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3章 第2部 姫の休日
133話 ビジネスパートナー
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レイジとカノンと結月はゆきたちと別れてから、シティゾーンを探索していた。
さっきから結月とカノンは並べられている商品を、物珍しそうに見ては楽しんでいる。ここで売っている物の大半はメインエリアなどで手に入らないため、新鮮な感じでの買い物ができているみたいだ。
そんな二人をすぐ後ろでながめていると、一人の男に声をかけられた。
「そこのお兄さん、お兄さん、いい情報が入っていますぜ! どうか見ていってくだせい」
声をかけてきたのは、いかにもくえなさそうな情報屋の男である。おそらくレイジがただ者ではないと見抜き、商談を持ちかけてきたみたいだ。ちなみに情報屋のすぐ後ろには、見るからに強そうなデュエルアバター使い二人が控えていた。彼らは情報屋になにかあったときのための、護衛なのだろう。
カノンと結月は今隣の電子の導(みちび)き手の、怪しげな商品を見て盛り上がっているところ。なのでその間に、レイジはなにか掘り出し物の情報がないか確かめることにする。
「ん? どれどれ」
シティーゾーンなら、アーカイブスフィアにアクセスすることができる。それを利用してこの情報屋のアーカイブスフィアにつながり、売っている情報のラインナップを確認していく。もしほしい情報があれば、閲覧の権利を買うことでくわしく見れるようになるのだ。あとはこの場でも、現実に戻ってからでも好きなタイミングで詳細を閲覧する流れだ。もし分析などの応用で使いたい場合、メモリースフィアに入れて持ってきてもらうパターンもあった。
ラインナップには企業や電子の導き手のアーカイブポイントの場所、データのバックアップ作業における巡回経路や時間帯。シティゾーンで傭兵業をしている者たちのリストや、腕の立つ電子の導き手の店などなど盛りだくさん。中にはアビスエリア関連の情報まであったので、彼はなかなか腕利きの情報屋みたいだ。
「どうも、なかなかの品揃えだったよ。今は特に欲しいものがなかったから、また次の機会にでも」
「へい、お待ちしてますぜ」
興味が惹かれるものはいくつかあったが、買うほどでもなかったので止めておくことにした。
すると後ろから新たな客が。
「がっはっはっ、今日も大量だ! データを刈ってきたから、さっそく見てくれ」
「いつもありがとうございます! ではさっそく拝見しますぜ」
陽気そうな三十代の男が、情報屋にメモリースフィアを渡す。それを確認していき、値段の交渉を始める情報屋。
このようにデータを奪ってくることに成功したならば、情報屋に売って金にするのが手っ取り早い話なのだ。基本依頼もなしにデータを刈ろうとする連中は、大体このタイプであった。
「ねえ、久遠くん、あの明かりがついてる高い高層ビルってなにか特別な場所なの?」
そんな情報屋たちのやり取りを横目で見ていると、結月が声を掛けてきた。
彼女が指さす先には、街の中心地ともいえる場所にそびえ立つ巨大な高層ビルが。
「あれはタワーといって、あの内部だと特殊な掲示板のシステムにつながれるんだ。イベントや店の広告はもちろん、依頼や勧誘関係の掲示物もある。シティゾーンに来たらまずあそこに向かって、いい情報がないかみんな確認しに行くんだよ」
各シティゾーンに必ず存在するタワーとは、その建物内部にいるとき限定で特殊なシステムにつながれる場所。そのシステムとは簡単に説明すると掲示板だ。依頼やメンバーの募集はもちろん、エデン協会や狩猟兵団の民間会社、この場所で商売している店の広告。大会やイベントのポスター、中にはレジスタンスの同士募集などいろいろある。利用者はまずこのシステムにつながり、自身の欲しい情報を探すのであった。
「わぁ、なんだかおもしろそう!」
「せっかくだし、行ってみるか?」
「行きたい! カノンもいいよね?」
「うん、そうしよう」
「よし、じゃあ、こっちだ」
