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2/5話

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 生まれた時から、私の瞳は緑色をしていた。
 普通のドワーフであれば、炎と同じ赤色の目しか持たないはずなのに。その珍しさもあって、“緑”を意味する言葉からヴェルデと名付けられた。

 そんな私はドワーフ国の第一王女として家族や国民に愛され、何不自由なく暮らしていた。八歳のときに聖女の力に目覚めてからは、よりいっそう皆に大切にされるようになった。


 ――この身に宿っていた禁忌の力が判明し、十年もの間、地下の牢獄に閉じ込められるまでは。


「……来たか、我が姪ヴェルデよ」

 エルフの王と出逢う数日前のこと。
 地の底にある檻から引きずり出された私は、叔父の前に立たされていた。

 着ているなんて表現したら笑っちゃうくらいの、布切れ一枚の囚人服姿で。女の子からしちゃいけない匂いもする。


 玉座の上からそんな私を冷ややかに見下ろす叔父は、十年の年月でだいぶ威厳が増したように見える。

「あの、どうして叔父様がそこに? 父上は……」
「王であるお前の父たちは数年前に死んだ。二人共に鍛冶仕事での事故でな」
「なんですって!?」

 思わず玉座の前まで駆け寄り、叔父に訴えかける。

「嘘よ! そんなの冗談ですよね!? どうして……ッ!?」
「……お前はこの期に及んでまで他人の心配か」
「――ッ!?」

 私の激情を嘲笑あざわらうかのように、叔父は鼻で笑ってみせた。そんな小馬鹿にする態度に、私は怒りのあまり言葉が出てこない。でもこのままではいけないと、震える足を必死に踏みとどまらせた。

「ふん。そういうお優しいところも全く変わらないな」
「それで? 用があって私を呼んだのでしょう?」

 何を言われようと今は反抗する時じゃないと、ぐっと堪えて話を本題に戻す。

「あぁ、そうだったな」

 叔父は玉座からゆっくりと立ち上がると、私の目前まで歩み寄り……そして頬を思い切り叩いた。乾いた音が謁見の間に響き渡る。

「いっ……」

 痛みに頬を押さえた私は叔父から一歩後ずさりする。だがその直後、今度は下腹部に激痛が走り思わず膝をついた。すると私の髪を引っ張りあげて上を向かせながら、叔父が言い放った。『この呪われた娘が』と――。

「お前はかつて、我が国で最も重い罪を犯した」
「……はい」

 声色に家族の愛情なんてものは一切感じられない。まるで叱られた子供のように、私の視線は自然と下を向いていく。

「お前は聖女でありながら、『鍛冶の炎』をけがしたんだ」

 建国の時代より受け継がれてきた神聖な炎。
 ドワーフは無骨な外見に反し、手先が器用な種族だ。その長所をさらに伸ばすため、その炎を使って鍛冶技術を発展させてきた。

 だから鍛冶の炎は私たちドワーフにとって、掛け替えのない国宝だ。この国では王よりも尊く、神に近い存在といえる。


「おい、聖女の役目を言ってみろ」
「鍛冶の炎を……守護をすることです……」

 我が国における聖女とは、女神様から炎の魔力を授かった魔女の別名だ。
 聖女たちは火の精霊と力を合わせることで『鍛冶の炎』をコントロールし、ドワーフはより高度な鍛冶ができるようになった。

 だから私たち聖女は崇高な存在とされたし、歴代の聖女達もその力を国のために捧げてきた。

「だがお前のしたことはなんだ? 聖女の炎の魔力を失うどころか、国宝の炎を危うく消しかけたんだぞ!?」

 もちろん、実際に私が聖火を消そうと思ったことなんてない。だけど私の意思に関係なく、聖火の炎は私が近寄るだけで弱まってしまった。

 そのため私は、神を冒涜ぼうとくした大罪人という烙印らくいんを押され、十年ものあいだを地下の牢獄で過ごすことになってしまったのだ。


あがないとして、その身が朽ち果てるまで、あの地獄に放り込んでおいても良かったのだが――喜べ。お前の新たな使い道が、このたび決まった」

 聖火を害せば、たとえ姫や聖女でも罪人だ。投獄だけで済んだのも、両親である当時の王と王妃が温情を掛けてくれたからだ。でもそのお父様やお母様は、もうこの世に居ない……。

「国力の衰えたエルフの国と、新たに交易を始めることになった。それも我が国にかなり有利な条件でな」

 エルフに食糧を援助する見返りに、鍛冶で使う薪を貰うことになったらしい。その薪は森に生きる彼らにとって、命の次に大切な資源だ。エルフの国はそこまで危機的な状況ってことなのかしら……。

「そこでお前はエルフの国へ行き、両国を結ぶ友好の架け橋になってもらう」
「……っ!」

 その瞬間、私は背筋が凍るような錯覚を覚えた。
 冷酷なこの人がエルフと仲良くするですって? そんなこと、微塵も思っていないくせに。

 第一、私にはあの忌まわしい力がある。まさかエルフの国でも、災いをもたらしてこいとでも?


「幸いにも相手は選り好みはしないらしいのでな……くくく」

 そんな私の反応を楽しむように、叔父は歪んだ笑みを貼りつける。けれど今の私に拒否する術はない。

「決行は今日。すでに馬車は手配した。さぁ、エルフの慰み者になってくるといい」


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