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1章 第4部 契約内容
43話 リルと月夜
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時刻は深夜近く。空を見上げれば丸い月が青白く輝いている。陣はそんな月明りに照らされた夜道を一人歩いていた。すでに夜が遅いため周囲には人がおらず、あたりは静寂に包まれている。そして現在は住宅地や学生寮が密集する区画あたりを、通っている真っ最中であった。
しばらく歩いているとようやく指定された場所にたどり着く。そこはとある学生寮から少し離れた小さな公園。足を踏み入れると、陣を呼び出した少女の後ろ姿が。彼女の透き通るような銀色の髪が月の光に照らされ、どこか神秘的に見えてしまう。
「ふふっ、今日はいい夜だね。どうかな? ジンくん? この月夜の下、お姉さんと一曲踊るのは?」
リルは陣の方を振り返り、手を差し出してくる。そして歌うかのごとく、どこかしばいがかった誘いの言葉を。
年上のお姉さんっぽく、さらにはミステリアスさもあるお誘い。もし彼女が年上の少女の外見なら、思わずうなずいていたかもしれない。ただその本人が見た目十歳ぐらいの少女のため、せっかくのセリフが台無しであった。
「ほう、そのお姉さんとやらはどこにいるんだ? 見回しても居ないんだが?」
「もう、目の前にいるでしょ? ステキなお姉さんが! ほら!」
キョロキョロ周りを見渡していると、リルが自身を指指し猛アピールを。
「――はぁ……、魅力的なお姉さんの誘いならまだしも、こんなちんちくりんのガキはないわー。とりあえず出直してこい」
「むー、またそうやって子供扱いしてー。少しぐらい合わせてくれても、いいと思うんだけどなー。せっかくの運命的な出会いなんだから、こうもっと、ロマンチックな展開をだね」
リルは両腰に手を当てながら、ほおを膨らませる。
「知るか。第一、さぞ偶然会ったかのように言ってるが、呼び出したのはリルだろうが」
そう、陣がここに来たのは、まぎれもなく彼女に呼ばれたから。夕方灯里と別れる前に、リルが小声で伝えてきたのである。
「ふふっ、あれ、そうだったかなー。まあ、ともあれこんばんは、ジンくん。お姉さんといろいろかたり合おうじゃないか。夜はまだまだ長いんだしね」
ほおにぽんぽん指を当てながら、わざとらしくとぼけてくるリル。そしてにっこりほほえみ、改めてあいさつしてくる。
「おしゃべりしたいなら、ほかを当たってくれ。オレは忙しいからさっさと本題をだな」
「またー、せっかちさんは女の子に嫌われるんだよー?」
「余計なお世話だ」
「――はぁ……、これはなかなか重傷だね。まあ、女の子の扱いは今度、みっちりお姉さんが教えてあげるとして。うん、じゃあ、始めようか。ジンくんとわたしの今後の話を」
リルはやれやれと肩をすくめ、まじめな表情で話を進めだす。
「ジンくん、ここに来たということは、決断したと受け取るんだよ。わかってるとは思うけど、ここから先は引き返せない。一度わたしの手を取るなら、どこまでも一緒に堕ちていってもらうからね」
「ああ、それでいい。答えはとっくに決まってるんだから、考えるまでもないさ」
彼女の意味ありげな最終確認に対し、迷いなく答える。
実はここに来るなら、覚悟を決めて来てと念押しされていたのだ。この選択で四条陣の運命が大きく変わると。だが陣にとっては今さらである。とっくの昔から魔道に堕ちる覚悟は決まっている。いや、そうするしか生きていけないといえるのだから、選択もなにもない。ただ内から湧き出る衝動にしたがうだけだ。
「――わかったんだよ。じゃあ、わたしからジンくんにある取り引きを持ち掛けるね」
するとリルは瞳を閉じ、胸に手を当てながら本題に入った。
「取り引きだと?」
「うん、ジンくんはわたしの願いを叶える。その見返りにキミには力を。ううん、このわたしリル・フォルトナーの擬似恒星をあげよう」
