森の魔女と彷徨う甲冑~笑って、わたしのムーン~

犬塚ハジメ

文字の大きさ
9 / 26
CASE 3  町へ行こう!

【ウィル・外傷】

しおりを挟む
    5

 麦藁むぎわら色の髪にステンドグラスのような輝きを帯びた花の飾りが映えている。リリーは石畳を軽快に歩く。ムーンに何度も礼を伝えた。
「私は店主に声をかけただけだ。代金を支払ったわけではない」
「それでも、です!」
 薬草相談所のことだけを考えて無駄遣いをしないようにしていたリリーは、着飾ることを避けてきた。年頃の娘らしく町の洗練された女たちに憧れもあった。本当は綺麗なもの可愛いものに興味はそれなりにある。町を訪れるときは、いつも気分が高揚こうようしていた。決して森の暮らしに不満があるわけではない。患者と接することは幸せでもある。それとこれとは別問題だった。
 髪飾りを目にしたとき、素敵だと思った。咄嗟とっさに値段を想像し、財布の中にある小銭で足りるかな――とまで考えてしまった。すぐにいけないいけないと首を振る。薬草を採りに出かけたり、調合をしたりと慌ただしい森暮らしにの身ではつけられない。頭では分かっているのに目が離せなかった。「わたしには贅沢なもの」と諦めようとしたとき――。
「店主。これを一つ欲しい」
 意外なところから声が上がった。まるで自分の心を代弁したような言葉に混乱する。口に出してた?
 ムーンは淡々とした態度で店主と会話をする。動揺としているうちに手の中には髪飾りがあった。
 世間的には大したものではないのかもしれない。店主は賑やかしに置いただけというような反応だった。それでも、リリーにとっては飛び上がるほど嬉しかったのだ。髪飾りを見つめると、心が弾んで胸の中に温かいものが広がる。居ても立っても居られなくて、石畳を軽やかに跳ねるように歩いた。

