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   1章3部 勇者の初戦闘

魔女クラウディア

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 フローラと別れてから、シンヤたちは街中を探索していた。
 お店を見回ったり、いろいろなものを食べたりしながら満喫を。そしてそうこうしている内に、封印の森の調査の集合時間まで残り三十分になっていたという。

「集合時間まで、あとちょっとか。どうする? もう少し街をぶらつくか、それとも向かっとくか」
「うーん、なにか手伝えることとかあるかもしれないし、そろそろ向かってもいいかも」
「にゃー」

  これからどうするか決めていると、猫の鳴き声が。
 鳴き声の方へ視線を移すと、路地裏の奥に一匹の黒猫がいた。首元には鈴付きの首輪がついており、飼い猫だろうか。

「あ! ネコちゃんだ! かわいいなー、よしよし」

 トワははずむ足取りで駆け寄り、黒猫の頭をなでる。

「へー、逃げないなんて、人懐っこいネコだな」
「わたしネコちゃん飼いたかったんだよね! ほらほら、こっちおいで! あー、癒されるー」

 黒猫をぎゅっと抱きしめ、幸せそうにするトワ。

「にゃー」
「あっ!?」

 しばらく抱きしめられていた黒猫であったが、トワの腕から抜け出し路地裏の奥へと逃げていってしまった。

「待って、ネコちゃん!」

 トワはまだでたりなかったのか、追いかけにいこうと。
 だがどうやら見失ってしまったらしく。

「あれ? どこ行ったんだろ?」
「ははは、完全に逃げられたな」

 キョロキョロ辺りを見渡す彼女のもとへと向かう。

「もう少し遊びたかったのにー」
「クスクス、かわいらしいお嬢ちゃんなこと」

 トワががっくり肩を落としていると、路地裏の奥から女性の笑い声が。

「だれ?」
「お前は!?」

 そして現れたのは黒いドレスを着た謎の女性。彼女は優雅な足取りで、シンヤたちの方へと歩いてきた。

「トワ、気をつけろ! こいつが魔人の仲間の女だ!」
「つまり敵ってこと!?」

 敵の登場に、臨戦態勢をとるシンヤたち。

「そう警戒しなくていいわよ。少しお話しをしに来ただけなんだから」

 だが謎の女性は手で制し、ほほえんできた。

「話しだと?」
「ええ、まずは自己紹介を。私の名前はクラウディア。我らの姫様につかえるとある魔女よ」

 そしてクラウディアは黒いドレスのすそをつかみ、お辞儀じぎしてくる。

「魔女だって」
「確かになんかそれっぽい」
「クスクス、じゃあ、さっそく本題に入らせてもらうわね。私たちは邪神の眷属けんぞくの封印を、解くつもりでいるの。でもそこへ勇者であるお嬢ちゃんに邪魔されたら、計画が狂いかねない。だからお願いなんだけど、今回の件から手を引いてもらえないかしら?」

 クラウディアは妖艶ようえんな笑みを浮かべながら、お願いを口に。

「おいおい、なにを言い出すかと思えば。そんな頼み聞けるわけないだろ」
「どうしてもだめ?」

 ほおに手を当て、首をかたむけてくるクラウディア。

「当たり前だ。邪神の眷属が解き放たれたら、どんだけ被害をまき散らすかわかったもんじゃないだろ。ただでさえそいつには一度、世界が滅ぼされかけてるのに。トワ、そうだろ?」
「うん、うん」

 コクコクとうなずき、肯定するトワ。

「というかそもそもの話、あんたらはなんで邪神の眷属の封印を解こうとしてるんだ? 魔人ならわかるが、あんたらは人間のはずだ?」

 疑問に思っていたことをたずねる。
 邪神の眷属の封印が解かれれば、人類側に多大な被害がでるのは目に見えている。ヘタすれば自分たちだって、タダでは済まない可能性も。そんな自分の首を絞めるかもしれないことに手を貸すなんて、いったいどんな理由があるのだろうか。

「その答えは簡単。私たちの姫様は力を欲しているの。だから邪神の眷属を配下はいかに加えるために復活させるというわけ」
「はっ!? おいおい、つかえるとかならまだしも、配下にって……。世界を滅ぼしかけた正真正銘のバケモノが、そんな都合よくしたがってくれるわけないだろ」

 まさかの答えに、困惑するしかない。

「普通の人ならまず無理でしょうね。でも姫様ならそれができる。あのお方こそまさに覇者の権化ごんげ。いかなる者もその力とカリスマ性にこうべれ、心を奪われるのよ。くすくす、私のときだってそう。あの天使とも悪魔ともいえるほほえみを向けられただけで、即骨抜きにされちゃったんだから。――ああ……、思い返しただけでもぞくぞくする……」

 両ほおに手を当て、なにやらうっとりするクラウディア。
 よほど心酔しんすいしてるらしく、その瞳には狂気の色が帯びていたといっていい。あと最後らへんは、少し危ない人の気配が垣間かいま見られた。、

「ごめんなさい、つい取り乱してしまったわ。そういうわけだから邪神の眷属のことは、姫様に任せてちょうだ。好き勝手暴れないように、手綱たづなをにぎっていてもらうから」

 だがそれもつかの間、クラウディアは我に返り話を進める。

「そうは言っても、絶対ぎょせる保障なんてないだろ?」
「そのときは姫様が速やかにお消しになるだろうから、なにも問題ないわ」
「――消すって…… 。おいおい、どんだけあんたらの姫様はおっかないんだよ……」

