創星のレクイエム

有永 ナギサ

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序章 神代の依頼

6話 星葬機構とクロノス

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 静まり返った夜の廃墟街をしばらく歩いていると、進行方向をふさぐかのように簡易式のバリケードが敷かれていた。そしてその前には、星葬機構せいそうきこうの制服を着た集団が。

「ほんと、あいつらどこにでもいるわよね。あの制服を目にしない日なんて、そうそうないぐらいよ」

 奈月はもはや見飽きたと、うんざりした感じに肩をすくめる。

「ははは、そりゃー、今の世界は星葬機構の絶対統制のもとに成り立ってるんだから、見渡す限り奴らがいるのは当然だろ。もう、あいつらの目が届かないところなんてないほど、この世界は星葬機構に支配されてしまってるしな」

 かつては魔法があまり表沙汰になっておらず、星葬機構の影響力は世界の裏側だけ。規模もそこまででかくはなかった。しかしパラダイスロスト後の魔法が当たり前となった、今の世界においては違う。星葬機構の力が全世界に必要とされるようになり、その勢力は尋常ではないほど膨れ上がっているのだ。
 というのも今の星葬機構を止める者など存在しない。政府や軍は彼らが持つその絶対的権力と保有する戦力により逆らえず、もはや言いなりになるしかない状況。それゆえ世界のトップは星葬機構という構図ができあがっており、彼らの思うがままに世界が管理されているのである。
 そんな星葬機構が掲げる世界の形は、もちろん秩序による平和。魔道に手を染める者を徹底的に排除した世界実現のため、ありとあらゆる場所に星葬機構の施設と戦力が張りめぐらされている。さらには彼らが持つ権力を使い、人々の自由を無視した様々な制約を課せてもいた。そう、今の世の中は星葬機構の統制によって成り立ち、実質秩序の名のもとに牛耳ぎゅうじられているといっても過言ではないのだ。

「世界全土に展開し、過剰なまでの治安維持活動を行う秩序の番人。一般的に見れば奴らは正義だけど、実際は人々を恐怖で縛り無理やり自分たちの秩序に当てはめようとするやから。上代は文字通り悪だけど、星葬機構もたいがい悪に近いと言っていいのよね。実際人々の評判、かなりわるいし」

 レイヴァースの思想を問答無用で押しつけ、背く者がいれば秩序のためと法で、あるいは力で裁く星葬機構。そのあまりの暴挙ぶりに、人々は支配されているといってもいいほど。そんな彼らに対し、人々がいいイメージを持っているはずがない。いくら治安が良くなるとはいえここまで厳しい統制だと、みな正直有難迷惑というのが本音であった。

「誰かと思えば神代家次期当主の妹の、神代かみしろ奈月さんじゃないですか。有名人のお嬢様がこんな危ないところでなに用ですかな?」

 すると向こうも、陣たちに気付いたようだ。
 隊長格と思われる三十代後半ぐらいの男が、軍刀をたずさえ話しかけてきた。

「くす、今日は月がきれいだから、少し散歩をしに来たわ。まあ、そのついでに頼まれたおつかいもこなそうと思ってるけどね」

 奈月は口元に手を当て、クスクスと茶目っ気まじりに答える。

「ハハハ、毎度のごとく、狩りに来たというわけですか。神代にとって、暴走した創星術師は絶好のサンプル。魔道のためとはいえ、人体実験まがいのことをよくやりますな。その求めた先に、どれだけの悲劇を生むかわかっているのにも関わらず」

 隊長格の男は豪快に笑いながら、嫌味ったらしく告げてくる。
 彼の言うことは正しい。神代は魔道に手を染めることをいとはない、きっすいの求道者の家系。ゆえにたとえそれが倫理に反することでも、自分らの悲願を叶えるためならなんだってやるのだ。
 そしてあいさつはおわりだと、隊長格の男は敵意をむき出しにして言い放ってきた。

「本来ならとっくに我々星葬機構が、魔道へ堕ちたキサマら神代を討ち果たしていたはずだった。だというのに貴様らはよもや経済界のトップに君臨し、世界に根ずくほどの影響を手にするとは」

