電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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1章 第3部 レイジの選択

41話 レイジとアリス

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 時刻は明け方。廃墟の街中を銀の閃光が縦横無尽じゅうおうむじんに駆けめぐり、標的を次々と斬り刻んでいく。聞こえてくるのは敵の断末魔だけ。レイジは内から湧き出る衝動に突き動かされ、刀を振り続ける。得物を求める剣閃は止まることを知らず、一人また一人としとめていった。
 レイジの思考は極めてクリアであり、いかに敵を斬り伏せるかということしかない。それはまるで殺戮さつりくを繰り返す戦闘マシーンそのもの。ただ機械と違うところは、その行為を楽しんでいるということ。その証拠に廃墟のビルのひび割れた窓ガラスに映るレイジの顔は、邪悪な笑みを浮かべていた。戦いに飢えたケモノが獲物を見つけて、狂喜しているかのように。

(――ははは……、これが今の顔かよ……。――やっぱりオレは……)

 自身が映る窓ガラスに、ふとカノンの姿を投影してしまう。そんなレイジを見詰める彼女の表情は、どこか悲しげだった。
 それもそのはず今のレイジの姿は、かつてカノンと誓いを交わしたころとまったく違う。あの少女の力になることを夢見た少年は、今や闘争という名の修羅しゅらの道に堕ちた戦闘狂。彼女が目指した平和な世界とは、真逆の立ち位置にいるのだから。レイジの心の中は、どうしてこうなってしまったんだという悲観の想いでいっぱいであった。

「うわぁぁぁっ!」 

 感慨にふけるのもつかの間、まだ残っていたエデン協会の男が一人突っ込んできた。
 レイジはすかさず対応し、襲ってきたデュエルアバター使いをち斬る。それを合図にレイジは悲観の想いを心の奥へと閉じ込め、再び彼らに猛威を振るった。一人残らず敵を殲滅せんめつするまで決して止まない蹂躙劇じゅうりんげきを。
 もはや何太刀放ったか覚えていない。気付けば相手側は残り一人だけ。男はボロボロになりながらも、レイジに剣を向ける。その眼には絶望的な状況にも関わらず、今だ消えない闘志が宿やどっていた。

「……ハァ、ハァ……、――貴様らみたいな私利私欲に暴れまくる無法者がいるせいで、どれだけこの世界に混乱がまき散らされてきたことか……。ゆえに我々エデン協会は人々の平穏をおびやかす諸悪しょあくの根源を、これ以上好き勝手にさせておけんのだ!」

 男は叫ぶ。きっとこの男にあるのは正義という名の二文字。狩猟兵団の者たちみたいな無法者と違って、まっとうすぎる人間なのだろう。その心意気はまるで正義の味方。平和を愛する正しき者。
 ゆえに対極に位置するレイジはまさしく悪。彼の言う通り平和を乱す者。そんなレイジがどうやってカノンの力になれるというのだろうか。その事実が深く胸に突き刺さった。

(きっとカノンが求めたのは、こういう正しい心を持つ人なんだろうな……。オレと違って……)

 もしレイジがカノンに通じる道だけを選んでいたら、今頃はこの男の立ち位置にいたのだろうか。ふと、本来あり得ない可能性を考えてしまう。だがすぐにその考えをかき消した。そんな後悔をいくらしたところで、なんにもならないのだから。

「――でも遅いんだ。あいつの手をとってしまったオレには、もうこの道しか……」
「なにを言っている?」
「ははは、気にするな。ただの独り言だよ。――さて、そこまで言うなら、この混沌こんとんを生み出す狩猟兵団のオレを止めて見せろよ、エデン協会。お前たちの掲げる平和の理想でな」

 レイジは悪党気分でそう言い放ち、刀をさやにしまう。そして自身の抜刀のアビリティを起動した。

「言われなくてもこの剣で、断ち斬ってやろう! 覚悟しろ! はぁぁぁっ!」

 男がレイジの方へ踏み出し特攻してきたのを合図に、地を蹴る。
 そして両者はそのまますれ違い。

「ぐはっ!?」

 勝敗はあっけなくついてしまった。
 レイジの放った抜刀の斬撃に、男はなす術もなく斬られて強制ログアウトしていく。自身の正義の想いを込めて振りかざした剣が、容易たやすく折られるという形で。

「……これでいいんだよな……、アリス……」

 最後の一人を仕留め、レイジは明け方の空を見上げた。辺りには強制ログアウトしたエデン協会たちの粒子がまだただよっており、どこか幻想的に見えてしまう。
 そこからどれだけ時間がたったのだろうか。レイジは時が止まったかのように、ただ薄紫色の空を遠い目で見詰めていた。

