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2章 第1部 十六夜学園
79話 剣の迷い
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「――ふむ、シャロンも独自に動いている。ならば自分も、少しばかり戦力増強に手を貸すべきだな。さすがに全部任せっきりは上位序列として示しがつかん」
那由他たちが出ていったあと、アーネストがアゴに手を当て独りでにつぶやく。
レイジはそのことで気になったことを聞いてみた。
「アポルオンの序列は高位だと、権限が強いとかあるんですか?」
「そうだ。アポルオンは高位序列の者が下位の者をまとめるのが一般的。だから発言に少しばかりの強制力があったりする」
「じゃあ、革新派のリーダーって、高位のアーネストさんがやるみたい話には?」
グランワース家が序列八位なら、序列七位のウェルベリック家の方が上。今の話の流れだと、アーネストが革新派のリーダーをしてそうだが。
「普通ならそうだったが、自分は見ての通り堅物でな。だから策などに頼らず、正々堂々と真っ向から戦いを挑みたいタイプ。そんな人間が革新派のリーダーとなればこんな回りくどいことはせず、すぐさま保守派と全面戦争にでてしまうだろう。だがさすがに保守派のような強大な相手だと、力技では勝てん。ゆえにシャロンだ」
まっすぐなまなざしで、苦笑しながらかたるアーネスト。
保守派にはエデン財団がついているのはもちろん、最上位序列の権力がある。そのため戦力の方は強固であるはず。そんな圧倒的戦力を保有する相手に、真っ向からぶつかるなど得策ではない。もはや物量で押しつぶされるのが関の山。なのでもしやるとするならば、相手の裏を突いた戦法をとるべきだろう。
「あいつは策略というか、よからぬことをたくらむのが得意でな。相手の戦力を削ぎ事を有利に進めるなら、シャロンが指揮した方がいいと判断したわけだ」
「確かに那由他と笑いあってる時とか、すごい悪だくみを考えてそうでしたもんね」
シャロンの裏で暗躍してそうな表情を思い出す。
彼女は策略家タイプのキレ者。相手の裏をかくのが得意そうだ。きっと今回の件は保守派に大打撃を与えるため、シャロンが計画したに違いない。
「シャロンはそういうやつだ。チェスをやった時など、毎回いやらしい手ばかりでまったく勝機が見えん。こちらの正々堂々戦いを挑む陣を、あざ笑うかのようにくずしてくる……。――だが、自分は決してあきらめんぞ! いつの日か奴を真っ向からたたきつぶしてくれる! ウェルベリックの名に懸けて!」
アーネストは手をぐっとにぎり、なにやら闘志を燃やしだす。
(あ、絶対勝てないパターンだ……)
だが正々堂々をもっとうに挑む彼では、勝敗は変わらない気がする。そもそもチェスは相手の手を読みながらやるもの。馬鹿正直に突っ込んだら、勝てないのではないか。もはやシャロンに軽くあしらわれる結末しか見えなかった。
そんなことを思っていると、アーネストが真剣な瞳でたずねてくる。
「――それより久遠レイジ。革新派につく気はないか? きさまの剣の腕はなかなか見どころがある。敵にしておくのが実に惜しい」
「どうも。でもオレはアポルオンの巫女のために剣を振るうつもりなんで」
光栄な話ではあったが、迷わず首を横にふる。
レイジはカノンやアポルオンの巫女の理想とする、世界実現のため剣を振るいたいと思っている。破壊する力でなく、守る側の力で。ゆえに革新派やアラン側の破壊を目的にした計画には、賛同できなかった。それではかつての狩猟兵団時代の自分に戻るだけなのだから。
「――アポルオンの巫女のために剣を振るうか……。しかしそれで本当に納得できているのか?」
するとアーネストがレイジの心を見透かすような瞳で、問うてきた。
「一応自分では納得してるつもりですが?」
「ふむ、はたしてそうかな? 剣筋は振るう者の心を映す。キミの太刀筋には迷いが見て取れたぞ?」
「――ッ!?」
アーネストの言葉に動揺してしまう。
