電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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1章 第2部 電子の世界エデン

23.5話 注意事項

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「結月はクリフォトエリアのことを、どれだけ知ってるんだ?」
「うーん、少し事前に調べたぐらいだから、ほとんど知らないと言っていいかも」

 結月はあごに指を当て、首をひねる。
 ちなみにレイジと結月は、メインエリアにいたときと同じように私服のまま。ここは戦場であるクリフォトエリアだというのに、よろいといった防具などを一切つけていないといっていい。というのもこのクリフォトエリアでは、防具系の装備はあってもほとんどないようなもの。なぜなら防具系の防御性能はこのクリフォトエリアだと、あらかじめかなり低く設定されているのだ。しかも強度が上がるほど重量が一気に増す性質がほどこされており、実用性レベルの防具だとあまりの重さに戦闘にならない恐れが。そのためたいした防御力は得られず、機動力は失う一方。もはやデメリットの方が大きいため、ほとんどの人が活用していない。使うにしてもファッション目的で、防御性能ゼロのハリボテ仕様を装備するぐらいであった。
 こんなふうになっているのは、装備をガチガチに固め敵の攻撃をもろともしないような一方的な蹂躙じゅうりんを防ぐためらしい。あとそれだとダメージを防いでくれるため、痛覚問題もあまり気にならなくなってしまう。そんなヌルゲーをこの戦場では許さないと、防具の設定に関してはセフィロトがかなりシビアにしたそうだ。

「なるほど。ならもうわかってるかもしれないけど、おさらいもかねて説明しとくか」
「うん。お願い、久遠くおんくん」
「それじゃあ、まず第一に気をつけないといけないこと。デュエルアバターはダメージを受けすぎると、どんどん破損していくんだ。そうなると戦闘続行が困難になるだけでなく、アバターとのつながりまで弱くなり、いづれリンクが切れる強制ログアウトになってしまう。これが起こるとやっかいなペナルティを受けるはめになるから、できるだけ避けるように」

 デュエルアバターがダメージを受けると、内部データが破損していき動きに支障が出てくるのだ。しかもさらにやっかいなのは、破損すればするほどアバターとのリンクが阻害そがいされていくということ。そしていずれはアバターとのつながりを維持できなくなり、現実に戻されてしまうのである。これが強制ログアウトとよばれるもの。問題は現実に戻されるだけでなく、様々なペナルティまで受けてしまうということだ。

「ええと、確か自分の情報が相手側に渡ってしまうんだっけ?」
「ああ、強制ログアウトは急にエデンとのリンクが切れることになるから、デュエルアバターの残滓ざんしがこのエリア内に残ってしまう。少しの時間で消えるけど、その間にいろいろな情報を引き出せるようになるから気を付けないといけない」
「情報って例えば?」
「個人端末の情報とか、デュエルアバターの内部データや行動履歴りれきなんかがあるな。これらは基本ランダムで残ってしまうんだが、このことで怖いのは身分を特定できる情報や、現実のどこからエデンに入ったかわかる
ってやつだ」
「あはは……、さすがに現実の情報を知られるのはちょっと抵抗が……」

 結月は実際にそうなった状況を想像したのか、顔を青ざめた。

「実はこれで相手の情報をつかむという手がある。軍だとこの方法で犯罪行為をしてる人間の身元とか潜伏(せんぷく)先をわりだしたり、アバターの行動履歴からアーカイブスフィアとかの保管場所を見つけ出したりなんてよくある話だ」

 このことで大事なのは相手から得た情報をうまく使うことで、事を優位に運べるということだろう。軍では特にそうで、パラダイムリベリオン後から増えているテロリストみたいなエデンで違法行為をしている者を、捕まえる時には必要不可欠になっているといっていい。強制ログアウトさえ追い込めば身元や、どこからエデンに入ったかがわかり、現実で逮捕するかなめになるのだから。
 さらに落とした情報によってはクリフォトエリアでの潜伏先や、彼らが使用しているアーカイブスフィアなどの保管場所などがわかったりする。そうなると後はそこに戦力をひきいて突入し、その場にいた敵を強制ログアウトしながら進む。最後には敵陣のアーカイブスフィアなどから計画やメンバー構成のデータを証拠として手に入れ、一網打尽にするという流れだ。
 現実で逮捕するのは軍の仕事なのだが、しかしそこまで突き止めるのは主にエデン協会が依頼されて行う形式がとられていた。あと敵の拠点に踏み込む時も、軍のデュエルアバター部隊と共に最後の最後まで付き合わされることが多かった。