 人類の天敵といってもいいほどのバケモノを、軽くひねり潰せるような発言。どれだけその姫様とやらは強いのだろうか。恐怖を覚えずにはいられなかった。

「クスクス、姫様はいろいろ規格外だから。元異世界人で、そこのお嬢ちゃんと同じ超常的存在に特別な力を与えられている。ただ違うのは授けられた対象が真逆ということ。一方は女神で、もう一方は……」

 クラウディアは意味ありげな視線をトワに向けながら、もったいぶった口調で告げてくる。

「もしかして邪神か?」
「正解! 封印されてる邪神の眷属と同じ、いえ、もはやそれ以上。邪神が最終決戦兵器として、己が持てる力のほとんどをたくした少女なのだから!」

 クラウディアは両うでを上げながら、声高らかにどこか芝居しばいがかったように宣言する。

「え? ええ? 私たちと同じ転生者で、でも女神さまじゃなく邪神側の人で、あわわ!? そんなことってあるの!?」
「――ははは……、あいた口がふさがらないってのは、こういうことを言うんだな……」

 その驚愕きょうがくの事実に二人して唖然としてしまう。

「いいことを思いついたわ! あなたたちもワタシたちの仲間にならないかしら」

 そしてクラウディアは手を差し出し、妖艶ようえんなほほえみを向けてきた。

「は? なにを言い出すかと思えば、トワは勇者だぞ?」
「あのお方は器が広いから、たとえ勇者であろうと歓迎してくれるわよ。闇落ち勇者かっこいいとか言って、ノリノリでね」
「それでいいのか? 邪神側の姫さんは……」
「もちろんボウヤもどうぞ。お姉さんがたっぷりかわいがってあげるし、あなたなら姫様に気に入ってもらえるかもしれないわよ。ちなみに姫様は気さくで、スタイルも抜群ばつぐんの超絶美少女だから、仕えたら人生がうるおうかもしれないわね」

 クラウディアはシンヤの胸板むないたを指でさすりながら、色っぽくささやいてくる。

「悔しいが、少しかれる。もしかしてこれが悪魔の誘惑ってやつなのか?」

 クラウディアみたいな妖艶さ際立つ美人な女性にかわいがってもらえるだけでなく、超絶美少女ともお近づきのチャンスがあるとは。男としてはたとえ罠だったとしても、飛び込みたくなる案件であった。

「ちょっと、シンヤ!? なに裏切ろうとしてるのよ!」

 心の中で葛藤かっとうしていると、トワがシンヤの腕を揺さぶって抗議を。

「はっ!? わるい、わるい」
「まったくー、邪神にしたがうあなたたちの仲間になんてならないんだから!」

 そしてトワはクラウディアに指をビシッと突き付け、宣言した。

「あら? 私たち別に邪神にしたがってなんていないわよ」
「え!? 姫様って邪神側の転生者だよね!?」
「邪神の望み通り動いたら、世界がめちゃくちゃになるどころじゃ済まなくなる。そんなのはさすがにごめんだわ。私たちの行動は、すべて姫様の御心みこころのままに。そこに邪神の意思は入る隙間なんてない。なんたって姫様にとって、邪神はしょせん利用するだけの存在。邪魔するなら消すつもりでいるんだから」

 さらっととんでもないことをカミングアウトするクラウディア。

「おいおい、勇者であるトワじゃなく、そっちが邪神を倒すかもしれないのかよ。もうわけがわからないな」
「その姫様すごすぎだよ!?」

 この世界を脅かす元凶であり、ラスボス的存在である邪神。それを邪魔するなら消すつもりでいるなんて、どれほど姫様と呼ばれる人物はおっかないのだろうか。立ち位置的にはもはや裏ボス。絶対敵に回したくない相手であった。

「そういうわけだから一回考えておくといいわ。姫様の同志になるのか、それとも敵対するのか。ただ後者を選んだ場合は覚悟しておくことね。姫様の邪魔をするなら容赦ようしゃはしないから」

 クラウディアは最後、残虐ざんぎゃくな笑みを浮かべながら特大の殺意を放ってくる。

「っ!?」
「ひぃっ!?」

 それと同時におぞましいほどの力の重圧が押しよせ、ひるむシンヤたち。
 そこから感じられる力量は本物。ヘタすればあの魔人クラスといってもいいレベルであった。

「じゃあね、あなたたちが敵にならないことを、心から祈ってるわ」

 クラウディアはほほえみながら優雅ゆうがに手を振り、そのままきびすを返す。そして黒いもやのようなものに包まれ、姿を消した。

「ッ!? 逃げられた……」

 本来ならなんとか離脱を阻止し、倒しておくべき相手。しかし敵のあまりの重圧に思わず足がすくんでしまい、みすみす逃すはめに。

「って、トワ、大丈夫か?」

 トワが胸を押さえながら震えていることに気づく。

「――う、うん……」

 どこか力なく笑うトワ。

「にゃー」

 首輪についているであろう鈴の音と鳴き声がすると思ったら、彼女の足元に先ほどの黒猫の姿が。

「――あ、あはは……、さっきのネコちゃんだ……」

 トワは黒猫をぎゅっと抱きしめる。だがそんな彼女の身体は今だ震えたまま。しばらくその震えが止むことはなかった。
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