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5/5話

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 そうして数か月後。
 エルフの国を悩ませていた世界樹の衰弱は止まった。それどころか今は、これまでにない活性ぶりを見せている。

 私は毎日のように世界樹の世話を続けた。そのおかげで今では枝いっぱいに葉を茂らせ、立派な樹木へと成長している。世界樹が回復したおかげか、エルフの聖女であるオーキオさんの力も徐々に戻りつつあった。

 コルティヴァ様やオーキオさんだけじゃない、私はエルフの国民みんなから感謝された。ようやく自分の力が誰かの役に立ったと、私はとっても嬉しかった。

 でも――


「ヴェルデ嬢はドワーフの国に戻りたいとは思う?」

 そんなある日、私はコルティヴァ様に呼び出されて彼の私室へと赴いた。そこでコルティヴァ様が切り出してきたのは、私がここに留まる理由を問うものだった。

「それは……」

 地下牢での十年に比べれば、ここでの生活はとても贅沢だ。食べる物にも寝る場所にも困らないし、何より私に酷いことをする人もいない。それどころか誰も彼もが私を好意的に見てくれている。それがどんなに嬉しいことか……。

 でもその分、世界樹が元気になった今、私の存在意義は無いのでは……という考えが頭に浮かんでくる。


「実はドワーフの王……キミの叔父上から手紙が来たんだ」
「叔父様から?」

 嫌な予感がした。コルティヴァ様は眉を顰め、緊張した面持ちで手紙を差し出してきた。

「キミにドワーフの国へ戻ってきてほしいそうだ」
「……っ!!」

 私は動揺を隠しながら手紙に目を通すと、そこには私を至急呼び戻す旨が記されていた。そして「王女としての責任を果たすように」とも書かれていた。

 冗談じゃないわ!! 私から全部奪っておきながら、まだ利用価値があるとでも!? あまつさえ、今更私を王女扱いして戻ってこいだなんて……!!


「ヴェルデ嬢が国を追放されてから、鍛冶の炎が制御できなくなったらしい。どうやらキミがあの国に居たことで、上手くバランスが保たれていたようだね」
「聖火が暴走……それって大丈夫なんですか?」

 私が訊ねると、コルティヴァ様は呆れ交じりに溜め息を吐いた。

「正直に言ってしまうと、あまりよろしくない。このままではいずれ鍛冶ができなくなるのでは、と国民からの不安の声が上がり始めているよ」
「そんな……」

 自分を捨てた国なんて放っておけばいい。
 頭ではそう分かってはいるんだけど、心のどこかで完全に見捨てることはできずにいた。


「あ、あの……私がドワーフの国に戻ったとして、世界樹は大丈夫なんでしょうか?」
「うん。キミの献身的な働きのおかげで今は落ち着いているよ。だが僕としてはヴェルデ嬢の気持ちを尊重したいと思ってる」

 そう言ってコルティヴァ様は私の頬を撫でた。本当に優しくしてくれる人だなと思いつつも私は首を横に振った。どんなに大切にされてどんなに楽しい日々を送らせてもらっても、私には故郷があって帰るべき場所がある。

「私が戻れば、ドワーフの国は救われる……」

 正直、私がこのエルフの国でやれることはもう無くなったともいえる。世界樹が元気を取り戻したことで、オーキオさんの力も戻った。もう私が居なくてもだいじょうぶ。


「私、やっぱり……」

 叔父様の言う通りに戻ろう――そう決断しようとした時だった。

「だけど本音を言えば……僕も姉さんも、本当はキミにドワーフの国に戻ってほしくなんかない」
「コルティヴァ様……」

 彼は悔しそうに唇を嚙んだ。けれどすぐに口元に微笑を浮かべた。

「でも僕は、この国の王だ。国民のために決断しなければいけない立場にある」

 それはそうだ。だからやっぱり私が――。

「だからすでに僕が代わりにドワーフ王に告げておいたよ。

『今までの2倍。貴重なエルフの森の薪を援助してやる。その代わり、ヴェルデには金輪際関わるな。このクズが』

 ――とね」
「なっ……!?」

 なんてことを言っているんですかコルティヴァ様!?

「え? もちろん、帰るなんて言わないよね?」
「……え?」

 キョトンとした顔で見つめられる。たぶん私も同じキョトン顔だ。

「いや、いま私の意思を尊重するって……」
「もちろん。だからこそキミの口から聞きたいんだ。『帰りたくない、コルティヴァ様と一生一緒に居たい』って」
「えぇ……?」

 なんかこの人、とんでもないこと言い出したわ。
 っていうかそんな恥ずかしいセリフ、言えるわけないでしょう!! 私は赤面したまま固まっていると、それを見ていたコルティヴァ様がクスクスと笑った。

「もちろん、何の考えもなくそう言ったわけじゃないよ。ヴェルデの力はすでにエルフの森に広まっている。その力が込められた薪を使えば、炎のコントロールも上手くいくだろう。そうすれば、ヴェルデがドワーフ王国へ帰国しなくても大丈夫なはずだ」
「っ! じゃあ……」
「うん。ヴェルデはここに残り、僕を支えて欲しい。それでゆくゆくは僕の妃になってくれると嬉しいかな?」

 そんな甘い言葉にドキリとしたのも束の間、私の脳裏に叔父様の憎らしい顔が浮かぶ。『王女としての責任を果たすように』なんて手紙の一文を思い出して、私は頭を振った。

「ダメです! 私なんかがコルティヴァ様の妃になんて……」

 しかし彼は私の手を取って優しく微笑みかけた。その笑顔はまるで砂糖菓子のように甘く蕩けるものだった。

「ヴェルデ嬢。僕はね、キミがいいんだ。聖女だとか、何の力を持っているかなんて関係ない。ただ僕はヴェルデという女の子を愛している」
「コルティヴァ様……」
「それに僕なら心配はいらない。たとえドワーフ王が直談判してこようとも、何度だって追い返してあげるから」

 それは頼もしい言葉だけれど……。

「……よろしいのですか? 私はあんまり良い女じゃありませんよ? 体だって相変わらずチンチクリンだし……」

 私が訊ねても、彼は優しい微笑みを浮かべたまま頷いただけだった。彼がそう言うのならば、きっと大丈夫なのだろう。そう思えてくるから不思議だ。

 私は手紙をグシャリと握りつぶした。
 それから自分の気持ちを言葉に乗せて彼に伝えた。

 もうここには自分を苦しめるモノはない。だから自分の意思で、大好きな人の側に居ることを選べる。

 コルティヴァ様は心底嬉しそうな顔で頷くと、私をそっと抱き寄せた。こうして私はこの美しい国で、愛する人と一緒に暮らしていくこととなった。


 その後、コルティヴァ様は本当に叔父様と新たな条件で交易を再開したらしい。
 もっとも、叔父様は「俺は最初からヴェルデなんて不要だったんだ!」って悔しがっていたけれど。

 とはいえその叔父様も、無理に鍛冶の炎を乱用したことが国民にバレ、国王の座を降りることになった。代わりにその息子……私にとっては甥が跡を継ぐことになった。

 彼はまだ若く、とても真面目で叔父の血を引いているとは思えないほどに良い子だ。彼ならばきっと、ドワーフの国を正しく導いてくれることだろう。

 そして驚いたことに――

「まさかオーキオさんが、新国王の元に嫁ぐことになるとは思いもよりませんでした」

 私がそう話すと、コルティヴァ様は嬉しそうに微笑んでくれた。

「これで心置きなく、新婚生活を送れるね?」
「もう――!!」

 そして私の頬に口づけをした彼は、嬉しそうに微笑んだ。
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