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第16話 フロアボスと新たな力
しおりを挟む新宿幻妖ダンジョンの十階。
無人になった駅のホームで、俺たちはフロアボスとの戦闘を繰り広げていた。
「そっちに行ったぞヴァニラ!」
「まかせて!」
ボスは二メートルを超える、一本角のオーガ。鬼の怪物で有名な、あの茨城童子だった。
「さぁ、私と踊りましょう?」
『グアァアァアッ!』
茨城童子が左手で巨大な金棒を振るい、ヴァニラが自前の戦鎚で受け止める。
正面からぶつかり合った金属同士が鈍い音を立て、紅い火花がホーム下の線路へと落ちていった。
「くっ……隻腕なのに、なんてパワーなの!」
「そりゃ日本最強の鬼に並ぶバケモンだからな、油断すんなよ!」
茨城童子は“女”という説がある。
それに倣ったのかは分からないが、コイツは美しい顔をした女型の鬼だった。
巨体から放たれる一撃はどれも重く、ハンマーゴリラのヴァニラと力はほぼ互角。しかも茨城童子に右腕はなく、左手一本でこの強さである。
まさに修羅の鬼。
長い黒髪を振り乱し、ヴァニラを殴り殺さんと執拗に責め立てる。
(ヴァニラはどうにか耐えているけど、このままじゃ押し負けるだろうな……)
そう判断した俺は、ヒルダに「援護を頼む」と視線で合図を送る。
無言で頷いたヒルダは、メイド服のスカートをたくし上げた。太ももに隠してあったナイフとフォークを取り出し、茨城童子の両足へ高速で撃ち放つ。
「ちっ、脳筋に見えて意外と冷静ですね」
茨城童子は、それらを右腕で難なく弾き飛ばした。そう、無いはずの“右腕”だ。
まるで糸のついたマリオネットのように、茨城童子の右腕が奇怪な動きで飛びまわる。そしてお返しとばかりに、ヒルダに向けて腕が飛んでいった。
「ヒルダ!」
俺はとっさに叫んだが、彼女は慌てる素振りも見せず冷静に対処した。
背中に目がついているかのような動きで体をひねり、ジャンプで右腕を躱して自動販売機の上にふわりと乗った。
そして変形させた火炎放射器で反撃を試みるという、まさに忍者のような身のこなしだ。
(……す、すげぇ)
ダンジョンボス戦では油断で負傷していたが、彼女の本気をここで改めて実感した。
しかしヒルダも戦闘特化ではないためか、優勢とまではいかないようだ。茨城童子からしたら蚊に刺された程度にしか感じないようで、鬱陶しそうに右腕を振っているだけだった。
とはいえ、さすがの茨城童子も、素早い二人の相手に手いっぱいとなったようだ。
(さすがに三本目の腕はねぇだろうよ)
女二人が体張って隙を作ってくれてるんだ。男(?)の俺がこのまま指を咥えて見てるワケにはいかない。
「銀大福、力を貸してくれ!」
『ぷっぷー!』
右手に握る俺の武器、金属バットに銀大福が飛びつき、コーティングするように形を変えていく。
そして出来上がったのは、先端に小さな角を生やした銀色の棍棒。銀大福を融合させて作った、俺の新武器“金砕棒”だ。
(攻撃のスピード、振り下ろしの癖。お前の攻撃パターンは、だいたい見させてもらったぜ!)
ホーム上で繰り広げられる戦闘を横目に、俺は線路に降りると、茨城童子の背後へと忍び寄った。そして高く飛び上がり、力の限りを込めた横スイング攻撃を仕掛けた。
とはいえ隠密のスキルなんかは持ち合わせていない。当然ながら振り向かれて、相手の金棒に防がれてしまう。
『ガァアアッ!』
「うおっ……重てぇ!」
想像以上のパワー。金砕棒から伝わる衝撃が、両腕をビリビリと痺れさせた。
ダンジョンマスターになって身体能力が向上したとはいえ、渾身の一撃でビクともしないなんて。マトモに喰らったら、俺なんかは一瞬でミンチ肉にされそうだ。
(あ、やべっ!?)