 今や経済界のトップに躍り出る大財閥クロノス。彼らが世界に名をはせ天下にのぼりつめた過程は、とあるプロジェクトから始まる。それはパラダイスロストによって魔法が世界中に認知されてまもなく、神代の経営する大企業クロノスが開始したプロジェクト。そう、魔法による技術革新だ。もはや魔法が明るみに出たことで、もう隠す必要がない。よってこの力を人々の役に立たせられないかというコンセプトのもと、動き出した一大プロジェクトであった。これにともないクロノスは魔法によるテクノロジーを、次々と考案し実現していくこととなる。
 その中でも特に魔法を利用したエネルギー開発がすさまじく、世界中で波紋はもんを呼んだ。それもそのはず魔法によって生み出されるエネルギーは、従来のをはるかに超える代物。しかもとある理由から理論上ほぼ無限に生み出せ、資源の枯渇こかつの心配がない。まさに夢のような話のため、世界中に瞬く間に普及。石油に代わるエネルギー革命を引き起こしたのだ。結果、この技術を考案したクロノスは莫大な利益をあげ、経済界のトップに君臨するほどまでに急成長。今もなお、その確固たる地位を独占しているのであった。

「おかげでこちらは、そう簡単に手出しができずじまい。まったく、小賢しい策をりましたな」

 星葬機構は力、権力ともにすさまじく、誰であろうと秩序の名のもとに制裁を与える権限がある。それはもちろん政府や軍、財閥さえも例外ではなく、禁忌に手をだしたとなれば問答無用で殲滅せんめつすることができるのだ。なので神代率いるクロノスも当然対象に入るといっていい。これまでの禁忌を犯し続けてきた経緯から、もはや最優先殲滅対象とされているほどであろう。
 だが今の神代の世界に対する影響力はあまりにも大きすぎるのだ。魔法によるエネルギー革命後、魔法工学や兵器開発、PMC業といった様々な分野に手を出し、どれもトップの地位を独占。世界中どこもかしくもクロノス関連の施設があるのは、もはや当たり前。
世界はクロノスによって回されているといっても過言ではないほど、その影響力が膨れ上がっている。もしそんなクロノスを滅ぼすとなれば、一体今の世の中どれほどのバランスが崩れるだろうか。これまで経済を回してきたリーダー的存在が急にいなくなるゆえ、最悪世界はかつてのパラダイスロスト並の大混乱におちいるかもしれない。ゆえに星葬機構側はいくら上代側を滅ぼしたくても、今後のことを考えれば安易に攻められないのであった。
 そう、神代は世界に君臨する大財閥という名の影響力を盾にし、これまで自分たちの思い通りにことを進めてきたのである。

「くす、神代を潰せば、きっと世界は混乱の渦に巻き込まれるわね。なんたってアタシたちはパラダイスロスト後の世界を復興に導いた立役者。神代があったからこそ世界は再び均衡を保てたんだもの!」

 奈月は胸をドンっとたたき、自信満々に主張を。
 星葬機構が神代を潰せないのには、経済のバランスのほかにもう一つ理由があった。それは今の人々の心の平穏は、クロノスが保っているといっても過言ではないということ。
 実は魔法による技術革新はクロノスを急成長させただけでなく、パラダイスロストによって滅茶苦茶となった世界の安定化にもひと役買ったといっていいのだ。このころになると人々は次々に魔法を使えるようになっており、みな未知の力に困惑していた時期。しかしクロノスが魔法の技術革新により、様々な技術を考案。極めつけは魔法によるエネルギー革命を起こしたことで、人々の抱いていた魔法に対する恐怖は次第に薄れていくことに。そしてのちに魔法という未知の力は、生活に欠かせない馴染み深いものへと定着していったのである。
 ようはパラダイスロストによる人々の混乱は、クロノスのおかげで平静を取り戻したということ。なので彼らが今の魔法が当たり前の世界を創ったといっても過言ではなく、人々からの信頼も非常に厚いのだ。よってクロノスが消えると、今まで慣れ親しんできた復興の立役者がいなくなることに。これまでの平穏の象徴が消えるため、人々の平静の均衡を崩し彼らが疑心暗鬼におちいる恐れがでてしまう。なのでなおさら星葬機構側は、クロノスに手が出しにくかった。   