話がまとまったみたいなので、タワーの方へ向かおうとする。
すると後ろの方から声が。
「取り込み中のところ申し訳ない。久遠レイジさんですよね? 実はあなたを呼ぶ人物がいまして」
振り向くと、フードをかぶった男が伝言を伝えてきた。
指定されたのはこのシティゾーンのとある一角。見るからに人通りが少なそうな路地裏にこっそりたたずむ、四階建ての廃ビルだ。
レイジと結月はカノンを一階に残し、さっきの男に言われた通り二階へと向かう。どうやらそこにレイジたちを呼び出した、張本人がいるらしい。二階に上り、うっすら光が漏れている部屋へ。中はどこぞの事務所内のようだ。ただ廃墟風に作られているため窓はところどころ割れ、作業用の机やイスが散乱している。床には書類らしき紙が、散らばっているほどの作り込みであった。そんな中最近見かけた小鳥型のガーディアンが、窓際の淵に止まっていた。
「わざわざ来てやったぞ、ファントム」
「こんにちは、ファントムさん」
「にひひ、よく来てくれたね! お二人さん!」
それはかつてファントムが操作していたガーディアンである。そう、呼び出してきたのはすごウデの情報屋と呼び声が高いファントムだ。
「ところでさっき一緒にいた子は、連れてこなくていいの?」
「そっちの方がファントムも話がしやすいだろ。あんたのことだから、ただ世間話をするために呼んだんじゃないだろうしな」
カノンには下の階で待っててもらうことにしたのである。というのも彼女の立ち位置はあまりにも特別。ゆえにあまり情報屋のファントムに、カノンの存在を知られたくないのである。よってここはファントムに彼女は部外者という認識をもってもらい、話を進める作戦であった。
「心遣い感謝なのよん! じゃあ、その子はもちろん、久遠レイジのお楽しみの時間を奪っても悪いしねー」
「なんだ、そのふくみのある言葉は」
「またまたー、二人の美少女をはべらせ、デートを楽しんでるんでしょー? 結月ちゃんという者がいながら、さらにもう一人追加なんていいご身分ですなー、久遠レイジは!」
ニヤニヤと笑いながら、はやし立ててくるファントム。
「ファ、ファントムさん!? わ、私たちはそんな関係じゃなくてですね!?」
結月は顔を真っ赤にしながら、手をあわあわさせ否定を。
「おやおやー、そんなに強く否定しちゃっていいのかなー? にひひ」
「あ!? べ、別に久遠くんがわるいというわけじゃないよ!? む、むしろ! はっ!? なにを口走ろうとしてるの私!? 今のはなしでお願い!?」
手をもじもじしながら、レイジの方に意味ありげな視線を向けてくる結月。だがすぐさま我に返り、あわてふためいていた。
とりあえず混乱する彼女のためにも、話を本筋に戻すことにする。
「からかうのはよしてくれ。こっちは人を待たせてるから、さっさと用件を頼むよ」
「はーい、了解なのよん! ワタシが話たいのは、今後どう付き合っていくか。ビジネスパートナーと言っても、お付き合いの度合いは違ってくるでしょ? だからワタシたちの関係性をはっきりさせておきたいのよん!」
あいさつはおわりだと、ファントムは本題へ。
「なるほど。つまりその話の振り方だと、ファントムはオレたちをただの客としてだけでなく、本当の意味でのビジネスパートナーにしたいわけか」
「久遠くん、それどういうことなの?」
「ようはオレたちに、ファントムの仕事を手伝ってもらいたいんだろ。情報屋というのは大体、いつでも動かせる人員を確保しとくものだ。情報を探させたり、奪ってこさせたり、運ばせたりするためのな。初めて会った時、従順な駒がほしいって言ってたし」
凄ウデの情報屋は情報の売買だけでなく、自分たちで情報を集めにいくもの。その収集についてはまず欲しい情報の目処をたて、手持ちの駒を動かす流れ。情報を実際狙うのにはいろいろ危険な橋を渡らなければならないゆえ、自身は指示するだけでほかの者にすべて任せるというわけだ。
張り込んだり、奪わせたり、事実の確認などやらせることは山ほどある。時には情報が入ったメモリースフィアの運搬や自身の護衛を任せたりする時もあるため、信頼における相手が必要になってくることも。なのでレイジたちにビジネスパートナーの件を、振ってきたのかもしれない。
