上 下
142 / 351
[14]騎士と兵士

-137-:それができていれば苦労なんてしませんよ

しおりを挟む
 もう1騎の盤上戦騎が戦ってくれたら、ヒューゴを戦わせる必要は無くなる。

 そう考えたココミではあったが。

 肝心の、ダナのマスターを得ていないこの現状、抜け穴を見つけたはずなのに、誤って落とし穴に落ちてしまった気分だ。

「そうでした!」
 閃いたかのごとく思い出し。

「ライク!私は約束通りにヒューゴさんにクィックフォワードと契約を結んでもらっただけでなく、彼にアンデスィデに参戦してもらっています。今度は貴方が私との約束を果たす番です」
 非難するかの如く、ライクを指差すと、「約束?」繰り返して訊ねてきた。

「今すぐに、あの包帯の盤上戦騎ディザスターをこの空域から退かせなさい」
 命令口調で告げる。

「え?アンタたち、何か約束事を交わしていたの?」
 訊ねるクレハに「クレハさんたちが授業に励んでおられた頃の話ですから」素っ気なく追いやられてしまった。

 すると、ライクはクスクスと小さく笑い。
「ああ。そうだったね。だけど、約束自体は忘れていたけど、僕は君との約束を違えたワケじゃないよ」

「何を言っているのです?こんなに人が集まっている場所で戦ったら、たくさんの被害者が出てしまうではありませんか」

「じゃあさ」
 辺りを見回し、ライクは街へと通じる桜並木へと指差して。

「街の方へ戦場を移すかい?」訊ねてきた。

「そんな事をすれば、さらに被害が拡大してしまいます」
 反論した瞬間!ハッ!とココミはある事に気付いた。

 天馬学府は確かに人が溢れている。

 だけど、街と比べると、その数は圧倒的に少ない。

「やっと気付いてくれたようだね。僕は“最も・・被害が少ない場所に戦場を移す”と約束したはずだよ」

 茫然と立ち尽くすココミは頭を振ると。

「そんなの、ただの言葉遊びではないですか!早々に上空へ移るなり、もっと遠くへ行くなり、あなたの駒に命令しなさい!」

「何だか知らないけど、ココミちゃん、ライク君に一杯食わされたのね」
「クレハさんは黙っていて!」
 首を突っ込むも、またもや追いやられてしまった。

 しょうがないのでライクの元へと寄ると、彼の魔導書はチェス盤のページが開かれたままだった。

 チェス盤を覗きこむ。

「これ、どうしたの?」
 盤面を指差して訊ねた。

「何か?」
 ウォーフィールドが不躾にも、質問を質問で返してきた。

「この隅っこでアンデスィデが発生しているんだよね?」

「そうですが。何か?」

「お互いに騎士ナイト兵士ポーンが各1騎ずつ。なのに、いま学園にいるのは1騎ずつ。お互いの残りのディザスターは今どこで何をしているの?」
 クレハの質問に、ココミは頭を悩ませる。

「それができていれば苦労なんてしませんよ」
 皆まで聞くまでもなく、未だにマスターを得ていないのだと察した。

 で。

 ライクへと向き直る。

「シンシアなら、あと5分くらいで到着するんじゃないかなぁ。渋滞にでもハマっているのかもしれないね」
 何をおバカな事をおっしゃっているのか?

 盤上戦騎は空を飛んでいるのでしょう?そんな空想科学兵器が渋滞にハマるなんて。
 小馬鹿にしたような笑みでライクを見やる。

 すると。

「ライク!貴様ぁ、何なんだ?この騎体は!?」
 ライクの魔導書から、シンシアの怒鳴り声が聞こえてきた。

「どうしたんだい、シンシア。そんなに荒れて」
 またもやため息。

 そんなライクを見やり、彼はつくづく幸せを逃す性質たちの子供なのだなと思う…。まだ子供なのに。

「この盤上戦騎、飛行できないじゃないかよ!しかもキャタピラ走行なんて、鈍足にも程があるぞ!」
 クレームを付けている。

 ココミは遠い目をしてライクとシンシアのやり取りを眺めていた。

 道路に沿って移動していた理由がコレだったのね…。

 無限軌道キャタピラとはいえ、ことごとく建物を踏みつけて来るよりも、道路を走ってきた方が遥かに早いものね。

 現在、時速何㎞で走行しているのかしら?

しおりを挟む

処理中です...