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第1話 地球は宇宙人に支配されました。

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 ~北関東第二ダンジョン・地下二十層~


「まったく。ゴブリンにビビるなんて、情けないお猿さんですね」

 心無い暴言と共に、俺の背中へ強烈な衝撃が走る。

 グヘッと情けない声を出しながら、俺は頭からズザーと地面にダイブした。


「いってぇな、何すんだよ!」

 グルリと振り向くと、こちらを見下ろしている少女と目が合った。

 蹴飛ばした犯人は、エプロンドレスを着たメイド型アンドロイドだ。
 胸の前で腕を組んでいるのだが、そこに膨らみは一切無い。そして丈の短いスカートからは、彼女の髪色と同じ青色の下着がチラチラと見えていた。


「それに俺は猿じゃねぇ、ナオトだって言ってんだろ」
「黙りなさい。機械人形アンドロイドの下着で発情するなんて、猿で十分です!」
「ぐっ……!」

 機械のように整った顔(機械なのだが)から向けられる視線が、更に鋭くなる。
 嫌悪感を丸出しにしやがって。アンドロイドならパンツも感情も隠しとけ、まったく。

「……それにパンツを見たのは、不可抗力だっつの」

 ガン見? それはしました、ハイ。


「ヒルダ、そこまでにしなさい。あまり虐めるとナオトが可哀想だわ」

 メイドに注意の声を上げたのは、銀色の鎧装束ドレスアーマーに身を包んだ長身の美少女だ。

 彼女が金色の長髪をかき上げると、人間離れした長細い耳がチラりと見えた。もう片方の手には、二メートルを超える巨大な戦鎚ウォーハンマーが握られている。

 まるで俺を助けに現れた勇者のよう。
 だが決して油断をしてはいけない。こいつは、地球を襲った侵略者なのだ。


「ヴァニラお嬢様……ああ、我が主はなんてお優しいのでしょう。おい、猿。いつまで地面に這いつくばっているのですか」
「……いつか痛い目に遭わせてやるからな」

 従うのはしゃくだが、今はそうも言っていられない。緑色のゴブリンたちがギャアギャアと叫びながら、棍棒を片手に目の前まで迫ってきているのだ。

「悪いが、俺も殺されたくないんでな! うおぉぉおお!」

 俺は相棒である金属バットを握りしめ、ゴブリンの群れへと突撃していった。


 ◇

 二年ほど前まで、俺はただの高校生だった。家族や友人もいたと思う。
 言い方が少し曖昧なのは、過去の記憶があやふやだからだ。

 宇宙人が現れた瞬間、俺たち人類の生活は崩れ去った。
 男女の性別を統一され、記憶も消されて。ごく僅かな人数を除いて、地球にいた何十億といた人々は、奴らの用意した施設でコールドスリープにされてしまった。


 そして俺は“選ばれた側”だ。
 もちろん、良い意味じゃない。

 運悪くメス星人(♀しかいないこと、Mess=混乱をもたらす者という意味で名づけられた)たちの目に留まったせいで、苦しい奴隷生活を送る羽目になった。


 俺の飼い主となったのは二人の女。

 美しい見た目で容赦なく敵を殺す、メス星人のヴァニラ。

 もうひとりが人工的に作られた毒舌メイドのヒルダ。

 地球人の価値観を持たない彼女たちに、俺は毎日のように振り回されている。


 今回のダンジョン攻略だってそうだ。
 こいつらはダンジョンボスを倒すことで得られる資源を回収したいらしいのだが、やり方がとにかくエグい。

 こいつらメス星人は俺たち地球人を引き連れ、無理やりモンスターと戦わせる。そしてその様子を中継して、自分たちの娯楽にしてやがるんだ。


「ぷぷっ。なんですか、その腰の引けたダサい攻撃は!」

 ヒルダのカメラ機能が搭載された茶色い瞳が、俺の戦闘風景を絶えず捉え続けている。

 その映像は宇宙船へ中継され、メス星人がリアルタイムで視聴しているそうだ。


「うるせぇクソメイド! 気が散るだろうが!」

 俺の戦闘スタイルは野球戦法だ。ゴブリンたちの頭を目掛け、特別製の金属バットをフルスイングする。

 クリーンヒットしたゴブリンたちは、次々と遠くへ吹き飛んでいった。

 よし、連続ホームランだ。

(最初の頃こそ、殺すことに躊躇ためらいいがあったんだけどなぁ)

