電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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1章 第2部 電子の世界エデン

28話 レイジvs狩猟兵団の集団

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 レイジは後衛の集団へと悠々ゆうゆうと歩み寄っていく。
 すると残りの狩猟兵団の集団は武器を構えて戦闘態勢に。
 どうやらレイジの見るからにただ者でない雰囲気から、もう逃げ切れないとさとったのだろう。ただでさえ刀を装備して近づくレイジは、接近型の戦闘スタイル。ゆえにデュエルアバターのスペックが高くしかも第二世代とあっては、しんがりが数人残ったとしてもすぐに突破されてしまい追いつかれる可能性が高い。ならば初めから現状の全戦力で迎え撃つべきだと判断したみたいだ。
 まずアサルトライフルを装備するゼロアバターの四人が、レイジに照準を合わせて構える。そしてその後ろの方で、残りのデュエルアバター使い六人がそれぞれの武器を装備し持ち場についた。第二世代の少年は一番後方。他はある程度間隔を空けて散開し、いつでも動けるように。さっきの結月のアビリティの件で、相当警戒しているようだ。自分たちからは極力攻撃を仕掛けず、レイジの戦力をはあくすることにしたらしい。その陣形に隙はなく、たとえどんな局面におちいろうとも対応できる配置であった。
 だがそんな完璧な陣形を前にしてもレイジは一切気後れせず、それがどうしたといわんばかりに歩みを進め距離を詰めていく。彼らとの距離はざっと二十メートル程といったところか。

「そちらから来なくていいのか? なら、こちらから行かせてもらうぞ」

 宣言と同時にレイジは全速力で駆け出した。その速度はさっきのデュエルアバターたちの速さを軽く上回っており、くうを切りながら疾走。
 あまりの速度に面を食らったのか、ゼロアバターの四人は少し反応が遅れながらもあわてて引き金を引いた。さっきと同じくマズルフラッシュの光が乱れ咲き、フルオートにより撃ちだされた銃弾の弾幕が標的に降りかかる。
 だがもはやなにもかも遅すぎた。なぜならすでに火を噴いた銃口の先に、レイジはいないのだから。そう、引き金が引かれた瞬間にはもうレイジは地面を蹴って跳躍ちょうやくし、空中で刀を振りかぶっていたのだ。

「遅すぎるよ」

 そのまま一番左側にいたゼロアバター目掛けて急降下し、レイジは対象を切断。

「……え……?」

 斬られた相手はあまりの一瞬の出来事になにが起こったか理解できず、唖然とした声をもらし粒子となって消えていく。
 だがレイジの攻撃はそれで終わりではない。相手を斬り捨て足が地面に付いたその刹那、返しの刃で隣にいた今だ消えた標的を探しているゼロアバターを斬る。そしてそのまま残り二人に向かって突っ込み、一人をすれ違いざまに一閃、最後の一人となったゼロアバターには刀による刺突しとつを放とうと。

「――く、来るなぁぁぁーッ!?」

 さすがに真横で切り刻まれていく仲間に気付き、銃口をレイジに向けようとするが遅い。銃口が標的をとらえる前に、アサルトライフルごと相手を貫いた。

「これで雑魚は終わりだ」

 そこまでの動作はまさに一連の出来事。レイジが動いてからまだ数秒しかたっていない。そんな短い時間でレイジは四人のゼロアバターたちを瞬殺し、強制ログアウトさせたのだ。
 あまりの光景に後ろに待機していたデュエルアバターたちは、やっとのことで状況を理解し自分たちの武器をレイジに向け始めた。

(あー、これはあまり期待できそうにないな……)

 ここでレイジはふと思う。
 どこの狩猟兵団かは知らないが、彼らは良くて中堅ちゅうけんレベルの民間会社のようだと。というのもまず彼らは、Aランク以上を相手にすることを想定していない。なぜなら距離があるのですぐにはやられず、銃により戦況の優位性が取れるという考えがあったせいか全員にまだ余裕があったのだ。ゆえに前の四人が次々やられていっても、その安心のせいかまったく反応できていなかった。
 そう、彼らはまだわかっていない。Aランク以上となると、まず強化されていない銃弾などほとんど意味をなさない。そして相手の視界に入った瞬間から、たとえ味方が何人いようが数秒のうちに全滅させられる可能性があるということを。距離などあてにならず、常に相手の間合いに入っている。ゆえに今回の場合誰かがやられた瞬間こそ勝機であり、すぐさま反応してレイジに攻撃するべきだった。驚愕や動揺など致命的な隙でしかなく、なにが起こるかわからないデュエルアバター同士の戦場に気を抜いていい場面などないのだから。
 レイジと残りのデュエルアバターたちの距離は今や五メートル弱。相手側全員あまりの出来事に動揺しているのか、武器を構えながらも攻撃はしてこず、あとずさっている始末。

(仕方ない。さっさと終わらせるか……)

 刀を構えるそぶりも見せず、レイジはすぐさま地を蹴って一番近くにいた相手に斬りかかった。狙った相手はかろうじて反応し所持していたおので防ごうとするが、レイジの剣速の方が速い。よってまずは一太刀(ひとたち)を相手に斬り込む。だがゼロアバターと違って、一刀では強制ログアウトまでもっていけなかった。