金砕棒へさらなる衝撃が走ったかと思えば、次の瞬間には自分の体が宙を舞っていた。
まるでトラックに跳ねられたような勢いだ。強烈な反撃を喰らって、後方へ吹き飛ばされてしまった。
「ナオト!」
「大丈夫、あとは任せろ」
だけどこれは想定通り。ヴァニラを下がらせることには成功だ。代打の底力を見せてやるぜ。
着地と共に跳躍し、再度アタック。
迫り来る茨城童子の頭に合わせて、俺は金砕棒を振り下ろす。
しかし今度はガードもせず、茨城童子は余裕の笑みを浮かべて飛び込んできた。
「避ける必要もねぇってか? だがその油断は命取りだぜ……?」
『……ガッ!?』
ミシリと何かが軋む音と同時に、茨城童子の動きがピタリと止まる。
脳天に直撃した金砕棒が、想像した以上の痛撃だったようだ。
「どうだ? 格下から喰らう痛みの味は?」
『……!? !?!?』
「はは、どうしてって顔してんな。だが説明はしねーから、身をもって理解しろ」
ボサっと突っ立っているうちに、俺はもう一度金砕棒を握りしめる。
今度は振り上げ、俺の頭上にある茨城童子の顎を狙った攻撃だ。
「おらっ!」
肉と骨がつぶれ、砕けるような鈍い音がした。俺の放った会心の一撃で、茨城童子は膝をつき倒れこむ。
(……やっべぇなこの武器)
銀大福と融合させることで、攻撃力も防御力も大幅にアップした。けれどそれ以上にヤバいのが、特殊効果だ。
【鬼の目にも涙】
・攻撃を受ける度に、自身の攻撃力UP。
・増加する割合は敵の力に依存する。
<あの攻撃ヤバくない?>
<急にダメージ入り始めたよね>
<銀ちゃん凄い!>
今回は食堂の宣伝を兼ねているので、戦闘中もカメラは回しっぱなしだ。耳に装着したマイク付きイヤホンから、読み上げたコメントが聞こえてくる。
「いや、たしかに銀大福のおかげだけどさ……」
俺が下剋上をし始めたことに驚く声もあるが、大半は銀大福を褒め称えるものばかり。
なんだかちょっとだけ納得のいかなさを感じつつ、今は追撃に集中する。
次第に攻撃力を増していく俺の殴打に、茨城童子は為す術がない。フロアの床に蹲ってしまった。
このままどこまで攻撃力が上がるのか試してみたいところだが、もういいだろう。奴の頭に、俺は金砕棒を振り下ろす。
そして――
「おらっ、トドメだ!」
彼女の頭を容赦なく粉砕した。
「ふぅ、終わったな」
茨城童子の体が崩れ落ちるのを見た後、俺は金砕棒を元の形に戻して銀大福を回収する。
するとヴァニラが駆け寄ってきた。怪我の有無を確認しようと手を伸ばしてきたので、「大丈夫だよ」と手で制止する。
ふっふっふ、これでヴァニラの腰巾着という汚名は返上だな。今の俺って、結構カッコよかったんじゃないか?
<あそこまでボッコボコにした必要ある?>
<女に手を上げるなんてサイテー>
<最後の方、笑ってたんだけど……(怖)>
<クソDV男じゃん>
「いやなんでだよ!? 相手はモンスターだぞ、やらなきゃこっちが殺されるっつーの!」
<うわ、モラハラですか>
<絶対結婚しちゃいけない男No.1>
<さすが童貞(笑)>
<ユウキ君がマジ可哀想>
「だからなんで俺の味方がゼロなんだよ!?」
みんな好き勝手言いやがって……。
だがまぁ、これでこのフロアも制圧した。経験値もガッポリだし、なにより――。
「宝箱が出たな」
「お宝ね」
「中身が楽しみですね」
『ぷっぷー!』
ホームにあるベンチの上に、巨大な段ボールが出現した。
しかも横にはデカデカと通販サイトの名前が書いてある。でもなんでAMAZ〇N?
「開けてみるか……」
外見が何であれ、これは宝箱だ。
ロマンもクソもないけど、これを開けて中に入っているもの次第じゃ、俺たちの旅はもっと楽になる。
「じゃあ開けるぞ……せーのっ!」
俺は段ボールの蓋に手をかける。そして一気に開け――ようと力をこめた時だった。
「お、こんなところに人がいるじゃねーか! ……なぁ、悪いんだが誰か酒を持っていないか?」
――酒?
三人と一匹が声のした方を振り返る。
そこには草臥れたスーツ姿に無精ヒゲを生やした、赤ら顔のオッサンが立っていた。
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