上 下
176 / 351
[17]沼へ

-171-:もう、大丈夫だよ

しおりを挟む
 イオリはタツローの視線に気付くと、またもや視線を逸らせた。

(い、今のも意図的に目を逸らしたよな?今の態度は一体…)

「タツロー君、大丈夫?」
 心配してくれるオトギの声。

「あ、はい」
 心ここに在らずな気の無い返事に。

「しっかりして、タツロー君」「は、ハイ!」
 内心、全然大丈夫ではない。

 窮地に現れてくれた人物が、何故、よりによってオトギなのか?安堵よりも、後で何を言われるか不安でならない。

 目先の心配に、すっかりと、イオリに抱いた疑念は吹き飛んでいた。

「御陵さんこそ、この状況…」
 次に来るべき『大丈夫?』という言葉が発せられない。自分こそ、しっかりしなければと思うも、今の自分に何ができるのだろうか?

 リーダー格の女子生徒が一歩前へと歩み出て。
「告発ですって?」
 腕を組みながら、おどけた表情を見せてオトギに訊ねた。

「貴女達の犯した罪状は、たった今述べたはずですよ。素直に認めなさい」
 オトギは彼女を見据えて伝えた。

「その前に、御手洗・寅美の弟の方を告発しなよ。コイツ、堂々と痴漢を働きやがったんだぜ」
 その言葉を耳にするなり、オトギは溜め息をつくと。

「もう少し、おしとやかにできないものかしら?そもそもこの状況、どう見てもイジメの現場を押さえようと突入したようにしか見えませんわ」
 無茶苦茶な発想を並べて看破してみせる。

 すると、リーダー格の女子生徒は、一瞬怯むも、またもやおどけた仕草を見せながらイオリの方へと歩み寄ると、彼女を突き飛ばして「うぅぅ」うつ伏せの状態にさせた。

「何て事をするの!」
 オトギの注意など聞く耳持たずに、何と!女子生徒はイオリの首に足を乗せた。

 そして、オトギを睨み付けると。

「逃げたら、コイツの首をへし折ってやるからね!」
 信じられない事に、逆にオトギを脅してきた。

 と、グループのメンバーたちがオトギの両サイドに着いた。一人がオトギの右手首を掴む。

「姉ちゃんが理事だからって調子に乗ってんなよ!これからお前は、私たちにエロい写真を撮られて言いなりになるんだよ!」
 すでにオトギは腕を掴まれている、このままでは彼女がピンチに陥ってしまう。

 タツローはオロオロしながら、それでも勇気を振り絞って前へと歩み出る。

 すると。

「大丈夫よ。タツロー君」
 顔こそ向けてはくれないが、声の上ずり様から、何だか嬉しそう。きっと笑みをたたえているに違いない。でも何故?

「やりな」
 リーダー格の命令が下された。

 とたん、オトギを捕えていたはず女子生徒の体が宙を舞っているではないか。

「こ、これは?」
 詳しくはないが、柔道の技には見えなかった。

 オトギが相手と位置を入れ替えて、知らぬ間に相手が宙を舞っていたように見えた。

「ご心配には及びませんよ。少しばかり合気道を嗜んでいますので」

 合気道??名前こそ知ってはいるものの、見るのは初めて。

 彼女が弓道部に所属しているのは知ってはいたが、まさか、護身術に合気道を身に着けているとは思いもしなかった。

「逃げる気なんて、毛頭ありません。やり合うと言うのなら、受けて立ちますよ」
 自信満々に告げながら、投げた女子生徒の手を掴んでいる手を離した。

 ケガをさせる勢いで襲い来る相手であっても、決して傷つけない配慮は欠かさない。

 相手の数が数だけに、腹這いにさせて抑え込むことはしないが、一切打撃や蹴り技を放たずに、オトギは次々と襲い来る生徒たちを倒していった。

 あっと言う間に3人片付けた。

 あとは。

 イオリを踏みつけるリーダー格の女子生徒のみ。

「いい気になるなよ!コイツの首をへし折ってやる!」
 もはや引っ込みがつかなくなった女子生徒は最後の手段に出る。

 ドッ!!

 リーダー格の女子生徒の体が、ふわりと浮いた。瞬間!

 一気に押し飛ばされていた。

 タツローがタックルをお見舞いしたのだ。

 一緒に倒れるタツローとリーダー格の女子生徒。

「タ、タツロー君!」
 慌ててオトギが駆け寄ってくる。彼女は信じられないものを見たように驚いた表情を見せていた。

「驚いたわ」
 ケガをしていないかを心配するよりも、素で驚いている。

 風のように飛び出したタツローの俊足が信じられないようだ。

 その傍らで、リーダー格の女子生徒が痛みに背中をさすりながら起き上がるも、誰も注意を払わない。

「僕は大丈夫です」
 むっくりと起き上がって、タツローは倒れ伏すイオリへと向き直る。

「もう、大丈夫だよ」
 手を差し伸べる。

 イオリはタツローを見つめながらも手を取る事はせずに、ゆっくりと立ち上がった。

 はだけた胸を手で押さえながら、ただ静かにタツローを見下ろす。

 そして。

 フッと出口へと向くと、何も言わずに歩き出した。

 そんなイオリに、オトギはつい。

「待ちなさい!貴女!」
 感情をむき出しに、声を荒げた。

 
しおりを挟む

処理中です...