「レージ どうしたの? そんな辛気臭い顔して?」

 気付けば目の前にはアリスがいて、レイジの顔をのぞき込むながらたずねてくる。ここに彼女がいるということは、アリスも自分が担当した分の得物を片付けたのだろう。
 レイジは刀をアイテムストレージにしまい、視線をそらしながらアリスに返事を。

「――別に大したことじゃないさ……。少し考え事をしてただけだ……」
「大したことがないならそこまで深刻そうな顔をしないわ、普通。これはずばり昔によくしてた、なにかを迷ってる感じの顔ね」

 彼女はレイジの心の内を見透かすような瞳を向け、核心をついてきた。
 さすが長年一緒にいただけあって、レイジのことをよく見ているようだ。

「相変わらずオレのことになるとするどいな」
「フフフ、八年間ずっとレージと一緒にいたアタシを、あざむけると思ってるのかしら? あなたのことならなんでもわかるんだから、あきらめて白状はくじょうなさい」

 レイジの胸板を指でそっと押し、得意げに問い詰めてくるアリス。

「――別に言う必要はないと思うんだが……」
「あら、家族同然の関係であり、ずっと背中を預け合ってきた戦友に隠し事をする気? これはアタシのことを、心から信じていないということにつながるわよ」

 アリスは自身の胸に手を当て、意地のわるい不敵な笑みを浮かべてくる。

「――その言い方ずるすぎだろ……」
「フフフ、さあ、どうでしょうね。ただわかってると思うけど、アタシはレージのこと、心から信じてるわ。身も心もすべて捧げていいぐらいに!」

 話をなんとか別の方向に持っていきたいが、彼女の方が一枚上手。とても誤魔化しきれる雰囲気ではない。どうやらここは観念して、話すしかないみたいだ。

「――降参だ。――たださ、今なにをしてるのかってふと思ったんだ……。叶えたい願いのために必死に力を求め続けた日々……。――そう、オレには確かな戦う理由があった。でも今じゃ狩猟兵団の世界に身を置いて、ただ自分の好き勝手に剣を振るうだけになってる……。――ははは……、もうまともじゃないな、こんなの……」

 自嘲気味に笑いながら、彼女に自身の想いを告白する。

「それのどこがいけないのかしら? アタシたちみたいな狩猟兵団の人間は、もはや戦う理由なんていらない。すでに常人としての価値観が狂ってるのよ。痛みを負うことをよしとし、社会的に見て犯罪すれすれの行為を平然とやってのける生き方。そこにまともである要素なんて、必要ないわ」

 アリスはバッと両腕を広げ、天を見上げながらきっぱりと言い放つ。もはやそこには一切の迷いがなかった。

「ごもっともな力説どうも。やっぱりアリスにとって、そんなの問題にすらならないんだよな?」
「フフフ、当たり前じゃない。アタシにとって闘争は生きることのすべてと言っても、過言でないわ。戦いが好きで好きでたまらない! ただひたすら敵を斬りせてくその快感は、病みつきになりすぎてもう到底やめられないんだから!」

 その言葉はアリス自身にとって、なんら偽りのない本心なのだろう。まるで歌っているかのごとく楽しげにかたる彼女は、もはや恋する乙女のように輝いているといっていい。内容自体は明らかに異常なのだが、そんな彼女がなぜか魅力的に見えてしまう。これこそ久遠くおんレイジが求めるべきあり方なのではないのかと。

「――おいおい、満面の笑みでそんな恐ろしいことを言うのはやめてくれ……。さすがのオレでも引くぞ」

 しかし突然彼女の考えを否定しなければという、強迫観念に似たなにかがレイジの心の奥底で生まれた。もしそれを肯定すれば、いづれ久遠レイジは取り返しのつかないところまで堕ちていく気がしたから。

「もう、なによ。その自分はまだまともみたいな言い方は。そういうレージもアタシと同じでしょ?」

 なんとか否定しようとして出た言葉は、アリスによってすぐさま打ち消されてしまう。
 反論しようとしたが、彼女の鋭い視線がそれを許してはくれなかった。なぜならその瞳が映しているのは、まぎれもない狩猟兵団としての久遠レイジの姿。たとえ自身がいくら否定したとしても、レイジをずっとそばで見てきたアリスがそう断言するのだから、きっとそうなのだろう。もはや受け入れるしかなく、自嘲の笑みしか浮かんでこない。

(――そうだよな……。結局、オレはカノンとの約束を果たせなかったんだ……)

 もうとっくにわかっていたことを、今さらながら痛感してしまう。そう、レイジはどこかで道を誤ってしまった。だから今こうしてここにいるのだと。
 その原因となったであろう彼女を見つめながら、レイジはそっと受け入れる。思い浮かぶのはアリスと初めて会い、手を差し出したあの時の光景だ。

(――アリスの手を取ったあの日から、こうなることはわかってたじゃないか……)

