電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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1章 第3部 レイジの選択

46話 アリスとの再会

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 空はきれいな黄昏たそがれ色に染まっている。そしてぽつんとさびれた屋上は、夕日の光に照らされており、少し強い風が吹き抜けていた。

「――ねえ、久遠くおんくん? 仕事で手伝ってほしいって言われたからついてきたけど、これはいったいどういうこと? 状況的に見て、絶対私がここにいるの場違いだよね? すごく気まずいんだけど……」

 結月はレイジの上着をクイクイ引っ張りながら、不服そうに小声でたずねてきた。
 彼女の気持ちもわからなくはない。特に理由も説明されないままつれてこられ、たどり着いた場所には面識のない少女が一人。しかも昨日のレイジとの話しからその少女がアリスであることは明白であり、一年ぶりの再会の現場に居合わせたことになる。結月にしてみればどう反応していいかわからず、困惑するのは当然のことだろう。
 そしてもちろん不服そうなのは結月だけではない。

「もう、レージったら、ほんとなに考えてるのかしら? 一年ぶりの感動の再開だというのに、ほかの女をつれてくるなんて」

 アリスは腰に手を当てムッとしながら、文句を言ってくる。

「見て! アリスさんすごく迷惑そうな顔してる! 私少し席を外すから、二人でゆっくり積もる話でも!」
 ほらほらとアリスを指さし、あわあわとうったえてくる結月。そして彼女はポンっと手を合わせて提案し、この場から立ち去ろうとする。

「いや、頼むからいてくれ、結月。一年間ほったらかしにしてたアリスと二人っきりは、いろいろと怖い。もしこれがクリフォトだったら目を合わせた瞬間、問答無用で斬りかかってくる場面なんだよ」

 そんな逃げようとする結月の腕をつかみ、必死に懇願こんがんするしかない。
 今の敵同士のアリスと二人で会うとなると、身の危険を感じるのだ。一年間ほったらかしにしてきた件を口実に、全力で戦いをいどんでくると。それはデュエルアバターがない現実であっても、起こる可能性が高かった。

「――さすがに言いすぎじゃ……」
「そうなのよね。光、レージと会わせてくれるのはうれしいんだけど、どうして現実でなのかしら? これじゃあ、レージと戦えないじゃない」

 アリスはほおに手を当てながら、残念そうに肩を落とす。

「――あ……」
「ほらな。そしてデュエルアバターで戦えないから、今度は生身の身体で前哨戦ぜんしょうせんをやろうとか、考えてたはずだ」
「さすがレージ! アタシのことはなんでもお見通しね。もしその子がここにいなかったら、レージがここに来た瞬間あいさつ代わりに仕留めにいってたわ!」

 アリスは腕を組み、さらりと怖いことを言ってくる。
 やはり結月をつれてきて正解だったようだ。もし彼女がいなければ、病院でお世話になっていたのかもしれない。

「――ということだ、結月。穏便な話し合いでおわらせるためにも、ここにいてくれ」
「――うん、なんだかその方がいいみたいね……」

 結月は納得してくれたようで、苦笑いを浮かべながら数歩下がった。どうやら少し離れたところから、ことの成りきを見守ってくれるらしい。
 それを確認してアリスが話を切りだす。

「話もついたみたいだし、そろそろ感動の再開を始めましょうか、レージ」
「――感動の再開ね……。会って早々、襲いかかろうとしてたやつの言葉じゃないだろ、それ?」
「あら、そうかしら? 闘争という名のダンスを踊りながら、互いの想いをぶつけ合う。なかなか素敵なシチュエーションだと思わない?」

 肩をすくめるレイジに、アリスはほおに手を当てながらなにやら情熱的な視線を向けてくる。

「楽しいかもしれないが、血なまぐさすぎて、感動の要素がないな。却下だ、却下」
「もう、ノリがわるいわね。いいわ、それなら普通にやりましょう。まずは再開を祝(しゅく)してキスから始めるべきかしらね? じゃあ、アタシがレージの胸に飛び込むから、抱きしめてちょうだい。そして二人で再開のキスを」

 ノリノリで提案をし、助走をつけ飛び込むためにいったん距離を空けようとするアリス。

「まあ、それなら確かに感動的だな。――って、そんなわけあるか! 普通にしろ! 普通に!」

 思わず一度納得してしまいそうになっていたが、すぐさまこのあとに起こる展開に気付き止めさせた。その態度から冗談に聞こえるかもしれないが、今までの経験上間違いなくアリスは実行していたはずだ。