(――実際はその通りなんだが、神代が初めからこうなることをもくろんでた事実を知ってると、複雑な気分になってくるな」

 思わず心の中でツッコンでしまう。
 これは奈月から聞いた話なのだが、神代はパラダイスロストが起こるかなり前からこの準備をしていたらしい。だからこそ魔法によるテクノロジーを、あんなにも早く世間に公表できたというわけだ。
 事の経緯は、神代が自分たちの思い通りに星詠みの研究を進められる舞台を欲したところから始まる。神代の悲願を達成するにはそれ相応の資材や資金、人材が必要であり、さらには星葬機構側からの防衛対策もしなければならなかった。これらの問題を解決するのに一番手っ取り早いのは、神代が経済界に進出して権力と財力を手にすればいい。そうすることで星葬機構も手出しがしにくくなり、経済力を存分に使って星詠みの研究に没頭できるという結論にいたったのだ。そのため自分たちが理想とする立ち位置まで上れるよう、早くから魔法のテクノロジー化の研究はもちろん、レーヴェンガルトと裏で手を結びパラダイスロストに手を貸していたとのこと。
 つまりパラダイスロスト後の世界は、神代が初めから思い描いた通りのシナリオだったといっていい。

「星葬機構がこの世界の秩序をになうなら、クロノスはこの世界のバランスをになう。くす、そんなアタシたちを打つ覚悟が、星葬機構側にあるのかしらね」

 奈月は不敵な笑みを浮かべ、挑発するかのようにたずねた。
 すると向こうも負けじと言い返してくる。

「舐めるなよ、小娘。いくら神代が世界の実権をにぎっていようと、我々は星詠みに手を出す者を許しはしない。キサマらは禁忌を犯しすぎたのだ。もう間もなくレイヴァース様が粛清しゅくせいの宣言をすることになるだろう」
「へぇ、神代の当主であるお父様が聞けば、泣いて喜びそうね。目ざわりな星葬機構とようやくおさらばできるって」
「ふん、せいぜい今のうちに好きなだけ吠えておくといい。まったく、パラダイスロスト以前はレーヴェンガルトに苦渋を飲まされていたが、今度は神代とは。しかも権力を盾に裏でこそこそやってる分、レーヴェンガルトより余計にたちが悪い。やはり星詠みに手を出すようなやからは、害しかばらまかんクズどもだな」
「あら、言ってくれるじゃない。そういう星葬機構だって力でものを言わせ、自分たちの思想を押し付けてくるはた迷惑な輩でしょ。恐怖で人々を支配しておいて、なにが正義よ。いくら治安維持のためとはいえ、人々の自由をないがしろにしてたら本末転倒。悪といってもいいんじゃないかしら」

 奈月は髪をばっとかき上げながら、きっぱり言い放つ。

「我らを愚弄ぐろうするか! 小娘!」
「いや、先にけなしてきたのはそっちでしょ?」

 二人の言い合いがヒートアップしてきたので、陣はそろそろ中に割り込むことに。

「奈月、こんなところでおしゃべりしてたら、向こうの主力が到着してしまうぞ」
「はっ、陣の言う通りね。アタシとしたことが、つい熱くなってしまったわ。そういうわけだからご機嫌よう、隊長さん」

 陣の正論に、奈月は冷静さを取り戻す。
 陣たちの目的は暴走した創星術師。こんなところで時間を無駄にしている暇はないのだ。早くしないと、面倒な敵が押し寄せてくるのだから。
 そして優雅ゆうがにあいさつをして先に進もうとする奈月であったが、彼らははばむように立ちふさがった。

「素直に通すとでもお思いか? すべては星葬機構の秩序のため! きさまら神代の好きになどさせん!」

 隊長格の男はかまえをとり、魔法を発動しようと。
 それに続き、後ろで待機していた者たちも臨戦態勢に。どうやら彼らは陣たちとやるきらしい。

「まったく、立派な信念なこと。でもそれはただの蛮勇ばんゆうよ。アタシたちにあなたたち程度がかなうと思ってるのかしら?」

 奈月は相手の力量も図れないことに、心底あきれだす。
 まさか奈月と陣相手にこの程度の戦力挑んでこようとは。今は陣だけでなく、並の断罪者程度なら軽くひねり潰すであろう神代奈月もいるのだ。彼らにとってもはや分が悪いどころの話ではなかった。

「ははは、まあ、肩慣らしってことでいいじゃないか。向こうはやる気みたいだし、付き合ってやろうぜ」
「くす、仕方ないわね。じゃあ、ターゲットをやる前に、まずはこのわからずやどもに、身の程を知らしめてあげましょう」

 奈月は手を横に勢いよく振りかざし、余裕の笑みを浮かべ宣言する。
 そして陣と奈月は星葬機構の集団を迎え打つのであった。


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