている悪人だろう。そんな奴と敵対しない? そんなの、味方するのと同じだろうが。仮にも神に仕える神父なんだったら、善人の味方をしろよ……!!
悠真の眉間に皺が寄っているのを見た紅莉は、頬を掻きながら弁明することにした。
「彼はちょっとね、特殊なんだ。変わり者っていうか」
「紅莉がそこまで言うって……んん? もしかして、ソイツも禍星の子なのか?」
「まぁ、そうとも言えるのかなぁ」
この件の関係者ということは、その人物も禍星の子である可能性が高い。
少なくともここ数日、紅莉の紹介で出逢った人たちは皆そうだったし。
若干、言葉の歯切れが悪いことが気になるが……。
「それに彼は私を――」
「ん? 私を、何だ?」
「あ、愛してるのよ……」
「はぁ!?」
――愛している? 愛してるって、あの愛か?
いや、愛と言っても色々あるだろう。
家族に対する愛情とか、友人に向ける親愛とか、他にも……
嫌だ。
それは、なんだか嫌だ。
恋人である星奈にぞんざいに扱われ、冷え切っていた心を、一人の少女が精一杯の愛情で温めようとしてくれた。
そんな紅莉を、知らない男が愛しているだって……?
そんな勝手なことは許せない。
焦燥、嫉妬。タールのような粘っこくて汚らしい感情が、ひび割れていた悠真の心を埋めるように広がっていく。
負のオーラを纏っている悠真の手を、紅莉がそっと手を触れた。
そして「大丈夫だよ」と語りかける。
「私が愛しているのは、悠真君だけだから」
「え?」
「い、今のは忘れて!! さ、早く中に入ろ?」
「お、おう……」
ギリギリ聞こえるぐらいの、小さな声。それも、たった一言。
その言葉だけで、悠真は救われた気がした。
自分がどれだけ汚れようと、彼女なら「平気だよ」と言って、笑って許してくれるかもしれない。
絶対に、彼女は自分から離れていくなんてことはしない。
だから、俺も――
気付けばどちらも熟れた林檎のように真っ赤になっていた。顔をお互いに見ないようにして、二人は揃って教会の中へと入っていく。
悠真の心中には冷笑を浮かべる星奈の居場所は無かった。その代わり、紅莉が優しく微笑んでいた。
もう、誰にも渡さない。逃がしもしない。
男として頑張ろう。この困難を乗り越えたその時は、俺は彼女を……
これこそが、真実の愛なのだと悠真は確信していた。
今度こそ、この気持ちを大事にしよう。そう心に決めるのであった。
クラスメイトの誰々が告白して振られただの、世界史の尾山が最近頭皮を気にし始めているだとか、そんなくだらない話をしていた。
女子と手を繋いだまま、こんなに心穏やかに話せる自分に悠真は驚いた。
星奈とデートをした時は緊張で何を話したかなんてちっとも覚えていない。
必死に考えたプランを実行することで頭が一杯で、楽しかったかどうかも不明だ。
……考えてみれば、案外これが原因だったのかもしれない。
連絡が来なくなったのも、不甲斐ない自分に嫌気がさした可能性がある。
今頃、他の頼りがいのある男と楽しんでいるのかも。
「どうしたの? 何か考え事?」
「……え?」
「また難しい顔してたよ? なんか、こう……ドラマのワンシーンで、イケメンがキリっとキメ顔した時みたいな」
いったい誰の物真似なのか、紅莉は眉を寄せて、ニヤリと口角を上げた。
童顔に近い彼女がやっても、ただ滑稽なだけで、言っているイメージとはかけ離れている。
「あはは。なんだよ、それ」
星奈のことを考えるのは一旦やめよう。
目の前の紅莉だって、本当は不安になっているに違いない。
それなのに、俺を気遣って、心を砕いてくれている。
自分の彼女がどうとか、比較するなんて失礼過ぎるじゃないか。
「……よし」
これだけしてもらっているのだから、自分も彼女のために何かできないか考えよう。
少しだけ気分が前向きになれた気がする。心の中で紅莉に感謝しつつ、手を握り直す。もう少しだけ、甘えていたい。彼女に必要とされていたい――悠真はそう思うのであった。