「にひひ、ご明察ー! でも誰でもいいってわけじゃない。キミたちだからこそ、ビジネスパートナーの関係になりたかったんだー!」
ファントムは意味ありげに笑い、本意を告げてくる。
「どういう意味だ?」
「立ち位置的な問題かなー。なんでもキミたちはこの世界を巻き込むアポルオンの派閥争いに、興味深々なんでしょ? 保守派や革新派がなにをたくらんでいるか知りたいはず。それはファントムさんも同じ気持ちなんだー。今世界でなにが起こっているのか知りたくてたまらない。情報屋としての血が騒いでしかたないのよん! ね、利害が一致してると思わないかなー」
確かにカノン率いるアイギスは、このアポルオンの内乱を止めようとしている。だが今のところ各派閥の情報が少なく、動きたくても動けない状況。よって彼らの動向を知れる有益な情報は、ぜひとも手に入れたいのだ。そしてファントムとしては情報屋の性か、今世界の根幹を揺るがすかもしれない大事件を追いたいらしい。そう、狙いはどちらも核心にせまる情報。目的が一緒ゆえ、手を組めないかと。
もちろんアポルオンにアイギスが深く関わっているのもあるだろう。いくら調べたくても、相手は世界を牛耳るとんでもない組織。内部からの手引きなくして有益な情報など手に入れられるはずがないので、アイギスに目を付けたというわけだ。
「一緒にその謎を追っていこうというわけか」
「うんうん、もちろん仕事を手伝ってもらう以上、キミたちに損はさせない。とっておきの情報を売るのは当たり前として、そっちが欲しい情報を調べてあげたりもしちゃう! どうかなー?」
「まあ、わるい話ではないよな。ファントムほどの情報屋がバックについてくれれば、いろいろ事がスムーズに行くだろうし。わかった、そのせんでいこう」
今の時代情報は最大の武器。事をうまく進めるのに必要不可欠といっていい。そのため欲しい情報を手に入れられる環境を作って置くのは、非常に心強いのだ。それがファントムとなるとなおさらに。
彼女は伝説の情報屋と呼ばれるほどのウデを持っているため、そこいらの情報屋とは格が違う。高確率でお目当ての情報が手に入る可能性があるので、是非とも手を組んでおきたい相手であった。
「にひひ、商談成立なのよん! はい、これワタシの連絡先。なにか情報が欲しい時はここに連絡してきてねー」
レイジが乗り気なのを見て、ファントムは満足げに笑う。そして彼女の連絡先を送ってきた。
「やったね! 久遠くん! これでファントムさんが味方になってくれたよ!」
「ははは、ただアイギス側の情報が漏れる可能性があるけどな。たぶんそれも見越してオレたちに声をかけてきたはずだし」
強力な味方が加わったと喜ぶ結月に、不安要素をかたる。
このファントムとの同盟。必ずしも100パーセントアイギスのためになるとは限らないのだ。そう、なぜなら彼女は情報屋。アイギス側にある情報も当然、ファントムにとっては商品となる。ゆえにファントムがこちらの情報を盗み取ろうとするのも、ありえない話ではない。その結果、のちにその情報が漏れ痛い目に合うかもしれないのだ。
「え? そうなの?」
「那由他いわくだがな。たぶん当たってるんじゃないのか? なっ、ファントム」
「ギクッ!? あー、やっぱりあの柊さんは侮れないのよん。これからはあまり近づかないようにして、聞き分けのいいお二人さんメインで話を……」
ファントムは図星だと、うろたえ始める。そして自身の考えを独り言のように口に。
「おい、ファントム。本音が聞こえてるぞ」
「おっと、これは失敬、失敬! そんなことよりも! なにか調べて欲しいものとかあるかな? オーダーをくれれば、さっそく情報を集めておいてあげるのよん!」
レイジのツッコミに、ファントムは誤魔化すように話を別の方向へ。
ちょうどレイジたちが望む話題を振ってきた。
「――欲しい情報か……。狩猟兵団やレジスタン側のもそうだが、ここはファントムの腕を見込んでエデン財団について調べてもらえるか? あそこは保守派と組んでなにかやばいことをたくらんでるらしいんだ。アイギスとしてはその動向もつかんでおきたい」