これは師匠である恭一にも散々言われてきたこと。久遠レイジの剣には信念がない。迷いに揺れたあいまいな剣だと。アイギスで戦うと決断したのに、今だレイジの剣にはその想いがやどってないのだろうか。剣筋は自分の心を映す鏡。つまりまだ久遠レイジの心の奥底には、迷いがあるということにつながるのだ。
「自分が思うに、キミはこっち側で剣を振るうのが適任だ。本来久遠レイジの剣は誰かを守るためのものではなく、ただ敵を斬り伏せる修羅の剣。本当はみずからの奥底に眠る獣の衝動に任せ、暴虐の限りを尽くしたいんじゃないのか?」
それはレイジが狩猟兵団時代にずっと思っていたこと。子供のころからアリスと共に力を求めた結果、その方向性は破壊を生み出すための剣と化していたのだから。
「そんな迷いのある剣ではこの自分にかなわないのはもちろん、保守派に潜む化け物たちにもおくれをとることになるぞ?」
きっぱりと残酷な事実を告げてくるアーネスト。
「……たとえ信念を曲げることになったとしても、そうするべきでしょうか?」
きっとこの先アーネストのような強大な相手と闘うことになるはず。そうなると彼の言う通り負けるのではないだろうか。そんなていたらくでは、彼女たちの理想など叶えられるはずがない。ならば久遠レイジが振るうべき剣は。
「――ふむ、貫き通したい想いがあるか……。――すまんな。そういうことならこれはただのお節介だ。キミはキミの信じる道を進むがいい」
アーネストはレイジの肩にポンっと手を置き、優しげな視線を向けてくれる。
「――え? このままでも?」
思わず拍子抜けしてしまう。
さっきまではレイジの剣の迷いを取り払うべきだと、注意してくれていたのだ。しかしアーネストはこのままでいいと言ってくれた。これは敵味方関係なく、彼自身がレイジのことを思ってくれての言葉。一体なぜという疑問が残る。
「それが自身で決めた道ならなにも言うことはない。たとえ自身の信念を曲げ力を求めたとしても、その果てに意味があるとは限らないだろう。戦う理由など人によって様々。たいして気にすることではない。――フッ、ただ、自分としてはその血に飢えた獣のごとく剣と、一度相対してみたかったがな」
「アーネストさんはなんのためにその剣を?」
残念そうに笑い離れていくアーネストに、立ち上がりながら問うた。
彼の強さは本物。その剣にやどる気迫も相当なものだったので、聞いてみたくなったのだ。おそらくアーネストの剣には迷いなどなく、そこには譲れない信念があるはず。
「自分か? すべてはウェルベリック家の誇りのためだ。生まれながらに課せられたその責務を果たす。そこに迷いなどなにもない。自分の信じる道を剣に乗せ、ただ振るうのみ」
自身の胸に拳を当て、堂々と宣言するアーネスト。
そこには自身の戦う理由に微塵も迷いがない。レイジみたいな中途半端な剣ではなく、決して揺るがぬ信念の剣。彼が強いのもその想いがあってこそなのだろう。
「――とは言ってもウェルベリックの責務以外に、実はもう一つある。自分は信念を貫く者を好ましく思う性質でな。だから今の久遠みたいな剣は嫌いじゃない。なにかを求めることは尊いものゆえな……」
アーネストは穏やかな表情で、口元を緩めながら告白してくれる。
「しかしこのまま保守派の企む完全なアポルオンの世界になれば、皆がそうできなくなってしまう。人々は世界存続の歯車の一部となり、自由を奪われる。そんな世界では自身の思う通りに生きていけないだろう。ゆえに誰もがみずからの意思を貫ける世界にしたいのだ」
そしてアーネストは信念のこもった瞳で、力強く宣言を。
もしかするとこれは家の事情など関係ない、アーネスト・ウェルベリックという少年の抱く想いなのかもしれない。
「フッ、少しかたり過ぎたな。自分の話などそこまで面白いものではないだろうに」
ただ少し気恥ずかしかったのか、アーネストは苦笑して軽く流そうとする。
そうこうしていると扉が開き、那由他とシャロンが戻ってきた。
「二人とも待たせたわね。あたしの要件は終わったわよ」
「では、レイジ! 帰りましょうか!」
「ああ、わかった」
にっこり笑いかけてくる那由多のもとへと向かう。
