原初のヒーロー

七星北斗

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七転八倒3

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 ケタケタと、黒ドレスの少女の笑い声が辺りに響く。

「キャハッハッハッハ、貴方最高ー。今ので肋骨折れちゃったみたい」

 少女は愉快そうに、そして、痛みをまったく感じさせない足取りで、一歩後方へ下がる。

 一歩下がった先には、鹿ノ谷を観察していた監督官が倒れていた。

 鹿ノ谷や黒ドレスの少女に、彼方と万利は視線が釘付けになっていて、倒れていた監督官に気づくのが遅れた。

 どうやら監督官は、まだ息があるようだ。

 しかし、黒ドレスの少女は、口を大きく開けると無情にも、監督官の首筋をがぶりと噛み千切った。

 監督官の首筋から、赤い鮮血が吹き出す。

 鹿ノ谷や彼方、万利は動けなかった。今起きた現実を受け止めきれなかったからだ。

 状況が理解できない。混乱や焦燥、畏怖。

『ゾワゾワする、今の私、とっても快感』

『でも、援軍来ちゃったかー、流石にこの人数差はキツいね。トンズラさせてもらうよ~』

『おっと、忘れるところだった。私の名前は芦屋魔名あしやまな。灼冥之木所属だよ~、よろしくね~、そいじゃまた』



 口の周りをベットリと赤く染めた少女は、素早い動きで崖から飛び降りた。

 混乱の中から、ハッと目覚めた鹿ノ谷は、今後の方針並びに対策を考える。黒ドレスを追いかけるという選択肢は最初から除外している。

 とりあえず、監督官を呼ばへんと、だが、その前に、鹿ノ谷は、彼方や万利に向き直ると、頭を下げた。

「お前ら、正直助かったわ。あのまま続けていたら、俺は死んでた」

「…いや、僕らは何もできなかった」

「それでもや、ピンチに駆けつける、お前らのヒーロー性は誇ってええで」

 素直に喜べない、僕はヒーローの表面しか見えていなかったのかもしれない。

 黒ドレスに首を噛み千切られた監督官は、もう助からない。

 ヒーローはいつだって命懸け、今初めてこの言葉の意味を理解した。

 彼方の中で、鹿ノ谷に対して劣等感が生まれる。

「この場は俺に任せて、お前らは急いで富士山から下山しろ。肌がピリピリっと嫌な予感がするで」

「わかった、お前も気を付けろよ」

「おう、サンキューな」

 彼方と万利は、鹿ノ谷の言葉通り、山を降りることにした。

 富士山頂上で、赤い煙が上がる。

 協会本部では、試験は中止すべきではないだろうか?

 という議題が幹部内で上がった。

 しかし、ヒーローの特性上、怪我や死人が出るのは当たり前という、協会内部のルール上問題ないという話にまとまった。

 だが、監督官や受験生に死人が出ている以上、それを見逃すわけにはいかない。

 ヒーロー協会署長は、熟練の監督官やプロのヒーローを、富士山周辺に配備要請した。
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