Fleurs existentielles

帯刀通

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おやすみのその先で

01

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「おはよう」
「ん、おはよ」
「まだ起きない?」
「…もうちょっとここにいて」
「やけに甘えるじゃん」
「なんか、すごい、眠いんよ」

伸ばした手は皺が寄って折れそうに細い。枯れた木にかろうじてぶら下がっている枝に似て、生命力が抜け落ちてしまっている。

かさつく指先で頬をなぞれば重なる指が優しく包み込んでくれた。近づいてくる美しい顔は経年の変化はあるものの未だ衰えを知らず、艶やかに瑞々しさを放っている。ゆっくりと口唇が触れ合って、舌を絡め取られて、労わるような穏やかな口づけが繰り返される。呼吸をする度に腹の底から込み上げてくる小さな波が、とぷりとぷりと溢れ出して世界へと放出されていく。弱弱しく息絶える寸前の蛍みたいに微かな光がふわっと放射状に拡散されて、昼前の薄ぼんやりとした部屋を瞬間照らし出しては消えていった。

ほうっと息を吐いて離れていく温もりを淋しく思う。視界に入った指先は潤いを取り戻していたが、きっと明日になればまた萎れていくのだろう。

あれからもう二十年。寿命だと思っていた十年は駆け足で過ぎていった。その間に世界は信じられないほど様変わりした。世紀末に流行ったSF映画みたいな荒唐無稽な内容が現実となり、天変地異やら感染病やら世界大戦まで、もし二十年前の俺に"将来こんなことが現実に起こるぞ"なんて言おうものなら鼻で笑われていただろう絵空事じみた出来事が次々に起きていた。

つまり、俺たちの稀少価値は天文学的に跳ね上がった。病気も怪我にも有効な生きる賢者の石と化した俺たちは、国家を超えて重宝された、と言えば聞こえはいいが実際はボロボロになるまで生命を搾り取られた結果になった。

特にflowerとしての能力を使い過ぎた俺はもう見る影もなく萎れ、実年齢よりもはるかに年を経た枯れ木の老人のようになってしまった。アイツを取り戻しに行った時に会った彼女のように、俺も遂に枯れ時を迎えているらしい。

花として出来ることは全てしたつもりだ。世界の総人口からしたら微々たるものかもしれないが、確かに救えた生命もあったと自負もしている。人類の歴史の中では一瞬で通り過ぎてしまうような激動を生き抜いて、もう思い残すことはないくらいに精一杯生きて生きて生きてきた。

大変ではあったけれど何とかここまで寿命を延ばせたのは、ひとえに献身的に俺を守り、生かしてくれたコイツの存在があってこそだった。酷使する身体がみるみる萎れていくのを何度も引き留めて、死神の誘惑を蹴散らすために感情も身体も犠牲にして、世界からも、花としての俺からすらも守ってくれた。愛されてることを疑う余地なんて何処にもなかった。

醜く萎れ枯れていくばかりの俺を、ずっと変わらない眼差しで愛おしそうに抱き締める。好きだと言葉にのせて、誰に憚ることなく想いを伝えてくれる。死にたくなる程の痛み、心と身体が引き裂かれてこれ以上生きていたくなどないと泣き喚く俺の髪を撫でて、最期まで一緒にいるって約束したでしょ、とあの少し困ったような笑顔を浮かべる。なんて愛しい男。俺の最愛の男。

本当は、世界と引き換えにしたって構わなかった。
本当は、世界の行く末なんてどうでもよかった。
ただお前の傍にいられたなら、それだけで幸せだった。

このところ、意識が緩やかに時間に溶けだしている。
覚醒している時間が徐々に侵食されて、俺が俺でなくなる恐怖が半身を埋めている。もういくらwaterをしたところで原形は保てなくなっていた。朽ちていく身体が、朦朧とする意識が、怖くないと云えば嘘になる。夜、眠りにおちる前にいつだって胸がずきりと痛む。

もし明日、目が醒めなかったら。
この瞬間が最期だとしたら。

お前はまた泣くのだろうか。
俺を救い切れなかったことを悔やむのだろうか。
この世界にお前を遺していくことだけが辛かった。
やるべきことは全てしたし、思い残せる程のことなど何もなかった、お前以外には。

どんなに潤してもすぐに枯れていく俺を厭わずに傍にいてくれるだけで充分だった。こんな姿を晒すのは俺だって本意じゃない。出来るならひっそりと誰にも知られずに朽ち果てたかった。
だけど、約束したから。

最期のひと呼吸がこの身体から吐き出されるその瞬間まで、俺の全てはお前のもの。運命が後押ししてくれた関係ではあった、でも掴み取って築き上げて繋ぎ止めてきたのは、俺とお前の二人だったからだと思いたい。

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