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序章 女神と世界を統べる者たち
8話 勝利の女神
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ここはとある三十階建てのビルの、最上階に位置する部屋。重厚感あふれるカーペットや来客用のソファーといった家具の数々。さらにいかにも重役が使ってそうな、高級感あふれるオフィスデスク。後方のガラス張りの壁からは、建物の光がきらめく見事な夜景が広がっていた。
現在この部屋にいるのは最高責任者の席に着いている、三十代前半の男性。優雅な風貌をしているが物騒な雰囲気がにじみ出ている、名をアラン・ライザバレット。
そして壁の方に寄りかかりながら立っている、十五歳の少女の二人だけ。彼女は燃え上がる業火のような赤色の髪をしており、どこかミステリアスな雰囲気をただよわせる少女である。彼女は学園の制服を着こなし、この場の空気に一切物怖じせず堂々としていた。
「人工知能を搭載した量子コンピュータ、セフィロト。あれが生まれるにいたり、実は怪しい動きがいろいろとあったらしい。二人の最高責任者、謎の失踪、彼らがかたっていたとてつもない理想の話。探せばもっと出てくるほどに」
アランは少女に向かってかたり始める。
セフィロトとは四十九年前の2025年からその従来の技術をはるかに超える計算処理能力で、世界中のデータだけでなく、ある一定上の機械の制御システムまでも自身の作り出した電子ネットワークに取り込み、その絶対的なセキュリティーのもと管理してきた存在であった。
セフィロトが開発された理由は大きく二つ。一つは万全のセキュリティ。すべてのシステムの管理権限を量子コンピュータであるセフィロト自身に任せることで、外部の不正なアクセスという概念をなくしたのだ。結果たとえどれだけのハッカーを集めたとしても、セフィロトが構築した電子ネットワークを害することは一切不可能となり、人々のデータは絶対不可侵のもと守られることに。
そしてもう一つこそ、セフィロトという従来の考えをはるかに超えるシステムを実現しようとした一番の理由。そう、世界中にあるすべてのデータを管理しているイコール、それらに含まれる情報を把握しているということにつながる。それはまさに全知全能になった存在といっても過言ではなく、そこから導き出される答えは最も正しいと言えるのではないか。つまりすべてのデータを情報として取り込み、それを自身の膨大すぎる演算処理能力から最善の選択を導き出すということ。経済、流通、人々の傾向などその使い道は数えきれぬほどであり、人類をさらなる繁栄に導くというコンセプトからこの計画が始まったのだ。
「ふーん、よくそんな怪しいものを使う気になったって話ね」
「仕方ないさ。開発に関する情報はすべて機密事項として厳重に隠されていたらしい。そのせいでこの事実が露見したのは、パラダイムリべオンのあと。気付いた時にはすべて手遅れだったというわけだ」
「そうなると意図的に隠されてたということになるのか……。もしそうならセフィロトにはなにかとてつもない思惑がひそんでることになるんじゃないの? 隠した人だって、相当上の立場にいるはずだし」
少女はほおに指を当てながら、思考をめぐらせる。
「ああ、しかもこの思惑は世界の裏側に君臨するアポルオンでさえ、把握しきれていない案件のようだ」
「くす、まさかあのアポルオンを出し抜いての思惑なんて、もうヤバイどころの話じゃすまされないよね! 知ってしまったら口封じされるレベルに!」
少女は心底おかしそうに笑う。
冗談に聞こえるかもしれないが、実際のところ口封じされてもおかしくはない。なぜならアポルオンという言葉自体、すでに裏事情のトップに位置する案件なのだから。
「これはワタシの推測だが、アポルオンの計画を叶えるために創られたセフィロト。彼らは最高責任者の二人を利用したつもりだったのだろうが、反対に利用されていたんだと思う。そう、すべてはその二人の計画を実現するために」
