電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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6章 第1部 アリスの来訪

238話 アリスとアイギス

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 レイジとアリスは、エデン協会アイギスの事務所に到着していた。
 ここはさびれた四階建ての小さなテナントビルの一フロア。一応給湯室や小スペースの部屋があるが事務所内はけっこう狭く、さらに古い建物のためかあちこち床や壁が痛んでいるという。ちなみにこんなみずほらしいところを事務所に選んだのは、那由多の趣味。本来ならいくらでも高いオフィスを借りられたが、なにやらロマンを求めた那由多のせいで、こんなおんぼろな場所に事務所をかまえることになったのであった。

「あ! アリスと久遠くおんくんだ。ほら、座って座って。今お茶を入れるからね!」
「アリス、待ってたんだよ。ゆっくりくつろいでいってほしいんだよ」

 アイギスの古びた事務所に入ると、結月ゆづきとカノンが笑顔で出迎えてくれた。
 ちなみに結月に関しては、現在十六夜いざよい学園が春休みらしい。なのでここにいるのも、なんら不思議はなかった。

「フフフ、お邪魔するわね」

 レイジとアリスは、うながされるままに事務所のソファーへと座る。

「アリス、これ昨日作ってきたクッキーなの。よかったら食べて」

 それからすぐに結月がテーブルに飲み物と、お茶菓子におしゃれなジャム入りのクッキーを出してくれた。
 そして彼女たちも、レイジたちと向かいのソファーに腰をおろす。

「ユヅキの手作り? すごいわね。じゃあ、遠慮なくいただこうかしら」
「久遠くんも、どうぞ」
「おう、サンキュー」

 さっそく二人でクッキーをいただく。
 するとほのかな甘みと、ジャムの酸味が口いっぱいに広がりとてもおいしかった。

「うまいな、これ。店で売ってるレベルだぞ」
「ええ、このイチゴジャム入りのクッキーなんて絶品よ。甘さと酸味の調和がなんともいえないわ」
「あはは、お口にあってよかったよ」

 レイジたちの絶賛の声に、テレる結月。

「これほどのものを手作りできるなんて、やっぱりユヅキの家事レベルは相当ね。レージ、がんばってユヅキを攻略して、嫁に迎え入れなさい。そしたらアタシのおやつタイムが、バラ色になるわ」

 アリスは胸に手を当て、レイジに期待に満ちたまなざしを向けてくる。

「本音がダダ漏れだな、おい」
「ちょっと!? アリス!?」

 これには両うでをブンブンしながら、顔を真っ赤にする結月。

「結月ばかりもてなしてずるいんだよ。こんなことなら私もなにか用意しとくべきだったよ」

 そんなワイワイするレイジたちを見て、カノンはほおに手を当て肩を落とす。

「フフフ、カノン、その気持ちだけで十分よ。まさかこんなにも歓迎されるなんて」
「当然なんだよ。アリスはお客さんでもあるし、ぜひともアイギスに入ってほしい女の子だもん。それに個人的にも、すごく仲良くなりたい相手だしね」
「あはは、ちなみに私の中ではもう、アリスは一緒に戦う仲間だと思ってるから!」
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない。これはますますアイギスに入るかどうか迷うわね」

 アリスは彼女たちの思いを聞いて、目を細める。

「じゃあ、もっともてなしたりアピールしたりして、アリスをその気にさせないとだね!」
「うん、がんばろう! カノン!」

 その反応を見て、手を取り合いやる気に満ちるカノンと結月。

「あー、アリスが入ってくれたら、もういいことづくめなんだよ。こうして自由になれて、さらに学園にも通えて……」

 そんなほほえましい光景を見守っていると、突然カノンが胸に手を当て幸せそうにかたりだした。

「学園だって?」
「えへへ、実はそうなんだよ。これでみんなと、そしてレージくんとも十六夜学園に通えるんだよ!」

 カノンは両腕を迎え入れるように前に出し、まぶしい笑顔を。

「――いや、オレは通う気ないんだが……」
「えー、レイジくん、少し前に言ったよね? 私が学園に通えるようになったら、その時はいさぎよく受け入れるって」

 レイジの正直な答えに、カノンはほおに指を当てちょこんと小首をかしげてくる。

「あれは絶対ムリだと思ったからで……。というかなんで学園に通えるようになったんだよ!? いくら自由になったとはいえ、アポルオンの巫女の立場ってもんがあるだろ!? 実際、それで現実でもエデンでも、外にでるのを禁じられていたんだしさ」
「それに関しては、監督権を持つ人の裁量さいりょうで決まるんだよ。そして今は冬華ふゆかさんに、現実でもエデンでも自由に出歩いていいって許可をもらってるんだ。もちろん学園に通う件も、快く了承してくれたしね!」
「――なんだって……」

 まさかの事態に頭を抱えるしかない。
 カノンが自由に外を出られるようになったことは、レイジとしてもすごくうれしいこと。しかし学園まで通えるようになるのは、完全に予想外。以前学園に通うのを回避するため言った、カノンと一緒にならという言葉がまさか実現することになろうとは。

