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[30]終焉~エンドゲーム~

-334-:これまで本当に、本当に有難うございました

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 鮮血に染まる正面ディスプレー…。

「うぅっ」
 背後でクレハが吐き気を催していることに気付いたヒューゴは、すかさず「見るな!」と警告する。

 自身の背中に、しかも借り物の衣裳にゲロをブチまけられたら…なんて事は一切思わない。

 ただ。



 女の子にこの絵図らはキビしいぜ。



 そう思うヒューゴも、実のところ何が起きているのか?まるで察する事ができずにいた。

「ジョーカーは瀕死の状態であるながら、我々を自身に取り込もうとしていたので、防御ビットを叩き付けて潰してやりました」
 いやいや、そういう細かな説明はこの場合控えて欲しい。

 しかも血を吸った蚊を潰したように、あっさりと言わないでおくれ。


 それにしても。

 ヒューゴは思う。


 ジョーカーなりに必死に生を掴みとろうとしていのだと。

 彼女の取った手段は、決して許されるものでは無いけれど、それでも形振り構わず生に執着していた姿こそ、彼女の生きた証と認めてやりたい。

 でも敬礼はしない。

 “あばよ”とも言わない。

 命を賭けて事を成す。

 たぶん、一生の内にそれを成し遂げる人間になれた事を、ただただ感謝する。

 この先、魔導書チェスで体験したような、持てる全てを出し切るような展開は一切無いだろう。


 ディスプレー越しに映るダナが光に包まれてゆく。

 そして、コクピット内さえも光の粒となって徐々にではあるが消えようとしている。

 終焉。

 
 -第41手-:白側

 c×d8

 c7のマスにいた兵士ポーンのベルタがd8マスにいる女王クィーンの妲己をテイク。

 アンデスィデが発生するも、盤上戦騎ディザスターの妲己を撃破。

 白側に喪失した駒も無く。

 よって、棋譜に変化ナシ。

 改めて棋譜にはc×d8と表記された。



 すべてが終わり、クレハたち皆が黒玉門前教会へと舞い戻ってきた。


 それぞれの魔法陣から帰還する龍の騎士たち。

 そんな彼らを、ココミ・コロネ・ドラコットは感極まる表情で出迎えてくれた。

「お疲れ様です。皆さん」

 ベルタ、コールブランド、ダナも無事に帰還を果たした。

「ただいま戻りました。アークマスター」
 元々最上位駒であるコールブランドがココミに帰還報告をした。

「今まで有難う。コールブランド」
 そんな彼女の肩に、タツローは労いの言葉と共に、感謝の意を込めて手を添えた。

 クレハも初めて目にする、タツローの地雷女に対する初めての感謝の気持ち。

 後で修羅場になっても知らないぞ・・と思いつつも、今回くらいは構わないとも思ってしまう。

 それほどまでに今日という日が嬉しくてたまらない。

「これまで本当に、本当に有難うございました。ヒューゴさん」
 面と向かってお辞儀をし礼を述べるココミの表情に、クレハは少しだけ気が引けた。

 女の勘というには、明らかにバレバレなココミのヒューゴに対する想いを、以前から感じ取っていた。

「ちょっと・・ね。ルーティ、悪いけどお水をもらえないかな?少し疲れちゃって」
 そう頼んで、少し離れた場所にある長椅子へと腰掛けた。

「しゃーないな」
 しょうがないとばかりに肩をすくめて水を取りに行くルーティ。

 彼女の背を見届けてから、ココミと話すヒューゴへと目を移す。

 彼もまた、異世界のお姫様に何かしらの感情を抱いていたのがうかがえる。

 恋心?それとも武士道?騎士道?何にせよ格好をつけたい気持ちがアリアリと見て取れた。

 だけど悪い気はしない。

 女の子の前でイイ格好を見せたいと頑張るのは男の子である証拠。

 本能と言える。

 女の子のために体張って頑張れる男はカッコイイよ。

 言葉にしないが、つい苦笑してしまう。


 そんなクレハの顔に影が掛かる。

「あの…どうお詫びを申し上げればよいのか…」
 御陵・御伽みささぎ・おとぎがクレハの横に立っていた。

「…あ…オトギちゃん…」
 顔を合わすも、クレハとしても、どう接すればよいのか?戸惑いを隠せない。


「高砂さんを射抜いた事について、申開きする事はありません。ですから、クレハ先輩の気の済むまで私を殴るなり罵るなり―」「いいよ。そんなの」
 厳罰を覚悟するオトギの言葉を塞いだ。

「ですが」「言いたい事は山ほどあるけど、今、ルーティに水を取りに行ってもらっているから、喉を潤わせたら、貴女の話に付き合ってあげるわ。だから、それまではここに座って待ってなさい」
 告げて自らの隣りをポンポンと叩く。

 すると、オトギは顔を落としたまま、ゆっくりとクレハのとなりに腰掛けた。

 しばし沈黙が流れる…。

(遅っせぇなぁ、ルーティのヤツ。どこまで水を取りに行ってるのやら)

 待てども、一向に戻ってこない。

 小言のひとつでも漏らしたいところだが、本当に喉が渇いているので、言葉に出すのは意地でも控える。

 ようやくルーティが戻ってきた。

 しかし。

 彼女が手にしているのは、350ml缶と黒色のボトル。

「お待たせぇー」
 得意顔で戻ってきた。

「いや、お待たせはイイけど、貴女、何を持ってきたの?」
 彼女が持ってきたのは、明らかに缶ビールと赤ワインのボトル。

「ここの冷蔵庫から何か飲み物を持って来ようとしたんやけど、中に入っていたのが酒ばっかなんや。でもな、今日はとびきりめでたい日やし、別に構へんやろ?」
 コイツ…自分が持ってきたのがお酒だと自覚していやがる…。

「ッンまに、ここの神父ときたら、水の代わりに酒ばっかり飲んどるんとちゃうか」
 反省どころか文句を垂れる始末。

「ダメなものはダメ!私、未成年なんだよ。お祝いだからってお酒は飲んじゃイケナイの!」

 ダメ出しされて、ルーティは何か言いたげな表情を見せたが、「つべこび言わずに、もう一度取りに行って」有無を言わさずリターンさせた。

「ったく…あの子、ゼッタイ同じ過ちを犯すわ、きっと」
 二度ある事は三度あるとも言うし。実際のところはまだ1度ではあるけれど。


「それならボクが取りに行ってきます」
 ベルタが気を利かせてルーティの後を追って行った。

「ありがとうね、ベルタ」
 落ちるようにして再び腰を掛けると、背もたれに身体を預けた。

「!?」

 はたと上体を起こす。

「彼女、ベルタよね?」
 何か、良からぬ予感。
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