「つまりセフィロトが独断でエデンを創造し、電子の世界と現実が交わる世の中を作ったって話も、計画どおりというわけ?」
エデンが創られたコンセプトは人々がじかにデータに触れて、より効率的に作業することを可能にするというもの。だがエデンという電子世界は、人々が望んで生まれたものではない。この世界は量子コンピュータセフィロトに組み込まれている人工知能のAIが、エデンこそ人類の繁栄にとって、必要不可欠な存在だと結論づけたのがきっかけなのだ。その結果セフィロトは自身の特性上、独断でエデンを創造していったのである。
どうしてこんなことになってしまったのかというと、セフィロトは人々の制御を受けつけず、独自に与えられた使命を果たすシステムだったため。理由はセフィロト自身が非常に優れたシステムであり、もし私利私欲に使われたならば世界のバランスそのものをいともたやすく崩壊させる恐れが。だからこそセフィロトを直接操作するといった機能をなくし、すべての制御権を人工知能のAIに任せるようにしたのだ。
そのため今の世の中は、人類を繁栄に導くために稼働し続けるセフィロトになにもかも一任し、その導きだされる答えこそ絶対とされていた。これこそパラダイムリベリオン前の世の中が、不変の世界となっていた理由といっていい。ちなみに人々には制御権がなかったが、提案という形でならセフィロトに干渉でき、それが人類の繁栄につながるならばその通りに動いてくれる仕組みであった。
「違いない。だからこそセフィロトを制御し、エデンの神になれるという、女神の鍵なんて規格外のものを用意したんだろうさ」
女神の鍵とはセフィロトを思う通りに操作でき、世界を支配することが出来る代物だそうだ。それだけでも驚くべきことなのだが、この女神の鍵にはもう一つの使い方が。
そう、かつてセフィロトがエデンという名の世界を創った時と同じように、今度は鍵の所有者が望むがままに電子の世界を創造することができてしまうということ。それはまさしくエデンの神になれるということに。エデンの姿形はもちろんのこと、新たなシステムの制約も自由に作ることができる。ゆえに生まれた世界はもう以前のエデンではなく、新たな法則によって縛られた別世界になるとか。
「くす、なるほど! ズバリ! あたしたちみんな、その最高責任者の二人に踊らされてるってことになるのか! 最高に愉快な話じゃない!」
「ふむ、しかしなぜ女神の鍵なんてものを生んだのかがわからない。自分たちが使うならまだしも、ほかの人間に渡すのになんのメリットがあるんだろうか……」
そこがわからなかった。セフィロトを制御出来るということは、全世界のデータを好きに扱えることになるのだ。データの閲覧、改ざん、削除。経済への介入や重要な機械の制御権の支配。もはや世界中のすべてを気分次第でどうとでも出来てしまい、政府や世界有数の財閥であろうともひれ伏せさせることが可能。おそらく世界征服など数日もかからずにできるはず。
「うーん、よっぽどの天才だったはずだし、常人のあたしたちには到底理解が及ばないんじゃない? とびっきりの変人の考えなんてね!」
「キミ、それは見方によっては、自分を変人と言ってるようなものだよ」
あっさりと言い切ってしまう少女に、アランは思わずツッコミをいれてしまう。なぜならその最高責任者の一人と彼女には、間接的なつながりがあるがゆえに。
「――うっ……、それを言わないでよ……」
すると彼女はがっくり肩を落としながら、恨みがましい視線を向けてきた。
「ククッ、すまないね」
「――それよりも女神の鍵を正しく使えば、本当に世界を創造するにいたるのよね?」
少女はアランへ鋭い視線を向けてたずねてくる。
「キミも知ってるだろう。パラダイムリベリオンによって生みだされた、誰もが己の欲望のままに戦い、奪い合える、この混沌の世界を」
「ええ、このいかれた世界なら、もちろん。でもまさか世界を牛耳ってるアポルオンメンバーをつぶし合わせるように、仕向けるなんて……。その設定の書き換えのせいで、いったいどれだけの人々に迷惑がかかったのやら」
やれやれと肩をすくめてくる少女。
