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第2部
13.
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ファザーは、舌打ちをして真琴を一睨みする。
その隙に、大和が俺の腕を引いて、この階から連れ出そうとした。
「朔也さん、行きますよ」
「え? あ、ああ」
大和に引っ張られるまま、非常階段へと向かう。
「ちょっと! あんたたち、待ちなさいよ!」
彩花の叫び声が聞こえた。
――と、その時!
目の前の階段から、包丁が振り下ろされてた。
愛生が姿を現すと、俺たちの退路を断つように立ちふさがる。
「好きな人が、誰かと一緒なのが耐えられない……」
愛生はそう言うと、ふたたび、包丁を大きく振りかぶった。
「アオイ!」彩花の悲鳴ような呼び声がフロアに木霊する。
「うふふ。もう遅いわ」
ファザーは口元に手を当てて、くすりと笑った。
まるで、舞台の上で演じる女優のように優雅に振る舞う。
大和が俺の手を強く握りしめ、無言のまま、硬直していた。
愛生は、じりっと一歩前に出る。湿った空気があたりに 広がるのを 肌で感じる。
愛生は唇を噛み締めながら、こちらを睨む。
まるで、彼女の瞳は 俺でなく深淵を見ているかのように――。
「嫌……だよ。……お願いだから、……を、愛生だけを、みて!」
ゆっくりと 振り下ろされる 包丁を前にして、ただ、願うことしかできなかった。
◆ ◆ ◆
―――記憶は、突然に蘇ってくる。
永らく忘れていた、もう 思い出したくはない、あの日……。
それは、小学3年生の夏のことだった。夏休みに入り、家族でキャンプに出かけた日。俺は黒い猫を追いかけて、山の奥へと入ってしまった。
追いかけたのは、ほんの数分のことだったと思う。
何かにつまずいて、たくさん積んであった小石に 体がぶつかってしまう。
それは、音を立てずに散らばり、きれいさっぱり跡形もなく 消えてしまった。
そして、気づいたときには、見知らぬ場所にいた。
そこは鬱蒼とした森の中だった。見渡す限りの木、木、木。
空には太陽はなく、うすら寒い風だけが吹き抜けていた。
「ここ、どこ……?」
周りを見渡しても、人影はない。
聞こえるのは鳥の鳴き声だけだった。
途方に暮れていると、背後から物音がした。
振り返ると、そこには一人のお婆さんがいた。
黒いワンピースに とんがり帽子を被った 魔女のような恰好に驚かされた。
「あら、珍しいわね。こんなところに人が来るなんて」
「あ、こんにちは」
挨拶をすると、その人は優しく微笑んでくれた。
「どうやら迷子になってしまったようね」
「えーと、はい」
正直に答えると、彼女はまた笑った。
「そう。じゃあ、森の入り口まで案内してあげるわ」
「ありがとうございます」
彼女の申し出に素直に感謝を述べる。
「いいのよ、気にしないで」
「あ、ネコ!」
俺が声を上げると、さっきの黒猫が 再び 目の前に現れた。
今度は逃げずに、その場で毛づくろいを始めた。
「おまえ、また悪さをしたのかい?」
「にゃ~」まるで人間の言葉を理解しているかのように、返事をした。
「ごめんなさいね。この子は悪戯っ子なのよ」
「そうなの? でも、可愛いね」
「優しい坊やね」
俺が手招きをすると、こちらに近寄ってきた。「よしよし」頭を撫でてやる。
ゴロゴロと喉を鳴らして、気持ちよさそうにしていると、
――突然、カミナリが鳴り出した。
「さ。早く ここから出るわよ」
お婆さんが俺の手を取ろうとしたが、なんとなく不安になって拒絶してしまった。
クラスの女子に告白をして、フラれたばかりだった。
(……気持ち悪いとか、言われたら、どうしよう?)
「あら、ごめんなさい。うっかりだったわ。そうね、急に、知らない人に触られると怖いわよね」
慌てた様子で謝ってきたので、申し訳なくなって謝ると、なぜか向こうは笑っていた。
でも、その目は笑っていない。
突然、お婆さんの手が俺の髪を一房掴んだ。
「そんなに、年寄りが醜いかしら。ねぇ? それとも、汚いのかしら?」
驚いていると、そのまま引っ張られた。
「何とか 言いなさい!」
「痛っ!?」思わず悲鳴を上げてしまう。
痛みに耐えながら、相手の顔を睨みつける。
しかし、相手は平然としていた。それどころか、どこか悲しそうにすら見えた。
そんな女性が、ただ、恐ろしかった……。
「まぁ、いいわ。お前が結界を壊してくれたお陰で、ようやく動けるようになったのだから」
その口調には、明らかな侮蔑が含まれていた。
「でも、愚かな人間には、素敵な呪いを掛けてあげるわ。ほーっほっほっほっ」
◆ ◆ ◆
そして、俺は思い出す。こいつは、あの時の―――
老婆。
見た目が違い過ぎて、気づかなかったが、間違いない……。
ファザー・サンだ!