彼女の表情から見るに、なかなか有意義な話し合いができたみたいだ。
「ではな、久遠レイジ、柊那由他」
「あなたたちがあたしたちの前に立ちふさがらないことを祈ってるわ、ふふふふ」
こうしてシャロンとアーネストに見送られて、レイジたちは部屋をあとにするのであった。
那由他たちが出ていったあと、アーネストがアゴに手を当て独りでにつぶやく。
レイジはそのことで気になったことを聞いてみた。
「アポルオンの序列は高位だと、権限が強いとかあるんですか?」
「そうだ。アポルオンは高位序列の者が下位の者をまとめるのが一般的。だから発言に少しばかりの強制力があったりする」
「じゃあ、革新派のリーダーって、高位のアーネストさんがやるみたい話には?」
グランワース家が序列八位なら、序列七位のウェルベリック家の方が上。今の話の流れだと、アーネストが革新派のリーダーをしてそうだが。
「普通ならそうだったが、自分は見ての通り堅物でな。だから策などに頼らず、正々堂々と真っ向から戦いを挑みたいタイプ。そんな人間が革新派のリーダーとなればこんな回りくどいことはせず、すぐさま保守派と全面戦争にでてしまうだろう。だがさすがに保守派のような強大な相手だと、力技では勝てん。ゆえにシャロンだ」
まっすぐなまなざしで、苦笑しながらかたるアーネスト。
保守派にはエデン財団がついているのはもちろん、最上位序列の権力がある。そのため戦力の方は強固であるはず。そんな圧倒的戦力を保有する相手に、真っ向からぶつかるなど得策ではない。もはや物量で押しつぶされるのが関の山。なのでもしやるとするならば、相手の裏を突いた戦法をとるべきだろう。
「あいつは策略というか、よからぬことをたくらむのが得意でな。相手の戦力を削ぎ事を有利に進めるなら、シャロンが指揮した方がいいと判断したわけだ」
「確かに那由他と笑いあってる時とか、すごい悪だくみを考えてそうでしたもんね」
シャロンの裏で暗躍してそうな表情を思い出す。
彼女は策略家タイプのキレ者。相手の裏をかくのが得意そうだ。きっと今回の件は保守派に大打撃を与えるため、シャロンが計画したに違いない。
「シャロンはそういうやつだ。チェスをやった時など、毎回いやらしい手ばかりでまったく勝機が見えん。こちらの正々堂々戦いを挑む陣を、あざ笑うかのようにくずしてくる……。――だが、自分は決してあきらめんぞ! いつの日か奴を真っ向からたたきつぶしてくれる! ウェルベリックの名に懸けて!」
アーネストは手をぐっとにぎり、なにやら闘志を燃やしだす。
(あ、絶対勝てないパターンだ……)
だが正々堂々をもっとうに挑む彼では、勝敗は変わらない気がする。そもそもチェスは相手の手を読みながらやるもの。馬鹿正直に突っ込んだら、勝てないのではないか。もはやシャロンに軽くあしらわれる結末しか見えなかった。
そんなことを思っていると、アーネストが真剣な瞳でたずねてくる。
「――それより久遠レイジ。革新派につく気はないか? きさまの剣の腕はなかなか見どころがある。敵にしておくのが実に惜しい」
「どうも。でもオレはアポルオンの巫女のために剣を振るうつもりなんで」
光栄な話ではあったが、迷わず首を横にふる。
レイジはカノンやアポルオンの巫女の理想とする、世界実現のため剣を振るいたいと思っている。破壊する力でなく、守る側の力で。ゆえに革新派やアラン側の破壊を目的にした計画には、賛同できなかった。それではかつての狩猟兵団時代の自分に戻るだけなのだから。
「――アポルオンの巫女のために剣を振るうか……。しかしそれで本当に納得できているのか?」
するとアーネストがレイジの心を見透かすような瞳で、問うてきた。
「一応自分では納得してるつもりですが?」
「ふむ、はたしてそうかな? 剣筋は振るう者の心を映す。キミの太刀筋には迷いが見て取れたぞ?」
「――ッ!?」
アーネストの言葉に動揺してしまう。
これは師匠である恭一にも散々言われてきたこと。久遠レイジの剣には信念がない。迷いに揺れたあいまいな剣だと。アイギスで戦うと決断したのに、今だレイジの剣にはその想いがやどってないのだろうか。剣筋は自分の心を映す鏡。つまりまだ久遠レイジの心の奥底には、迷いがあるということにつながるのだ。