狩猟兵団やレジスタン側の情報なら、アリスやほのか辺りから集めることができるはず。なので今はもっとも手が届きにくい情報を、プロのファントムに任せるべきであろう。もちろんそれは保守派と組んでなにかをやろうとしている、エデン財団の情報だ。
世界を統べるアポルオン。その最上位序列メンバーを中心として構成された保守派がらみの件ゆえ、情報のセキュリュティ対策は尋常ではないはず。ゆえに那由他やレーシスだけではきつそうなので、ファントムにも手伝ってもらうというわけだ。
「うわー、よりにもよってエデン財団かー。それだとさっそくキミたちの力を借りることになりますなー。ああいう研究機関の情報の機密性は異常なほどに固い。だから普通に嗅ぎまわるだけだと、成果は期待できないのよん。もう、関係者を襲ったり、アーカイブポイントに潜入したりで強引にいかないとさー」
「そうなるよな。まあ、向こうの情報が手に入るなら、こっちもある程度は戦力をさけるだろうからいけると思う」
「にひひ、じゃあ、決まりなのよん! エデン財団のことは一度、危険な橋を渡ってでも調べたいと思ってたからちょうどよかった! 動かせる戦力は確保できたし、ここからがファントムさんの腕の見せ所なのよん! まずは手始めにエデン財団側の動きを調べ、そこから強襲プランを立てないとねー」
情報屋のプライドに火がついたと、闘志を燃やし始めるファントム。
この様子なら彼女に任せておくことで、エデン財団の有益な情報が入ってくるかもしれない。
「頼んだ。なにか速報が入り次第、連絡してくれ。――ん、通話? しかもアリスからかよ」
話がうまくまとまったところで安堵していると、通信が。
シティーゾーン内では、現実やほかのエリアと同じで通話システムが使える。なのでこちらからかけることも、外からかかってくることも当たり前なのだ。
「アリスか、どうしたんだ?」
通話にでると、アリスの楽しげな声が。
「フフフ、今ちょうど、あなたたちのお姫様と近くのバーで飲んでるのよ。用事が終わったら、レージたちも来なさいな!」
「は? アリスとカノンが一緒にだって……?」
あまりの予想外の事態に、唖然とするしかないレイジなのであった。
さっきから結月とカノンは並べられている商品を、物珍しそうに見ては楽しんでいる。ここで売っている物の大半はメインエリアなどで手に入らないため、新鮮な感じでの買い物ができているみたいだ。
そんな二人をすぐ後ろでながめていると、一人の男に声をかけられた。
「そこのお兄さん、お兄さん、いい情報が入っていますぜ! どうか見ていってくだせい」
声をかけてきたのは、いかにもくえなさそうな情報屋の男である。おそらくレイジがただ者ではないと見抜き、商談を持ちかけてきたみたいだ。ちなみに情報屋のすぐ後ろには、見るからに強そうなデュエルアバター使い二人が控えていた。彼らは情報屋になにかあったときのための、護衛なのだろう。
カノンと結月は今隣の電子の導(みちび)き手の、怪しげな商品を見て盛り上がっているところ。なのでその間に、レイジはなにか掘り出し物の情報がないか確かめることにする。
「ん? どれどれ」
シティーゾーンなら、アーカイブスフィアにアクセスすることができる。それを利用してこの情報屋のアーカイブスフィアにつながり、売っている情報のラインナップを確認していく。もしほしい情報があれば、閲覧の権利を買うことでくわしく見れるようになるのだ。あとはこの場でも、現実に戻ってからでも好きなタイミングで詳細を閲覧する流れだ。もし分析などの応用で使いたい場合、メモリースフィアに入れて持ってきてもらうパターンもあった。
ラインナップには企業や電子の導き手のアーカイブポイントの場所、データのバックアップ作業における巡回経路や時間帯。シティゾーンで傭兵業をしている者たちのリストや、腕の立つ電子の導き手の店などなど盛りだくさん。中にはアビスエリア関連の情報まであったので、彼はなかなか腕利きの情報屋みたいだ。
「どうも、なかなかの品揃えだったよ。今は特に欲しいものがなかったから、また次の機会にでも」
「へい、お待ちしてますぜ」
