Fleurs existentielles

帯刀通

文字の大きさ
7 / 33
コペルニクス的転回

03

しおりを挟む
針が肌に触れた瞬間、ぶわっと全身に鳥肌が立った気がした。チクリとした痛みの後、体内に投与された瞬間それが強烈な光を放ちながら全身を駆け巡っていく。透明なケーブルの中に仕込まれた電飾のライトが一斉にスタートダッシュしたみたいにパッパッパッと光りながらスイッチが入っていく感覚。身体が一瞬浮き上がったかと思うほどの高揚感。まるで悪い薬だ、試したことなんてないけど。

ぎゅうっと縮こまった細胞がいっぱいに空気を吸い込んでいく。感覚が膨張して爆発する。パァンっと意識が弾ける直前、何故だか懐かしい顔が浮かんだ。

当然、俺の異常はブレスレットを通して通知され、すぐに医師と看護師が駆けつけて処置されたらしい。らしいというのも眠っていたからで、後で聞いた話によると、という注釈付きになる。診断の結果はOverdose過剰摂取

「は?どういうことですか?」

処方されて行った投薬が所定量を超えるとか医療ミスか?と気色ばむ俺に、担当医に代わって診察を担当した五十がらみでベテランの雰囲気を漂わせた髭面の医師はいたって冷静な声で答える。

「端的に言えばあなたのパートナーが見つかったということですね」
「はい?」

今度こそ処理落ちした俺の顔を見て、ほんのちょっと医師の口角が上がった。

「珍しいことではありますが、全く前例がないわけではないんです」
「でも…汎用性の高いownerってことは既に誰かのパートナーだってことですよね?」
「お、賢い。理解が早いですね」
「お世辞は結構です。ownerは複数のflowerを持てるものなんですか?」
「ちょっと事情が特殊でして現時点では明言できません。詳細は管理官からどうぞ」

これはちょっと面白いことになってきましたね、と顎髭を撫でながら医師は語る。俺は、目の前の現実を受け入れるのに必死だった。俺がflowerだっていうだけでいまだにお伽噺の国に迷い込んだような気持ちでいるのに、その上誰かのパートナーを共有する?時が戻せるなら現実味ってやつを取り返しにひと月前にタイムスリップしたいくらいだ。

「パートナーが判明したからには引き合わせることが可能になります。ownerによるwaterは義務ですからね、まぁ本人同士の相性が良くない可能性も考えて一応直接摂取は回避する権利もあります。ですが基本的に一度は顔合わせしないといけませんから、管理官にも連絡しましょう」

そう云って医師は控えていた看護師に連絡を依頼する。パタパタとサンダル履きの足音が遠ざかり、診察室には二人だけになった。

「どこのだれか、もう分かってるんですか」
「個人情報の観点からデータベースにアクセスしない限り属性情報しか分かりません。二十代の男性、東京在住くらいですね、お教えできるのは」
「…そう、ですか」

男性か。ほとほと俺はそういう星の下に生まれているらしい。
真っ先に浮かんできたのはアイツの顔だった。

誰か知らないが、どんなにイケメンでどんなに優秀でどんなに俺好みの男だろうと、アイツ以外の男の体液を直接受け取るなんて御免だった。生きるために一万歩くらい譲って投薬くらいは甘んじて受けるけれど、直接会って触れてwaterを受け入れるなんて絶対に嫌だった。心も身体も受け付けないのだ、頭では幾らその必要性が分かっていても、どうしても。噛み締めた口唇からは鉄の味がして、こんなに時が経ってもまだ俺のことを支配し続ける男に殺意すら湧いてくる。

ポケットがふるふると揺れて携帯を取り出すと、噂の管理官様からだった。医師に断って診察室から廊下に出てボタンをタップすると、聞き慣れた温度のない声が流れてくる。

「諸事情は聞かれたかと思いますが、一度は顔合わせの必要があります。そこからはお互い交渉の余地がありますが、余程の事情がない限りは直接会っていただく必要がありますね」
「でも男性なんですよね?」
「ええ、あなたと同年代の男性になりますね」
「じゃあ、会いません」

しばらくの沈黙、真意を図るように、或いは次の言葉を待っているのか。

「理由を訊いても?」
「男性から直接waterを受けるのに抵抗があります。お会いしたら暴言を吐きかねませんから遠慮しときます」
「…waterといっても、これまで通り成分を別途摂取することも可能です。直接、いわゆる唾液の交換などしなくても済む方法もあります」
「それは勿論別途摂取でお願いしたいですけど、それ以前に男性からの投与という時点で嫌悪感が先に立ってしまうんで、多分お会いしない方がいいと思うんです」
「お相手のために、というわけですか」
「しかもその方既にパートナーがいるんですよね?」
「ええ」
「なら尚更遠慮しておきます。自分のパートナーを後から掻っ攫われるなんて不愉快通り越して殺意が湧くと思います。少なくとも俺ならそうなります」
「…成程。お気持ちは分かりました。ただ先方の了解も必要です、一方的にあなたの意志だけをお通しするわけにはいきませんから。可能であればownerとしてではなくdonator寄付者として体液提供を継続してもらえるか確認する方向で進めていきましょう。それで問題ないでしょうか」
「…我儘言ってすみません」
「まあ、flowerであるあなたには特権が認められています。出来るだけの譲歩はしますが、万が一街中で突然出会ったりする可能性もなくはないですからね、会えばすぐ分かるとは思いますけど、念のためイニシャルだけ開示しておきます」

先方の返事があり次第ご連絡しますと慇懃無礼な口調で締めくくり電話を切った管理官の声が、エコーのように耳の中で反響している。

X.Xさん 東京在住 学生 24歳

…まさかな。同じイニシャルの人間なんてこの東京にごまんといるはずだ。そんなご都合主義の偶然があるわけない。あっていいはずがない。

意識して感情を閉じる。
期待なんて馬鹿げたものはサッサと捨てて、俺は独りで生きていくんだって決めたじゃないか。いつかこの身体が枯れて萎んで朽ち果てるまではモルモットでも何でもなってやるけれど、心までもは触らせない。

軽く頭を振って雑念を追い払う。どこかにいるというownerにも既にflowerがいるならば後から男の俺がしゃしゃり出てきたところで何の意味がある。自分がされて嫌なことはしない、って小学生だって知ってるルールだ。

あの日、俺の手から奪われた幸せを忘れたことなど一度もない。だから、同じ苦しみを誰かに与えるつもりもなければ、もう二度と誰かの特別になる気もなかった。

左の手首に嵌ったブレスレットを覆い隠すように右手できつく握り締める。

俺は決して、人のモノを欲しがったりしない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

処理中です...