「――無理よ……。このあふれ出るレージに会えた嬉しさを、抑え込むなんてできないわ! この一年間、どれだけあなたのことを想い続けてきたと思ってるの? レージが今どこでなにをして、どんな女の子といちゃついてるのか……。そんなことばかり考えて、再会を心待ちにしてたんだから!」

 アリスは胸をギュッと押さえ、もう片方の手をレイジへと伸ばす。そして切なそうな表情で、声高らかにどこか芝居しばいがかった口調で告げてきた。

「おい、始めの方はまだしも、最後の方なんか変じゃなかったか? オレに対して変な風評被害があったような」
「いいえ。だって女の勘が叫び続けてたんだもの。ずっとレージに変な虫が付きまとってるって。だからアタシのレージがどこぞの女に取られるかもしれないと心配で、心配でたまらなかったわ!」

 自身の両肩を抱きしめながら、大げさに主張してくるアリス。

「――なんでそんなことわかるんだ……。相変わらずオレのことに関してだけはするどいな……」
「フフフ、どうやら心当たりがあるようね。これはじっくり話を聞かせてもらわないと!」

 あまりの的を射た発言に思わず認めてしまったレイジに対し、アリスはレイジの肩をつかみ怖い笑みを浮かべてく
る。
 このままではかなり分がわるくなってしまうので、気後れしながらもすかさず話題を変えた。

「あー、また今度な……。それよりオレがいなくても、生活面は大丈夫だったのか? 少しはダメ人間から成長できたのかよ?」
「フッ、アタシを甘く見ないでちょうだい。今では一人で起きられるし、髪の手入れや、部屋の掃除、お茶くみだって出来るほどなんだから!」

 するとアリスは腰に両手を当て、胸を張りながら宣言を。

「あのアリスが!? ――そっか……、お前もやればできたんだな……。ははは、オレがいないとなにもできないダメ人間が、まさかここまで……。なんかよくわからん感動が込み上げてきたぞ……」

 これには思わず涙腺がゆるみ、目をこすってしまう。
 彼女の日常生活に関するダメ人間っぷりはうんざりするほど見てきたので、にわかに信じられるものではなかった。しかし彼女の自信ありげな雰囲気から、どうやら本当のようだ。世話役だったレイジがいなくなり、アリスなりに考えを改め直したのかもしれない。
 しかし心から感動していると、アリスはばつが悪そうに白状はくじょうしてきた。

「――もう、大げさね。そこまで過剰に反応されると、今までのは全部嘘で、本当はヒカリに全部やってもらってるって言いだしにくくなるじゃない」
「おい、ちょっと待て。少し怪しいとは思ってたけど、本当に出来てなかったのかよ」
「出来たらよかったって話。一度は頑張ってみようと思ったけど、残念なことにアタシには無理だったのよ。ほら、人には得意不得意があるじゃない? アタシにはその生活面でのスキルが、皆無だったことがわかったの。だからすべてヒカリ任せで、切り抜けてきたわ!」

 アリスはドンっと胸をたたき、どや顔で宣言してきた。
 やはり彼女のしみついたダメ人間ぶりは、ちょっとやそっとのことでは改善されないらしい。全部やらされていたであろう光に同情しつつ、ダメ出しを。

「お前は後輩になにやらせてるんだ! 少しは先輩としての威厳いげんを持って、しっかりしろ!」
「フフフ、そうは言っても、こんな風になったのはすべてレージが悪いのよ? 全部やってくれたから、アタシはなにもしなくてよかったんだもの!」 
「――まさかオレが悪かったというのか……。確かに今思うと、なんでも甘やかし過ぎてたと思うが……」

 無邪気な笑みを浮かべてくるアリスに、どんよりうなだれるレイジ。
 言われてみればレイジにも責任があった気が。いつも注意するも、最後の最後でアリスに負け甘やかしてきたのは確かにレイジなのだから。もはや心の中で反省するしかない。

「……そう、全部レージがわるい……。――すべてはあの時、アタシの手をつかんでしまったんだから……。――一人で生きていけたアタシを、あなた抜きでは生きていけなくしたのはまぎれもなく久遠レージ……。言いたいこと、わかるわよね?」

 アリスはレイジのほおにそっと手を当て、すがるようなまなざしを向けてくる。
 もはやさっきまでのなにげない会話の雰囲気はない。アリス・レイゼンベルトという少女の、切実な想いの告白であった。