リルは手を差し出し、不敵な笑みを浮かべんてくる。
「ちょっと待て!? フォルトナーってまさか……」
その名前に驚きを隠せない。もはや魔道を求道する者にとって、知らない人間などいないほど。魔法を世に広め、星詠みという秘術を創った人物と同じ性ゆえに。
「うん、リル・フォルトナーはサイファス・フォルトナーの実の娘。この混沌の世界を生むきっかけとなった、女神の少女……」
「――おいおい、その話が本当なら、リルはずっと昔の人間ってことになるんだぞ? 今こうして目の前にいるわけが……」
どこか遠い目をしてかたるリルに、疑問を抱くしかない。
それもそのはずサイファス・フォルトナーが生きていた時代は、19世紀前半。ならばその娘であるリルがここにいるのは、ありえないはず。
「うん、ジンくんの考えは当たってるんだよ。ここにリル・フォルトナー本人はいない。だってここにいるのは、彼女の魂の一部が具現化した存在なんだからね」
リルは胸をぎゅっと押さえ、はかなげにほほえむ。
「そんなことありえるのか? つまりリル・フォルトナーの擬似恒星に宿る魂の欠片が、姿形をもったってことだろ? 確かに擬似恒星そのものに意志のようなものがあるのは知っていたが、ここまで鮮明になんて聞いたことがないぞ。しかもこうやって実態をもつなんて、なおさらだ」
術者の魂の一部を使っているため、擬似恒星本体に意志が宿ることがあるらしい。というのも現在の使用者を気に入り、みずから進んで導いてくれるといった事例が数多く存在しているからだ。たがそれはしょせん残留思念のようなもの。明確な意志はなく、会話など到底できないというのが通説だ。
「ふふっ、彼女の星は規格外だからね。それにそもそもの話、リル・フォルトナーがまだ存在してるんだから、この世界にリル・フォルトナーがいてもおかしくないんだよ?」
リルはいたずらっぽくウィンクし、なにやら重要そうな事を口にしてくる。
もちろん意味はわからない。しかしその答えが、陣の求める真理の一つの気がして止まなかった。
「まあ、実際少しおかしいところもあるけどねー。どうしてこんな子供のころの姿なのかって! 本当のわたしはもっと可憐なお姉さんなんだからー!」
それから両腰に手を当て、ムッとした表情で不満を爆発させるリル。
「――いや、理解が全く追いつかないんだが?」
リルの文句をよそに、陣はあまりの事態に困惑するしかない。まさかリルの正体がサイファス・フォルトナーの娘の、魂の一部とは。そしてそれが実体を持ち、こうして会話できているなど。あまりの非現実的な話に、夢を見ているのではないかと思えるぐらいであった。
「ジンくん、今ある現実を、ただ受け入れたらいいんだよ。実際にわたしがここにいるんだもん」
「ははは、言われてみればそうだな。あまりのぶっとんだ話に動揺してしまったが、細かい事情なんてどうでもいい」
確かに彼女の言う通りだ。魔法や星詠みといった本来ありえない力が当たり前の、この混沌に満ちた世界。そんな世界に今さら理屈を求めるなど、バカげた話であろう。ようは陣の知らない未知の事象が、あふれかえっているだけのことなのだから。
「そうそう、今大事なのはリル・フォルトナーの擬似恒星の話だもん。それでジンくんはわたしを欲っしたよね。これこそシジョウジンにふさわしい星の輝きだと」
「ああ、正直に言うと、心を奪われたといってもいいな」
「なら、わたしが見返りになりうるよね?」
リルは陣を見透かしたようなまなざしを向け、かわいらしく首をかしげてきた。
その答えに陣は。
「ははは、もちろんだ。要求を聞き届けてやるよ。その代わりリル、お前をいただく。これでいいな?」
「うん、問題ないんだよ。ふふっ、でもなんだかその言い方、少しテレちゃうね。わたしという女の子を求めてるみたいで」
陣の答えに、リルは満足そうにうなずいた。そして両ほおに手を当て、ぽっと顔を赤らめだす。