「ッ!?」

 相手は表情を痛みでゆがめるが、反撃に出ようと斧を振りかぶる。
 しかしそんなことを許すはずもなく、レイジはすかさず刀で刺突。またたく間の連撃に相手はなす術もなく、腹部に刀が突き刺さり粒子となって消えていった。
 その直後隣にいた男がレイジ目掛け、槍を突き出しての突進。さすがデュエルアバター。ただ普通の人間が槍を放ってくるのとはわけが違う。その速度や繰り出す筋力から、もはや騎兵のごとき一撃。もしもろに当たれば風穴があくだけでなく、その勢いで思いっきり吹き飛ばされることになるだろう。
 対してレイジはそれをかわすのではなく、迎え撃とうと前に出た。刀の最小限の動作で受け流し、槍の矛先をずらす。その刹那姿勢を低くして相手のふところに潜り込み、胴体に向けて横一閃。カウンターの要領ようりょうで決めた一振りで相手は粒子となって消えていくが、それに目もくれず勢いを殺さないまま方向転換。後方にいた男に斬撃を。

「ハッ、甘いな! なに!?」

 しかし今度の一撃は完全に防がれてしまった。防いだ相手はしてやったりというような顔で一瞬笑みを浮かべるが、すぐに表情が驚愕きょうがくのものへと変わる。
 なぜかというとそれがどうしたといわんばかりに、レイジはすぐさま次の二撃、三撃を繰り出したからだ。嵐のような連撃はおわることを知らない。一撃目は防げた男も、二撃、三撃目には対応しきれず、徐々に斬られていく。

「「うぉぉぉー!」」

 それを阻止しようと別の二人がレイジに攻撃を仕掛けてきた。だがそれすらもレイジはさばききり、お返しだというかのごとく反撃をくらわせる。そして起こりうるのは三対一の構図であり、相手側は三人がかりでレイジを攻めることに。だがそれでもまったく歯が立っていなかった。

「おっ、いいねぇ、そうこなくっちゃな」

 なかなか楽しくなってきたので、レイジは残酷な笑みを浮かべる。
 もはや相手側は防戦一方。三人係なので集中放火がなくなった分反撃のチャンスが出てくるのだが、いとも簡単に防がれてしまうのだ。彼らにはもうレイジの剣戟けんげきが見えていない。あまりの剣速と自由自在の剣の軌道に一太刀、また一太刀と相手はただなす術もなく斬り刻まれるしかない。
 斬って、斬って、斬りまくる。これがずっと磨き続けてきた剣技による、レイジの戦闘スタイル。正確無慈悲に、まるでひと吹きの風のごとく相手を刈り取っていく。その剣舞に巻き込まれたら最後、レイジの技量についていけない限り待っているのは死だけ。ゆえに一人、また一人と刀のえじきとなっていった。

「――く、くそ……、こんな化け物相手に、どうしたらいいっていうんだよ……」

 二人が倒され残り一人となった男が、フラフラになりながら弱音を吐く。

「まあ、あれだ。とりあえず同調レベルを下げ過ぎてるから、もう少し上げて出直してこい」

 実のところここまで一方的な戦いになっているのには、理由があった。やられた時のそこまで痛覚を感じていないところと、このあっけなさを見る限りレイジの予想は正しいはず。
 その原因とは同調レベルのセーフティ。デュエルアバターのカスタマイズをした後、使用者はそこから同調レベルのセーフティ設定をしなければならないのである。このセーフティーを上げるとその分デュエルアバターとの同調率が下がり、それにつられスペックも下がっていく。ただそのおかげでデュエルアバターにかせられた痛覚問題や、情報流出のレベルを抑えることができた。なぜなら痛覚問題や情報流出が起こるのは、自身のアバターとのつながりが強すぎるせい。最大の同調レベルだと限界までつながりを強化しているため、もはやデュエルアバターと一心同体といってもいい。そうなるとその結びつきから、痛覚の共有や自身の情報が漏れるのが大きくなるのは当然のこと。ゆえにそのつながりを弱めてしまえば、その問題を和らげることができるのである。そうなるとデュエルアバターのステータスも下がってしまうが、ダメージを負うことや強制ログアウトすることの恐れを軽減できるのであった。
 基本高ランクのデュエルアバター使いは戦闘を第一としているため、セーフティをほとんど使わない。逆に低ランクのデュエルアバター使いは痛覚問題などのペナルティを恐れ、セーフティのレベルを上げていることが多かった。

(とは言っても、元々の同調レベルの違いがあるだろうから、そう変わらないけどな)

 そう、いくら彼らが同調レベルを戻したところで、レイジとの差はそこまで縮まらないだろう。そうなるのもレイジの同調レベルが高すぎるせいだ。レイジの場合高い演算力と持ち前の身体能力により、小さい頃から同調レベルが高かった。しかしそこからアリスと共にずっと戦場を駆け巡ったため、さらにデュエルアバターとの親和性が向上しどんどんレベルが上がっていったのだ。
 実際のところデュエルアバターとの同調は、やればやるほど慣れてくるので基本上がっていく。ただこれにも個人差があり、上達する人は次々とうまくなっていくが、下手な人はそのまま。限界点ももちろん存在した。