「――ああ、アリスはあのままでも一人で生きていけた。そこには闘争だけの修羅しゅらの道しかないが、アリス・レイゼンベルトは幸せだったはずだ。でもオレはその狂った道を、あゆんでいってしまうことが我慢ならなかった。本人は幸せかもしれないが、ほかの人間から見たらあまりにも悲痛だったから」

 そう、レイジはアリスを救うことを選んでしまった。しかしそれは敷き詰めるとただのお節介。そもそも彼女自身救いなど求めていなかったにも関わらず、レイジは救おうとしたのだから。

「そのせいでアタシの世界に、久遠レージが必要になってしまったのよね。この一年でそのことを、嫌というほど思い知らされたわ。いつものように狂気に堕ちていく中、振り返っても誰もいない。それがとても寂しいの……。昔ならなんとも思わなかったけど、一度つながりを知ってしまったアタシには、こたえてしまうのよね……。あまりの孤独に、頭がおかしくなっちゃうぐらいに……」

 アリスは孤独の色に染まった瞳で、見るからにつらそうにうったえてくる。
 気づけば、レイジのほおに当てている彼女の手が震えていた。

「――だからね、わるいんだけどそろそろ戻ってきてくれないかしら?」

 そしてもう耐えられないと目をふせながら、悲痛げに助けを求めてくるアリス。

「そうなるとオレと戦えなくなってしまうけど、いいのか? アリスのことだから、本気でやり合えるこの一大イベントをそう簡単に手放すとは思えないけど」
「そうね。レージと敵同士として戦える。ここまで心奮(ふる)える最高の舞台は、そうそうないと言っていいわ。実際、ボスにレージと戦えると聞いて、どれほどこの胸が高まったことか。闘争を愛するアタシにとって、これほど待ち望んだことがないぐらいだった。――でも……」
「でも?」
「困ったことにその想いよりも、レージに戻ってきてほしい想いの方が勝ってしまっているの……。――どうやら自分で思ってた以上に、重症だったみたい……。このアタシが最高の闘争より、レージの方を優先するなんて……。フフフ、もし昔の自分が今のアタシを見たら、きっと軽蔑けいべつしてたわ、絶対……」

 アリスは自分でも信じられないと、心底おかしそう笑う。
 これに関してはレイジも驚くしかない。彼女にとって闘争とは生きることのすべてといってよく、なにより優先されるものだったはず。それが目前の最高クラスの闘争より、レイジと少しでも早くいたい方を選ぶなんて。

「――アリス……」
「――ごめんなさい。なんだかすごく湿っぽくなっちゃったわね。とりあえずここまでが、アリス・レイゼンベルトという一人の女の子、個人のお願いよ」

 レイジのほおをから手を放し、はかなげにほほえむアリス。

「――そしてここからは……」

 彼女は背を向け、スタスタと歩いていく。

「レージの戦友として、黒い双翼のやいば再結成のお誘いにきたわ!」

 そしてアリスはバッとレイジの方を振り向き、いつもの調子で伝えてきた。

「今の日本の現状はわかってるわよね?」
「――まあ、お前たち狩猟兵団の連中とアラン・ライザバレットが、なんらかの悪だくみを決行しようとしてるぐらいは」
「フフフ、実はね、今こっちはとっても面白いことになってるの。世界の命運を決める戦争という名の舞台。そう、かつてない大規模な戦いが、アタシたちを待ってる! ね! 楽しそうでしょ?」

 今目の前にいるのはさっきまでと違い、完全に戦友のアリスだ。その証拠に闘争に恋こがれているかのよう目を輝かせ、力説していた。

「そこまですごい戦いとなると、確かに楽しそうだ。強い奴とかいくらでも戦えるだろうし、まさしくアリスやオレ好みの戦場。きっと闘争の飢えを、これでもかというほど満たしてくれるんだろうな。アリスがすこぶるご機嫌そうなのにも、納得がいくよ」
「でしょ? だからレージもこっち側に来るべきよ! あなたほどの戦力なら、アランさんも喜んで仲間に入れてくれるはず!」
「――黒い双翼の刃として再びか……」
「ええ! せっかくの素敵な舞台なんですもの! どうせならレージと再び黒い双翼の刃として、その戦場をめいいっぱい楽しみたい! だからね! 九年前、ちかってくれたようにアタシのそばにいてほしい! 二人でもう一度、永遠に続く戦場を駆け抜けましょう!」

 アリスは声高らかに歌うかのごとくみずからの思いを伝え、レイジに手を差し出す。一度離した手を再びとってほしいと。
 ここですべてが決まるのだ。自分の信じる道を進むのか、アリスの手をとって彼女の願いを聞き届けるのか。レイジが選んだ道は。

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