興味が惹かれるものはいくつかあったが、買うほどでもなかったので止めておくことにした。
すると後ろから新たな客が。
「がっはっはっ、今日も大量だ! データを刈ってきたから、さっそく見てくれ」
「いつもありがとうございます! ではさっそく拝見しますぜ」
陽気そうな三十代の男が、情報屋にメモリースフィアを渡す。それを確認していき、値段の交渉を始める情報屋。
このようにデータを奪ってくることに成功したならば、情報屋に売って金にするのが手っ取り早い話なのだ。基本依頼もなしにデータを刈ろうとする連中は、大体このタイプであった。
「ねえ、久遠くん、あの明かりがついてる高い高層ビルってなにか特別な場所なの?」
そんな情報屋たちのやり取りを横目で見ていると、結月が声を掛けてきた。
彼女が指さす先には、街の中心地ともいえる場所にそびえ立つ巨大な高層ビルが。
「あれはタワーといって、あの内部だと特殊な掲示板のシステムにつながれるんだ。イベントや店の広告はもちろん、依頼や勧誘関係の掲示物もある。シティゾーンに来たらまずあそこに向かって、いい情報がないかみんな確認しに行くんだよ」
各シティゾーンに必ず存在するタワーとは、その建物内部にいるとき限定で特殊なシステムにつながれる場所。そのシステムとは簡単に説明すると掲示板だ。依頼やメンバーの募集はもちろん、エデン協会や狩猟兵団の民間会社、この場所で商売している店の広告。大会やイベントのポスター、中にはレジスタンスの同士募集などいろいろある。利用者はまずこのシステムにつながり、自身の欲しい情報を探すのであった。
「わぁ、なんだかおもしろそう!」
「せっかくだし、行ってみるか?」
「行きたい! カノンもいいよね?」
「うん、そうしよう」
「よし、じゃあ、こっちだ」
話がまとまったみたいなので、タワーの方へ向かおうとする。
すると後ろの方から声が。
「取り込み中のところ申し訳ない。久遠レイジさんですよね? 実はあなたを呼ぶ人物がいまして」
振り向くと、フードをかぶった男が伝言を伝えてきた。
指定されたのはこのシティゾーンのとある一角。見るからに人通りが少なそうな路地裏にこっそりたたずむ、四階建ての廃ビルだ。
レイジと結月はカノンを一階に残し、さっきの男に言われた通り二階へと向かう。どうやらそこにレイジたちを呼び出した、張本人がいるらしい。二階に上り、うっすら光が漏れている部屋へ。中はどこぞの事務所内のようだ。ただ廃墟風に作られているため窓はところどころ割れ、作業用の机やイスが散乱している。床には書類らしき紙が、散らばっているほどの作り込みであった。そんな中最近見かけた小鳥型のガーディアンが、窓際の淵に止まっていた。
「わざわざ来てやったぞ、ファントム」
「こんにちは、ファントムさん」
「にひひ、よく来てくれたね! お二人さん!」
それはかつてファントムが操作していたガーディアンである。そう、呼び出してきたのはすごウデの情報屋と呼び声が高いファントムだ。
「ところでさっき一緒にいた子は、連れてこなくていいの?」
「そっちの方がファントムも話がしやすいだろ。あんたのことだから、ただ世間話をするために呼んだんじゃないだろうしな」
カノンには下の階で待っててもらうことにしたのである。というのも彼女の立ち位置はあまりにも特別。ゆえにあまり情報屋のファントムに、カノンの存在を知られたくないのである。よってここはファントムに彼女は部外者という認識をもってもらい、話を進める作戦であった。
「心遣い感謝なのよん! じゃあ、その子はもちろん、久遠レイジのお楽しみの時間を奪っても悪いしねー」
「なんだ、そのふくみのある言葉は」
「またまたー、二人の美少女をはべらせ、デートを楽しんでるんでしょー? 結月ちゃんという者がいながら、さらにもう一人追加なんていいご身分ですなー、久遠レイジは!」
ニヤニヤと笑いながら、はやし立ててくるファントム。
「ファ、ファントムさん!? わ、私たちはそんな関係じゃなくてですね!?」
結月は顔を真っ赤にしながら、手をあわあわさせ否定を。
「おやおやー、そんなに強く否定しちゃっていいのかなー? にひひ」