「ククッ、一つ言っておくと今はまだ序の口だ。この戦火の炎は次第に膨れ上がりすべてを飲み込んでいくだろう! 現状は企業同士の利益の奪い合いがメインだが、いづれは国に、そして世界そのものへと! まさしく完璧な狩猟兵団の時代がやってくるのさ!」
声高らかに宣言しながら手を高く掲げ、グッと拳をにぎる。
「――さすが狩猟兵団というシステムを生み出した男。狂いすぎ」
少々熱くかたり過ぎたせいで、少女は若干退き気味で主張を。
実のところ狩猟兵団というビジネスの形を提唱し、各国に認めさせたのはアラン自身なのだ。パラダイムリベリオン以降その膨大な需要により、デュエルアバターを使ってデータを奪う傭兵が急速に増大し、猛威を振るっていた。そのあまりの勢いは政府も看過できないほどで、この無法者たちをどうにかする対策が実行されることになる。
それこそアランの理論、狩猟兵団という名の様々な規則があらかじめ課せられた、政府公認のビジネスだ。ようはあまりの需要と膨れ上がった傭兵たちをどうすることもできなかったので、首輪をつけ被害を最小限に抑えようとしたのである。
そして現在その狩猟兵団たちの管理はアランが代表を務める、狩猟兵団連盟という組織に任されているのであった。
「ありがとう、だがワタシなんてまだまだだよ。そう、この混沌の世界を生み出した戦場の女神と比べたら……」
思い起こすのはパラダイムリベリオンを起こした少女のこと。
さすがは稀代のマッドサイエンスティストと呼ばれた者の一族。その狂いようと、常人には理解できない価値観はさすがとしかいいようがなかった。
「――戦場の女神……、それが今のエデンの神ってわけね……。そしてあたしがその座を奪う相手……、くす」
少女は天をあおぎ見ながら、不敵に笑う。その信念に満ちた瞳にはきっと、はるか彼方の強大な存在を映しているのだろう。
「キミは彼女に勝てるかな?」
「勝ってみせる! だってあたしは勝利の女神なんだもの!」
少女は腕を横にバッと振りかざし、自信に満ちた声で宣言する。
「そうだったね。それでキミは彼女を倒し、いったいどんな世界を望むんだい?」
「内緒! でもアポルオンの理想の世界なんかより、よっぽど自由で素敵な世界を望むつもりよ! まあ、戦い好きのあなたが好むかは、わからないけどね?」
ウィンクしながら、楽しそうにかたる少女。そこには年相応の無邪気なかわいらしさが見てとれた。
「ククッ、それでもアポルオンが勝つよりはましかな。彼らの理想の世界は文字通り、秩序という名の牢獄だろうからね」
そう、彼らの好きにだけはさせられない。
おそらく彼らの理想はパラダイムリベリオンが起こる前の世の中の完成形。それは人々の自由を奪い管理するという、不変の世界なのだから。
すると少女はまっすぐな瞳でアランを見詰め、意味ありげに話を切り出してきた。
「ええ、絶対に奴らを勝たせるわけにはいかない。だからこそあたしたちと、あなたが手を組んだ。そちらの狩猟兵団とテロリスト集団」
「そしてキミたちアポルオン、革新派のメンバーか」
「くす、そうよ。あたしたちがアポルオンが築いてきた、秩序の世界をおわらせる! 創造の前の破壊を!」
「ククッ、戦火の炎がすべてを飲み込む、最高の戦争がワタシたちを待っているわけだ」
お互い不敵な笑みを浮かべながら、自身の想いを宣言する。
ただ目的は同じだが、その先の見ているものはおそらく違うのだろう。
「――こちらの準備はあと一年というところみたい」
「ワタシたちの方もそのぐらいかな。もっと世界を戦いがあふれる舞台にしなくてはいけないからね」
「そう、帰ったら伝えておくね。――さて、帰ろっと」
そう言って少女は背を向けて、ドアの方へと歩いていこうとする。
「わざわざご苦労だったね。まさか革新派の使者が勝利の女神とは驚いたよ」
「それほど革新派も本気ということ。じゃあ、また来るね」
「――おっと、一つ最後に聞いていいかな?」
部屋から出て行こうとする少女を呼び止める。
「なに?」
「――勝利の女神、いや、柊森羅はなんのために戦うんだい?」
なんとなく聞いておきたかったのだ。勝利の女神、柊森羅がなんのためにこの先起きるであろう戦争に身を投じていくのかを。