◇
その隙に、大和が俺の腕を引いて、この階から連れ出そうとした。
「朔也さん、行きますよ」
「え? あ、ああ」
大和に引っ張られるまま、非常階段へと向かう。
「ちょっと! あんたたち、待ちなさいよ!」
彩花の叫び声が聞こえた。
――と、その時!
目の前の階段から、包丁が振り下ろされてた。
愛生が姿を現すと、俺たちの退路を断つように立ちふさがる。
「好きな人が、誰かと一緒なのが耐えられない……」
愛生はそう言うと、ふたたび、包丁を大きく振りかぶった。
「アオイ!」彩花の悲鳴ような呼び声がフロアに木霊する。
「うふふ。もう遅いわ」
ファザーは口元に手を当てて、くすりと笑った。
まるで、舞台の上で演じる女優のように優雅に振る舞う。
大和が俺の手を強く握りしめ、無言のまま、硬直していた。
愛生は、じりっと一歩前に出る。湿った空気があたりに 広がるのを 肌で感じる。
愛生は唇を噛み締めながら、こちらを睨む。
まるで、彼女の瞳は 俺でなく深淵を見ているかのように――。
「嫌……だよ。……お願いだから、……を、愛生だけを、みて!」
ゆっくりと 振り下ろされる 包丁を前にして、ただ、願うことしかできなかった。
◆ ◆ ◆
―――記憶は、突然に蘇ってくる。
永らく忘れていた、もう 思い出したくはない、あの日……。
それは、小学3年生の夏のことだった。夏休みに入り、家族でキャンプに出かけた日。俺は黒い猫を追いかけて、山の奥へと入ってしまった。
追いかけたのは、ほんの数分のことだったと思う。
何かにつまずいて、たくさん積んであった小石に 体がぶつかってしまう。
それは、音を立てずに散らばり、きれいさっぱり跡形もなく 消えてしまった。
そして、気づいたときには、見知らぬ場所にいた。
そこは鬱蒼とした森の中だった。見渡す限りの木、木、木。
空には太陽はなく、うすら寒い風だけが吹き抜けていた。
「ここ、どこ……?」
周りを見渡しても、人影はない。
聞こえるのは鳥の鳴き声だけだった。
途方に暮れていると、背後から物音がした。
振り返ると、そこには一人のお婆さんがいた。
黒いワンピースに とんがり帽子を被った 魔女のような恰好に驚かされた。
「あら、珍しいわね。こんなところに人が来るなんて」
「あ、こんにちは」
挨拶をすると、その人は優しく微笑んでくれた。
「どうやら迷子になってしまったようね」
「えーと、はい」
正直に答えると、彼女はまた笑った。
「そう。じゃあ、森の入り口まで案内してあげるわ」
「ありがとうございます」
彼女の申し出に素直に感謝を述べる。
「いいのよ、気にしないで」
「あ、ネコ!」
俺が声を上げると、さっきの黒猫が 再び 目の前に現れた。
今度は逃げずに、その場で毛づくろいを始めた。
「おまえ、また悪さをしたのかい?」
「にゃ~」まるで人間の言葉を理解しているかのように、返事をした。
「ごめんなさいね。この子は悪戯っ子なのよ」
「そうなの? でも、可愛いね」
「優しい坊やね」
俺が手招きをすると、こちらに近寄ってきた。「よしよし」頭を撫でてやる。
ゴロゴロと喉を鳴らして、気持ちよさそうにしていると、
――突然、カミナリが鳴り出した。
「さ。早く ここから出るわよ」
お婆さんが俺の手を取ろうとしたが、なんとなく不安になって拒絶してしまった。
クラスの女子に告白をして、フラれたばかりだった。
(……気持ち悪いとか、言われたら、どうしよう?)
「あら、ごめんなさい。うっかりだったわ。そうね、急に、知らない人に触られると怖いわよね」
慌てた様子で謝ってきたので、申し訳なくなって謝ると、なぜか向こうは笑っていた。
でも、その目は笑っていない。
突然、お婆さんの手が俺の髪を一房掴んだ。
「そんなに、年寄りが醜いかしら。ねぇ? それとも、汚いのかしら?」
驚いていると、そのまま引っ張られた。
「何とか 言いなさい!」
「痛っ!?」思わず悲鳴を上げてしまう。
痛みに耐えながら、相手の顔を睨みつける。
しかし、相手は平然としていた。それどころか、どこか悲しそうにすら見えた。
そんな女性が、ただ、恐ろしかった……。
「まぁ、いいわ。お前が結界を壊してくれたお陰で、ようやく動けるようになったのだから」
その口調には、明らかな侮蔑が含まれていた。
「でも、愚かな人間には、素敵な呪いを掛けてあげるわ。ほーっほっほっほっ」
◆ ◆ ◆
そして、俺は思い出す。こいつは、あの時の―――
老婆。
見た目が違い過ぎて、気づかなかったが、間違いない……。
ファザー・サンだ!
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