Fleurs existentielles

帯刀通

文字の大きさ
2 / 33
どれもこれも花は毒でしかない

01

しおりを挟む
「だってあなたはflowerじゃないでしょう?一人でだって生きられるじゃないですか!この人がいないと死ぬわけでもないのにどうして?!」

その言葉を聞いた時、自分の顔が酷く醜く歪むのが分かった。

俺だって。俺だってflowerだったら、正々堂々性別すらも関係なくコイツの傍にいられたのに。何もかも投げうって喉から手が出て血反吐を撒き散らすほどコイツのことが好きだって、俺には何の特権も与えられていない。
気がついたら、口を突いて出ていた言葉。

「…死ぬほど好きだから、じゃ理由にならないんですか」

取り戻せない言葉は血と涙に塗れた本心。

「コイツのことが死にたくなるほど好きだから、一緒にいたかったんです」

死ねない俺が死んでもいいほど愛しているという事実は、運命の絆の前では何の効力もない。酷く気まずかった。今ここで俺だけが、部外者だ。

「でも、仕方ないです。俺はコイツの運命の相手じゃなかったんだから、どんなに好きになったって死ぬことすら出来ない。俺には…あなたが、ひどく羨ましい」

上手く笑えただろうか。どうして俺ってやつは、いつもいつでも叶わないものばかりを追いかけてしまうんだろう。今度ばかりはもう、嗤うしかない。運命の女神に袖にされた男の末路なんて天地開闢から無数に語られてきていて、少なくとも俺の判断が間違っていないことだけは確信できるから辛うじて救われている。自己肯定感と敗北感とが絶妙にブレンドされたモノトーンのマーブルをコーヒーカップの中でかき混ぜながら、これまでの日々を振り返る。

楽しかった。楽しかったんだよな。
幸せで溢れていた。
喧嘩もしたし、悩みもした、男同士で先なんてないんだって諦めようとしたことは何百回もあるけどそれでも手放せなかった。でも、

俺のこの気持ちと、誰かの生き死にを
天秤にかけるつもりはない。
たとえ死にそうに辛くても俺はきっと、死ねないから。

「…じゃあ、な」

幸せに、とは願えなかった。俺のいない場所で彼女でも誰でもいい、俺以外の誰かと幸せになるお前はどうしても見たくなかった。だから顔をあげることも出来なかったし、振り返るのは止めたし、触れることさえせずに背を向けた。

同棲、しなくてよかったな。
そんなどうでもいい感想しか浮かんでこない程に心は空っぽで、在り来たりの人生しか歩んでいなかった自分にこんなドラマみたいに劇的な出来事が訪れたりするんだなと他人事のように思っていた。

家までの道を歩いていたんだと思う。意識が拡散しすぎて定かではないけれど通い慣れたはずの道で今まで気づきもしなかった場所に花屋があるのが見えた。
途端に胃から吐き気が逆流して、慌てて道端に屈みこむ。花びら、だ。
美しく咲き誇る花たちが色とりどりに語りかけてくる。

”綺麗でしょ”
”こっちを見て”
”私だけを見て!”

声なき叫びが耳の奥でぐるぐると渦巻く。赤、白、ピンク、黄色、紫、青、何百もの色の変化、形の相違、それでも皆溢れんばかりの生命力でその煌めきを、美しさを、誇示している。

花の匂いに噎せ返る。吐き気が込み上げる。花、花、花、咲いて散ればみすぼらしく枯れるだけのお前たちが俺を狂わせる。

この日以来、俺の世界から一切の花の色が消えた。

【flower】ーー【owner】にwater水やりをしてもらうことで生きながらえる特殊な人間。身体のどこかに浮き出た花の模様がflowerの証となり、自分だけのパートナーとなるownerを見つけてparingすることで花が完成する。定期的に体液を交換するwaterをすることで、健やかな花を咲かせ、その花びらは効能の高い万能薬として高値で取り引きされる。

だからこそflowerは悪用されないように国家に保護され、身の安全を保障され、その稀有性から様々な特権が付与されている。花として生まれた不自由さと引き換えに、約束された生活を手に入れられるその旨味を手放す人間は少ない。

身柄を保護され、次代へと繋ぐためにその生活と生命の維持を保障されているflowerと同等にパートナーである【owner】にも付随した権利が与えられるため、互いの結び付きは固くなり容易には離れない。俗にいう利害関係の一致というヤツだ。

両者の関係に性別は影響しないため、同性同士の場合は体液の交換は間接的にしか行われない。例えば血液を直接皮膚に染み込ませる程度でも構わないが、量や頻度によって当然効果が長持ちする期間は変わってくる。

だが異性だった場合、一番容易なのは唾液の交換、即ちキスをすること。年齢や立場、好みにもよるだろうが、キスなんてしてしまえばもう後はなし崩しだ。身体の関係を持つことが何ら不思議ではない。即ち、恋人になって結婚する道筋が自然だということだ。その方が次代に遺伝子を繋げる可能性も高まるためにむしろ推奨されているくらいだ。

アイツの相手が、身目麗しく若い女の子だったというだけで、もう充分俺の人生は詰んでいる。

別にownerとしての特権が必要なヤツではない。本人のずば抜けた能力と容姿を持ってすれば、他者からの援助など全くなくても自身の力で切り開いていける未来が幾らでもあっただろう。だが、彼女にしてみたら幸運が目の前の棚から転がり落ちてきたんだ。高学歴でイケメンで高収入も約束されている男が自分のパートナーだなんて、シンデレラもびっくりのサクセスストーリーだ。

勿論、何事にも例外はあって、運命共同体である二人が運命をすり抜けて生き延びる方法もなくはない。だが彼女は決してアイツを放しはしないだろう。そしてアイツは人の生き死にを無視できるような冷徹な男じゃない、そんな奴なら俺が好きになったりしない。

俺の手から奪われた日常という名の幸せは「青春」という印字が施された美しいアルバムの中に収まって回顧するだけのものになってしまった。気の迷いやら時間の経過による解決なんて存在しない未来で、迷子のままぼんやりと断たれた道の先を見つめているだけ。足下は断崖絶壁。転がり落ちるのは簡単だがそれによってアイツの心がどう痛むのかと考えればそれすら選択肢に上らない。

日々は進む。あの日の別れから徹底的に避け続ける俺の心情を汲んだものか、アイツからの連絡も途絶えた。どんな言い訳をしても意味がないと分かっているからこその潔さに救われながら絶望している。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...