 でも今はもう慣れた。
 というか、やらなきゃこっちが殺されるから、マジで。


「はぁ、はぁ……疲れた」

 なんとか無傷で倒せたものの、全身が汗と土まみれだ。黒い前髪がベッタリと額に貼り付いて気持ちが悪い。

 ゴブリン程度では後れを取らなくなったとはいえ、さすがに大群はキツかったなぁ。少なくとも二十匹は居たんじゃないか?


 バットに付いた緑色の液体を払い落としながら、戦闘を撮影していたヒルダの元へと戻る。

 すると彼女は、ニタニタとした笑みを浮かべながら、持っていたタブレットの画面をこちらに向けた。


 <ゴブリン相手に苦戦し過ぎじゃない?>
 <ちょwあの数に五分ww>
 <汗くっさww>

 くっ、ライブ配信を見ている視聴者のコメントか。宇宙人のくせに草なんて生やしやがって。いったい誰が日本のネタを……。

「ふふっ。こういうときは『ざーこ、ざーこ』って言うんでしたっけ?」
「やっぱてめぇか! あのなぁ、これでも最初の頃より倍以上は早くなっ――」

 ――ドオオォォン。

 俺の言葉は途中で遮られ、頑丈なはずのダンジョンが縦に揺れた。
 もちろん、自然災害の地震ではない。これは“彼女”が起こしたのだ。


「こっちは終わったわよ、ヒルダ」

 腰まで伸びるブロンドの髪を優雅に揺らしながら、ヴァニラがこちらへ戻ってきた。

 いや、待てまて。彼女の方にもモンスターがうじゃうじゃといたはずだ。それもゴブリンより数段強い、ロックゴーレムの大群が。


「さすがです、ヴァニラお嬢様! 頑丈なゴーレムも、お嬢様の前では紙くず同然でしたね」

 ヒルダの言うように、ヴァニラが立ち去った後には砂利しか残っていない。

 しかも彼女が戦い始めたのは、俺がゴブリンの相手をしている最中だった。実際の戦闘時間は五分も掛からなかったと思う。


「……化け物かよ、マジで」

 こっちは泥まみれだってのに、ヴァニラは汗ひとつかいていなかった。
 彼女の持つ戦鎚は、見た目の数倍以上に重いはずなんだが。

(それをあの細腕で振り回すって、いったいどれだけの馬鹿力なんだよ)

 素早い動きで敵を翻弄し、どんなに硬いモンスターも一振りで圧壊する。
 まさに戦場の女王。一人戦車。美人で強いとかマジで反則。

 あとおっぱいがでかい。ハンマーを振り上げる度にブルンブルン震えてる。眼福。いつもありがとうございます。


「……? ナオト、どうかした?」
「いけません、お嬢様。変態を見ていると馬鹿が移ります」

 目敏いクソメイドが、俺とヴァニラの間に立ち塞がった。
 危ない危ない。卑猥な目で見ていることがバレたら、ヒルダに殺されるところだった。


「相変わらず仲が良いわね、貴方たち……」

 バチバチと殺意を交わらせる俺たちを、戦鎚を肩に担いだヴァニラが見つめる。やめろ、微笑ましい顔でこっちを見るんじゃない。

「ふふっ、でもここからは気は引き締めてね? 今日こそ、このダンジョンを制覇するわよ!」


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