 すると心の中が少し軽くなった気がする。
 これでいいんだと自分に言い聞かせる。そしてアリスをこれ以上心配させないためにも、狩猟兵団の久遠レイジに戻ることにした。

「ははは……、それもそうだったな……。きっとオレもアリスと同じで剣を振るうことをやめられない。たとえそれが間違ってたとしてもだ」
「まったく、今さらそんなこと言い出すなんて、寝ぼけてるんじゃないの?」
「悪い、悪い。ふと昔のことを思いだしちまって、つい感傷的な気分になっただけだ」
「――昔、ね……、――ねえ、レージ、一つ聞いていい?」

 アリスはそっと目を閉じ、なにやら思いをはせだす。そしてレイジを真剣なまなざしで見すえ、問うてきた。

「――なんだよ、改まって」
「レージは思い出の女の子との約束を、まだ諦めてないのよね?」
「――その話を蒸し返すのはやめてくれないか? 今ちょうど自分に言い聞かせたところなんだが」 
「そんなの知らないわよ。これは背中を預け合う戦友として、確めておかなければならないこと。でないと今後の戦いに、支障をきたすかもしれないんだから」

 アリスはグイッとレイジへ詰め寄り、んだまっすぐな瞳を向けてくる。その距離は互いの吐息が感じるほど、近かった。
 なんとか誤魔化そうと思考を働かせるが、彼女のまなざしがそれを許してはくれない。というのもその瞳が、完全にレイジの心の中を見透かしているのだ。きっと彼女はある核心を持ってこの質問をしているのだろう。だからこそレイジの本当の答えを、聞きたがっているのだろう。

「――アリスだってもうわかってるだろ。オレはあの子のいる場所にたどり着けなかった……。そう、ここにいるのは姫君ひめぎみの剣になりそこなった、哀れな騎士の成れの果ての姿だ……」
「……レージはそれで本当にいいのかしら?」

 レイジの顔をのぞき込みながら、小首をかしげるアリス。

「……オレは……」

 本心を話そうとするがすぐに思いとどまった。レイジが口にしようとした言葉の先にある結論は、すでに決まっているのだ。そこにあるのは諦めたはずなのに、今だ未練みれんがましくもすがりついてしまっている男の戯言ざれごと。そんな言葉をかたったところでなんの意味もない。

「――そうなのね……。やっぱりあなたは……」

 レイジが口を閉ざしたのを見て、アリスはどこかさびしげな表情で納得を。
 どうやら今ので彼女が聞きたがっていた答えがわかったらしい。

「――今思うと、アタシたちの思い出は戦いに関することだけだったかもしれない。レージが力が欲しいと頼み込んできたあの日から……。でもアタシにとってレージと共に駆け抜けたこの八年間は、かけがえのないものだったわよ……」

 そしてアリスはレイジに背を向け、万感の思いを告白してきた。
 様子がおかしい彼女に、戸惑いを隠せない。これではまるで遠くに行ってしまう前の、別れぎわみたいではないか。

「――なんだよ急に……」
「――別に……。ただなんとなく、レージが遠くに行ってしまう気がしたから……」
「なにを言ってるんだ……。オレがアリスの手を離すわけないだろ……」
「――さあ、どうかしら……。――フフフ……、ただレージは最後までアタシを選ばなかった……。――それだけは確かね……」

 アリスはレイジに聞こえないぐらいの声で、自嘲交じりにつぶやく。
 なにを言っているかわからなかったが、彼女にとってものすごく大事な意味があるということだけは感じとった。

「――でも諦めないわよ。アタシがレージを必ずこちら側に染めてあげるんだから! 覚悟しておきなさい!」

 なんて声をかければいいのか迷っていると、ふとアリスがレイジの方へと振り向く。そしてレイジのほおに手を当
て、いとおしげに見つめながら宣言してきた。

「――はぁ……、意味がわからん。――もう、どうでもいいから好きにしてくれ……」

 これにはなにがなにやらわからず、肩をすくめるしかない。
 もしかするとここでアリスの言葉に深く関わるべきだったのかもしれない。しかしなぜか触れるのをやめて、いつものからかっているだけだと結論付けてしまった。まるで心の奥底で、触れてしまうのをこばんだように。もし関われば戻ってこれなくなるような気がしたから。



「――そういえば、あの時のアリスが言ってたことは当たってたんだな……」

 あれからレイジは堤防沿いを降り、河原の方へと。そこで一年前のことを思い返しながら、ふと思う。当時はアリスがなにを言っているのかわからなかったが、今思い返すと妙に納得してしまっていた。
 そんなことを考えながら物思いにふけっていると、レイジは突然口を開いた。

「――で、なにか用なのか、那由他?」

 そう、後ろから気配を消して近づいて来ていた、那由他に対して。
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