*婚前なれそめファンタジー* 盟主は手綱を握りたい! ※ 猜疑心強めのいじわる盟主は、光の溺愛男に進化する ※

保志見祐花

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2 ミリアとエリック

第30話 黒い噂1

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「…………くろい、うわさ……」


 その言葉にミリアが止まる。
 工房ビスティーのカウンターぐち、エリックとの間は人2人分。
 
 先ほどまで、軽やかに動かしていた手を止めて。小物を宙に持ち上げたまま、彼女はぽそりと呟いていた。

 その、探すような、確かめるような口調に、エリックの静かな視線が降り注ぐ。

 楽しく穏やかな空気が一変、店内の空気が淀み重くなったのを感じながら、彼女は”すぅ────……”っと静かにまぶたを落とし口を、開いた。


「────まあ、仮にあったとして……お外に話せないよね、そんなこと」


 静かに述べる彼女の背がカウンターを打つ。
 左肘を右手で掴みながら述べる声は声色は、至極まじめなものだった。
 彼を否定するわけでも、拒否するわけでもないトーンで腕を組みなおし、エリックに目を向けると、


「噂はうわさじゃん? 確証も何もないでしょ? うちも、信用でやってるから。例えばそのお客様が、ウチでしか話してないとして、噂が広まったら? うちの信用ガタ落ちじゃない?」


 言いながら首を振る彼女は真剣だ。


「……そんなことできない。……根も葉もない噂話を、裏も取らずに広げるなんて無責任なこと、できないよね~……」
「………………」


 答えるミリアの、その後ろ。
 積み重なった糸や布がやけに大きく、重く、存在を主張する中、彼女は言葉を続けた。


「聞いてる分には、聞くよ。それも仕事だから。でも、それを他に流すかと言ったら別問題。お兄さんが言った『どこどこのお坊ちゃんが婚約した』とかなんとか言う話も、おおやけに出るまでは言わない。信用にかかわるから、やらないのがベストだよね」
「…………確かに、そうだな」


 その言い分に、エリックは重々しく頷き、そっと息を逃がしていた。
 
 店の糸や、彼の背後トルソーに飾られたドレスたちが2人を見守る中、彼の中、じんわりと湧き出すのは…………『罪悪感』だ。


 別にこういうことが初めてだというわけではない。スパイ行為をする以上、相手に不利益をもたらすのは当たり前である。


 しかし彼の罪悪感の正体は、そこではなかった。


 ミリアが思ったよりしっかりしていたこと。彼女はきちんと『店を守る』ことも考えながら会話としていたということ。そして、彼女にも生活があるということ。


 《相手を軽く見過ぎていた》。
 そこに──自身の中、恥じらいと後悔が生まれていた。


「……………………」
「……おにーさん?」


 自分でもどうしてかわからぬ重さに黙りこくるエリックに、ミリアの軽い問いがかかる。しかし、彼はそれを口にせず首を振る。


「…………………………いや、なんでもない」
「いやね、ここにいて思うのよ。『口に戸は立てられないな』って。みんな、そういう話大好きだからさ~」


 急に静かになったエリックの空気を庇うように、ミリアは軽めの口調で息を吐いた。

 あまり表情の動かぬ彼の、感情の機微については全然つかめないのだが、もしかしたらなにか、気分が落ちるようなことを言ってしまったのかと思ったのだ。


 ミリアの中、黒い噂については全く思い当たらないし、貴族令嬢子息のゴシップについては漏らすつもりはない。

 ────しかし、物見遊山か野次馬か。
 彼のようなことを言ってくる人間も、少なからず存在していたのは、今までの経験からわかっていた。
 
 ……ただ。


(……なんだろ……、なんか変だな? みんなこんなふうに黙り込んだりしかなかったのに)
 様子の変わった彼を前に、ほんの少し、心に芽生える罪悪感。


(……このおにーさんが何の目的があってそう言うこと聞くのか、さーっぱりわかんないけど)
 くるくる回る、抱いた疑問。


(ちょっと調子狂うじゃんっ)
 眉をひそめ、瞬時に言葉を紡ぐことにした。


「──凄く良く聞くよー、どこそこの貴族サマの愛人事情から、交友関係まで。お上に対する不満とか特にね~盟主さまの話とかさ~」
「────……盟主様?」


 何気ない一言に、彼の目線が少し上がる。
 その反応に引っ張られるように、ミリアは二つ返事で頷くと、


「そうそう、ここ う ち のエライヒト。名前が~~……えーっと…………」
「────エルヴィス・ディン・オリオン。……ここの、……盟主だろ?」

「そうそう! そんな名前だった!」
「そんな名前だった……って……知らなかったのか……? この街のあるじだぞ?」
「え」


 気分転換になるかと思い、出した話題に返ってきた反応は──《驚愕と呆れ》そのもので、ミリアは逆に驚き目を丸めた。


(思ったより驚かれたっ?)
 と目をぱちくりする。
 しかしエリックの驚愕に満ちた視線は容赦なく、思わず『へらっ』っと笑って頭を掻くと、


「……いやー、アッハッハッハ。ぼんやり名前はわかってたんだけど……ふ、フルネームはちょっと……」
「…………はあ…………………………呆れた」
(────呆れられたっ!?)


 苦し紛れの笑顔に返ってきた言葉に驚いた。

 そこまで呆れられる事柄ではなかったはずなのが、エリックが纏う空気は確実に『呆れ』から『憶えのある空気』へ変化している。


 ────そう。『叱咤』である。


(この雰囲気、しってる! これ、久しぶりな気がする! やばい、……なんかやばい雰囲気!)


 と、喉を詰まらせ身構える彼女にエリックは、両手を腰に当て、ぐっと距離を詰めると


「────君。今までどうやって暮らしてきたんだ? まさか、この街や国のことを何も知らないというわけじゃないだろうな?」

「………おおむね平和に……安いご飯屋さんと、布屋さんなら知ってマスが……」
「そうじゃなくて。この街の事情とか、ココの政策とかだよ」


 予想通りに射抜かれて、ミリアの中、ぶわーっと吹き出す昔の記憶。


 この雰囲気。
 この感じ。
 忘れもしない。
 学校だ。学校の先生である。


 エリックの黒く青い瞳の睨みは、まさに。
 学校の教師のそのものだった。


(……やべーやべーやべ……! これ、説教タイム始まるやつだうわあああああああああああ)


 若干のけぞり引き気味に 心の中で大絶叫。
 反り返った腰と引いた肘が、後ろのカウンターをコツンと音を立て、ミリアからあからさまに滲み出る『やばい、知らない~!』という空気に、エリックの口が開く。


「………………その顔。……嘘だろ? 君、成人してるよな? 新聞や通達文があるだろう? それは読んでないのか? 仮にもここで暮らしていて盟主の名前も知らないって、あり得ないんだけど」
「ちょ、ちょ、ちょっとまっておにーさん」


 矢継ぎ早の質問に、ミリアは慌てて待ったを入れた。このままでは説教2時間コースを予想したのだ。

 確かに自分は市勢に詳しいほうではないが、彼女には彼女の事情というか、言い分がある。


「めっちゃ非常識な女に見えるかもしれませんが、言わせてください!
 ────わたし、実は」


 エリックの『信じられない』をひっくり返す一言を


「この国の人間じゃないの。マジェラって知ってる? わたし、そこから来ている。こっちに来て5年ぐらい!」


 『どうだ!』と言わんばかりに言い放ったのであった。



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