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[4]主と従

-35-:敵を作ってやっては可哀想じゃ

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 サマーセーターを纏った、栗色の膝裏辺りまで伸ばしたロングヘアーの女性の姿がそこにあった。
 伸ばし袖から覗く、細い4本の指をウォーフィールドの手に添えて彼の動きを見事に封じていた。

「どうして・・貴女様が・・」
 彼の驚きは、どうやらそれだけでは無さそう。

この組・・・久しぶり・・・・に“生きた”盤上戦騎ディザスター同士の戦いがあるといふので見物に来てみれば、
 ヤツらの姿は何処にも見えぬし帰ろうかと思ったのじゃが、
 執事殿が何やら面白い事をなさっておられるようなのでな。ちと立ち寄ったまでじゃ」
 若い女性とは思えない間を置き過ぎた言葉使いに、クレハの足は止まってしまった。

「お控え下さい、妲己だっき様。無暗に出歩かれてはマスターを務めている者が」

「承知の上でのまかり越しじゃ。じゃがの、
 其方そなたわらわの手を煩わせるようものなら、
 宛がわれたマスターが寝込むだけでは済まされぬもまた承知の上。
 其方はそれでも良いのかや?」

 何がどう脅しになっているのか?クレハには理解できなかったが、ウォーフィールドは大人しくアイスピックを収めてくれた。

「彼女は決してライク殿の悪口を言った訳ではない。
 ただ、子供は健全であるべきと述べたに過ぎん」

「しかし、妲己様」

「ウォーフィールドよ・・お前たち・・あるじの敵を作ってどうする?
 あれでも、まだまだ子供じゃぞ。
 子供は可愛がられて育つもの。
 友達を作ってやるならまだしも、敵を作ってやっては可哀想じゃ」

 現代用語とは思えぬ話し口調と言い、言っている事も何だかお婆ちゃんみたいだ。
 そんな事ばかりに気を取られているから、クレハは3つあったであろう不可解な・・・・点を聞き逃してしまうのだった。


「ふっ」微笑むと、妲己と呼ばれた美女はオトギの胸を軽く押して、彼女に尻餅をつかせた。

「あなた達は一体!?」
 得体の知れない2人の男女を睨み付けながらオトギが訊ねた。少し乱れた襟元を正して。

(ほぇー。スゴいねー。オトギちゃんってば。私なんか、声すら出なかったよ)
 無事を得た安心は何処へ。ただただ感服するばかり。

 すると、問い掛けるオトギの前に立った妲己が身を屈めて顔を寄せた。
わらわは改めて名乗りはせぬ。
 これを好意と受け取られよ。
 そして好意のついでに、ひとつ忠告してやろう。
 “無垢なる白は何ものよりも染まり易い”。
 くれぐれも忘れる事無き様、良いな?」

 告げると同時に彼女の姿は消え去っていた。と言うよりも消え失せていた。
「大丈夫?」オトギを抱き起す。
「取り敢えず、オトギちゃん。悪いけど、あと10分だけ遅れますと伝えてくれないかな?必ず10分したら部活に出るから。お願い」

「何を呑気な!先輩は見なかったのですか!?大きな影が学園上空を飛び去って強風を巻き起こした事を。部員全員、避難するか検討している中で貴女の姿だけ・・が見当たらないから、探してくるよう仰せつかったのですよ!」
 バツが悪くて目を逸らす―。言われてみれば、ベルタが飛び立った時に校舎を含めた学園上空を低空で飛び去っていたのを思い出した。
(ああ。アレ、マジでもうちょっと何とかならなかったのかな…)

 被害を出さないように場所を移してくれたのは良いとして、その過程がおざなりになっていた。

「それは解っているよ。でも、お願い!10分だけ時間が欲しいの。信じて」

「いいでしょう。信じるに足るかどうかは先輩の行い次第です。それに、今の出来事は学園の外で起こった事なので報告は一切致しません」「オトギちゃん・・」
 安堵もつかの間「ですが」オトギの話はまだ終わってはいない。

「これがもしも犯罪に関わる事なら!これより先は私から申し上げる必要はありませんね」
 石版の重みで太腿の骨が砕けそう。立ち去るオトギの背を見ながら、しみじみと思う。

「あと10分かよ・・。頼むよ、タカサゴ」
 実に身勝手極まりない願いである。



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