「あ!? べ、別に久遠くんがわるいというわけじゃないよ!? む、むしろ! はっ!? なにを口走ろうとしてるの私!? 今のはなしでお願い!?」
手をもじもじしながら、レイジの方に意味ありげな視線を向けてくる結月。だがすぐさま我に返り、あわてふためいていた。
とりあえず混乱する彼女のためにも、話を本筋に戻すことにする。
「からかうのはよしてくれ。こっちは人を待たせてるから、さっさと用件を頼むよ」
「はーい、了解なのよん! ワタシが話たいのは、今後どう付き合っていくか。ビジネスパートナーと言っても、お付き合いの度合いは違ってくるでしょ? だからワタシたちの関係性をはっきりさせておきたいのよん!」
あいさつはおわりだと、ファントムは本題へ。
「なるほど。つまりその話の振り方だと、ファントムはオレたちをただの客としてだけでなく、本当の意味でのビジネスパートナーにしたいわけか」
「久遠くん、それどういうことなの?」
「ようはオレたちに、ファントムの仕事を手伝ってもらいたいんだろ。情報屋というのは大体、いつでも動かせる人員を確保しとくものだ。情報を探させたり、奪ってこさせたり、運ばせたりするためのな。初めて会った時、従順な駒がほしいって言ってたし」
凄ウデの情報屋は情報の売買だけでなく、自分たちで情報を集めにいくもの。その収集についてはまず欲しい情報の目処をたて、手持ちの駒を動かす流れ。情報を実際狙うのにはいろいろ危険な橋を渡らなければならないゆえ、自身は指示するだけでほかの者にすべて任せるというわけだ。
張り込んだり、奪わせたり、事実の確認などやらせることは山ほどある。時には情報が入ったメモリースフィアの運搬や自身の護衛を任せたりする時もあるため、信頼における相手が必要になってくることも。なのでレイジたちにビジネスパートナーの件を、振ってきたのかもしれない。
「にひひ、ご明察ー! でも誰でもいいってわけじゃない。キミたちだからこそ、ビジネスパートナーの関係になりたかったんだー!」
ファントムは意味ありげに笑い、本意を告げてくる。
「どういう意味だ?」
「立ち位置的な問題かなー。なんでもキミたちはこの世界を巻き込むアポルオンの派閥争いに、興味深々なんでしょ? 保守派や革新派がなにをたくらんでいるか知りたいはず。それはファントムさんも同じ気持ちなんだー。今世界でなにが起こっているのか知りたくてたまらない。情報屋としての血が騒いでしかたないのよん! ね、利害が一致してると思わないかなー」
確かにカノン率いるアイギスは、このアポルオンの内乱を止めようとしている。だが今のところ各派閥の情報が少なく、動きたくても動けない状況。よって彼らの動向を知れる有益な情報は、ぜひとも手に入れたいのだ。そしてファントムとしては情報屋の性か、今世界の根幹を揺るがすかもしれない大事件を追いたいらしい。そう、狙いはどちらも核心にせまる情報。目的が一緒ゆえ、手を組めないかと。
もちろんアポルオンにアイギスが深く関わっているのもあるだろう。いくら調べたくても、相手は世界を牛耳るとんでもない組織。内部からの手引きなくして有益な情報など手に入れられるはずがないので、アイギスに目を付けたというわけだ。
「一緒にその謎を追っていこうというわけか」
「うんうん、もちろん仕事を手伝ってもらう以上、キミたちに損はさせない。とっておきの情報を売るのは当たり前として、そっちが欲しい情報を調べてあげたりもしちゃう! どうかなー?」
「まあ、わるい話ではないよな。ファントムほどの情報屋がバックについてくれれば、いろいろ事がスムーズに行くだろうし。わかった、そのせんでいこう」
今の時代情報は最大の武器。事をうまく進めるのに必要不可欠といっていい。そのため欲しい情報を手に入れられる環境を作って置くのは、非常に心強いのだ。それがファントムとなるとなおさらに。
彼女は伝説の情報屋と呼ばれるほどのウデを持っているため、そこいらの情報屋とは格が違う。高確率でお目当ての情報が手に入る可能性があるので、是非とも手を組んでおきたい相手であった。
「にひひ、商談成立なのよん! はい、これワタシの連絡先。なにか情報が欲しい時はここに連絡してきてねー」
