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第12話 美女と火を囲んで夜食会

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 メス星人の過去を聞いた日の晩。
 俺はダンジョンの片隅で、焚き火をくべていた。

「ふぃー、中々うまくいかないもんだな」

 キャンプ用の折り畳み式チェアーに腰掛け、限界まで長い息を吐く。

 俺の足元には、使用済みのアルミ製飯盒メスティンが何個も並べてある。
 それらの中身はベチャベチャになったお粥モドキや、焦げて真っ黒になったダークマターと、どれも失敗作ばかりだ。


「林間学校でやったと思うんだけどなー。やっぱりレシピが無いと難しいか」

 米と水を入れて火にかければ、ふっくらご飯の出来上がり――なぁんて安易な考えは、完全に甘かった。これは予想以上の難易度だ。
 なけなしの経験値を使って召喚した米も、残り少なくなってしまった。

 始めチョロチョロ、中パッパって言葉は頭にこびり付いているんだけど……アレってそもそも、どういう意味だったっけ。

 パッパ……試しに塩でも掛けてみるか?


「こんな夜更けに、ナオトは独りで何をしているの……?」

 飯盒の蓋を開けようとしたところで、背後から声を掛けられた。

「ん? あぁ、お前らか」

 そちらを見上げてみると、そこに居たのはナイトガウン姿のヴァニラだった。
 その隣では、ナイトキャップにパンダ柄のパジャマを着たヒルダが、ボーッと眠そうに立っていた。


「まぁ、ここに座れよ。……なんだよヒルダ。変な顔して」
「……落ち込んでいるかと思ったのですが、意外とケロッとしていますね。凹んでいるナオトさんはののしり甲斐がありませんので、なぐさめて差し上げようかと思ったのですが」
「どちらかというと、慰めが必要なのはお前の方だと思うけどな」

 火に照らされたヒルダの顔を見てみれば、泣きすぎて目が腫れているように見えた。素直じゃないっていうか、意地っ張りというか。アンドロイドなのに、妙に人間臭い奴だ。

 泡を噴き始めた飯盒を火から遠ざけながら、そんなことを考える。


「で、どうしたんだよ? こんな時間に、モンスターを狩りにきたってわけでもないんだろ」
「なんだか眠れなくって。話し相手になってもらおうと、ヒルダの部屋に行ったら……」

 チラ、と隣の少女を見やる。

「一人で泣いているようだったから、気晴らしに散歩でもしましょうって誘ったの」
「なっ!? 泣いてなんかいませんよ!」

 ヴァニラが淡々と、ヒルダの恥ずかしい話を暴露していく。
 彼女は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めると、あるじの腕をギュッと掴んで否定した。

(やっぱり泣いてたんじゃないか)

 そんな二人のやり取りになごんでいると――目の前の飯盒から香ばしい匂いが漂ってきた。


「おっと、もう十分かな?」
「それも何かの料理なんですか?」
「んー、米を炊くって言って伝わるかな。日本人の主食なんだが……よし、あとは少し蒸らせば完成だ」

 少し不機嫌そうな顔のヒルダが俺の手元を覗き込み、興味深げにクンクンと匂いを嗅いだ。

「すごくいい香りがします」
「味も良いぞ~? どんなオカズにも合うんだが、これ単品でも十分に美味いんだ」

 二人に日本食の素晴らしさについて説明している間に、ほどよく蒸らせたようだ。火傷に注意しながら、飯盒の蓋を開ける。


(よし……いい具合に炊けてるな)

 しゃもじを底に差し入れ、ざっくりとかき回してみる。今回は水加減も丁度良く、米もふっくらと炊けているようだ。

 しかもご飯粒がしっかりと立っていて、全くべちゃっとしていない。まさに理想通りの出来だ。


(ふふん、なかなか悪くないじゃないか)

 しっかり水に浸けて、十分に吸水させたのが良かったみたいだ。これでコツは掴んだし、次回から上手に飯が炊けそうだ。

「……心配しなくても、二人にも分けてやるって」

 並んでこちらをジッと見つめる二人の頭。
 それにさっきから、可愛い腹の虫が鳴いているのも気付いているからな?


「えへへ、実は小腹が空いちゃって」
「眷属にほどこしを与えるのは、主として当然の役目ですからね!」
「ははは、分かった分かった。今からもっと美味しい形にするから、少し待ってくれ」

 しゃもじでご飯をすくい、お茶碗の半分くらいまでよそる。

 そしてもう一つの空いているお茶碗を蓋のように被せ、シャカシャカとシェイクを始めた。


「……? 何をしているの?」
「こうするとご飯がまとまっていって、丸くなるんだ」

 手で握っても良いんだが、母さんの作り方はこうなのだ。

 上手く握れないからか、それとも手が汚れるのが嫌なのか、理由は分からないけれど。自分が小さい頃は面白がって、母さんの隣で一緒に作業をしていたっけ。


「ある程度の形になったら、塩を振って……ちょっと不格好だけど、まぁ良いだろ」

 海苔があればサッカーボールにするんだが、無いので仕方なし。
 楕円形になったオニギリを手で掴むと、まずはひと口……。

「ど、どうなの?」
「味付けはシンプルみたいですが……」

 二対の瞳に見つめられながら、モグモグと咀嚼する。


「うん、美味い。ちゃんと出来てる」

 おこげがちょっとだけ苦いけど、これはこれでまた良し。この食感がまた美味しいんだ。

 このまま一個を食べきってしまいたいが、二人の「早く寄越せ」という無言アピールが怖い。ここは一旦お茶碗を置いて、ヴァニラたちの分を用意してあげよう。

 それにちょうど、二人に話したいこともあったんだ。この際だから、ついでに聞いてもらおうか。
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