「逆にテロリストたちが、軍や政府のアーカイブスフィアとかを狙う時もこんな感じになったりする。まあ、もっとたちの悪い連中もいるがな……」
「たちの悪い連中?」
「ああ、今の世の中アーカイブスフィアがらみの情報は、情報屋などを通して高値で取引される。だからクリフォトエリアを徘徊はいかいして、いい情報を持ってそうな人間を片っ端から襲うって連中がいるんだ。中には情報屋を利用して絶好のタイミングをつかみ、狩猟兵団を雇ってまで奪いに行く奴らが出る始末。ほんと、物騒な話だろ?」

 もはやこのようなことがパラダイムリベリオン後のクリフォトエリアだと、日常茶飯事なのだ。それほどまでにアーカイブスフィアに入っているデータは、今の世の中絶大な影響を及ぼすといっていい。もしライバル企業などに渡ってしまった場合、そのデータの内容によっては今まで自分たちが築き上げてきたすべてが一瞬のうちに崩れてしまう可能性があるのだから。このためうまくいけば莫大な利益を上げられるとあって、野良のデュエルアバター使いはもちろん、狩猟兵団の者まで依頼が入っていないのにも関わらず奪い行く始末。他にも情報屋自身が戦力を集めて、奪わせにいくというのもあった。

「――そっか……。そうなってくるとアイギスの情報が、相手側に伝わる恐れが出てくるのね……。さすがにそれはまずいかも……」

 結月はどこか深刻そうにかたる。
 しかし気にしているのは自身の情報でなく、アイギスに関係する情報のようだ。まるで情報漏えいしてしまうと、非常に厄介なことになるとでもいいたげに。そう、実際こういった重大な裏を抱えているところの秘密を暴く時にも、有効な手段であった。

「まあ、危なくなったら逃げればいいって話なんだが、問題はログアウトするのに一分の時間がかかってしまうことだ。しかもその間、徐々にデュエルアバターとのリンクが弱くなって動きが鈍くなるから難しいんだよな」

 ただでさえピンチの時に、徐々に弱体化しながら一分の時間を稼がないといけないのだ。しかも最後の数秒などログアウトの関係上、デュエルアバター内に意識があるかないかのレベル。そのため棒立ち状態になってしまい、抵抗もできなくなってしまうのであった。

「それだときつそうね。確かクリフォトエリアって座標移動で飛ぶことができないんでしょ?」             
「そうだ。一度入ったらもうそこから普通に移動するしかないし、ほかのエリアに行くこともできない。だから出る時は実質ログアウトするしか方法はないな」

 クリフォトエリアの不便なところは、一度入ってしまうとほかのエリアに行くことが不可能となり、さらに座標移動で飛ぶといった特別な移動が基本出来なくなってしまうのだ。そのためこのエリアでは足を使うか、移動用に用意された車やバイクに乗って普通に移動するしかなかった。
 となれば乗り物を使うことで、逃げきれるのではないかと思うかもしれない。しかしあくまで移動用としてスピードは制限されており、しかもかなり目立つのでデータを求めてさまよっているデュエルアバター使いを呼んでしまう可能性が高いのだ。それにデュエルアバターのスペックによっては簡単に追いつかれてしまい、ただの的になる恐れがあるので逃走用にはあまり使われなかった。
 ちなみに今いるアースのクリフォトエリアの外周部分に出ることで、そこから別のアースのクリフォトエリアの内周部分へ直接行ける仕様になっていた。

「――ええと、ほかには、そうだな……。デュエルアバターの破損ダメージは現実やこのエリア外にいる時に、徐々に回復していく仕様になってるんだ。そして強制ログアウトした場合は全回復するまでの約三日間、クリフォトエリアで使えない。しかも一度使用していたデュエルアバターが全回復するまで、ほかのやつに切り替えることができない仕様になってるから、交互に使うのも無理ってわけだ」

 デュエルアバターは一度使用すると再び全回復するまで、別に用意してあるほかの戦闘用アバターを使えないように設定されていた。これによりダメージを受けたならば、別に用意した無傷の戦闘用アバターを使えばいいという考えなくし、全回復するまでの時間というペナルティーを受けさせるようにしたというわけだ。

「へえー、それって少し不便ね。普通一回外に出たら全回復するものじゃないの?」
「ははは、そうなるとこのエリアから出てすぐに入りなおし、全回復したデュエルアバターでまた戦うみたいな戦法が取れるからな」

 この仕様はレイジたちみたいな高ランクのデュエルアバター使いにとって、非常にありがたい話だ。これがないと倒した敵が次から次へと戻ってきて、いつまでも戦い続けないといけなくなる。レイジとしてはその分戦えるので嬉しいが、その繰り返しの泥試合となると話は別であった。

「ちなみに一度クリフォトエリアを出たら、再度このエリアに三十分は戻ってこれない仕様になってるぞ」
「あはは……、いろいろと徹底してるんだ……」
「一応こんなものかな。ほかの細かいことはおいおい話していくから、まずは目的地に向かおうか」

 いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので、とりあえず目的地に向かうことにする。
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