レイジが乗り気なのを見て、ファントムは満足げに笑う。そして彼女の連絡先を送ってきた。
「やったね! 久遠くん! これでファントムさんが味方になってくれたよ!」
「ははは、ただアイギス側の情報が漏れる可能性があるけどな。たぶんそれも見越してオレたちに声をかけてきたはずだし」
強力な味方が加わったと喜ぶ結月に、不安要素をかたる。
このファントムとの同盟。必ずしも100パーセントアイギスのためになるとは限らないのだ。そう、なぜなら彼女は情報屋。アイギス側にある情報も当然、ファントムにとっては商品となる。ゆえにファントムがこちらの情報を盗み取ろうとするのも、ありえない話ではない。その結果、のちにその情報が漏れ痛い目に合うかもしれないのだ。
「え? そうなの?」
「那由他いわくだがな。たぶん当たってるんじゃないのか? なっ、ファントム」
「ギクッ!? あー、やっぱりあの柊さんは侮れないのよん。これからはあまり近づかないようにして、聞き分けのいいお二人さんメインで話を……」
ファントムは図星だと、うろたえ始める。そして自身の考えを独り言のように口に。
「おい、ファントム。本音が聞こえてるぞ」
「おっと、これは失敬、失敬! そんなことよりも! なにか調べて欲しいものとかあるかな? オーダーをくれれば、さっそく情報を集めておいてあげるのよん!」
レイジのツッコミに、ファントムは誤魔化すように話を別の方向へ。
ちょうどレイジたちが望む話題を振ってきた。
「――欲しい情報か……。狩猟兵団やレジスタン側のもそうだが、ここはファントムの腕を見込んでエデン財団について調べてもらえるか? あそこは保守派と組んでなにかやばいことをたくらんでるらしいんだ。アイギスとしてはその動向もつかんでおきたい」
狩猟兵団やレジスタン側の情報なら、アリスやほのか辺りから集めることができるはず。なので今はもっとも手が届きにくい情報を、プロのファントムに任せるべきであろう。もちろんそれは保守派と組んでなにかをやろうとしている、エデン財団の情報だ。
世界を統べるアポルオン。その最上位序列メンバーを中心として構成された保守派がらみの件ゆえ、情報のセキュリュティ対策は尋常ではないはず。ゆえに那由他やレーシスだけではきつそうなので、ファントムにも手伝ってもらうというわけだ。
「うわー、よりにもよってエデン財団かー。それだとさっそくキミたちの力を借りることになりますなー。ああいう研究機関の情報の機密性は異常なほどに固い。だから普通に嗅ぎまわるだけだと、成果は期待できないのよん。もう、関係者を襲ったり、アーカイブポイントに潜入したりで強引にいかないとさー」
「そうなるよな。まあ、向こうの情報が手に入るなら、こっちもある程度は戦力をさけるだろうからいけると思う」
「にひひ、じゃあ、決まりなのよん! エデン財団のことは一度、危険な橋を渡ってでも調べたいと思ってたからちょうどよかった! 動かせる戦力は確保できたし、ここからがファントムさんの腕の見せ所なのよん! まずは手始めにエデン財団側の動きを調べ、そこから強襲プランを立てないとねー」
情報屋のプライドに火がついたと、闘志を燃やし始めるファントム。
この様子なら彼女に任せておくことで、エデン財団の有益な情報が入ってくるかもしれない。
「頼んだ。なにか速報が入り次第、連絡してくれ。――ん、通話? しかもアリスからかよ」
話がうまくまとまったところで安堵していると、通信が。
シティーゾーン内では、現実やほかのエリアと同じで通話システムが使える。なのでこちらからかけることも、外からかかってくることも当たり前なのだ。
「アリスか、どうしたんだ?」
通話にでると、アリスの楽しげな声が。
「フフフ、今ちょうど、あなたたちのお姫様と近くのバーで飲んでるのよ。用事が終わったら、レージたちも来なさいな!」
「は? アリスとカノンが一緒にだって……?」
あまりの予想外の事態に、唖然とするしかないレイジなのであった。
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