「なんだ。そんなの決まってるじゃない。勝利の女神、柊森羅ちゃんが戦うのは……」
森羅はアランの方を振り向き、慈愛に満ちたほほえみを向けてくる。
「――久遠おじさんと、レイジくんのためよ……」
そして万感の思いを込めて告白し、今度こそ森羅は部屋をあとにするのであった。
現在この部屋にいるのは最高責任者の席に着いている、三十代前半の男性。優雅な風貌をしているが物騒な雰囲気がにじみ出ている、名をアラン・ライザバレット。
そして壁の方に寄りかかりながら立っている、十五歳の少女の二人だけ。彼女は燃え上がる業火のような赤色の髪をしており、どこかミステリアスな雰囲気をただよわせる少女である。彼女は学園の制服を着こなし、この場の空気に一切物怖じせず堂々としていた。
「人工知能を搭載した量子コンピュータ、セフィロト。あれが生まれるにいたり、実は怪しい動きがいろいろとあったらしい。二人の最高責任者、謎の失踪、彼らがかたっていたとてつもない理想の話。探せばもっと出てくるほどに」
アランは少女に向かってかたり始める。
セフィロトとは四十九年前の2025年からその従来の技術をはるかに超える計算処理能力で、世界中のデータだけでなく、ある一定上の機械の制御システムまでも自身の作り出した電子ネットワークに取り込み、その絶対的なセキュリティーのもと管理してきた存在であった。
セフィロトが開発された理由は大きく二つ。一つは万全のセキュリティ。すべてのシステムの管理権限を量子コンピュータであるセフィロト自身に任せることで、外部の不正なアクセスという概念をなくしたのだ。結果たとえどれだけのハッカーを集めたとしても、セフィロトが構築した電子ネットワークを害することは一切不可能となり、人々のデータは絶対不可侵のもと守られることに。
そしてもう一つこそ、セフィロトという従来の考えをはるかに超えるシステムを実現しようとした一番の理由。そう、世界中にあるすべてのデータを管理しているイコール、それらに含まれる情報を把握しているということにつながる。それはまさに全知全能になった存在といっても過言ではなく、そこから導き出される答えは最も正しいと言えるのではないか。つまりすべてのデータを情報として取り込み、それを自身の膨大すぎる演算処理能力から最善の選択を導き出すということ。経済、流通、人々の傾向などその使い道は数えきれぬほどであり、人類をさらなる繁栄に導くというコンセプトからこの計画が始まったのだ。
「ふーん、よくそんな怪しいものを使う気になったって話ね」
「仕方ないさ。開発に関する情報はすべて機密事項として厳重に隠されていたらしい。そのせいでこの事実が露見したのは、パラダイムリべオンのあと。気付いた時にはすべて手遅れだったというわけだ」
「そうなると意図的に隠されてたということになるのか……。もしそうならセフィロトにはなにかとてつもない思惑がひそんでることになるんじゃないの? 隠した人だって、相当上の立場にいるはずだし」
少女はほおに指を当てながら、思考をめぐらせる。
「ああ、しかもこの思惑は世界の裏側に君臨するアポルオンでさえ、把握しきれていない案件のようだ」
「くす、まさかあのアポルオンを出し抜いての思惑なんて、もうヤバイどころの話じゃすまされないよね! 知ってしまったら口封じされるレベルに!」
少女は心底おかしそうに笑う。
冗談に聞こえるかもしれないが、実際のところ口封じされてもおかしくはない。なぜならアポルオンという言葉自体、すでに裏事情のトップに位置する案件なのだから。
「これはワタシの推測だが、アポルオンの計画を叶えるために創られたセフィロト。彼らは最高責任者の二人を利用したつもりだったのだろうが、反対に利用されていたんだと思う。そう、すべてはその二人の計画を実現するために」
「つまりセフィロトが独断でエデンを創造し、電子の世界と現実が交わる世の中を作ったって話も、計画どおりというわけ?」
