凡人勇者の俺が生意気な神官少女の従者にされた件

まぐろ定食

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牙と使命

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 洞窟の広場に一歩足を踏み入れると、ケイブバットの威嚇の声がそこかしこから聞こえてくる。それはまるで、軋んだ車輪から出るような嫌な音だった。

 ミトラは呪文の詠唱を始める、これが戦いの合図だ。

は神の思召おぼしめし、光の顕現けんげんなりて、かがやけ――シャイン!」

 呪文を詠唱すると、まばゆい光の玉が暗闇の中で弾ける。

 ケイブバットたちは一斉に騒ぎ出し、飛び回ったりそのままフラついて落ちてくるものもいた。

 「うおおおおおっ!」

 ブンッ!

 バキッ!

 俺はその隙を逃すまいと、空中でフラついているケイブバットを片っぱしから、こんぼうで殴りつける。

 ケイブバットも、やられてはたまらないと必死に抵抗し、俺の周りでひたすらに暴れまわってくる。

「ちくしょう! 数が多すぎる!」

 十数匹はいるだろうか、その数の飛行物体がめちゃくちゃに飛びついてくるのでたまったものではない。翼は硬く、牙や爪は意外に鋭い。俺はだんだんとダメージを負っていた。

「このっ!」 

 こちらもこんぼうを片手に振り回し、応戦する。ミトラの方を見てみると、なにやらまた呪文を唱えている。

「……!! ……!!」

 羽音がうるさくて聞こえないが、ミトラは何かを唱えると、ミトラの杖から光の波が、繰り出された。

 途端、俺の周りのケイブバットたちは体から剥がれるように……何かに押し出されるように離れていき、バタバタと地面に落ちていった。

 ひとまず助かった、のか。

 俺は気が抜けると、こんぼうを地面について一息をついた。牙や爪の攻撃で服はボロボロだ。

「ミトラ、今のは……?」

「セイントウェイブ、神聖魔法の一つです。すみませんラスト、詠唱に時間がかかってしまって」

「いや、すげえな今の。あんだけいたケイブバットが全滅だよ」

「それほどでも……ありますけど! なんてたって私は天才ですから」

 ミトラは傷の様子を見てくれ、回復魔法をかけてくれた。

 こいつは結構すごい奴なのかもしれない、そして、結構優しい奴なのかも。

「いやー、うまくいってよかったですね、最終手段をとらずにすみました」

「最終手段?」

「ラストを盾にして逃げる!」

 前言撤回、こいつはやはり生意気だった。


 ケイブバットの牙を回収し、袋に詰めて洞窟を後にすると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 草原の向こうの地平線には夕焼けが差し、今日の終わりを告げる黄昏の赤さをたたえていた。

「そろそろ帰るのか?」

「そうですね、今日は牙も入手できたし、目的は達成しました。ラストは帰るのですか?」

「あ、そういえば俺、泊まる宿がない……」

「でしたら、私の家に来ませんか?」

 俺は驚いた。ミトラも、自分の発言が少し勘違いを生みそうだったのを危惧してか取り繕う。

 「いや、変な意味ではないですよ? ラストは従者ですし、私の世話をするのは当然ですけど? だから、借金を返すまでの間しばらく、ラストの身柄は私が預かることにします。従者を管理するのも、主人の役目ですから」

 やたら早口で言うミトラに、俺はなんだか笑ってしまった。


 ミトラの家は、街の外れの小高い丘にあった。レンガ作りの外観は、どんな風が来てもビクともしなさそうだが、それは他の何かを寄せ付けないようにも見えた。煙突は一本、屋根から生えている。

 ミトラは木製のドアの前で立ち止まると、ポツリと呟いた。

「私は修行中の身なので、慣習に則り一人で暮らしています、だから、変な気を起こさないでくださいね?」

「そんなことするか!」

「では入ってください、ここが私の家です」

 ミトラの家。そういえば、家族以外の女の子の部屋に入るのは初めてだ。そんなドキドキ感と、少しワクワクしながら家の中に入った。

 中はしっかりした造りで、ニ部屋ぐらい大きな部屋があり、動かせる木製のついたてで仕切られている。

 部屋の片方には暖炉があり、椅子とテーブルが用意されてることから、居間として利用されているようだった。

 もう片方の部屋には本やローブのような衣類、様々な雑貨品が散らばっている。

 ミトラは思い出したように、

「あー! 掃除していないの忘れてました! 普段はこうじゃないんですよ! 普段は!」

 と慌てて片付けを始めていた。


 一通り片付け終わると、ミトラは椅子に座って、俺に向き直る。

「さて、ラスト、落ち着いたところで今後の予定について話しましょう」

「予定?」

「そうです。あなたが5万ゴールドの借金をして、代わりに私の従者になった以上、私に従ってもらいます」

「それは分かってるけど……何をすればいいんだ?」

 ミトラは、大げさに椅子から立ち、俺を指差しながらこう告げた。

「ラスト、あなたには……」

 金色の髪、金色の眼をしたその少女は意を決して語る。

「魔王を救ってもらいます」
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