「そういうわけで、これでとどめだ」

 最後の一人にとどめの刃を振るおうとしたその瞬間、レイジはその攻撃動作をすぐさま止める。
 なぜならとどめをさそうとした男のすぐ後ろには、巨大な大剣を振りかぶっている第二世代の少年がいたのだから。

「もらったぁぁぁぁーッ!」
「チッ!」

 味方が目の前にいるのにも関わらず、少年はレイジ目掛けて渾身こんしんの一撃を放つ。大気を斬り裂く鈍い音と共に、いかなるものも触れれば吹き飛ばすといわんばかりの鈍器じみた斬撃。どうやら大剣自体が相当な質量を持っているらしい。しかもここでの問題は、少年がその重さをもろともせずに使いこなしているという点。さすがにこれほどの質量をこうもたやすく扱えるということは、筋力のステータスを上げまくっただけではなく、筋力強化系のアビリティまで使っているのだろう。
 ゆえにそんな少年の一撃はまさに暴力の塊。味方を叩き斬ったとしてもその勢いは一向に軽減せず、レイジへと襲い掛かる。レイジが仕留めようとした刹那の奇襲。よって態勢を立て直す時間がなく、彼の一撃を受けるしかない。
 レイジはせまりくる大剣を刀で迎え撃った。大剣と刀が激突。激しい金属音が辺り一帯に響き渡り、火花が散る。
 レイジは受け流す要領ではじき、なんとか斬撃をかわすことに成功。さすがに重く反動があるが、デュエルアバターの身体なのでさして問題はない。そのまま受けた衝撃を利用して後方に飛んだ。
 着地したのは廃ビルの入り口。あれほどの重い斬撃とぶつかり合ったせいで手が少ししびれているが、すぐに治まるだろう。刀の状態を確かめてみると、一向に折れる気配を見せておらず、刃こぼれ一つしていなかった。

(さすが、ゆき自慢の一品。あれで傷一つないってどんだけ頑丈なんだ)

 この刀は電子のみちびき手の中でも最高クラスである、ゆきに用意してもらった特注品。決して折れず、刃こぼれなど切れ味が低下することのない概念が組み込まれているらしい。おかげで今の一撃よりもさらに破壊力を有した攻撃を刀で真っ向から受けることがあったのだが、びくともしなかったという。
 感心していると少年が再びレイジに攻撃を仕掛けてくる。
 振り下ろされる大剣を、後方に飛び引き廃ビルの中へ入る形に回避する。破壊音が響いたので何事かと見てみると、今の一撃で廃ビルのドアが木端微塵こっぱみじんになっていた。
 ちなみに建物内は、先ほどいたビルのエントランスと似たような構造。受付カウンターがあり、待合席が設置されている割と広めの室内であった。

「うわ、なんて破壊力してんだよ……。ははは、これは少し手こずりそうかな」

 肩を軽くすくめるレイジ。
 そしてそこから少年の猛攻が幕を開ける。
 レイジ目掛けて突進。自身の大剣を振りかざしながら、なにもかも破壊していく。まずは待合用の椅子が吹き飛び、続いて受付のカウンター、さらには柱と、大剣の軌道上にあった物は次々とえじきに。大剣による攻撃の怖いところは、遮蔽物が一切盾にならないということ。あったとしてもおかまいなしに吹き飛ばし、逆にその破片がレイジに浴びせられる始末。やはり超重量の大剣と、それを繰り出す筋力強化のアビリティでのバカ力は伊達だてではなかった。
 廃ビルの中を駆けまわりながら少年の猛攻をさばいていると、天井てんじょうが崩れて、上の階のがれきが落ちてきた。もともといつ崩れ落ちてもおかしくないほど、すたれきったビルなのだ。そんな建物の柱を壊したとなると、こうなるのも当然であろう。
 すると少年はなにかを思い付いたのか、落ちてきたがれきを渡って二階へと向かう。
 このまま逃げられでもしたら、後でゆきになにを言われるかわからないのですぐさまレイジは後を追った。二階に飛んであたりを見回すと、少年が通路の奥の壁際で大剣を構えている。

「――なるほど。ここなら逃げ回られる心配がないということか……」

 狭い通路内だとさっきまでのように、スピードを生かして回避することは難しいだろう。しかも少年にとっては壁や柱などの遮蔽物は意味をなさない。地形をうまく利用した作戦だ。

(さて、罠にはまってしまったが、どうするべきか……)

 一瞬これからどうするか思考してみたが、すぐさまその考えを捨てた。
 なぜならそんなことを気にする必要は、もうないのだから。

「ははは、って、やることは決まってるよな。そう、これでしまいだ」

 レイジは血に飢えたような笑みを浮かべ、少年の方へと近づいていく。まるで追い詰められた獣が、逆に狩人かりゅうどを追い込んでいくかのように。
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