森の魔女と彷徨う甲冑~笑って、わたしのムーン~

犬塚ハジメ

文字の大きさ
18 / 26
CASE 8  お別れの仕方

【緩和療法】

しおりを挟む
    1

 町の外からやって来た荷馬車が一軒の民家の前で止まる。荷台から明るい髪の少女と無骨な甲冑が降り、足早に民家の中に入っていく。髪を高く結わえた少女は薬草師のリリー。布で口元を覆って身なりを正す。その表情は固い。後ろに続く甲冑――ムーンは木箱を幾つも抱えている。
 家の中には収容人数を上回る人間が集まっていた。中年から幼い子どもまで十人以上だ。リリーが深くお辞儀をすると、十歳に満たない男児が無警戒に近づいてきて、スカートにしがみつく。
「お姉ちゃん! 魔女だよね? おばあちゃんを治してくれるんだよね??」
 リリーは困ったような笑顔を浮かべる。答えを吟味している間にその男児の母親と思わしき女が近づいてきて「ごめんなさい」と口早に言って男児の腕を引く。
 顔見知りのキャロルがリリーを部屋の奥へ案内する。個人部屋まで辿り着くとドアを開けた。
 リリーはベッドまで歩き、跪いてベッドに横たわる人物に話しかけた。相手に寄り添う優しい声で。
「おばあちゃん。アリスおばあちゃん。リリーが来たよ」
 老婆の瞼が震え、目が薄く開く。
「リリー……ちゃん」
 嗄れた弱々しい声だった。それでも嬉しそうに口元に笑みが浮かぶ。
「少し具合を見させてね」
 リリーは棒状の聴診器で胸の音を聞いたり、腕を取って脈を測った。それからキャロルに目配せをすると、笑顔を残して部屋を出ていった。
 それから、居間に大人だけ集め、三十分ほど話し合いをした。黙ってそばにいたムーンには部屋は灰色と青色が混じった重々しい空気で充満しているのが見えた。
 アリスの部屋に荷を下ろし、薬草の準備を始めた。足りない器はキャロルに申し出て、家のものを借りた。昼が近づいていたので、よく潰した少量のポリッジをアリスの口に運ぶ。そうしているうちに、アリスの親戚が集まったと知らせが入り、再び居間に移動する。
 広間には大人も子どもも含めて二十人近くが集まっていた。町で商売を営む者、村で農業を営む者、様々だ。リリーは口元の布を取り、深々とお辞儀する。
「こんにちは。わたしは薬草師です。アリスさんには子どもの頃からお世話になっています。わたしは医者ではありませんので、特効薬をお出しすることはできません。これから行うのは、緩和療法です。アリスさんからなるべく苦痛を取り除き、残された時間を穏やかに過ごしていただくよう最善を尽くします」
 大人たちは沈痛な面持ちで頷き、幼い子どもたちはきょとんとした顔で大人たちの顔を見上げていた。

    2

 リリーはアリスの隣の部屋を借りて寝泊まりすることになった。孫娘のキャロルなど親戚が代わる代わる手伝う。
 寝たきりになると床擦れを起こし、血行不良で肌が壊死えししてしまうので、身体の位置を変えながらマッサージをする。
 薬草に関しては、手に入りにくいものをブルネット商店から取り寄せて用意していた。貴族の庭園などでしか取れないバラから抽出した芳香蒸留水ハーブウォーターを使い、身体を洗浄する。痛みを訴えることがあれば、ミントでハーブティを作り、口に運ぶ。足の浮腫むくみにはサイプレスを使った。
 時折アリスは小さな声でありがとうと口にし、目を閉じている時間が長くなった。
 リリーは夜間になると隣の部屋で仮眠を取った。ムーンが何かあればすぐに起こすと約束をし、半ば倒れるようにしてベッドに横になった。
 そうして、三日三晩ほとんど休まず世話を続け、アリスは昏睡状態になった。呼吸が止まったのはそれから半日後、昼前のことだった。眠っているように静かで安らかな表情だった。部屋にいた手伝いの親戚たちは泣き崩れ、悲しみが場に広がった。リリーはアリスに黙祷を捧げ、寝姿を整えてから部屋を出た。