「自分が思うに、キミはこっち側で剣を振るうのが適任だ。本来久遠レイジの剣は誰かを守るためのものではなく、ただ敵を斬り伏せる修羅の剣。本当はみずからの奥底に眠る獣の衝動に任せ、暴虐の限りを尽くしたいんじゃないのか?」
それはレイジが狩猟兵団時代にずっと思っていたこと。子供のころからアリスと共に力を求めた結果、その方向性は破壊を生み出すための剣と化していたのだから。
「そんな迷いのある剣ではこの自分にかなわないのはもちろん、保守派に潜む化け物たちにもおくれをとることになるぞ?」
きっぱりと残酷な事実を告げてくるアーネスト。
「……たとえ信念を曲げることになったとしても、そうするべきでしょうか?」
きっとこの先アーネストのような強大な相手と闘うことになるはず。そうなると彼の言う通り負けるのではないだろうか。そんなていたらくでは、彼女たちの理想など叶えられるはずがない。ならば久遠レイジが振るうべき剣は。
「――ふむ、貫き通したい想いがあるか……。――すまんな。そういうことならこれはただのお節介だ。キミはキミの信じる道を進むがいい」
アーネストはレイジの肩にポンっと手を置き、優しげな視線を向けてくれる。
「――え? このままでも?」
思わず拍子抜けしてしまう。
さっきまではレイジの剣の迷いを取り払うべきだと、注意してくれていたのだ。しかしアーネストはこのままでいいと言ってくれた。これは敵味方関係なく、彼自身がレイジのことを思ってくれての言葉。一体なぜという疑問が残る。
「それが自身で決めた道ならなにも言うことはない。たとえ自身の信念を曲げ力を求めたとしても、その果てに意味があるとは限らないだろう。戦う理由など人によって様々。たいして気にすることではない。――フッ、ただ、自分としてはその血に飢えた獣のごとく剣と、一度相対してみたかったがな」
「アーネストさんはなんのためにその剣を?」
残念そうに笑い離れていくアーネストに、立ち上がりながら問うた。
彼の強さは本物。その剣にやどる気迫も相当なものだったので、聞いてみたくなったのだ。おそらくアーネストの剣には迷いなどなく、そこには譲れない信念があるはず。
「自分か? すべてはウェルベリック家の誇りのためだ。生まれながらに課せられたその責務を果たす。そこに迷いなどなにもない。自分の信じる道を剣に乗せ、ただ振るうのみ」
自身の胸に拳を当て、堂々と宣言するアーネスト。
そこには自身の戦う理由に微塵も迷いがない。レイジみたいな中途半端な剣ではなく、決して揺るがぬ信念の剣。彼が強いのもその想いがあってこそなのだろう。
「――とは言ってもウェルベリックの責務以外に、実はもう一つある。自分は信念を貫く者を好ましく思う性質でな。だから今の久遠みたいな剣は嫌いじゃない。なにかを求めることは尊いものゆえな……」
アーネストは穏やかな表情で、口元を緩めながら告白してくれる。
「しかしこのまま保守派の企む完全なアポルオンの世界になれば、皆がそうできなくなってしまう。人々は世界存続の歯車の一部となり、自由を奪われる。そんな世界では自身の思う通りに生きていけないだろう。ゆえに誰もがみずからの意思を貫ける世界にしたいのだ」
そしてアーネストは信念のこもった瞳で、力強く宣言を。
もしかするとこれは家の事情など関係ない、アーネスト・ウェルベリックという少年の抱く想いなのかもしれない。
「フッ、少しかたり過ぎたな。自分の話などそこまで面白いものではないだろうに」
ただ少し気恥ずかしかったのか、アーネストは苦笑して軽く流そうとする。
そうこうしていると扉が開き、那由他とシャロンが戻ってきた。
「二人とも待たせたわね。あたしの要件は終わったわよ」
「では、レイジ! 帰りましょうか!」
「ああ、わかった」
にっこり笑いかけてくる那由多のもとへと向かう。
彼女の表情から見るに、なかなか有意義な話し合いができたみたいだ。
「ではな、久遠レイジ、柊那由他」
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