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2.目覚め
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朝、鳥の鳴き声で目が覚めた。
光が柔らかく差し込む。
だが、その部屋は、ゆめの知っているどんな部屋よりも静かで広い。
カーテンは生成りのレース。壁には古い絵画。
そして鏡台。
磨き込まれた表面に、昨日までの自分とは違う顔が映る。
「……やっぱり、夢じゃないんだ」
声が震えた。
けれど胸のどこかで、妙な納得もあった。
あの夜、あの物語に怒りを覚えた自分が、この世界に呼ばれたのだとしたら――
それは偶然ではない気がした。
立ち上がり、鏡に近づく。
カナリアの顔はどこかどんよりとした雰囲気。覇気がなく、目元が沈んで見えた。
「素材は、完璧なのにね」
ゆめは苦笑した。
指先で髪を梳き、顔に触れる。肌の質感、髪の傷み具合。
メイクアップアーティストとしての感覚が蘇る。
机の上には、乾かされた草や花弁、銀の器。昨日の夜、庭園に行って摘んできたハーブと紅花だ。
指が勝手に動く。
__まずは、ハーブパックかしら。
ローズマリー、カモミール、少しの蜂蜜。水を加え、指で混ぜると、柔らかな香りが広がった。
ゆめはそれを顔に塗る。
ひんやりとした感触。
寝起きの肌が、ゆっくりと息を吹き返すようだった。
次に、紅花を手に取る。
花弁を潰すと、赤がじわりと滲み出した。
「いい色だわ……」
唇に指先で軽く叩き込み、血色を戻す。
少しだけ頬にも。
その瞬間、鏡に映る自分の顔が、ほんのり温かみを帯びた気がした。
髪に香油を落とす。
琥珀色の滴が光を受けて輝く。
指先でとかすたび、くすんだ金がゆっくりと光を取り戻していく。
鏡の中のカナリアが、ふっと息を呑んだように見えた。
「……あなたの美しさは、こんなものじゃないわ」
「人はね、最初の三秒で判断するの」
ゆめは昔、撮影現場で何百回も言った言葉を口にした。
「だから、目が覚めた瞬間から勝負は始まってるのよ」
鏡の向こうの自分に、微笑みかける。
それは、これまで一度も見せたことのない微笑だった。
*
ノックの音がした。
「お嬢様、お目覚めですか?」
侍女の声。カナリアの記憶が、ゆめの脳裏に浮かぶ。
――名前はマリア。
この家で唯一、カナリアに冷たくしなかった人。
「入って」
マリアが扉を開け、息を呑んだ。
「お嬢様……そのお顔は……!」
「え?」とカナリアが首をかしげると、
マリアは顔を赤らめて慌てて頭を下げた。
「い、いえ、その……とても綺麗で……昨日まで、お顔色が優れなかったので……」
「そう?」
ゆめは口角を上げる。
その一瞬、マリアの瞳が引き寄せられたように見えた。
たった少しの変化――それだけで、人の印象は変わる。
「ありがとう、マリア。お茶をお願いできる?」
「は、はいっ!」
ドアが閉まる音のあと、ゆめは鏡を見た。
ゆっくりと、唇が笑みに変わる。
「ねえ、カナリア。あなたが“地味”だって言われてた理由、分かったわ」
指先で鏡をなぞる。
「誰も、あなたの中にある“美しさ”を引き出せなかったの」
その声には、少しだけ優しさが混じっていた。
「でも安心して。私はそれを知ってる。
人の心なんて、見た目ひとつで傾くってね」
そのとき、鏡の中の少女が笑った気がした。
「さて――舞台の準備を始めましょうか」
光が柔らかく差し込む。
だが、その部屋は、ゆめの知っているどんな部屋よりも静かで広い。
カーテンは生成りのレース。壁には古い絵画。
そして鏡台。
磨き込まれた表面に、昨日までの自分とは違う顔が映る。
「……やっぱり、夢じゃないんだ」
声が震えた。
けれど胸のどこかで、妙な納得もあった。
あの夜、あの物語に怒りを覚えた自分が、この世界に呼ばれたのだとしたら――
それは偶然ではない気がした。
立ち上がり、鏡に近づく。
カナリアの顔はどこかどんよりとした雰囲気。覇気がなく、目元が沈んで見えた。
「素材は、完璧なのにね」
ゆめは苦笑した。
指先で髪を梳き、顔に触れる。肌の質感、髪の傷み具合。
メイクアップアーティストとしての感覚が蘇る。
机の上には、乾かされた草や花弁、銀の器。昨日の夜、庭園に行って摘んできたハーブと紅花だ。
指が勝手に動く。
__まずは、ハーブパックかしら。
ローズマリー、カモミール、少しの蜂蜜。水を加え、指で混ぜると、柔らかな香りが広がった。
ゆめはそれを顔に塗る。
ひんやりとした感触。
寝起きの肌が、ゆっくりと息を吹き返すようだった。
次に、紅花を手に取る。
花弁を潰すと、赤がじわりと滲み出した。
「いい色だわ……」
唇に指先で軽く叩き込み、血色を戻す。
少しだけ頬にも。
その瞬間、鏡に映る自分の顔が、ほんのり温かみを帯びた気がした。
髪に香油を落とす。
琥珀色の滴が光を受けて輝く。
指先でとかすたび、くすんだ金がゆっくりと光を取り戻していく。
鏡の中のカナリアが、ふっと息を呑んだように見えた。
「……あなたの美しさは、こんなものじゃないわ」
「人はね、最初の三秒で判断するの」
ゆめは昔、撮影現場で何百回も言った言葉を口にした。
「だから、目が覚めた瞬間から勝負は始まってるのよ」
鏡の向こうの自分に、微笑みかける。
それは、これまで一度も見せたことのない微笑だった。
*
ノックの音がした。
「お嬢様、お目覚めですか?」
侍女の声。カナリアの記憶が、ゆめの脳裏に浮かぶ。
――名前はマリア。
この家で唯一、カナリアに冷たくしなかった人。
「入って」
マリアが扉を開け、息を呑んだ。
「お嬢様……そのお顔は……!」
「え?」とカナリアが首をかしげると、
マリアは顔を赤らめて慌てて頭を下げた。
「い、いえ、その……とても綺麗で……昨日まで、お顔色が優れなかったので……」
「そう?」
ゆめは口角を上げる。
その一瞬、マリアの瞳が引き寄せられたように見えた。
たった少しの変化――それだけで、人の印象は変わる。
「ありがとう、マリア。お茶をお願いできる?」
「は、はいっ!」
ドアが閉まる音のあと、ゆめは鏡を見た。
ゆっくりと、唇が笑みに変わる。
「ねえ、カナリア。あなたが“地味”だって言われてた理由、分かったわ」
指先で鏡をなぞる。
「誰も、あなたの中にある“美しさ”を引き出せなかったの」
その声には、少しだけ優しさが混じっていた。
「でも安心して。私はそれを知ってる。
人の心なんて、見た目ひとつで傾くってね」
そのとき、鏡の中の少女が笑った気がした。
「さて――舞台の準備を始めましょうか」
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