「先ほど、アリスさんは永眠いたしました……」
 リリーは居間に集まった親戚たちにそう告げた。途端に涙を流す大人たち。子どもたちはその様子を目の当たりにしてから、アリスにもう会えないことを察して親にしがみつく。
「とても安らかにお眠りにつきました。部屋でどうぞご挨拶を……」
 親戚の子どもの一人が声を上げた。リリーを「魔女」と呼んだ子どもだった。
「どうして? どうして治してくれなかったの?!」
 母親が泣きながらいさめても、言葉は止まらなかった。大粒の涙を溢しながら「大ばあちゃん……!!」と叫ぶ。
 リリーは黙って頭を下げていた。

    3

 別れの挨拶のために慌ただしくなったので、リリーとムーンは片づけをして家から出た。ブルネット商店は真昼は忙しいから馬車が出るまで時間がある。
 すぐにキャロルが追いかけてきてリリーに頭を下げた。
「ありがとう。無事に祖母を送ることができたわ。そして、子どもが失礼なことを言ってごめんなさい……。幼すぎて受け止められなかったんだと思うの。大人たちは去年の冬の時点で覚悟していたから、みんなあなたに感謝してる……。あなたのお陰で祖母と過ごす時間ができたの」
 目元を押さえて礼を繰り返し、最後は「祖母はあなたのことも可愛がってた。葬儀に是非出席してね……」と言葉を締めた。
 リリーは丁寧に挨拶をしてアリスの家をあとにした。目立つわけにはいかないと路地を歩く。このまま時間を潰しても、山猫亭で食事をしてもいい。
「わたしができることは少ないです。動物が持つ自然治癒力を高める手伝いをするだけ……。例え医者であっても、寿命を伸ばすことばできない」
 リリーは静かな口調で言った。石畳を歩く乾いた音が単調にコツコツと響く。ムーンはそれを無言で聞いている。
「わたしが最初に看取ったのはおじいちゃんでした……。おじいちゃんは死期が近づくのが分かると、わたしにできるだけ知識を授けてくれました。苦しかっただろうに……。最後に教えてくれたのが、緩和療法です。きちんと患者さんを見送れるようにしてくれました。でも――」
 リリーの足が止まる。石畳にぽたりと雫が落ちた。
「慣れないの……! どうしても……。お別れのときはいつだって悲しい……!!」
 エメラルドの瞳に薄い膜が張り、ぽたぽたと涙が流れる。唇がわなわなと震えている。
「……おばあちゃんは幼いわたしに歌を唄ってくれたり、家事を教えてくれたりしました。もう、おばあちゃんのパン、食べられないの……。医療が発達したら、こんなに悲しいことなくなるのかな……?」
 リリーの細い肩が頼りなさげだった。
 ムーンは硬質な声で語りかけた。
「私は君が何度も様子を見に家を訪れていたのを知っている。薬草も欠かさず届けていた。よく頑張った。アリス婦人も君に礼を言っていた。君に見届けてもらって喜んでいると思う」
「ムーンさん……」
 リリーは言葉を失くし、あとは啜り泣きが路地に響いた。
 ムーンの中に初めてアリスと出会ったときの記憶が甦る。『できたら、リリーちゃんを守ってあげてくれないかしら? あの子のことが心配なの』優しい老婆の言葉にはリリーへの思いやりが込められていた。
 ムーンは黙ってリリーが泣き止むまでそばに立っていた――。

 *****

 少年は曾祖母が亡くなり、家の裏で膝を抱えていた。いつでも優しかった曾祖母。両親と喧嘩したときは何も聞かずに匿ってくれた。初めて経験する身内の死。いつでもそばにいてくれる気がしていたから余計に受け入れられなかった。大人たちが葬儀の準備をしていることも、まだ理解ができなかった。鼻を啜り、何度も嗚咽を繰り返す。
「な……なんで……ま、まじょ……。大ばあちゃ……死んじゃ……った……」
 哀しみに暮れている中、背後から声がかかった。
「ねえ、ボク? その話聞かせてくれない?」
 薄ら笑いを浮かべた兵士がいつの間にかそこに立っていた。



次回→CASE 9 繋ぐ光
※サイプレス→セイヨウヒノキ、聖なる木
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

処理中です...