「なーに、バカなこと言ってるんだ。お前みたいなガキに興味はない。オレが欲しいのは、リル・フォルトナーの擬似恒星だけだ」
「もー、少しぐらい夢を見させてくれてもいいと思うんだけどなー。――じゃあ、要求を言うんだよ」
リルはがっくり肩を落としながらも、オーダーを投げ掛けてくるのであった。
しばらく歩いているとようやく指定された場所にたどり着く。そこはとある学生寮から少し離れた小さな公園。足を踏み入れると、陣を呼び出した少女の後ろ姿が。彼女の透き通るような銀色の髪が月の光に照らされ、どこか神秘的に見えてしまう。
「ふふっ、今日はいい夜だね。どうかな? ジンくん? この月夜の下、お姉さんと一曲踊るのは?」
リルは陣の方を振り返り、手を差し出してくる。そして歌うかのごとく、どこかしばいがかった誘いの言葉を。
年上のお姉さんっぽく、さらにはミステリアスさもあるお誘い。もし彼女が年上の少女の外見なら、思わずうなずいていたかもしれない。ただその本人が見た目十歳ぐらいの少女のため、せっかくのセリフが台無しであった。
「ほう、そのお姉さんとやらはどこにいるんだ? 見回しても居ないんだが?」
「もう、目の前にいるでしょ? ステキなお姉さんが! ほら!」
キョロキョロ周りを見渡していると、リルが自身を指指し猛アピールを。
「――はぁ……、魅力的なお姉さんの誘いならまだしも、こんなちんちくりんのガキはないわー。とりあえず出直してこい」
「むー、またそうやって子供扱いしてー。少しぐらい合わせてくれても、いいと思うんだけどなー。せっかくの運命的な出会いなんだから、こうもっと、ロマンチックな展開をだね」
リルは両腰に手を当てながら、ほおを膨らませる。
「知るか。第一、さぞ偶然会ったかのように言ってるが、呼び出したのはリルだろうが」
そう、陣がここに来たのは、まぎれもなく彼女に呼ばれたから。夕方灯里と別れる前に、リルが小声で伝えてきたのである。
「ふふっ、あれ、そうだったかなー。まあ、ともあれこんばんは、ジンくん。お姉さんといろいろかたり合おうじゃないか。夜はまだまだ長いんだしね」
ほおにぽんぽん指を当てながら、わざとらしくとぼけてくるリル。そしてにっこりほほえみ、改めてあいさつしてくる。
「おしゃべりしたいなら、ほかを当たってくれ。オレは忙しいからさっさと本題をだな」
「またー、せっかちさんは女の子に嫌われるんだよー?」
「余計なお世話だ」
「――はぁ……、これはなかなか重傷だね。まあ、女の子の扱いは今度、みっちりお姉さんが教えてあげるとして。うん、じゃあ、始めようか。ジンくんとわたしの今後の話を」
リルはやれやれと肩をすくめ、まじめな表情で話を進めだす。
「ジンくん、ここに来たということは、決断したと受け取るんだよ。わかってるとは思うけど、ここから先は引き返せない。一度わたしの手を取るなら、どこまでも一緒に堕ちていってもらうからね」
「ああ、それでいい。答えはとっくに決まってるんだから、考えるまでもないさ」
彼女の意味ありげな最終確認に対し、迷いなく答える。
実はここに来るなら、覚悟を決めて来てと念押しされていたのだ。この選択で四条陣の運命が大きく変わると。だが陣にとっては今さらである。とっくの昔から魔道に堕ちる覚悟は決まっている。いや、そうするしか生きていけないといえるのだから、選択もなにもない。ただ内から湧き出る衝動にしたがうだけだ。
「――わかったんだよ。じゃあ、わたしからジンくんにある取り引きを持ち掛けるね」
するとリルは瞳を閉じ、胸に手を当てながら本題に入った。
「取り引きだと?」
「うん、ジンくんはわたしの願いを叶える。その見返りにキミには力を。ううん、このわたしリル・フォルトナーの擬似恒星をあげよう」
リルは手を差し出し、不敵な笑みを浮かべんてくる。
「ちょっと待て!? フォルトナーってまさか……」
その名前に驚きを隠せない。もはや魔道を求道する者にとって、知らない人間などいないほど。魔法を世に広め、星詠みという秘術を創った人物と同じ性ゆえに。