エデンが創られたコンセプトは人々がじかにデータに触れて、より効率的に作業することを可能にするというもの。だがエデンという電子世界は、人々が望んで生まれたものではない。この世界は量子コンピュータセフィロトに組み込まれている人工知能のAIが、エデンこそ人類の繁栄にとって、必要不可欠な存在だと結論づけたのがきっかけなのだ。その結果セフィロトは自身の特性上、独断でエデンを創造していったのである。
どうしてこんなことになってしまったのかというと、セフィロトは人々の制御を受けつけず、独自に与えられた使命を果たすシステムだったため。理由はセフィロト自身が非常に優れたシステムであり、もし私利私欲に使われたならば世界のバランスそのものをいともたやすく崩壊させる恐れが。だからこそセフィロトを直接操作するといった機能をなくし、すべての制御権を人工知能のAIに任せるようにしたのだ。
そのため今の世の中は、人類を繁栄に導くために稼働し続けるセフィロトになにもかも一任し、その導きだされる答えこそ絶対とされていた。これこそパラダイムリベリオン前の世の中が、不変の世界となっていた理由といっていい。ちなみに人々には制御権がなかったが、提案という形でならセフィロトに干渉でき、それが人類の繁栄につながるならばその通りに動いてくれる仕組みであった。
「違いない。だからこそセフィロトを制御し、エデンの神になれるという、女神の鍵なんて規格外のものを用意したんだろうさ」
女神の鍵とはセフィロトを思う通りに操作でき、世界を支配することが出来る代物だそうだ。それだけでも驚くべきことなのだが、この女神の鍵にはもう一つの使い方が。
そう、かつてセフィロトがエデンという名の世界を創った時と同じように、今度は鍵の所有者が望むがままに電子の世界を創造することができてしまうということ。それはまさしくエデンの神になれるということに。エデンの姿形はもちろんのこと、新たなシステムの制約も自由に作ることができる。ゆえに生まれた世界はもう以前のエデンではなく、新たな法則によって縛られた別世界になるとか。
「くす、なるほど! ズバリ! あたしたちみんな、その最高責任者の二人に踊らされてるってことになるのか! 最高に愉快な話じゃない!」
「ふむ、しかしなぜ女神の鍵なんてものを生んだのかがわからない。自分たちが使うならまだしも、ほかの人間に渡すのになんのメリットがあるんだろうか……」
そこがわからなかった。セフィロトを制御出来るということは、全世界のデータを好きに扱えることになるのだ。データの閲覧、改ざん、削除。経済への介入や重要な機械の制御権の支配。もはや世界中のすべてを気分次第でどうとでも出来てしまい、政府や世界有数の財閥であろうともひれ伏せさせることが可能。おそらく世界征服など数日もかからずにできるはず。
「うーん、よっぽどの天才だったはずだし、常人のあたしたちには到底理解が及ばないんじゃない? とびっきりの変人の考えなんてね!」
「キミ、それは見方によっては、自分を変人と言ってるようなものだよ」
あっさりと言い切ってしまう少女に、アランは思わずツッコミをいれてしまう。なぜならその最高責任者の一人と彼女には、間接的なつながりがあるがゆえに。
「――うっ……、それを言わないでよ……」
すると彼女はがっくり肩を落としながら、恨みがましい視線を向けてきた。
「ククッ、すまないね」
「――それよりも女神の鍵を正しく使えば、本当に世界を創造するにいたるのよね?」
少女はアランへ鋭い視線を向けてたずねてくる。
「キミも知ってるだろう。パラダイムリベリオンによって生みだされた、誰もが己の欲望のままに戦い、奪い合える、この混沌の世界を」
「ええ、このいかれた世界なら、もちろん。でもまさか世界を牛耳ってるアポルオンメンバーをつぶし合わせるように、仕向けるなんて……。その設定の書き換えのせいで、いったいどれだけの人々に迷惑がかかったのやら」
やれやれと肩をすくめてくる少女。
「ククッ、一つ言っておくと今はまだ序の口だ。この戦火の炎は次第に膨れ上がりすべてを飲み込んでいくだろう! 現状は企業同士の利益の奪い合いがメインだが、いづれは国に、そして世界そのものへと! まさしく完璧な狩猟兵団の時代がやってくるのさ!」
声高らかに宣言しながら手を高く掲げ、グッと拳をにぎる。