二人が過ごしたのは非常にゆっくりと感じられた時間だったが、実際には三十分も経たずに目的地に到着していた。
それは昨日見た洋館と比べると可愛らしく思える小さな教会だった。
「ここに手掛かりが……?」
事前に教会に行くとは聞いていたが、こうして実際に見てみると……普通だ。
教会を見たのは初めてなので、何が普通だとは言えないのだが……これと言って特徴もない。
あまりに違和感なく、周囲の街並みに溶け込んでいる。
こうして近くを通っていても、紅莉に言われなければ通り過ぎてしまいそうだ。
「……そういえば教会の方が近かったのに、どうして先に洋一さんの所に行ったんだ?」
洋一と汐音の住処は電車で行ける範囲だとはいえ、この教会のように家から歩いていける距離では無い。時間も限られているのだから、先にこちらへ訪れていてもおかしくはないだろう。
紅莉は痛い所を突かれたのか、少し目線を彷徨わせる。
「ここの主はちょっと気難しいんだよね」
「主……?」
「神父が住んでいるんだけど、なんていうか……そう、中立なのよ。あの女の敵では無いし、味方でもない。だから私たちのことを助けてくれるとは限らないの」
なんだそれは、と悠真は耳を疑った。
向こうは人を殺そうとしている悪人だろう。そんな奴と敵対しない? そんなの、味方するのと同じだろうが。仮にも神に仕える神父なんだったら、善人の味方をしろよ……!!
悠真の眉間に皺が寄っているのを見た紅莉は、頬を掻きながら弁明することにした。
「彼はちょっとね、特殊なんだ。変わり者っていうか」
「紅莉がそこまで言うって……んん? もしかして、ソイツも禍星の子なのか?」
「まぁ、そうとも言えるのかなぁ」
この件の関係者ということは、その人物も禍星の子である可能性が高い。
少なくともここ数日、紅莉の紹介で出逢った人たちは皆そうだったし。
若干、言葉の歯切れが悪いことが気になるが……。
「それに彼は私を――」
「ん? 私を、何だ?」
「あ、愛してるのよ……」
「はぁ!?」
――愛している? 愛してるって、あの愛か?
いや、愛と言っても色々あるだろう。
家族に対する愛情とか、友人に向ける親愛とか、他にも……
嫌だ。
それは、なんだか嫌だ。
恋人である星奈にぞんざいに扱われ、冷え切っていた心を、一人の少女が精一杯の愛情で温めようとしてくれた。
そんな紅莉を、知らない男が愛しているだって……?
そんな勝手なことは許せない。
焦燥、嫉妬。タールのような粘っこくて汚らしい感情が、ひび割れていた悠真の心を埋めるように広がっていく。
負のオーラを纏っている悠真の手を、紅莉がそっと手を触れた。
そして「大丈夫だよ」と語りかける。
「私が愛しているのは、悠真君だけだから」
「え?」
「い、今のは忘れて!! さ、早く中に入ろ?」
「お、おう……」
ギリギリ聞こえるぐらいの、小さな声。それも、たった一言。
その言葉だけで、悠真は救われた気がした。
自分がどれだけ汚れようと、彼女なら「平気だよ」と言って、笑って許してくれるかもしれない。
絶対に、彼女は自分から離れていくなんてことはしない。
だから、俺も――
気付けばどちらも熟れた林檎のように真っ赤になっていた。顔をお互いに見ないようにして、二人は揃って教会の中へと入っていく。
悠真の心中には冷笑を浮かべる星奈の居場所は無かった。その代わり、紅莉が優しく微笑んでいた。
もう、誰にも渡さない。逃がしもしない。
男として頑張ろう。この困難を乗り越えたその時は、俺は彼女を……
これこそが、真実の愛なのだと悠真は確信していた。
今度こそ、この気持ちを大事にしよう。そう心に決めるのであった。
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