「うん、リル・フォルトナーはサイファス・フォルトナーの実の娘。この混沌の世界を生むきっかけとなった、女神の少女……」
「――おいおい、その話が本当なら、リルはずっと昔の人間ってことになるんだぞ? 今こうして目の前にいるわけが……」
どこか遠い目をしてかたるリルに、疑問を抱くしかない。
それもそのはずサイファス・フォルトナーが生きていた時代は、19世紀前半。ならばその娘であるリルがここにいるのは、ありえないはず。
「うん、ジンくんの考えは当たってるんだよ。ここにリル・フォルトナー本人はいない。だってここにいるのは、彼女の魂の一部が具現化した存在なんだからね」
リルは胸をぎゅっと押さえ、はかなげにほほえむ。
「そんなことありえるのか? つまりリル・フォルトナーの擬似恒星に宿る魂の欠片が、姿形をもったってことだろ? 確かに擬似恒星そのものに意志のようなものがあるのは知っていたが、ここまで鮮明になんて聞いたことがないぞ。しかもこうやって実態をもつなんて、なおさらだ」
術者の魂の一部を使っているため、擬似恒星本体に意志が宿ることがあるらしい。というのも現在の使用者を気に入り、みずから進んで導いてくれるといった事例が数多く存在しているからだ。たがそれはしょせん残留思念のようなもの。明確な意志はなく、会話など到底できないというのが通説だ。
「ふふっ、彼女の星は規格外だからね。それにそもそもの話、リル・フォルトナーがまだ存在してるんだから、この世界にリル・フォルトナーがいてもおかしくないんだよ?」
リルはいたずらっぽくウィンクし、なにやら重要そうな事を口にしてくる。
もちろん意味はわからない。しかしその答えが、陣の求める真理の一つの気がして止まなかった。
「まあ、実際少しおかしいところもあるけどねー。どうしてこんな子供のころの姿なのかって! 本当のわたしはもっと可憐なお姉さんなんだからー!」
それから両腰に手を当て、ムッとした表情で不満を爆発させるリル。
「――いや、理解が全く追いつかないんだが?」
リルの文句をよそに、陣はあまりの事態に困惑するしかない。まさかリルの正体がサイファス・フォルトナーの娘の、魂の一部とは。そしてそれが実体を持ち、こうして会話できているなど。あまりの非現実的な話に、夢を見ているのではないかと思えるぐらいであった。
「ジンくん、今ある現実を、ただ受け入れたらいいんだよ。実際にわたしがここにいるんだもん」
「ははは、言われてみればそうだな。あまりのぶっとんだ話に動揺してしまったが、細かい事情なんてどうでもいい」
確かに彼女の言う通りだ。魔法や星詠みといった本来ありえない力が当たり前の、この混沌に満ちた世界。そんな世界に今さら理屈を求めるなど、バカげた話であろう。ようは陣の知らない未知の事象が、あふれかえっているだけのことなのだから。
「そうそう、今大事なのはリル・フォルトナーの擬似恒星の話だもん。それでジンくんはわたしを欲っしたよね。これこそシジョウジンにふさわしい星の輝きだと」
「ああ、正直に言うと、心を奪われたといってもいいな」
「なら、わたしが見返りになりうるよね?」
リルは陣を見透かしたようなまなざしを向け、かわいらしく首をかしげてきた。
その答えに陣は。
「ははは、もちろんだ。要求を聞き届けてやるよ。その代わりリル、お前をいただく。これでいいな?」
「うん、問題ないんだよ。ふふっ、でもなんだかその言い方、少しテレちゃうね。わたしという女の子を求めてるみたいで」
陣の答えに、リルは満足そうにうなずいた。そして両ほおに手を当て、ぽっと顔を赤らめだす。
「なーに、バカなこと言ってるんだ。お前みたいなガキに興味はない。オレが欲しいのは、リル・フォルトナーの擬似恒星だけだ」
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