「――さすが狩猟兵団というシステムを生み出した男。狂いすぎ」
少々熱くかたり過ぎたせいで、少女は若干退き気味で主張を。
実のところ狩猟兵団というビジネスの形を提唱し、各国に認めさせたのはアラン自身なのだ。パラダイムリベリオン以降その膨大な需要により、デュエルアバターを使ってデータを奪う傭兵が急速に増大し、猛威を振るっていた。そのあまりの勢いは政府も看過できないほどで、この無法者たちをどうにかする対策が実行されることになる。
それこそアランの理論、狩猟兵団という名の様々な規則があらかじめ課せられた、政府公認のビジネスだ。ようはあまりの需要と膨れ上がった傭兵たちをどうすることもできなかったので、首輪をつけ被害を最小限に抑えようとしたのである。
そして現在その狩猟兵団たちの管理はアランが代表を務める、狩猟兵団連盟という組織に任されているのであった。
「ありがとう、だがワタシなんてまだまだだよ。そう、この混沌の世界を生み出した戦場の女神と比べたら……」
思い起こすのはパラダイムリベリオンを起こした少女のこと。
さすがは稀代のマッドサイエンスティストと呼ばれた者の一族。その狂いようと、常人には理解できない価値観はさすがとしかいいようがなかった。
「――戦場の女神……、それが今のエデンの神ってわけね……。そしてあたしがその座を奪う相手……、くす」
少女は天をあおぎ見ながら、不敵に笑う。その信念に満ちた瞳にはきっと、はるか彼方の強大な存在を映しているのだろう。
「キミは彼女に勝てるかな?」
「勝ってみせる! だってあたしは勝利の女神なんだもの!」
少女は腕を横にバッと振りかざし、自信に満ちた声で宣言する。
「そうだったね。それでキミは彼女を倒し、いったいどんな世界を望むんだい?」
「内緒! でもアポルオンの理想の世界なんかより、よっぽど自由で素敵な世界を望むつもりよ! まあ、戦い好きのあなたが好むかは、わからないけどね?」
ウィンクしながら、楽しそうにかたる少女。そこには年相応の無邪気なかわいらしさが見てとれた。
「ククッ、それでもアポルオンが勝つよりはましかな。彼らの理想の世界は文字通り、秩序という名の牢獄だろうからね」
そう、彼らの好きにだけはさせられない。
おそらく彼らの理想はパラダイムリベリオンが起こる前の世の中の完成形。それは人々の自由を奪い管理するという、不変の世界なのだから。
すると少女はまっすぐな瞳でアランを見詰め、意味ありげに話を切り出してきた。
「ええ、絶対に奴らを勝たせるわけにはいかない。だからこそあたしたちと、あなたが手を組んだ。そちらの狩猟兵団とテロリスト集団」
「そしてキミたちアポルオン、革新派のメンバーか」
「くす、そうよ。あたしたちがアポルオンが築いてきた、秩序の世界をおわらせる! 創造の前の破壊を!」
「ククッ、戦火の炎がすべてを飲み込む、最高の戦争がワタシたちを待っているわけだ」
お互い不敵な笑みを浮かべながら、自身の想いを宣言する。
ただ目的は同じだが、その先の見ているものはおそらく違うのだろう。
「――こちらの準備はあと一年というところみたい」
「ワタシたちの方もそのぐらいかな。もっと世界を戦いがあふれる舞台にしなくてはいけないからね」
「そう、帰ったら伝えておくね。――さて、帰ろっと」
そう言って少女は背を向けて、ドアの方へと歩いていこうとする。
「わざわざご苦労だったね。まさか革新派の使者が勝利の女神とは驚いたよ」
「それほど革新派も本気ということ。じゃあ、また来るね」
「――おっと、一つ最後に聞いていいかな?」
部屋から出て行こうとする少女を呼び止める。
「なに?」
「――勝利の女神、いや、柊森羅はなんのために戦うんだい?」
なんとなく聞いておきたかったのだ。勝利の女神、柊森羅がなんのためにこの先起きるであろう戦争に身を投じていくのかを。
「なんだ。そんなの決まってるじゃない。勝利の女神、柊森羅ちゃんが戦うのは……」
森羅はアランの方を振り向き、慈愛に満ちたほほえみを向けてくる。
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