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[24]白い闇、黒き陽光

-265-:マスターの俺を笑った罰だ

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「ん?」
 少し離れると告げただけで、まるで留守番をする子犬のように不安そうな眼差しを向けていた猪苗代・恐子。

 ヒューゴは、そんな彼女が、まるで語らうかのように、親しげに会話をしている男性の姿を捉えるなり首を傾げた。
「アイツは誰だ?」

 まるで心当たりが無い。

 彼は白側の人間ではない。

 この場にいるとするならば、明らかに黒側の人間だ。

 手っ取り早くライクに訊くとするか。すかさず行動に移そうと向きを変えた矢先、誰かに襟首を掴まれた。

 誰だ?向き直れば。

「せっかく良い雰囲気なんだから、野暮な事はしないであげて」
 鳳凰院・風理がヲホホホと口元に手を宛てて微笑んでいる。

「…スズキの先輩?」「カザリと呼んで。もしくは鳳凰院サマ」
 後者は下僕にされたようでイヤだ。「アレが誰だか御存知なんですか?カザリさん」

 指を差して訊ねると、カザリは口元に手を宛てたままヒューゴへと顔を近づけてきた。

「あの男性の名は明智・信長サマ。水電子発電機とお箸洗浄機を開発した天才高校生よ」
 “あんなモノ”を発明した高校生?科学史を大きく塗り替える大発明を、全力で無駄使いしている張本人と知ると、驚かずにはいれらない。

「その天才サマが、どうしてこのパーティーに出席しているんです?」
 天才が擁する魔者を、何が何でも知っておきたい。

「どういうつもりで出席しているのか存じ上げませんが、彼は正体を偽ってこのパーティーに出席しているの。今は本名の明智・信長として」
 まぁ、どういうつもりも何も、今の彼の表情を見ていれば、明らかに猪苗代・恐子目当てなのは想像に難しくない。

 ちょっとした事でも、大きく身振り手振りを見せているのは、完全に浮かれている証拠。

 敵だとしても、何も大好きな女子の前で正体を暴いてやる必要は無いだろう。

「カザリさんは彼の正体を御存知なんですか?」
 ちなみに訊ねてみる。

「ええ。先日、貝塚さんをクレハさんたちにけしかけたノブナガが彼のもう一つの顔」
 とたん、「えぇーッ!!」ヒューゴが驚きのあまり、声を裏返らせてしまった。

「声が大きい」
 間髪入れずに小声で窘められる。

 つい声を張り上げてしまったが、これを驚かずにいられるだろうか。

 高校の学ランをマントのように羽織り、ちょんまげにどじょうヒゲと、体を張って笑わせに掛かっているのか?と思える出で立ち。それなのに、自らをチーム戦国センゴクのリーダーと名乗って見せた。

 大勢を従える強大な敵のはずなのに、これっぽっちも恐ろしさを感じさせない彼が、猪苗代・恐子が思い出話を語るだけでも顔を真っ赤に染めていた相手だったとは…。

 なんとも滑稽な。イヤ!何とも不憫に思えてならない…。

「だから、そっとしておいてあげてね」
 言われるまでもなく、この事実は決して他言は致しません。墓場にまで持って行こうとすら思える。

 そんなヒューゴの顔をまじまじと見つめていたカザリが再び口元に手を宛ててヲホホホと笑って見せた。
「何を変な笑い方をしているんです?」
 からかわれているようで気持ち悪い。

「もしかしてヒューゴくん、あの子の事が好きだったの?」
 どストレートに訊いてくる。

「さあ、どうだかね。不安そうにしていたから力になってやりたいと思ったのは、正直ありますよ。でも」

「でも?」

「今の彼女の、あんな楽しそうな表情を見ていると、あのノブナガに任せておいても何ら不安はありませんよ」
 清々しい表情で答えた。


 そんな暖かい目で二人を見つめるヒューゴたちとは対照的に。


「どうしてノブナガなんだよぉ…」
 悔しさに歯を軋ませる男がひとり。

 首無しデュラハンのマスター、ケイジロウであった。

(さっきまで、あんなに猪苗代・恐子は俺にすがっていたのによぉ。なのに、なのに!どうして福井のボンボンなんかと楽しそうに話し込んでいるんだよぉ!?)

「何だ、マスター。まだ、あの娘をモノにしていなかったのかよ?」
 影からの声に対し「黙ってろ!」沈黙させた。

「俺が先にあの女に目を付けたんだからな。由緒正しき家柄に加えて、あの美貌にあのフェロモン撒き散らしまくりの体、絶対モノにしてみせてやるって心に誓ったのによォ…クソ!」
 ノブナガに対する嫉妬の炎は際限なく大きくなる。

「そもそも、マスターの計画が単純すぎるんだよなぁ。俺様が、あの娘を死ぬほど怖がらせたところにマスターが助けに入ればイチコロだなんて、そんな簡単に行くわけが無いのに」
「うるせぇ!!」
 血走った目で背後を睨み付ける。

 と、「うぉぉぉぉぉぉ」
 何もない所から低い呻き声が漏れ出てきた。

「マスターの俺を笑った罰だ。透明化が解けても決してお前だとバレないように、とことん干からびさせてやろうか?」
 脅しをかけると、ケイジロウの足元からかすれた声で「どうか御慈悲を」許しを請うて来た。

 すると、おぼろげながらマントに身を包んだ男性の姿がケイジロウの足元に浮かび上がった。

「絶対あの女をモノにしてやる!あの女の身も心もすべて必ず俺の言いなりにさせてやる」
 嫉妬心が暴走して、ついに膨大に膨れ上がった独占欲がケイジロウの頭の中を支配した。

「しかしマスター、ノブナガを排除するにしても、ヤツが従えているナバリィは、負けないにしても、いとも簡単に逃げられてしまう厄介な能力を持っている。俺様とは相性が悪過ぎだぜ。それに、マスターの実力はノブナガの足元にも及ばない。どうするんだい?」
 すると、ケイジロウは何かを企みを得たようにクククと笑う。

「何もノブナガの野郎を排除する必要は無いさ。ノブナガに猪苗代・恐子を軽蔑させて自分から捨てさせりゃ良いんだよ」
 嫉妬の鬼と化したケイジロウの良からぬ企みが、キョウコに忍び寄る。
 
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