    6

 太陽がだいぶ西に傾き、陽射しが弱まっている。夕暮れには家に帰らないと、すぐに視界が見えなくなるほどの夜がやって来る。人通りは少なくなっていた。
「次で最後になります」
 リリーは民家の間を通る細道をやや急ぎ足で進む。大通りから離れていく。石畳は地面になり、民家は色褪せたものになっていく。
「なるほど」とムーンは口を出さずに頷いた。――下層民住居区だ。粗末な服を着てどこか正気のない目をした者を見かける。何らかの理由で職を手に入れられなかった者の集まり。ムーンの知識にあるということは、昔も今も似たような場所があったということだ。
 棒切れをついた老人が覚束ない足取りで道の先に現れた。り足で今にも小石や地面の凹凸でつまずいてしまいそうだ。
 老人が視界に入ったところでリリーは駆け寄る。老人の斜め後ろ側から背中を支え、片手を握り、歩行を介助する。老人は頼りなげな様子で「ありがとう。ありがとう」と何度もお礼を言った。
 さらに道を進むと開けた場所に出た。道の反対側には一際目立つ建物。石積の三階建て。屋根は丸いオレンジ色。
「ここです」
 リリーは後ろを振り返り、ムーンに告げた。
施療院せりょういんです。無償で恵まれない方を治療する公共施設です。ムーンさんの時代にもあったでしょうか?」
「ああ。しかし、ここは――」
 リリーは憂いを含んだ視線を送る。
「国が他国を真似て作ったものですが、充分な設備はありません……」
 静かな口調でそう説明してからムーンが持っている木箱を三段受け取った。
「ここの皆さんに薬草壺を渡すと力尽くで奪われる恐れがありますから、施療院に預けるようにしてるんです。中の人と話してきますから、ムーンさんはここで待っていてくれませんか?」
「ああ」
 リリーは早足で道を横切っていった。表の入口ではなく、脇道から奥へと進む。時間にして十分足らずで終わったらしい。リリーは手ぶらで建物から出てきた。
 ムーンの元へ戻ろうとし――横道から出てきた小柄な人影と衝突した。
「あっ」
 その場に膝をつくリリー。その拍子にパキンと軽い音がする。
 ぶつかったのは十歳に満たないくらいの少年だった。したり顔でリリーを目の端で黙視してから前へ走り去ろうとした。が、眼前に鉄の板が現れ、行くてをはばまれる。見上げると、重々しい甲冑が目の前に立ちはだかっている。
「スリか」
「わっ?! なんだコレ……!」
 正面衝突こそしなかったものの、バランスを崩した少年は倒れた。少年が奇妙な動きをした瞬間に地を蹴って二人に迫ったムーンがそこにいた。
「リリー」
 その場から動かずにリリーに声をかける。
 リリーは土のついた膝をはたき、身体を起こす。地面にはガラスの破片が飛び散った髪飾り。眉を八の字にして数秒それを見つめてから立ち上がる。
 ぶつかってきたのは擦り切れて汚れた服装からこの地区の子どもだ。地面に伏してくの字になっている。
「うぐ……い、痛ぁ……」
 喉の奥で絞ったような声にリリーが駆け寄る。少年のズボンの膝の部分が破けて赤く染まっている。辺りには尖った石が散らばっていて、そのどれかが少年をえぐったに違いなかった。
「ムーンさん、壺の残りは?」
 ムーンは木箱をリリーに見えるように突き出した。
「この一箱にあるもの以外は空だ」
 リリーは中身のある壺を確認し、その中の一つを見て安堵の表情を浮かべる。
「ヤロウの軟膏がある」
 二壺と布を取り出し、少年に向かって屈んだ。
「ごめんね。綺麗にするね」
 片方の壺の中身は芳香蒸留水ハーブウォーター。膝にかけて血と汚れを流し、布で傷口を押さえる。次にもう一つの壺を開けると、中にクリーム状の個体。ヤロウの軟膏。蜜蝋と植物油に薬草の成分を混ぜたものだ。ヤロウはノコギリ状の尖った葉を持つ植物。まとまりのある小さな花を咲かす。止血や消毒の効果がある薬草だ。
 リリーは軟膏を塗ってから上から布を置き、他に布の余りがないことに気がついた。少し考えてから首元のスカーフを取り、足を布ごと縛る。
「これで大丈夫だよ。あまり動かさないようにしてね。一日経って傷口が塞がったら取ってね」
 リリーに浮かぶのは慈愛に満ちた症状。
 少年は少し戸惑っているようだった。手当てされた膝とリリーの交互に視線を送り、俯いて小さな声で言った。
「……ごめんなさい」
 手のひらをリリーに見せる。そこには薬草壺の丸いツボ
「エプロンのポケットに……」
 患者の家を周っている中で無意識に入れたものかもしれなかった。エプロンにはリボン以外は何も入っていない。財布はエプロンの下にある着脱式のポケットにしっかりと収まっている。
「ありがとう。もうすぐ暗くなるから、早くおうちに帰ってね」
 リリーは穏やかに対応し、蓋を受け取ってポケットにしまう。少年は意気消沈した様子でとぼとぼと路地に消えていった。
 壊れた髪飾りが地面に散らばっている。リリーはしゃがんでワイヤーな部分など大きな欠片を広い、ゆっくり壺に入れていく。ムーンからは背中しか見えない。カシャンカシャンと乾いた音がした。
「ムーンさん、わたしはここの生まれなんです……。往診中の父に赤ちゃんのときに拾われて、それから相談所で育ちました。実の親のことは何一つ知りません。こんな環境ですから、事情があったんだと思います」
 まだ細かい欠片が残っている。エプロンの裾で手を包み、光を帯びる粒子を集めていく。
「父や周りの人に恵まれていたんです。不幸だなんて思ったことはありません。わたしは運がよかった。お世話になった人たちの力になりたい、同じような環境で生まれた人たちを助けたい、そう思って相談所を続けてます。父には『自分の我儘に付き合わなくていい』なんて言われましたけどね」
 壺の中に集めた欠片が土ごとサラサラと入る。リリーの吐露とろは話しかけているようでいて、自らにも言い聞かせているよう。語尾には冗談のような明るい響き。
「だから、立ち止まってはいられないんです」
 後ろを振り返ったときは、いつもと変わらない笑顔だった。
 ムーンは視界には頼らない。空気や温度を読むことが自然と身についている。
「リリー、少し待て」
「はい?」
 肩から薬草かごを下ろし、ムーンの手が中に入れる。野草がすべてなくなり、芸を見せた子どもたちからの謝礼品だけが残っている。その中の一つを親指と人差し指を使って潰さないようにそっと掴む。人間と違って皮と金属に包まれた手は不器用だ。取り出したものをリリーが髪飾りをつけていた場所へ力を入れないように乗せる。――円形に開いた小さな黄色の花。細い花びらの集まり。あらゆる場所で見られるその花。子どもの一人がムーンに送ったもの。柔らかい髪に咲いた花はどの花よりも可憐だった。
 リリーの瞳が潤み、水の膜が覆う。眉尻が下がり、唇がわななく。一度しゃくり上げた後に震える声で、「ありがとう……」と小さな言葉が溢れた。



次回→リリーとムーンの休憩時間①
※ヤロウ→英雄アキレスの花
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

処理中です...