「もう、レージくん、往生際おうじょうぎわが悪いんだよ。観念してみんなで学園に通おうよー」
「そうよ、久遠くん。一緒に青春を謳歌おうかしましょう。学園生活には、たくさんの楽しいイベントが盛りだくさんなんだから!」
「――そうは言われてもだな……」

 二人の熱い勧誘に、押されがちになってしまう。さすがにここまで期待されると、断るのが申しわけなくなってきていたという。

「今まさに昔夢見がちに想像してた、レージくんと外の世界でなにげない日々を過ごす夢が、最高の形で実現しようとしてるんだよ! だからねー、お願いなんだよー。レージくんと一緒に学園に通いたいー」

 するとカノンが立ち上がり、こちらの隣へと座る。そしてレイジの上着をつかんでクイクイ引っ張りながら、かわいらしくおねだりしてきた。

「――くっ、ずるいぞ、そのおねだり……」
「あはは、カノンは久遠くん相手だと、ほんと子供っぽくなるんだから」
「レージ、十六夜学園に通うの?」

 なんとかこの場を切り抜ける方法はないかと頭を悩ませていると、アリスが不思議そうにたずねてきた。

「――ははは……、今、なんとか回避してるところだ」
「もしかしてアリスも興味あるのかな? それならかえでさんに手配してもらって、十六夜学園へ通えるようにするんだよ!」
「わぁ! それナイスアイディアね! アリスまで来てくれたら、ますます楽しみが広がるよ!」

 手をパンと合わせ、目を輝かせる結月。

「ははは、アリスを誘うのはさすがにムリだぞ、二人とも」

 アリスは闘争こそが生きがえの少女。そんな彼女が戦う時間を削って、学園生活を送るとなんてこともはや想像もつかなかった。
 だがレイジの予想とは裏腹に。

「フフフ、そうね。レージが通うなら、お願いしようかしら」

 なんとアリスは乗り気な返事を。

「は? おいおい、アリス、正気なのか?」
「あら、失礼ね。レージと一緒に学園生活を謳歌するのも、それはそれで楽しそうじゃない? そこにはユヅキやカノンもいるわけだし、なおさらね」
「アリスに十六夜学園の制服は、絶対似合うよ! ね! 久遠くんもそう思わない?」
「まあ、確かに似合うだろうな。正直見てみたい気持ちはある」

 アリスはお世辞抜きで美人であり、スタイルも抜群ばつぐん。制服えはするのは目に見えているのだ。健全な男子としては、見逃せるはずもなかった。

「フフフ、そこまで言われたら、着ないわけにはいかないわね。とはいえそれも、レージが十六夜学園に通うかどうかですべてが決まるけど」

 アリスが意味ありげにウィンクしてくる。

「おい、アリス。まさかおまえもそっち側に着くのかよ!?」
「さあ、レージくん、外堀はどんどん埋まってきてるよ? ゆきちゃんもレージくんが通わないとイヤだって、さんざん言ってたしね。そろそろ観念したらどうかなー?」

 レイジの腕をつかみ、ニコニコと笑いかけてくるカノン。

「久遠くん! 久遠くん!」
「フフフ、レージ、どうするのかしらね?」

 さらに期待に満ちた瞳と、ニヤニヤというどこかおもしろがってる笑みが。
 対してレイジの答えは。

「あー、わかった、通えばいいんだろ」

 もはや断れる空気でないため、観念するしかなかったという。

「やったー! レージくんと学園! すごくうれしいんだよ!」
「あはは、よかったね! カノン!」

 そしてキャッキャッと喜び合うカノンと結月。
 ここまで喜んでくれるなら、しぶしぶではあるが受け入れた甲斐かいがあったのかもしれない。

「フフフ、レージ、学園行きおめでとう」
「いやいや、アリスも笑ってる場合じゃないぞ。この話の流れからして、おまえも通うことになるんだからな」

 意地の悪そうに笑ってくるアリスに、ツッコミを入れる

「あら、言ったはずよ。レージと一緒ならいいって」

 するとアリスがレイジのほおに手を当て、満面の笑顔で告げてきた。
 そこには一切の冗談がなく、マジらしい。

「本気だったのかよ!?」
「クス、ここだけの話、光と一緒に十六夜学園に通うのは、革新派側の要請ようせいで決まってたのよね」

 驚いていると、アリスがレイジの耳元でさらに驚愕きょうがくのカミングアウトを口に。

「なんだって!?」
「だからアタシとしては、レージをなんとしてでも十六夜学園に通わせておきたかったのよ。そしたら学園で一緒にいられるでしょ」
「ほんとにそっち側の人間だったのかよ!?」
「フフフ、そういうわけだから、よろしくね! レージ!」
「――はめられた……」

 こうしてアリスの手引きもあり、学園に通うことが決定してしまうレイジなのであった。


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